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第18話 決意

 昼下がり、「ゆきかぜ」の格納庫に収められていたヘリを眺める一人の少女の姿があった。

 青い髪のショートヘアーに頭部の左右に伸びる猫耳。 お尻には細長い尻尾が伸びていて時折それは彼女の機嫌に合わせるがごとく左右に動いている。


「こいつに興味があるのかい?」


 一人佇む少女の背後から蒼井は声をかけるも言葉が通じない手前、一度目線を合わせただけですぐに向き直ってしまう。


「これさえあればオヤジは死ななかったのに」


 ミーナは蒼井がいるにもかかわらず、一人呟いてしまう。 愛する家族を二人も帝国の毒牙によって奪われてしまい、一人ぼっちとなってしまった彼女にとって帝国は憎しみの対象でしかほかならない。

 しかし、いくら剣の修練を重ねたところで彼らが持つ銃火器には適わない。

 助けられたことに対する喜びで満ちていた村人達と違い、ミーナは帝国に勝つためには彼らよりも優れた武器を持つ必要があると痛感していた。

 それ故に海上自衛隊の力の秘密を知るために双子姉妹の協力とともに強引にこの艦に乗り込んだのである。


「オヤジ、村長、アタシ絶対に仇を取るからな」


 機体の表面を触り、自身の決意を口にするミーナであったが、背後にいる蒼井はそんな彼女の決意など知る由もなく彼女の頭に手を置いてワシワシと撫でてしまう。


「何をする!?」


 ミーナは蒼井の突然の行為に驚き、振り返りざまに声を荒げる。

 しかし、彼はそんな彼女の反応を無視して持っていたビニール袋の中からアイスクリームを取り出して彼女の頬に当てる。


「冷た!?」

「驚いたろ? アイスクリームって言うんだぜ」

「アイスクリーム?」

「いいから食べてみろよ」


 蒼井はカップを開けるとともに木のスプーンで表面をすくって彼女の口に入れる。

 生まれて初めて感じる冷たさと甘さを併せ持つその食感にミーナは感激のあまり頬を緩ませてしまう。


「美味いだろ? 俺の着艦ピタリ賞の賞品だしな」


 美味しさに取り憑かれ、ミーナは蒼井の手から強引に奪い取って夢中になって食べてしまう。

 大半を食べ終えた瞬間、不意に彼女の目から涙がこぼれ落ちてしまう。 父親が生きていた頃、休暇で村に戻るたびに珍しい食材を自分に食べさせてくれた。 育ての親となってくれた村長は不慣れながらも修行で疲れた自分のために手料理を振舞ってくれたりもした。

 二人が亡き今となっては懐かしい思い出となってしまったが、アイスを食べながら蒼井を見てみるとあの時の幸せな時間を思い起こしてしまったのだ。


「おいおい、アイスがしょっぱくなるぞ」


 蒼井は懐からハンカチを取り出してミーナの涙を拭う。

 彼のそんな態度に対し、ミーナを何を考えたのか不意に抱きついてしまう。


「うええええん!!」

「辛かったんだな......」


 ミーナの行為に対し、蒼井は彼女の後頭部を優しく撫でる。

 彼女は蒼井のことを今は亡き父親と重ね合わせてしまうのであった。



「連れてきたぞ」


 暗号めいた部屋のノック音に反応してドアが開かれ、守は立花に誘われるがままに中に入ると目の前に、信じられない光景があった。


「う、ああ、ううう......」


 視線の先には安藤に見張られる形で椅子の上に拘束され、口元から涎を垂らして虚ろな瞳をするオディオの姿があった。


「大丈夫、ちょっと薬を打っただけだから」


 驚きのあまり身をこわばらせた守を尻目に立花は彼の肩に手を置いて口を開く。


「君にはこの男にこちらの要望を伝えて欲しい」

「こんなことやって良いと思ってるんですか......」

「相手は軍人ではなく罪もない人々を殺した犯罪者だ、同情にも値しないさ」


 あまりの光景に守は怒りをあらわにするも、立花は悪びれもなく答える。  

 

