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第096話、驚異の始まり、肉食の宴 ―悪名高きケモノ―【ダンジョン塔中層】


 【SIDE:冒険者スピカ=コーラルスター】


 ダンジョン特有の湿りと血の名残を彷彿とさせる狭い道。

 イメージを言葉にすると”廃棄された坑道”か。

 仄暗い水の滴りが、ポツンと遠くのほうから聞こえている。湿った道を進むのは冒険者たちの足音と、わずかに水を踏み跳ねる小動物の足音。

 ここは既にヴェルザのダンジョン塔の中層エリア。

 迷宮の入り口に設置され、ショートカットが可能となっている転移門を抜けた場所であった。


 本来なら中層最奥にも転移門があるのだが、英雄魔物の復活により機能を停止している。なので彼らは中層の入り口から奥へと向かっていたのだ。


 討伐と遭難者救援の部隊に参加している人数は十八人。

 前衛三人と後衛二人の五人構成のパーティを三つで、十五人。残り三人の内訳は遊撃隊のアキレス。十八人全員の指揮と《鼓舞スキル》による支援強化を行う戦術師。そして、最大火力を自由なタイミングで放つ広域範囲攻撃を得意とするスピカ=コーラルスターだった。


 中層の探索は極めて順調。

 名物経験値魔物の影響で人間の平均レベルは異常に高い。中層入口から最奥の英雄魔物フロアまでの道中は、流れ作業に過ぎなかった。事実、作戦を組み立てながら彼らは進んでいる。

 そのはずなのだが。

 その中でも数名、違和感に気づいていた者がいる。赤珊瑚色の瞳が特徴的なスピカもその一人。狩人としての勘がなにか違和感を告げていた。いつもとどこかが違うのだ。


 彼女は周囲の索敵を行いながら、リーダーとも言える戦術師の男に語り掛ける。


「ちょっと、いい? 戦術師の……えーと」

「シャーシャ=ド=ルシャシャです。疑問点があるのなら、構いませんよ。むしろ今この瞬間しかタイミングがありませんので、どうぞご遠慮なく。はい、わたくし、女性からの質問でしたらいつでも完璧にパーフェクトにお答えすることを心がけておりますので!」


 と、きざったらしい口調で銀縁モノクルを輝かせる戦術師シャーシャ=ド=ルシャシャに、参加者全員が困惑を浮かべるが。これでも本当に高レベルの戦術師。かつてウィルドリアの街に住んでいた英雄――戦術師シャルル=ド=ルシャシャの血族にあたる彼の実力と高名は、ヴェルザの街の冒険者の中ではそれなり以上に有名であった。

 顔立ちもいい、血統もいい。実力もある。

 けれど難点はその性格か。


「そ……そう。ルシャシャさん」

「どうぞシャーシャとお呼びください。美しき赤珊瑚の射手、スピカ=コーラルスターさん。わたくしもあなたに心を射抜かれ、恋に落ちてしまいそうです」

「あの……まじめな話、いいですか?」

「なるほど、真剣交際をお望みと?」


 指揮効果を上昇させる”軍神の手袋”を装備したまま、前髪をファサァ!

 ふっ……と薔薇を周囲に召喚する、《薔薇王の祝福》を発動させる男はスピカがブチ切れる直前で誠実な顔立ちの美青年に戻り。


「分かっておりますよ。普段のダンジョン攻略とは違い、誰かが見張っている気配がするのでしょう? けれど、索敵を得意とする狩人のあなたでもその気配を察知できない。当たっていますか?」

「え……ええ。そうよ」


 まじめな話に戻され、しかも正確に当てられたので苛立ちをぶつける矛先を失いつつ。

 スピカは再び、瞳を猛禽類のソレに変貌させ索敵スキルを発動させていた。


「やっぱり、無理。なにかが見張っているのは間違いない。けれど、こちらの索敵能力では察知できない……。それって、ちょっと異常です」

「ふむ、困りましたね。スピカ=コーラルスター。あなたの索敵能力は冒険者の中でも頭二つは抜けています、その能力から逃れ、少し離れた場所で一定距離を保ちつつ監視しているなど……ありえない。しかし、現実となると――英雄魔物のリポップが早まった異常事態と関係している可能性が高いですね」


