足りない方が(お題:興奮した僕)
僕の部屋の電話がなった。初めての一人暮らし。入社して地方の営業所に配属が決まり、故郷を離れた。
高校生から付き合っていた彼女を故郷に残したまま。
引っ越し準備で電気よりもガスよりも、まずは電話回線の契約をした。
それから半年。
「どう? 慣れた?」
彼女の話し始めは、いつもその言葉で始まる。
「まあまあかな」
僕の言葉も同じ。
それからは他愛もない話。誰に聞かれてもはばかることない話題。
それらが尽きると始まる。
「しよ?」
「なに?」
ふふ。彼女の漏らした吐息が受話器から漏れる。その熱さまで伝わるようだ。
吐息と嬌声。
僕らの密かな時間。
僕は受話器を片手に、空いた方の手で熱いものを握りしめる。
相手の顔は見えない。ただ想像するだけで。彼女の切なげに喘ぐ声を聞きながら。
携帯電話がない頃。撮った写真は現像に出さなければ見られない頃。
不便だったけど、足りないものを妄想力で補完していた。
いま、スマホの画面をオフにしてベッドの脇に置く。待受画面はいろいろ遍歴を重ねたあげく、今は青一色。あの不便だった頃の興奮した僕を思い出し冷めた棒を奮い立たせる。
「ねえ」
妻が一声啼いた。声をきき、やっぱり僕は興奮した。
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