22.復活
「魔王の生まれ変わりなんですよ」
誰も何も言葉を発さなかった。
皆が更田の科白を理解できていない。
ルナが小首を傾げる。
「転生って概念、この世界にはないよ」
「え? ああ、そうか。だから皆さん察しが悪いのか。うーん、なんて説明すればわかりますかね?」
説明せずに把握したのは当然ながらシャランだけだった。
「千年様の……生まれ変わり? ルナちゃんが?」
衝撃の事実にシャランは頭を抱えた。
「オートロードは最初から知って……って、あ、嘘! そういえばさっきから、こっちの言葉喋ってるし……」
言語の相違は更田と共に異世界転移したシャランにしかわかり得ないが、納得する一助にはなったようだ。
「おかしいと思ったんだよ、巻き込まれたくせに動じなさ過ぎて。だけどまさかそんな、千年様の生まれ変わりだなんて……」
「その……生まれ、変わり、とは? どういう意味なのですか?」
プロメテウスは困惑したままルナを見つめる。
ルナは以前の魔王と同様に、さして重要そうでもなく言った。
「簡潔に説明すると、死んだときに魂だけ逃れた」
ルナはふっと僅かに表情を緩ませる。
片方しか金色の眼がなくとも、性別が異なろうと、顔立ちがどれほどかけ離れていても、見誤るはずもない既視感がプロメテウスを襲う。
「まあ結果的にだけどね。魂のまま別の世界に転移して、生まれる前の胎児に宿った。そのままその世界でただの『人間』として15年と数日生きた。それだけだよ」
転生はなくとも、魂の概念はこの世界にもある。
肉体が鼓動を止めると宿った魂は大気に散り、遺体は土葬し地に溶け、それぞれ世界を構成する元素のような最少単位、不滅の根源へと還るという宗教観であり、死生観だ。
ルナは容易に語るが、肉体を消失してなお魂だけは散逸を逃れ、世界すら越えて他の肉体に宿り直すなど、まったく想像の埒外である。
魂を残し、別の器で復活する。
不可能事、いや奇跡と言うべきか。
だが――千年を治めた魔王の所業、万能にして強大な彼の王の御業であれば、よもやまさかという思いが一同を巡る。
「要するに、誰が画策しなくてもとっくに復活していた訳ですよ。千年を治めた魔王様は」
「いや、魔王としては確かに一度死んでるからね。もう大した力もないよ。『調整』の力も更田くんに継承された」
揶揄する更田に混ぜ返すかに見えて、ルナは少しばつが悪そうに苦く笑う。
「明かすどころか戻るつもりも術もなかった。更田くんには何故か、あちらにいた頃から勘づかれていて、まあ、うっかり巻き込まれたんだよ」
強制的にこちらに転移させられた瞬間まで、直前の告白は流石に訝しく思ったものの、ルナは更田の正体を察してはいなかった。
魔力の要らない世界で、誰にも求められない世界で、前世の記憶など遠い彼方に眺めながら、ひっそりと、ただの少女として生きていた。
ただの偶然か、世界の必然か、更田の中の魔王の力がルナの魂に惹かれたのか。両者の軌跡は運命的に交差する。
二人は出会ってしまった。
意図せずしてルナが抱く古い郷愁を、千年の寂寥を垣間見て、先に理解したのは更田だった。理屈ではなく、出自を同じくし、世界に選ばれたもの同士の共感があったからか。
「会ったときから不思議な感じがしました」
ほんの2年前の話に過ぎないのに、更田はやや懐かしく語る。
「それで、少し注意して観察してたら……いつの頃からか、どうしてかこのひとの気持ちというか、心情みたいなものが伝わるようになって……ある日突然解ってしまったんですよ。ああ、このひとが、ルナ先輩が千年を治めた魔王そのひとなんだって。不思議ですね。先代殿のことはシャランに聞き齧った程度しか知らなかったのに」
「魔王の直感か……」
シャランは感慨深く言う。
「じゃないと普通は思い至らないよね。千年様が異世界の女の子の身体に生まれ変わるなんて……いえ、ルナちゃんが千年様の記憶を持って生まれた、っていうのが正しい?」
「どちらでも」
似て非なる言い回しに、ルナは敢えて差はないと言い切る。
ルナがかつての魔王であり、魔王であった存在がルナになった。当人の内面では矛盾はない。
「陛下……なのですね」
プロメテウスが惚けたように呟いた。脱力のあまり膝が抜けるのを必死に堪えている。
否定する余地もなかった。長く傍に仕えたプロメテウスだからこそ、千年を治めた魔王の魂がはっきりと認められた。人格も言葉も表情も、本質的なものは何一つ変わってはいない。
「もう王ではないよ」
ルナは小さく頭を振る。
「だから今更、特に何の権利があるとも思わないけどね……」
不意に、ルナの表情から穏やかさが消えた。支配する王の瞳と深遠なる少女の瞳が、凍てつく冷たさで場に緊張を招く。
「茶番くらいは決着をつけようか」
千年を治めた魔王の魂と記憶を持つ者、その存在がこの世界の現在と未来に何を齎すか、誰も完全に予測できないだろう。
だが、ただ一つ、過去のたったひとつの事象について解決を促すことだけは明白だった。
「それも知ってたんだ、オートロード」
シャランが唾を呑み込み喉を鳴らす。
「そりゃ正解がそこにあるのに、わざわざ真剣に取り組むわけないよね。道理であんまり興味ない風だったわけだ」
指摘は事実のため更田は否定しない。生真面目に付き合ってくれた相手にはほんの少し罪悪感はあるが、そもそも自分から言い出した話ではなく、宰相の提示した条件だ。
「確かに、これで判明する」
納得し切れていないアルタイルが、憮然と言う。
「本当に千年王の記憶があるならば」
「……陛下」
プロメテウスは不穏な空気を察しながら、表情を消したルナに問うた。
「誰、ですか」
ルナは答えない。
「あの日あなたに手をかけたのは」
「まあ、普通に考えて末裔殿ですよね」
軽い口調で解答を口にしたのは更田だった。
死した魔王に酷似した男は、ひたすら黙してただルナだけを凝視している。
濃く歪んだ憎しみの色が見えた。




