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「『祈願』をものにしたって、まだムクロの毒を受けてから一日しか経ってねえはずだろ。そんな早く――」
「かの戦闘民族ではないが、俺も死の淵まで近づくと『毒』の習得が早まるんだ。端的に言えばパワーアップできる。事実君たちは今動けないだろう?」
腹立たしい話だが、目や口などほんの僅かなパーツしか体を自由に動かせない。
それにしてもムクロの持っていた『祈願』の習得。それが事実であるのなら、この状況は既に詰みと言える。あいつの毒は強制力も桁外れだが、それ以上に怖いのは副作用だ。あいつの毒を受けてしまった者は、あの死ぬほどやばい頭痛に襲われ最悪死に至る。仮に死に至ることはなくとも、神月と戦う余力が残せるとは思えなかった。
絶望と悔しさから、俺は歯を食いしばって神月を睨み付ける。
神月はそんな俺の視線にも一切動じた様子はなかったが、ふと口を開くと、
「ああ、言い忘れたが副作用はでないから安心してくれ。さっきも言ったがまだ完全ではなくてね。おそらく彼女ほどの強制力にはなっていなくて、必然副作用も出ないらしいんだ。君の友人たちでそれは検証済みだから安心してくれていいよ」
あっさりと俺が考えていた不安を解消してくれた。
とはいえその言葉に安堵を覚えたのも束の間のこと。絶対的ピンチであることは変わらず、全身に力を入れて懸命に体を動かそうと努力する。
だが、そんな健闘する俺をよそに、神月は目を細め、俺たちの背後に目を向けた。
「さて、彼ら二人に俺の毒が通用することが証明されたわけだが――流石にあなたには通じないかな、綾崎君」
「さてねい。それは試してみないと俺自身にも分からんよん。ほら、二人にやってみたみたいに『お願い』してくれていいんだぜい」
にやにやと挑発するような声で、綾崎が答える。
神月は一瞬大儀そうに顔をしかめるも、素直に『祈願』を行った。
「綾崎煉。君も俺の前に来てひざまずいてくれないか」
体は固定されていて動かせないため、綾崎がどうなったのかを直接見ることはできない。触覚・聴覚に意識を研ぎ澄まし、あいつが近づいてきているのかを必死に探ろうとする。
しかしそんな努力をするまでもなく、
「うーん、やっぱ俺にはそいつも効かないみたいだねい」
と、先と変わらぬ位置から気の抜けた声が届いてきた。




