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ライラックの雛 その2

 お裾分けするためのブルホーンのミルクを持ってリスカと共に馬を走らせると、程なくしてリフレット村の中心部にやってきた。


 リスカの家の牧場はここからさらに西側なので、先に俺の親へミルクを渡すことにする。


 実家に着くと庭にある小さな畑に母さんがいた。


「スリヤおばさん、こんにちは!」

「あら、リスカちゃんにアデルじゃない。いらっしゃい」


 リスカが駆け寄ると、母さんが立ち上がって笑みを浮かべた。


「何を育ててるんですか?」

「キャベツにタマネギに、ジャガイモとルッコラ、エンドウマメよ」


 目の前の畑には、母さんの言った通りの野菜が植えられている。中にはまだ植えたばかりなのか、芽だけしか出ていなくてまったく見分けのつかないものもあった。


「ねえ、父さんは?」

「お父さんなら外の畑よ。何か用があったの?」

「いや、渡したいものがあっただけで別に父さんじゃなくてもいいよ」


 そう言って、俺は鞄の中からブルホーンのミルクが入った瓶を母さんに渡す。


「あら? これはミルク?」

「そうだけど、絞ったのはうちの牧場にいるブルホーンからだよ」

「ブルホーン?」

「牛みたいな大きな魔物だよ」


 首を傾げて不思議そうにする母さんに、リスカが指で角のようなものを表現して説明する。


 簡単にいえば、そうだけどリスカの表現が可愛らしい。


「まあ! ということはアデルが育てた魔物からとれたものなのね。凄いじゃない」

「っていっても、ブルホーンからミルクを絞っただけだけどね」


 少し大袈裟に褒めてくる母さんの言葉に、俺は苦笑いをしながら返事する。


「何言ってるのよ。そのブルホーンっていうのは魔物なんでしょう? お母さんだったら、魔物が怖くてとてもお世話なんてできないわ。それなのにきちんとお世話をしてミルクを絞れるアデルは凄いわよ」


 そうなのだろうか。まだちょっと自分のしていることが手探りな状態なので実感は少ない。


 だけど、自分が世話をしたブルホーンからとれたミルクをあげただけで、こんなにも母さんが喜んでくれた。それがとても嬉しかった。


 こんなにも喜びを実感できたのはいつ以来だろうか? 魔法騎士団にいた時は、まったくなかったな。


 人々の役に立つために魔物を倒すのは使命であり、絶対に為さねばならない。それは騎士ある限り当然といった空気が漂っていたし。


「そうだよ。モコモコウサギとベオウルフならともかく、ブルホーンは怒ると突撃してきそうだし」


 あはは、突撃してきそうだし、じゃなくて、怒ると本当に突撃してくるんだけどね。


「まあ、アデルの牧場にはモコモコウサギがいるの?」

「うん! 丸くてフワフワしていてとっても可愛いんだよ。今度スリヤおばさんも遊びに行こう!」

「ええ、お父さんも誘って様子を見に行くわ」


 リスカの言葉ににっこりと返事をする母さん。


 父さんと母さんが牧場の様子を見に来ることに恥ずかしさもあったが、久しぶりに帰ってきたという俺の状況を思えば受け入れるしかない。


 恥ずかしいから来ないでなんて言ったら、また心配させるのかって父さんに怒られそうだしな。



      ◆



 母さんにブルホーンのミルクを渡した俺達は、馬に乗ってそこから西へと馬を走らせる。


 村の中心部から西へと向かうと、民家の数が徐々に減っていき農耕地帯になり、そこを通り過ぎると、リスカの家族が経営する牧場が見えてきた。


「おっ、リスカの牧場か。懐かしいな」

「あはは、アデルのところと違って、もう古いからボロボロだけどね」

「俺が生まれる前からあるもんな」


 確かに雨風に長い間晒されたせいか、リスカの牧場の屋根には傷や汚れが激しい。しかし、逆にそれが年季を感じさせるような雰囲気と落ち着きのある色合いを醸し出していた。


 俺の厩舎も確かにデカいが、新しいからか鮮やか過ぎる気がする。うちの屋根もこれを見習うように落ち着きを手に入れてほしいものだ。


 リスカの牧場には厩舎がずらりと並んでおり、そこに何頭もの牛が収容されている。柵で囲われた牧草地には牛が草を食んだりしていた。


 牧場にいる牛の数が、昔よりも明らかに増えているな。


「今は何頭くらい牛がいるんだ?」

「この間で四十頭になったよ」

「おお、俺が村にいた時は二十ちょっとくらいだったのに、随分と増えたんだな」


 当然、牛は無料で手に入るわけではない。


 買えばかなりの金額が飛ぶし、子牛が生まれたとしてもすぐに死んでしまう可能性もあって、増やして成牛に育てることは並大抵の苦労ではなかっただろう。


「みんなで頑張ったからね」

「牛も増えたっていうのに、リスカがこっちに来て本当に大丈夫なのか?」


 四十頭もいるとなると大変だろう。リシティアも違う村にお嫁にいったと聞くし、その上リスカも抜けるとなるとマズいのではないだろうか。


「大丈夫だよ。牛も増えたけど、その分飼育員も増えてるから。一人はアデル兄ちゃんも知っている子だよ?」


 リスカや俺の友人の中で酪農家の友達などいなかったはずだが……。


 子供の頃のことを必死に思い出してみるが、酪農に興味を持っている奴はいなかった。というか、いても思い出せない。


「ん? 誰だ?」

「うーんと、内緒。そのほうが面白いし」


 素直に尋ねてみるも、リスカはそう言ってはぐらかした。


 まあ、俺が知っている人物だというし、昔に喋ったことや遊んだことのある人物なのだろう。


 リスカの両親込みで会えることを楽しみにしながら馬を進める、リスカの家に着く。


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