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第24話 不死身の男

 ビエント王国にて王宮として利用されている築300年近い古城。 元々は連合王国組織以前に隣国であるホンタン王国との戦争に備えて建設されていた砦に何世代もかけて増築を繰り返しただけあって内部は迷路のように入り組んでおり、別れ道の多い通路となっていた。

 そのため通路のそこかしこから武器を持った帝国軍兵士達が現れてきたが、安藤はためらいなく引き金を引く。


「う!?」

「ぐは!?」


 安藤から銃弾を受け、兵士達は悲痛な声と共に倒れてしまう。

 王宮に来る前、一同は帝国軍兵士立会いのもとで武装のチェックを受けたものの、さすがの彼らも安藤達がアタッシュケースに隠し持っていた武器類には目が行き届いておらず、広間から出た安藤は自身のケースからH&K(ヘッケラー&コッホ)社製のマシンガンであるMP5Kを取り出し、兵士達に向かって発砲する。 


「後ろだ!!」


 民間人が見ているにもかかわらず安藤と彼の部下達はバララララと弾倉一本分の銃弾を撒き散らし背後から追ってきた帝国軍兵士達を一気になぎ払う。 

 技術的アドバンテージから圧倒的に有利であったものの武器を持つのは安藤を含め3人だけであり、レジーナや緒方、拉致被害者といった護衛対象を背後に控えている手前、3人は圧倒的な数で襲いかかる敵兵を打ち倒しつつも時折周囲に気を張らせて護衛に勤めなけらばならない状況であった。 


「うらあああ」


 物陰から振り下ろされたサーベルを安藤は銃身で受け止める。 鋭い金属音が鳴り響くと共に兵士が力任せに押し倒そうとするも、彼は表情一つ変えずに相手の膝を蹴り飛ばして床の上に押し倒す。


「がは!?」


 倒された兵士は立ち上がる隙も与えられないまま喉元を蹴り飛ばされ、呼吸困難になって絶命する。

 空手や拳法術と違い、安藤が手掛ける格闘術はルール無用の暗殺術に近いものであり、その惨たらしい光景を前にして拉致被害者達は言葉を失ってしまう。


「凄い......」


 守が驚くのも無理はなく、安藤達特別警備隊員は入隊当初から人としての良心を捨て去ることを訓練されているが故に人を殺すことに躊躇いはない。

 戦闘時において相手を思いやる良心など必要ない。 任務のためなら己の人格を切り離して全うすることこそが軍人としての理想の姿であり、日本最強という異名を持つ特殊部隊に在籍し、目的のためなら手段を選ばない安藤の姿こそ完成された軍人の手本であった。

 しかしながら、彼の行為は同じ自衛官である守が見ても背筋が凍りつくものにほかならない。


「しゃがみこめ!!」


 出口を前にしつつも安藤の言葉を受け、彼の部下を除く一同は床の上にしゃがみこむ。

 その姿を確認したあと、彼は出口に繋がる扉を勢いよく蹴り上げる。


「撃て!!」


パパパパパパン!!


 扉が開かれると同時に2列横隊で待ち構えていた帝国軍兵士達が安藤達に向けて発砲する。

 豪音と共に発砲された無数の弾丸。 それらは安藤達3人の体に槍ぶすまのように突き刺さるとともに付近に硝煙を漂わせる。 


「後列、撃ち方用意!!」


 煙によって視界が遮られた影響で相手の生死を確認することが出来ない状況であったが、指揮官は間髪いれずに後列で待機していた兵士達に銃口を向けさせるよう指示を送る。


「撃て!!」


パパパパパン!!


 視界不良であっても相手が未知の武器を持つ強敵であると理解している手前、指揮官はためらいなく発砲を指示する。 今まで会ってきた帝国軍兵士と違い、ここにいる兵士達の行動には一切の無駄が見られず、射撃にも躊躇いが見られないことから彼らもまた安藤達と同じ精鋭部隊であることが伺える。 

 ここまで精強な兵士達を王宮に配置していた背景には、元々ヴァリエには日本政府と友好的に接する気など更々なかったことにある。 彼にとってモーヴェ教を信仰しない未開の国家の人間など虫けら同等の存在としか思っておらず、緒方達がこちらの話に反発した場合によっては彼らを人質にして「ゆきかぜ」を捕縛しようと考えていたのだ。