「別に拷問したわけじゃない。 栄養剤を注入しただけだよ」

「ふざけるな!!」


 その言葉に怒りを感じて守は怒鳴り声を上げるも、安藤の手によって押さえつけられてしまう。 


「がは!?」

「1等海士風情が言葉に気をつけろ...」

「あなたに人間の血が入ってるんですか?」

「上官に逆らわず命令に従ってくれ。 これは国家を揺るがす重要な事項だから手段を選べないんだよ」


 安藤は強引に守を椅子の上に座らせる。


「国家機密を見た手前、君に断る権利はないよ」


 立花の冷たい囁きに守は先ほど見せられた書類の内容を思い出してしまう。


『父島連続失踪事件調査報告書』


 ここに記載されている内容は9月4日午前10時頃に父島に駐在する警察官である秋山秀典巡査がドラゴンと接触したことを受け、地元警察を中心とした住民の安否確認を実施した際に発覚した行方不明者に関する調査結果である。

 行方不明と思われる住民は以下のとおりである。


漁業 竹村敏郎 (55歳) 

息子 竹村道夫 (28歳) 2人は9月3日深夜、漁船で漁に出たきり音信不通


農業 山崎節子 (62歳) 9月4日早朝に畑仕事に出たきり行方不明

 

主婦 幹本夏美 (33歳) 

長女 幹本紗香 ( 5歳) 9月4日、役場に務める夫の出勤を見送ったのを最後に行方不明

 

 竹村親子が漁に出た日の天候は穏やかであり、漁師歴40年の竹村氏が迷うことは考えにくい。 更に他の行方不明者の調査をしたところ、山崎氏の畑では本人の物と思われる農機具が散乱しており、幹本親子の自宅の中は荒らされ、一部は重機のようなもので破壊されていた。 

 この2つの共通点として幹本親子宅と山崎氏の畑では共に大型生物の足跡や犯人のものと思われる複数の足跡が発見され、山崎氏の畑では本人と思われる血痕が発見されている。



 この後には延々と地元警察の調査内容が書かれており、被害者達が一様にレジーナ達が「ゆきかぜ」に救助された9月4日とその前日に行方不明になったことが記載されている。

 広澤から父島の異変を知らされた守であったが、事態がさらに深刻な状態となっていたことに気づかされ、更なる衝撃を受けてしまった。



 複数のドラゴン目撃証言もあることから察するに、5人の行方不明者達は異世界の人々の手によって拉致されたと見るのが妥当と思われる。 犯人達の目的は不明だが、我が国の国民を拉致することによって何らかの情報収集を行うことが目的と見て間違いないであろう。

 

「あなた達は拉致被害者の調査をしに来たのですか?」

「ああ、極秘任務の手前艦内でこのことを知るのは外務省職員と艦長だけだ」

「居場所が分かったらどうするんですか?」

「相手が帝国ならいいのだが、もし連合王国が加担しているとなると最悪の場合、王女を人質にして交渉を行うつもりだ」


 そう、日本政府は拉致被害者の救出という目的のために「ゆきかぜ」を異世界へと向かわせたのだ。

 最悪の場合は彼らを見捨ててエリアゼロを封印する可能性も孕んでいるため、国家機密として取り扱っていたのである。


「僕達は北朝鮮の拉致事件のような結末を再び起こしたくないからね」


 立花の言うとおり日本政府は当初、多くの証言があったにもかかわらず北朝鮮が国家的に行った拉致の実態を認めようとしなかった。 自国民の拉致が発覚した際、普通の国家なら武力的な手段をも考慮して奪還しなければならないのだが、中国の驚異や左派勢力による妨害、平和憲法による弊害によってそれが実行できないために無かったことにしようとしたのだ。

 それは国家としての責任を放棄する行為であり、まともな判断ではない。

 事実、拉致を否定した某政党は選挙で大敗して一気に議席を失い、某新聞社は発行部数を落ち込ませ、朝鮮総連と関係の深かった政治家達は次々と表舞台から立ち去ることになる。

 拉致被害者の存在が国民に広く知られてしまえば世論は沸騰し、圧倒的な軍事力の差から開戦を叫ぶ者まで出てきかねない。 むしろそれを理由にして同盟国であるアメリカが参入してくる恐れだってある。


「もしこの拉致事件に連合王国が加担していれば王女の身も危なくなるよ。 君にとってそれは避けたいんじゃないかな?」

「く...」


 立花達の行為は守の正義感に反する行為であったが、それだけ日本政府が追い詰められていることも理解できる。 このままエリアゼロが存在し続ければ、この情報も多くの国民に知られてしまう恐れがある。 そうすれば最悪日本政府は帝国だけでなく連合王国とも開戦する恐れもあった。 


