・板から足を生やす
「ちょっと行ってくる! あたしに何か手伝えることがあったら言ってね、じゃ!」
統星は一足先に昼食を平らげると、黒い翼を羽ばたかせて空へと消えていった。
肉体レベルで自由奔放というか、なんて身軽な種族なのだろう。
「しかしこうなっては、わびしい生活をこのまま続けるわけにはいかないな」
監獄暮らしで物のない生活には慣れ切っていたが、統星は普通の女の子だ。
不便や不快が積み重なれば、マク・メルに愛想を尽かして出て行ってしまうかもしれない。
それは困る。非常に困る。
俺は立ち上がると、簡単に片付けをしてから家を出た。
「ん……あれは陸地か」
公園の前を通りすがると、麓の彼方に地平線が見えた。
その地平線は海の青ではく、薄もやのかかった緑色で、もうじきこの浮遊大陸が内海を抜けて陸に到達する事実を告げていた。
もうちょっとしたら、発射装置を使った覗き見にも精を出せそうだ。
だが今は生活を楽にしたい。俺はこの高台から目を凝らして、ニアのあの大きくて白い巨体を探した。
・
牧草地にほど近いエリアまで下ってくると、畑に種を蒔くニアの姿を見つけた。
「ニア、あそこの木を伐ってもいいか?」
「コレハ、レグルス様。ナゼ、ニア、ニ確認ヲ?(。╹ω╹。)」
「俺が余所者で、ニアが先住民だからかな。あの木を使って作りたい物がある」
「……マク・メル、ノ全ハ、レグルス様、ノ物デス(´・ω・`)」
「そういう問題じゃないでしょ。こっちはニアが嫌なら伐りたくないって言っているんだよ。だってこんなに綺麗な世界だからな、壊すことに抵抗がある」
だが俺たちには家具が必要だ。
美しい調和を壊して、生活を向上させるのが人間だ。
「アノ木ハ、花ガ咲クト綺麗。オススメ、出来マセン(´・ω・`)」
「そうか、聞いてみてよかったよ。危うく花見の機会を失うところだった」
「アチラノ、ヒノキノ木ハ、ドウデスカ? アレハ、育チ過ギテ、シマッタノデ……構イマセン(^_^)」
「わかった。アレにしよう」
ニアの許可も下りたので俺はそのヒノキの前に移動して、監獄で手に入れたあの剣を鞘から抜いた。
その剣はなんの変哲もない支給品だ。
「剣を使うのは一年ぶりだな……。これで上手く斬れるといいんだが……」
王としてはヘッポコな[変換]の力は、器用貧乏ながら汎用性の高いスキルでもある。
俺は指先でゆっくりと刃をなぞり、変換の力の応用で鋭利に研ぎ澄ませていった。
結果は成功だ。姿勢を低くして、ヒノキを根本から水平に薙ぎ払うと、剣は手応えの後に鞘へと戻っていた。
刃先が潰れたのでもう一度研ぎ直して、蹴り付けて大きなヒノキを倒す。
そこから同じ手順で何回か刻むと、家具にちょうどいい材木が完成した。
「ニア、釘はどこで手に入る?」
「クギ。クギトハ、ナンデスカ?(。╹ω╹。)」
「え、釘ないの?」
「検索完了。釘、古代ノ、接合道具ト、判明。ワカリマシタ、溶接ナラ、デキマス(`・ω・´)」
「なんとなくヤバそうな予感がするから、それは遠慮しておくよ」
「ソウデスカ……(´・ω・`)」
「ま、しょうがない。悪いけどニア、この木材を家の前まで運んでくれる?」
「ソレハ、命令デスカ?(*・ω・)」
「いや、お願いだ」
「ツマリ、レグルス様カラノ、ゴ命令! 嬉シ……喜ンデ!ヾ(*´∀`*)ノ」
ニアは白くて大きな巨体で材木を運んでいってくれた。
俺はその後ろを歩いて、ニアとなんでもない会話を交わした。
しばらくするとそこに統星が飛んで来た。
「レグルスッ、それ何っ!?」
「ニア、モ興味ガ、アリマス。何ヲ作ル、ノデスカ?(。╹ω╹。)」
統星は軽やかに着陸すると、非力だというのに両手を上げてニアの運搬を手伝い始める。
巨大な機械人形からすれば、この程度の荷物なんてなんでもないだろうにな。
「実はテーブルとイスを作ろうと思ったんだけど……ここには釘がないらしい。そうだ、統星は持っていたりしないか?」
