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『うふふ、役割なんて大層なものは考えていませんよ。ワタクシは自由を愛しています。ですから皆さんにも、これからは自由に行動してほしいと思っているだけですわ』
「……それはこの場では、最悪の魔法の言葉だな」
南方がそう呟いた瞬間、俺のすぐ隣から奇声が上がった。
なんだと思った直後には顔面を殴られ床に這いつくばる。さらに這いつくばった俺の腹や背中に何度も容赦ない蹴りが入れられる。
意味不明かつ理不尽な暴力に、怒りが猛然と込み上げてくる。
誰だか知らねえが人に暴力振るって許されると思ってんのか! 人に暴力振るっちゃいけねえなんて小学生の頃に教わる一般常識だろうが! これだからこんなとこに集まってる異常者共は……
「つうか、いい加減にしやがーー」
「今睦雄さんを蹴っている方。蹴った数の三倍、自分の頭を壁に叩きつけてください」
俺がブチ切れるより先にムクロの無機質な声が響き渡る。それと同時に蹴りがやみ、代わりに頭を壁に打ち付けるガンガンという音が聞こえだした。
その音をBGMにしつつ立ち上がると、俯いた状態で「お願い、解除してやってくれねえか」とムクロに頼み込む。
ムクロは一瞬何か言いたそうに首を傾げたが、俺の意図を察したのか素直に了解してくれた。
「ではそこの人、もう頭は打ち付けなくて大丈夫です」
ムクロの一声でぴたりとそいつの動きは止まる。俺はそこでようやく俺を殴り蹴ってきた奴の顔をはっきり視界に収めた。
そいつはこの施設に収監されている『毒草』ではなく、俺たちと一緒に施設開放に参加させられた八人の勇士の一人。
名前は確か……憶えてねえ。
神月が紹介していた話では、影が薄く感情の起伏がほとんどない強力な『毒消し』だったと思うが、事実影が薄すぎてすっかり存在を忘れていた。
というか影が薄いって話は事実だったわけだが、感情の起伏がないってのはどう考えても誤情報だったわけだ。何せ唐突に人のことを殴ったり蹴ったりしてきたのだ。情緒不安定にもほどがある。
とまあそんなことはどうでもいい。今はとにかく――
「目には目と歯を。拳には蹴りを。蹴りにはタコ殴りをお返しだ!」
つい数秒前まで頭を打ち付けふらふらになっているそいつを蹴倒すと、俺はその上にまたがり、拳を振りかぶった――




