・ニア
真夜中、物音に気づいて薄目を開けると、窓越しにニアの姿を見た。
とても悲しそうだった。
だというのにいつまで経っても家に入ってこないので、俺は身を起こしてニアを迎えに外へと出た。
ニアは逃げようとはしなかったが、すっかり萎縮しているようだった。
「随分と今日は帰りが遅かったな」
俺はニアのすぐ目の前に立って、その巨体を見上げた。
今ならばよくわかる。こんな姿をしているが、ニアはとても繊細だ。
「(´;ω;`)」
「何か言ってよ、そんな顔されたら心配になる」
「レグルス様……(´;д;`)」
「だからそんな顔をするな。……少し歩こう。ほらこっちだ、ニア」
ニアの長い手を引いて下り道を歩いた。
何も言わずにニアは――いや、彼女は俺のエスコートに従って夜の散歩に付き合ってくれた。
「しかしどこに隠れてたんだ?」
「地下デス……(´・ω・`)」
「そりゃ統星でも見つからんわ。……みんながニアを探してたことくらい、ニアのことだから知ってるんだろ?」
「ゴメンナサイ……。ソノ……出ルニ、出レズ……(´・ω・`)」
「気にするなよ」
やがて俺たちはマク・メルの崖へと行き着いた。
ニアはどうしてここに導かれたのかなんとなく気づいたようで、周囲を見回して俺を見た。
「ここで俺たちは出会った」
「ハイ……。嬉シカッタ……。700年、ニア、ハズット、一人デシタ……。ウェズン様ガ、帰ッテ来タ。ソウ思イマシタ……(*´・ω・。)」
「最初は俺も驚いたな。剣とか抜いちゃってな」
「懐カシイデス……(u_u*)」
「んで、いきなり壊れるんだから困ったぞ。独りぼっちは嫌だから、必死になってニアを直そうとしたよ」
「レグルス様ト、統星様ハ、ニア、ノ恩人デス……。ダケド、ニア、ハ……(´・ω・`)」
ニアの悲しげな姿からは罪悪感がヒシヒシと伝わって来た。
ニアのためにも、そろそろ種明かしといこう。
「ニア、マク・メルの針路を変えたのは、君だね?」
「ニア、ハ……マク・メル、ノ機能ヲ、勝手ニ使ウ権限ガアリマセン……。ニア、ハ、マスターノ為ノ、道具デス……(´・ω・`)」
「そうだね。それがニアのルールだった。でも気づいたんじゃないかな」
「何ニ……?(*´・ω・。)」
「自分がそのルールを破れることに。だよ」
ニアは地にしゃがみ込んで膝を抱いた。
それでもデカいが、俺には少女の魂をそこに感じた。
「もう一度言うよ、700年をこの地で過ごした時点で、この世界は君の物になっていたんだ。この地は先代のヴェズンの物でも、俺の物でもない。マク・メルの本当の王はニア、君だ」
それからまあ、王子としての責務を果たした。
膝を突いて、ニアの手を取って、彼女を真摯に見つめた。もう俺には機械になんて見えない。
「ニア、君は700年続けてきたルールを破り、ついに決断したんだよ。マク・メルのあるべき姿を取り戻したい。運良くもバラバラになった大陸を発見した君は、その願いを叶えたんだ。まぎれもない君の意思でね」
その結果、予期せぬ事態となり死闘が始まった。
ニアの口数が少なかったのはそのせいだ。
針路が変わって不安がる俺たちに、ニアは真実を告げずにもう一つのマク・メルを取り戻そうとした。
だから俺たちに申し訳なくて、顔を向けられなくなって、こうして帰るに帰れなくなった。
大方そんなところだろう。
「ニア、ハ……壊レテイル、ミタイデス……。管理者ガ、マク・メル、ヲ私的ニ利用シマシタ……(´・ω・`)」
「凄いじゃないか。それは成長だ」
「エ……( ゜д゜)」
「ニアが自分で考えて、自分で決断する頼もしい存在になったってことだ」
「デモ、ニア、ノセイデ、危険ナ戦ニ、ナリマシタ……(´;ω;`)」