 そのまま戦術師シャーシャ=ド=ルシャシャは謎の来訪者、駿足のアキレスを振り返り。


「異国の伊達男殿。あなたは何かご存じで?」

「さあな。だがこっちを見張ってる連中の種族や力は把握できてるぜ。ほら、これがデータだ」

「ネズミの魔物、《神鼠の使い魔》……ですか。スピカ嬢でも索敵判定に失敗していたのに、よく把握できていましたね。やはりあなたが王宮に招かれた異邦人。北部の人間……真樹の森の奥地にあったとされる北砦、その末裔との話は本当だったのですか」

「シャーシャさんだっけか、あんたなんで男相手と女相手でそんなに声音も顔も違うんだ? スピカお嬢ちゃんの時はキラキラと瞳も片眼鏡も輝かせてるくせに、えらいぶっきら棒で無表情じゃねえか」


 言われて戦術師シャーシャ=ド=ルシャシャはモノクルをキランと輝かせ。


「愚問ですね。男に愛嬌を振りまいて何か一つでも良い事がありますか?」

「……。なあスピカお嬢ちゃん、こいつがリーダーでいいのか?」

「仕方ない。戦術師としての腕だけは本物……らしいから」

「お前さんもお前さんで、なーんかちょっとオレに余所余所しいよなぁ」


 言葉足らずで、すぐに目線をそらしてしまうスピカの顔色をのぞき込むアキレス。

 その横顔を眺め、戦術師シャーシャ=ド=ルシャシャが言う。


「彼女は重度の人見知りなのですよ。そしてそれ故に潜伏スキルを極めていた。ようするに照れ屋なのです。それくらいすぐに分かるでしょう」

「あの……シャーシャさん。戦術師の観察眼で人を分析するの、やめてもらえますか?」

「これは失礼。悪意はなかったのですが、気を付けます。さて、まじめな話に戻りましょう。アキレスさん、こちらを観察し続けているあのネズミ達に心当たりは御有りなのですか?」


 答えにくい流れになると、わざと真面目な話に誘導する戦術師。

 そのあたりを突っ込むよりも先に言うべきことがあるのだろう。異邦人と看破されているアキレスは言葉を選ぶように頭を掻き。


「あーと……一応、既にそっちのお偉いさんとは話が済んでるんだ。知っている情報は伝えてある、今は混乱を避けるために情報を精査してるんだろうが、そのうち教皇様も正式に発表するだろうさ。まあ、あの幼女様がどこまでお前さんたちに語るのかが判断できねえから、オレの口からは……な?」

「正論ですね。ただ、倒していい存在かどうか伺っても?」


 ようするに敵か味方か。

 その問いに、男は一瞬だけ、ぞっとするほどの殺意を滲ませていた。勘の鋭いスピカが眉を寄せ。


「アキレスさん……?」

「っと、悪い。奴らには良い感情がないんでな。少しムキになっちまっただけだ」


 すぐに飄々とした気のいい青年に戻ったアキレスは、唇だけで静かに告げた。


「盤上世界そのものの敵――だろうよ」


 言って、アキレスは左手の薬指に光る指輪に手を乗せる。

 深い情景。大事な思い出を眺めるような顔で、けれど厳しい声が続く。


「奴らに同情するな。奴らの言葉を信じるな。奴らはどんな手段を使っても勝ちを狙ってきやがる。もしお前たちにも大事な友や家族がいるのなら、けして迷うな」


 あまりにも深みのある声で、悲しい微笑を浮かべていたからだろう。

 戦術師シャーシャ=ド=ルシャシャも狩人魔術師スピカ=コーラルスターも何も言えず、反応に困ってしまう。ここで深く聞いても状況を乱すだけと判断したのだろう、二人はあえて何も聞かずに先を急いだ。