「あのさ、大工じゃないんだから、そんなの持ってるわけないじゃない……」
「そりゃ困ったな。じゃあニカワは?」
「レグルスは技師をなんだと思ってるのよ……」
「そうだな……。よくわからないけど、機械に強い凄い人たちって認識だ」
「ニア、ハ統星様ニ、弱イデス(*´ω`*)」
きっと間違ってはいないな。大好きってことだ。
「へへへ……聞いた聞いたっ、レグルスっ!? ニアがあたしのこと大好きだって!」
「いやそうはハッキリと言ってないだろ……。それよか釘――」
「大好キ。大好キデス、統星様……(u_u*)」
「あたしも好きだよーっ、ニアー!」
「統星様……!(*´ω`*)」
ところ構わずイチャイチャし始めるな、こいつら……。
ともあれ家が見えてきた。
「あ、そうそう、それで話戻すけど。あの廃墟のどこかに、何か代用品が転がってるかもしれないよ? 新しいオモチャも欲しいし、行こっ、レグルス!」
「いや、これ以上力を無駄撃ちする前に、生活の方を改善しないとまずいって……」
ニアに材木を軒先へと置いてもらって、他に手がないので統星のプランに乗った。
「イッテラッシャイマセ、統星様。アト、レグルス様モ(*・ω・)」
「ちょっと待ってっ、なんでおまけみたいな扱いなの、俺っ!?」
「ありがと、ニア。また後でね!」
俺がマク・メルの新たな支配者のはずなんだが、ニアはすっかり統星に夢中も夢中だった。
ま、王様なんて半分はお飾りだ。それだけ二人の相性が良いということだろう。
「ねね、レグルス……今日はもう、あの力使えないんだよね……?」
「そうだよ、アレは1日3回だけだ」
「じゃあ、もしかわいいのが見つかったら、明日1回だけお願い出来ない……?」
「君ね……もう少し後先のことを考えようよ……」
オモチャが大好きな黒い天使様と、釘の代用品を探して廃墟を回った。
・
「レグルスッ、見てみてっ、またかわいいの見つけちゃったっ!」
「なんか君、趣旨変わってない?」
手頃な空き家に入って家捜しをして、しばらくすると統星が笑顔と一緒に飛び込んで来た。
得意げに差し出されたその両手のひらには、白猫の小物が載っていた。
「明日はこれ動かしてっ、絶対かわいい!」
「統星はブレないね。約束は出来ないけど考えておくよ」
「約束ね! あっ、レグルスの方はどう?」
「いや、まだこれといって。まさかここが釘のない世界とは、想像もしていなかったよ」
ボロボロの引き出しを引くと、あまりに古くなっていたそれはヒステリックな騒音を立てて、床へと崩れ落ちた。
きっと廃墟と言うより、遺跡と呼んだ方が正しい表現なのだろう。
「この家はダメみたいね……。別の家に行きましょ」
「……いや、見つけた」
「えっ……でもそれって……」
それは食器棚だったようだ。足下に崩れ落ちた残骸の中に、目当ての代用品を見つけ出した。
錆び付いた大量のフォークだ。
「まずはこの刃先を折って……。ほら、見てて」
脆くなった刃先だけを集めて、俺は手のひらの中で[変換]の力を使った。
見る見るうちに錆が砂のように崩れ落ちて、ピカピカの金属光沢が蘇っていった。
「ええーっ、何それっ反則だよっ!? ずるいずるいっ、レグルスがいれば、錆止め要らずってことじゃない!」
「俺はその自由の翼の方が羨ましいよ」
後はこの切っ先を研げば釘の代用品だ。
元から刃を有している剣と違って、硬い石か何かに擦り付けて先端を研ぐ必要があるけれど、十分に使えるはずだ。
「えへへ、いいでしょ。あ、レグルス、あたしちょっと行くところがあるから先に帰ってて」
「どこ行くの?」
「花園の方にちょっとね」
「わかった。探検の成果を今夜教えてね」
「おっけー!」
廃墟を出ると統星は空に、俺は自宅の軒先へと戻っていった。
マク・メルの中枢が丘の上にあるのは不便だけど、有翼種ならば話は別だ。
後ろ歩きで丘へと羽ばたく統星の姿を眺めていると、有翼種と浮遊大陸というこの取り合わせにしっくりと来た。