「理想としては今回の行動期間中に拉致被害者の行方を掴みたいんだ。 そうでもしないと最悪、王女を人質にして強引に交渉のテーブルに引っ張り出すことになるしね」

「...分かりました」


 良心の呵責を握りつぶし、守は立花に言われるがままにオディオに対する尋問を開始する。



「まだ塞ぎ込んでるつもり?」


 いつのまにかベッドの上で布団に包まっていたレジーナの傍に雪風が姿を現す。

 エリアゼロを通過後、守達の前に一切姿を現さなかった彼女が突然現れたことにレジーナは驚きのあまり布団から顔を出してしまう。

 彼女の瞳に映る雪風はいつもと同じセーラー服を着ていたが、その瞳には並々ならぬ怒りを見せていた。


「守はあなたのために悪魔の取引をしたのよ」

「悪魔? 何のことを言ってるの?」

「彼は人間を捨てる気よ」

「どういうこと?」


 理由の分からぬ彼女に対し、雪風は守が現在行っている行為を話し始める。

 日本の拉致被害者の情報を聞き出すため、彼は捕虜に自白剤を投与するという非道な行為をする立花達の行いを黙認し、通訳という能力を活かして尋問を行っていた。

 元々貴族の家柄出身というプライドからかオディオは中々口を割ろうとしなかったが、自白剤の投与と適度な痛みを伴う行為によって次第に情報を提供し始め、最後に驚くべきことを口にした。


「あなたの国であるビエント王国は一週間ほど前に帝国と同盟を結んでいるわ」

「何ですって!?」


 彼女が出発する前にはそんな情報は一切耳に入っていなかった。 連合王国を形成している手前、外交において一国がそんな勝手な行為をすれば内部崩壊するのが目に見えている。


「同盟によって帝国軍はビエント王国の港を好きに使えるようになった挙句、反抗的な態度をとる国や集落に砲艦外交をしかけるようになったの」

「あの売国奴め......」


 レジーナは叔父である現国王に対する怒りをたぎらせ、シーツを握り締める。

 本来なら彼女が皇帝の后になることで和平が達成され、両国の間に対等な通商関係が結ばれるはずが実際は帝国の手先に成り下がった挙句に内乱の兆しまで呼び込んでしまっていた。

 雪風はそんな彼女の怒りを尻目にさらなる情報を口にする。


「どうやら帝国軍はエリアゼロの発生に気づいてたみたい。 そして、そこに自分達と異なる世界が広がっていることにもね」

「そんな......」


 これまでの情報から帝国の狙いは分かる。 ビエント王国を足がかりに日本への侵攻作戦を企てているのだ。 しかし、日本の戦力を目の当たりにしてきた彼女にとってそれは自殺行為にほかならない。 日本人は温和に見えても有事においては凄まじい強さを発揮する。

 当初は相手の隙をついて上手くいったとしても何倍もの反撃を受けることが目に見えている。

 その上、帝国の行いにビエント王国が関与したとなればドラゴンを一撃で仕留めるほどの戦力の矛先は間違いなく自分達に向けられることになる。

 占領されることはなくとも、周辺国から恨みを買っている現状では弱ったところを攻め込まれてしまうという最悪のシナリオがレジーナの頭をよぎる。


「安藤達はこの部屋を含め、艦内のあちこちに盗聴器を仕掛けてこちらの会話を盗み聞きしているわ。 幸いにもあなたの言葉を翻訳するまでには至ってないのと私の声は聞こえないからここでの会話には支障ないけどね」

「私はどうすればいいの......」

「自分で考えなさい、曲がりなりにもお姫様なんだからね」


 雪風から衝撃的事実を知らされ、レジーナは言葉を失ってしまう。

 このまま己の無力さを嘆いて閉じこもってしまえば遠からず祖国は滅んでしまう。 そうならないためにも彼女ができる行為がただ一つ存在していた。


「雪風、私を緒方のところに案内して」

「良いわよ」


 並々ならぬ決意を胸に秘め、レジーナはフィリアを引き連れて緒方のいる部屋へと向かうことにする。 

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