 作業のような行進の果てに、彼らは中層最奥エリアの前までたどり着いた。


 ◇


 中層最奥を守る巨大な扉。天国への扉を彷彿とさせる神々しい空間の前。

 それはいた。

 エリアの端には、隠匿結界で震えている新人たちの姿も見える。間に合った。後はエリアボスであるエンシェントオークキングを倒すだけ。

 そのはずだったのだ。


 けれど、どうしたことか――中層ボスともいえる見慣れた英雄魔物がいない。正確には、誰もが見たこともない姿へと変貌していた。

 邪悪な何かが、そこにいる。

 扉の前で、ニタリと微笑んでいる。

 魔力をはらんだ黒茶の獣毛が、ジジギギギィィィィィっとセミの鳴き声のように震えている。


 結界の中にいる新人冒険者たちを眺めて、あと少し。あと少しで結界が壊れる、と嬲るように眺めているのだ。


 スピカ=コーラルスターがまともに顔色を変え、驚愕を隠せぬ声を漏らしていた。


「どういうこと!? エンシェントオークキングじゃないわ!? どうなってるの、シャーシャさんっ?」

「知りません。あれは――、一体!?」


 ほかの十五名にも動揺が走っている。

 そこにいたのはエンシェントオークキングが装備している筈の《豚暴君タイラント・外套マント》と《豚暴君タイラント・王冠クラウン》を装備した、巨大な齧歯類げっしるい

 剥き出しな黄色い牙に、ネラネラとした長い尻尾。

 口はニタニタと嗤っている、瞳も、ギラギラと滾っている。

 そのレベルは――エンシェントオークキングを遥かに超える、未知の領域。


 けれど、駿足のアキレスは未知の敵を睨みつけ――あふれ出そうになる剣幕をこらえる様に静かに言う。


「あれが通称ヌートリアスモンスター。魔物どもが外からの敵に憑依された状態、ネズミ堕ちした姿だよ」

「ネズミ、堕ち……?」


 そう。

 アキレスだけはそれを知っていた。その顔は鬼天竺鼠、カピバラの亜種ともいえるヌートリアそのものだったのだ。魔猫が住まう街に鼠は少ない。邪悪な彼らが現れると、普段は温厚な魔猫達が悪鬼羅刹のごとく激怒し、その存在そのものを否定するように滅するからである。

 だからだろう。鼠をあまり知らない冒険者たちは、未知の種族への恐怖に打ち勝てず、行動不能状態に陥りかけていた。

 だが――。


「震えるな! ガキども! 空気に呑まれたままだと、死んじまうぞ!」


 凛としたアキレスの言葉に正気を取り戻したのだろう。情報を集めるべく動いた戦術師、シャーシャ=ド=ルシャシャは鑑定効果の魔導書を開き掲げていた。

 モノクルに魔力閃光を反射し、戦術師は該当ページを指でなぞり。

 詠唱を開始。


あなたの正体を暴きましょう――軍神の章、第三節。《魔物大図鑑》」


 バサササササササ――!

 魔導書が鑑定という結果を導こうと緑色の魔力を走らせ、そして。

 十八人、全員のログに鑑定結果が表示される。


 鑑定名:汚染されしエンシェントオークキング(鼠)。

 状態異常:《ヌートリア》。

 戦術師の高性能な鑑定スキルだからだろう。《ヌートリア》の単語に対して、更に詳細な検索を開始。四星獣異聞禁書ネコヤナギのログに接続し、該当データをたどり始める。


 結果が出たのだろう。

 女好きの戦術師、その表情が明らかに普段は見せぬ動揺を浮かべていた。


「闇落ちしたカピバラ……? カピバラとは、ヌートリアとは、いったい……」

「今はどうでもいいわよ! それよりも、なんなのよ、この強さはっ。上層の強敵と同格、いえ、それ以上じゃないっ」


 恐怖の感情を読み取ったのか。

 ヌートリアスモンスターと化した、汚染されしエンシェントオークキング(鼠)がゆらりと振り向き。

 ニヒィイイイイイイィッィイ!

 ねちゃぁぁぁっと黄色い牙を尖らせ、言った。


『ああ! キタ! 餌がキタ。待っていた!』


 邪悪なる魔力を放つ齧歯類。

 その手につかまれた魔導杖が、輝きだし――。

 外套が魔力に揺れて、冒険者を足止めする暴風を発生させる。


『食わセロ! 食わセロ! 肉の宴! さあ、我らの贄となれ旧人類ども。我が神、我が主に告ぐ――!』


 黄色い牙の奥から、長文大詠唱が開始されはじめた。



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