「それは結果論だな。まさかこんな展開になるなんて誰にも想像出来ないよ。俺たちはニアを恨んだりしていない。命令に従わないから壊れてるとか、そんな考え方俺たちにはないよ」
ニアの背に腕を回して、でっかい頭をプラチナにするように撫でた。
硬くて冷たい身体だけど、彼女が独断行動に走った今だからこそ、ニアの魂や人格を強く感じる。
「許シテ、クレルノ、デスカ……?(´;д;`)」
「許すも何も、俺たちはニアに世話になりっぱなしだからな……。だよなー?」
星空を隠す黒い影と、忍び足にもならない小さな影と、月光に輝く地上の三日月がそこに現れていた。
「水臭いぞ、ニアちゃん! そうならそうと言ってくれたらよかったんじゃよ!」
「そうだよっ、あの工房区画凄かったもん! 行くって言ってくれたら危険を承知で付き合ったよっ、あたしら!」
「あの……ニアちゃん。私、ニアちゃんに感謝してます。ニアちゃんがいなかったら、私はここに、天国にいなかったから……」
ニアの大きな一つ目がボロボロに泣いていた。
彼女は本当の涙は流せなかったが、やさしい仲間たちに励まされて、心の底から喜びの涙を流していたと思う。
「ガラント、オ爺サン。プラチナ様。統星様。レグルス様。ニア、ハミンナガ、大好キデス。好キ、好キ、好キ、好キ、24時間ズット、永久ニ監視シテイタイクライ、ミンナガ、大好キデス……!(*;ω;*)」
「あたしもだよ、ニアーッ!」
「よかったです……。これでやっと元通りですね」
「ワシ、ニアちゃんになら、四六時中監視されてもいいぞい?」
何を言ってるんだ、この爺さんは……。
ニアとプラチナと統星は互いにくっつき合って、今日まで培った友情を再確認していた。
「ニア、これから俺たちと一緒に、バラバラになってしまった大陸を取り戻そう。どうせ空を放浪するんだ、目的は多いに越したことはない」
「賛成! こうなったら全部集めるしかないよ!」
「お魚が釣れる場所もあると、お兄ちゃんに聞きました!」
「ワシは美人のねーちゃんがいっぱいいるところがいいのぅ……」
んなところねーよ……。
「ニア、ハ学習、シマシタ。コレガ、幸セ……コレガ、仲間……。ニア、ハ一生、皆様ニ、オ仕エイタシマス。レグルス様、アリガトウ……。レグルス様ニ会エテ、本当ニ、ヨカッタ……(。>﹏<。)」
ここはマク・メル、人々に忘れられた栄光の都だ。
いつか人が帰ってくると信じて、ニアが700年間守り続けた理想郷だ。
遠い過去、先祖のヴェズンはニアとマク・メルを捨てたが俺は違う。
俺はニアとマク・メルを捨てない。俺はこの地で生きて、この地で死ぬことにしよう。
「俺は決めたぞ。このマク・メルをもっとでかくしよう! もっと人材と物資を集めて、マク・メルのかつての栄光を俺が取り返してやる! 俺は、ここに骨を埋めると決めたぞ、ニア!」
マク・メルはこんなものじゃない。
マク・メルの復興をニアに約束した俺は、今日まで目を背けて来た元王太子の責務を果たすと決めた。
「予定変更だ、スヴェル王国に引き返すぞ!」
「え……っ、あたしの故郷探しは!?」
「その後だ! まずは俺の民をこのマク・メルに導く! マスドライバーで父上とバランを脅してでも、最高の移民をここに集めてやる!」
「い、いいけど……。レグルスって、やること極端過ぎ……」
「バカ王子じゃな……」
さあ魔大陸マク・メルによる第二次里帰りの始まりだ。
父上、バラン、これから落とし前を付けに行く。首を洗って待っていてくれ。
次話で完結です。ここまで呼んで下さりありがとう!
明後日から新作を投稿してゆくので、よろしければそちらも応援して下さい。