「前へ!!」


 指揮官の命令を受け、銃剣を突き立てながら前列の兵士達はジリジリと前進して硝煙の中を突き進む。 後列の兵士は次弾装填のために銃床を地面に置き、火薬と弾丸を込めてカルカ(弾丸と火薬を突き着けるための棒)を突く。


「動く者は全て殺せ!!」

「「「は!!」」」


 指揮官の言葉に兵士達は一斉に声を揃える。 漁村を襲ったピラット艦隊の生き残りからの情報を受けた手前、相手が異世界から来た化け物であるとの認識から念には念を入れた攻撃を加えるようヴァリエから指示を受けていたこともあり、銃剣にて止めをさそうと考えていたのだ。 

 しかし、煙が晴れてきた瞬間に彼らの体に無数の銃弾が襲いかかることになる。


「ぎゃあああああ!!」 


 硝煙の中から水平線上に放たれた銃弾によって前列の兵士達は次々と体を捩らせ、血を流すとともに地面に倒れていく。

 その光景を前にして弾込め作業をしていた後列の兵士達は恐怖のあまり腕を止めてしまう。


「何が起こった......」


 指揮官が驚きの言葉を漏らす中、前列の兵士達の骸の先にある煙が晴れていき、安藤達3人の特警隊員達がこちらに向かって銃口を向ける光景が目に入る。 


「不死身なのか!?」


 亜人と呼ばれる存在の中であっても、バンパイアのような不死身の存在は確認されていない。

 数十発の銃弾を受けておきながらも立ち続けているという非常識な現実を前にして兵士達が言葉を失っているにもかかわらず、安藤達は無言で弾倉を交換したあと声を合わせるまでもなく一斉に銃弾をばら撒く。

 毎分800発、発射速度400m毎秒の速度で発砲された9ミリ弾に襲いかかられ、兵士達は反撃する暇もなく体から血を流してそのまま倒れ込んでしまう。


「馬鹿な......」


 10倍以上もの戦力差でありながらも圧倒されてしまう光景。

 部下達の悲鳴が飛び交う中、何が起きたのかわからずに指揮官は自身の体から流れ出た血だまりの中へと身を落としてしまう。


(ごめんなさい......)


 薄れゆく意識の中、自身の判断の甘さから死なせてしまった部下に対する謝罪の言葉が脳裏に浮かぶ。 厳しい軍隊生活の中で互いに切磋琢磨してピラット艦隊屈指の精鋭部隊と言われるようになった今の部下達。 彼らの屍を目にした瞬間、心の奥底から悔しさが湧き出し始める。


(姉さん、仇をお願いします......)


 同じ軍人である姉の顔を思い浮かべると共に家族の肖像画が収められていたペンダントを握り締め、指揮官はそのまま息を引き取ることになる。


「終わったのか?」


 銃声が鳴り止んだことを実感し、周囲に帝国軍兵士がいないことを確認すると守は自身の傍で縮こまるレジーナにそっと声をかける。


「大丈夫か?」

「どこ触ってるのよ!!」


 パチンという音と共にレジーナの手によって守の頬が赤く染まる。

 銃撃の瞬間、守は咄嗟の判断でレジーナの身をかばって地面に伏せていたのだが、その弾みで彼女の小さな胸を触ってしまったことによりお仕置きを受けてしまう。


「変態!!」

「き、君を庇っての不可抗力だよ」

「もっと気を使いなさい!!」


 レジーナは恥ずかしさから顔を真っ赤にして守を叱りつける。

 その背後では各々の判断で床や物陰に伏せていた緒方達の姿があり、40人近い兵士達の一斉射撃を受けたにもかかわらず奇跡的にも皆無傷であった。


「痴話喧嘩をやってないで早く行くぞ」

「あ、安藤1尉、その傷は?」

「カスリ傷だ」 


 流れ弾がかすり、額から血を流しつつも安藤は床に落ちていた自身の制帽を拾い上げるとともに被りなおす。 真正面から銃撃を受けた際、背後にいる緒方達を守るために3人は咄嗟の判断でしゃがみこむことはせずに両腕を上げてその身に銃弾を受け止めていた。 

 制服の下に防弾チョッキを着込んでいたとはいえ、一人当たり5、6発の銃弾を受け止めていたダメージは大きかったが、そのおかげで緒方や拉致被害者達は無事でいられたのである。


