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南方の膝蹴りをぎりぎり腕で防いだ綾崎は、蹴られた衝撃を利用してその場から大きく飛び退いた。そして一度目を細めて俺らを見まわした後、何も言わずに全速力で施設の奥へと走っていった。
「おい待てよ!」
何の弁明もなく逃げ出した綾崎を追いかけようと、俺は足を踏み出す。しかし背後の通信機から聞こえてきた声により、つい動きを止めてしまった。
『うふふふふ。すでにそちらも面白いことが始まっているみたいですわね。もっとゆっくりとお話ししていたかったけれど、そんな時間はなさそうかしら?』
「元からゆっくり話す予定はなかったが……確かに数秒前よりはるかに面倒な事になったみたいだな」
げんなりとした表情を隠そうともせず、神月は綾崎が逃げ去っていった方向を見つめる。
するとそんな神月を押しのけ、南方が通信機に顔を近づけた。
「奇妙だとは思っていたんだ。なぜ出入り口に君の死体だけが飾り付けられていたのか。外部からやってくる僕らへの嫌がらせをしたいなら、有効的なのは職員の死体のはず。純粋に頭のいかれた狂人の犯行なら、君の死体だけでなく他の『毒草』の死体も転がっているのが自然だろう。しかし実際は君以外に死体が全く出てこない程施設内は整然としていた。となれば、君の死体には何か別の目的があるはずだと、そう考えていた」
『あらあら。どちら様か存じあげませんが、随分と頭の良い方がいらっしゃるようね。でもそこまで見越しておきながら、今の今まで誰にも話してこなかったのかしら?』
「信用できる奴がいなかったからね。それに確信もなかった。僕よりも遥かに毒耐性の高い男が至近距離まで近づいて確認したにも関わらず、何も言わなかったからね。まあもし、神月から五感に関わる『毒』を持つ奴がいることをもっと早く聞いていれば、もう少しまともな対処ができていたとは思うが」
どんな時でも『毒草』としての性質が出るのか、神月に対する軽い皮肉も忘れない。
絶対こいつに友達はできねえ。
そんな思いをより強固にしていると、南方は推理フェーズから質問フェーズへと話を進めていった。
「さて、一つ聞かせてくれないか。今回の君の計画において、僕たちにはいったいどんな役割が与えられているのかを」




