結婚しました(お題:ドイツ式の暴走)
彼女と付き合い始めたのは大学生のとき。最初に話しかけたのは僕だった。
うちの大学は街はずれにあったけれど、購買や食堂が充実していて、昼食には事欠かなかった。
学生も先生もパンを買ったりラーメンをすすっているなか、彼女はいつも手作りのお弁当を食べていた。
講義が終わった教室で彼女が一人お弁当を食べている。
「おいしそう」
そう僕は声をかけた。
「ありがとう」
彼女は微笑んだ。そうか、君が作ったのか。
彼女は一人暮らしをしていた。親元を離れてこの大学に来たのだという。理由を深くきけばよかったと後悔している。
彼女の部屋はとても綺麗だった。
綺麗というか、なにもなかった。
家具や電化製品はあるのだけど消耗品がなかった。
野菜はくずの始末も完璧で(くずの始末という言葉は彼女に教えてもらった)。卵の殻は植木鉢に。水は溜めて使う。
無駄がない。繰り返し使う。
大学に入学してからゴミ袋は10枚入りを1回買っただけだという。信じられない。僕らはいま4年生だというのに。
彼女の服装も質素というか正直野暮ったい。中身が良いからまだ見られるが、平凡な容姿だったらみすぼらしく見えるくらいだ。
それも年をまたいで着続けている。
そのセーター、付き合い始めた頃から着ているよね。虫食いや、かぎ裂きがないから、まあいいんだけどさ。ちょっとね。
正直言って僕は少し息苦しく感じていた。
僕は普通に消耗品を使い捨てにする生活しか知らなかったから。
彼女の言う「もったいない」が鬱陶しくて仕方ないくらいだった。
彼女は大学卒業を機に地元に帰ってしまった。
僕は彼女を追いかけなかったし、彼女もこの地に留まってはくれなかった。
「わたしの根っこはあっちにあるの」
そう彼女は言っていた。
彼女が唯一捨てたものは僕だったのか。
繰り返し使い続けるエコな生活をドイツ式というと知ったのは、彼女から届いた「結婚しました」ハガキが届いた日。
そのハガキは普通の官製ハガキだった。
文字数:864字




