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広がる謎の森 その4

 フォレストドラゴンに乗って飛んできた俺は、トレントキングが現れたという南の森の上空にやってきていた。


「ああ、確かに畑が呑まれているな」


 元は野菜畑だったのだろう。僅かに緑色の野菜らしきものがポツポツと見えているが、それらは地面から生えてきたトレントの木で滅茶苦茶になっていた。


 間違いなくトレントキングによるものだ。


 話に聞いていた通り、まだ畑二つ分くらいしか侵食されていないようだが、これからも同じペースとは限らない。


 急いでトレントキングを見つけないと。


「トレントキングの居場所はわかるか?」


 近くでじっくりと観察すれば、トレントかトレントキングか見分けがつくのだが上空からだと難しい。


「わからんが、飛び回って声をかければ反応があるだろう」

「ちなみに反応がなかったらどうなる?」

「交渉の余地はないかもしれんな」


 できれば後者のような状態にならないように祈るしかないな。


「とりあえず、語りかけてみてくれ」

「ああ。わかった」


 と、フォレストドラゴンが頷いたものの特に語りかける様子は見受けられない。


「ちゃんと話しかけてるのか?」

「自然と共に生きる我らは、言葉を使うのではなく意思を感じることで会話する。言葉はいらん」


 理屈はよくわからないが、フォレストドラゴンとトレントキングは言葉を交わすことなく、意思の疎通ができるようだ。


 初めて知ったな。レフィーアが知ったら、これまた喜んで研究しそうだ。


「いたぞ。トレントキングから反応があった。話に応じるつもりのようだ」


 しばらく上空を飛び回っていると、フォレストドラゴンが口を開いた。


 ひとまず、戦闘にはならなさそうな雰囲気で一安心だ。


 とはいえ、今からトレントキングと交渉するのだ。気を抜いてはいられない。


「それはよかった。で、トレントキングはどこにいる?」

「森の中心辺りだ。ほれ、蔓を長く伸ばしている」


 中心部に視線を向けると、フォレストドラゴンの言う通り長い蔓が一本伸びて、位置を示すように揺らしていた。


 そのような仕草がどこか人間臭くて、ちょっとだけ和んでしまう。


「わかった。向かってくれ」


 そう言うと、フォレストドラゴンは蔓が伸びている場所に急降下する。


 そこは辺りよりも少し開けた場所で、体の大きなフォレストドラゴンでも十分に着地できる場所であった。


 ゆっくりと地上に降り立つと、俺はフォレストドラゴンの背中から飛び降りる。


 辺りには囲むように木々が広がっており、一般人が見れば普通の森だと思ってしまうだろう。


 しかし、木の一つ一つをよく見れば、微量な魔力を宿した魔木、トレントだということがわかる。


 その中でも蔓を伸ばしている少し大きめな木は、他の木々よりも濃密な魔力と気配を漂わせていた。


 通常であれば、目の前にあるトレントキングを切り捨てるべきだろう。そうすれば、辺りにあるトレントから魔力が抜けていき、普通の木へと戻る。


 これ以上勝手に木々が広がっていくこともない。


 ただ相手が魔物とはいえ、こちらからの話し合いに応じて懐に入れてくれたのだ。


 個人としての気持ちやフォレストドラゴンの面子もあるので、そのようなことをする気は微塵も起きなかった。


 フォレストドラゴンが言っていたように、うちの牧場にいる魔物と同じような関係が結べるかもしれない。


「はじめまして、ここから東にいったところで牧場経営しているアデルだ。今回は、話し合いに応じてくれてありがとう」

「…………」


 とりあえず、挨拶してみたもの当然トレントキングから返事がくることはない。


 相手は口も発声器官もない木だからな。


「トレントキングは、用件を聞いているぞ」


 どうしたものかと頬を掻いていると、代わりにフォレストドラゴンが口を開いた。


 どうやら代弁をしてくれるらしい。一応俺の言葉は聞き取れるということか? それとも代わりにフォレストドラゴンが疎通してくれているのか。


 とりあえず、交渉ができそうなので用件に移る。


「これ以上トレントを増やさないでほしいんだ。近くには人間が住む村がある。これ以上増やされると、俺達の住処が奪われることになって戦わなければならなくなる!」

「……まあ、そのときは我も人間側につくかな。今の場所は存外に気に入っているからのぉ」


 俺が現状を訴えると、フォレストドラゴンの口から予想外の言葉が漏れた。


「え?」

「すまん、声に出してしまった。こっちの話を纏めているから待て」


 どうやらフォレストドラゴンとトレントキングの間で話し合いが行われているらしい。


 とはいえ、両者とも喋らずとも会話ができるので無音なのだが。


 しばらくは森の静けさに身を委ねていると、フォレストドラゴンが「トレントの言葉だ」と言う。


「人間のいない方角になら増やしてもいいか?」


 そう問われて、俺は咄嗟に周辺環境のことを思い出す。


 南の森の周りは、北側に行くとリフレット村の中心部。東側に行くと俺の住んでいる魔物牧場がある。西側には違う村があるが、かなり距離が離れているのでそれ程問題はない。南についてはだだっ広い平原があるくらいだ。


「すぐに決められないが、恐らく北と東以外ならば広げても問題ないと思う」


 勿論、無作為に広げられるのは困るけどね。


「それはどのくらいなんだ?」

「……南になら今の森全体の二倍くらいは増やしても問題なさそうだな」


 あそこには道もなく、人の寄り付かない平原だからな。


「だったら問題ない。北と東には広げないと言っている」


 フォレストドラゴンからトレントキングの言葉を聞いて、俺は安心する。


 よかった。これでひとまず村や牧場の安全は守られたな。


 さて、交渉のできる相手とわかったんだ。ここからは魔物牧場の飼育員として取引だ。


「次は個人的な用件だ。フォレストドラゴン、さっき言っていたトレントの素材の件を尋ねてくれ」


 俺がそう頼むと、フォレストドラゴンはこくりと頷く。


 しばらく黙り込んでいることから意思の疎通を図っているのだろう。


「条件つきでトレントの素材をくれると言っている」

「その内容は?」

「トレントキングとトレントの枝葉を切ったりして木を管理すること。後、変な魔物とか出たら追い払ってほしいとのことだ」

「おいおい、さすがにこの森にある木を全部管理するのは無理があるぞ」


 南の森だけでどれほどの範囲があるというのだ。


 俺とリスカには魔物牧場の仕事もあるし、さすがに全部の面倒を見るのは無理だ。


「全部やらなくてもいい。キングである自分や重要な位置に生えているものだけでいいそうだ」


 なるほど、普通の山や森でも木の枝葉を切ったり、時には何本も切り倒して成長を促したりすると聞く。


 何でも日光の当たり具合なども関係しているそうだが、それに似たようなものだろう。


「なるほど、それならやってみよう」

「交渉成立。だそうだ」


 フォレストドラゴンの代弁された言葉を聞いて俺は喜ぶ。


 これで村は守られた上に、魔物牧場としての利益も得られることになった。


 これ以上ない程に順調な成果だろう。


 俺はトレントキングの森の木々などの手入れをする。


 その代わり、トレントキングはトレントの木を無償で提供する。


 トレントは北と東に広げないこと。


 今回の約束を簡単に纏めるとこんなところだな。


「では、我は報酬としてピッザを所望する」


 そうだった。こいつへのお礼があったんだった。


 その日は、一日中ピッザを作り続けることになった。


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