「「ゆきかぜ」と連絡が取れました、すぐに出港するとのことです」

「こっちにうちの連中を乗せたヘリをよこしてくれ、このままじゃ孤立するからな」


 無線を持つ立花の言葉を受け、安藤はそう答えるとともに残りの弾倉を確認する。

 最悪の展開を予想して襲撃は覚悟していたものの持ち込める武器弾薬には限りがある手前、これ以上の激戦は避けなければならない。

 倒した兵士達の屍を乗り越えつつその場から離れるよう指示を飛ばす安藤であったが、不意に指揮官と思わしき兵士の姿を目に止めてしまう。


「女なのか......」


 帽子を落とし、亜麻色の長い髪を地面に広げ首にかけていたペンダントを握り締めるうら若き美しい女性。

 歳の頃はまだ10代後半であろうか、顔に幼さが残っていた影響からか軍服を身にまとう彼女の姿にはどこか違和感を感じさせる。

 安藤は咄嗟に彼女の眼蓋の上に手のひらを置いて瞳を閉ざす。


「何で軍隊に入ったんだ......」


 兵士たるもの銃を撃つのなら撃たれることも覚悟しなければならない。

 自衛隊には多くの女性自衛官が在籍し、中には男性自衛官と変わらない前線部隊へと配置される者もいる。 しかしながら、目の前にいる彼女は指揮官にしては余りにも若く、安藤の目から見てもとても前線へ配属されるべき人材ではなかった。


「隊長!!」


 感慨深くなる前に部下の言葉を受けたことにより、安藤は意識を取り戻す。

 付近を見渡すとあちこちの建物や物陰からわらわらと出てくる帝国軍兵士の姿があり、仲間がやられたことに対する怒りからか銃剣を突き立てた状態で駆け寄り始める。


「最初から俺達のことを殺すつもりだったか!!」


 胸くその悪い体験をしたためか、安藤は感情をあらわにしつつも銃弾が飛び交う中、一同を安全な場所へと誘導するのであった。



「お前はエルフにしては中々器量が良い。 どうだ? 俺の屋敷で働いてみないかと言っております」


 「ゆきかぜ」の公室内において上機嫌にくつろぐアーロンの傍らでは奴の通訳を担当するエリスティナの姿があった。

 料理番として普段から谷村達調理員と接触しているうちに彼女もまたフィリア程ではなかったがカタコトながらも日本語が話せるようになっており、アーロンがフィリアや広澤に対し敵意を抱いていたため二人に代わって奴の言葉を森村に伝えるようになっている。


「そこまで言わなくてもいいけど......」

「この船の食事はどんなものを食べてる? 美味いのなら是非とも食べてみたいのだがとも言っております」

「飯まで要求してるのか?」


 公室の中が気に入ったのか、連れてきた部下に監視を任せてアーロンは森村からの接待を受けている。 まだ食事時でない手前、テーブルの上には赤ワインと口合わせ用に用意されたチーズとクッキーが並べられており、日本から持ってきたワインの味が気に入ったのか奴はお代わりを要求する。


「私は貴殿の監視を任されているので今夜は寝床を用意せよと」

「ここはホテルじゃないぞ......」


 「ゆきかぜ」をホテルのように扱おうとするアーロンの言動には森村であっても苛立ちを抱いてしまう。 艦長としてとっととこの厄介なお客を追い出したかったのだが、緒方達が王宮に出向いている手前、おいそれと粗末に扱うわけにはいかない。 

 あれこれと断る理由を頭に思い浮かべている森村であったが、突然部屋を訪れた綾里の存在によって救われることになる。


「交渉が決裂しました」


 その言葉こそ森村が待ち望んでいたものであった。

 平和的な交渉を望んでいた緒方と違い、森村の脳裏には帝国と一戦交えることを覚悟している節があり、それ故に綾里を使ってこそこそと裏工作を進めさせていた。

 加納をはじめとして彼女に惚れている中堅乗員は多く、既に彼らの手によって艦はいつでも出港できる態勢になっている。


「よし、出港だ!!」


 日本語が通じない手前、森村の言葉に首をかしげてしまうアーロンであったが、背後から何者かに頭を殴りつけられたことにより意識を失ってしまう。


「へ!?」


 机に突っ伏しているアーロンを前にして森村は犯人であるエリスティナの方へと視線を移す。

 普段から表情をあまり表に出さない手前、彼はエリスティナに対しては大人しい少女という印象を抱いていたのだが、彼女は凶器であるワインの空き瓶を片手にしつつも眉一つ動かさず口を開く 


「出港準備よし」


 自らの生き残りとビエント王国の命運を賭け、「ゆきかぜ」と帝国艦隊の間で海戦の火蓋が切って落とされることになる。

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