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第094話、英雄の血族 ~ウィルドリアの珊瑚星~【ヴェルザの街】


 【SIDE:冒険者スピカ=コーラルスター】


 魔猫と歩む土地、ヴェルザの街。

 噴水を中心として放射状に広がる市場街。グルメと人の営みで賑わう場所を散策する長身の青年の名は、アキレス。四星獣イエスタデイ=ワンス=モアの助力を受け転移してきた、北部レイニザードからの使者である。

 青年は馬のように長い手足で、スタスタもぐもぐ。

 市場を満喫している様子である。


 そんな観光気分な使者殿を見張るのは、幼女教皇マギの”側仕え”からの依頼を受けた女性冒険者のスピカ=コーラルスター。

 まだ二十歳前と比較的若い彼女だが、その実力は鬼才と称される程。

 職業はダブル職業クラス

 技術の発展により二つの職業を同時に習得できるようになった、才に恵まれた冒険者の一人なのである。ダブル職業はヴェルザの街でも上位の冒険者しか習得できない技術であるが、スピカ=コーラルスターは冒険者登録し、たった三年でその領域にまで届いていたのだ。

 メイン職業は狩人。

 サブとして炎熱魔術師とよばれる火炎系属性を得意とする魔法職も習得している。接近戦では斧を、遠距離攻撃では弓と火炎魔術による広域攻撃を行う、後衛アタッカーのエキスパートである。

 そんな将来を有望視される珊瑚星コーラルスターは、後ろで縛った赤い髪を揺らし、息を吐く。


 ――使者殿……アキレス、ねえ。正直、退屈な監視だわ……。


 と。

 そう、駿足のアキレスは何の問題行動も起こしていない。それどころか、ただただ退屈な時間を無為に過ごしている。誰の目から見ても無害な状態が続いている。

 幼女教皇マギは使者殿を見張る必要などない――としていたらしいが、代々の側仕えは違ったらしい。


 ”使者と名乗っているし、善人なのは間違いないらしいが。何をするか分からない来訪者を野放しにはできない。善人であっても、同じ常識や良識を持っているとは限らない。しばらくの間は監視対象にするべきです!”

 と、わりと能天気な幼女教皇に代わり、彼が胃痛を抑えながら裏で動いていたのである。

 その監視役に冒険者ギルドを通じ選ばれたのが、彼女。

 スピカだったというわけだ。


 もっとも、側仕え殿の杞憂であることは明白だった。

 駿足のアキレス。使者殿には悪意の”あ”の字もない。


 それでも依頼だ。しかも、王宮に勤める神官職からの依頼だ。ようするにかなり払いが良い。だからスピカは欠伸をかみ殺し、退屈でほのぼのとした空気の中で依頼を遂行する。

 監視期間は三日。依頼も三日。せめて三日ぐらいは監視すべきだ、それが側仕えの見解であるらしい――が。


 退屈。退屈。退屈。

 退屈という字が、頭の中でゲシュタルト崩壊を起こしそうになっている程だった。

 頭に乗ってこようとする野良魔猫をよけつつ、彼女はまた欠伸をこらえて息を吐く。


 ボゥっとして、瞳に生気を感じさせないスピカであるが、その顔立ちはそれなり以上に整っていた。女性ではあるが化粧は薄い。化粧の香りを嫌っているのだ。それでも、女性冒険者としてのささやかな嗜みとして、匂いの薄い化粧を施してはいるが――その潜伏能力は優秀。

 彼女は狩人、潜伏スキルも得意としている。

 だから気づかれていない。

 筈なのだが。


 ――……? いま、こちらを向いたか……?


 スピカは気を引き締めた。

 呼吸を止めて、自身の気配を薄くしていく。完全に消すのは悪手、あくまでも街並みにとけ込む程度の気配だけは出していたほうがいい。それが潜伏の基本でもあった。

 けれどだ。

 彼女がほんのわずかに瞬きをした瞬間だった。


 すぐ目の前に、監視対象がいた。

 屈んで露店の陰に隠れていた彼女は、ハッと瞳を見開きしまったと思う。


「どうして……気が付いた」

「どうしてってそんなに気配を漏らしてちゃあ、普通気づくだろう?」

「普通、違う……気づかれたことないし」


 スピカは憮然と、サンゴのように赤い瞳を尖らせていた。


「赤髪にサンゴ色の目、おまえさん、あの伝説の魔術師カレンの血筋の冒険者か?」

「どうしてそれを……?」

「なははははは! オレ様は勘が鋭くてな、そーいうのがなんとなくわかっちまうんだよ? どうだすげえか?」


 ん? ん? すげえか?

 と、陽気に笑う監視対象に、やはりムッとした顔でスピカ=コーラルスターは言う。


「それ、内緒だから。誰にも、言わないで――」

「内緒? なんでだよ。カレンっていったらかの有名な弓使い、五月雨星の異名を持つアークトゥルスと共にモスマン帝国を滅ぼした英雄だろう。自慢こそすれ、隠すことじゃねえだろうに」

「そっちの、アークトゥルスってのも……先祖なの。あの二人が結婚してた、って逸話、知らないの?」

「へえ、あの英雄同士が結婚してたねえ。オレを監視してたって事はオレが”真樹の森”の奥、孤立していた北部の人間だってのはもう知ってるんだろう? こっちの大陸まで逃げのびた連中の話は知らねえんだよ」


 腕を組んで、うんうんと納得する使者殿。

 その能天気な言葉ごと顔を睨み、スピカ=コーラルスターは眉を顰めていた。


「本当に、外の世界の人、なんだ……」

「一応、教皇様の許可も得てるんだけどな――で? なんで隠してるんだ? オレなら自慢して回るんだがねえ」

「別に、いいでしょ――それよりも、あなた、どうして市場で食料ばかり買い食いしているの?」

「そりゃあ北部はまだ平和になったばっかりで、あんまりこういうグルメが発展してねえからな。物珍しいんだよ。いやあ、この国の料理はうまい!」


 豪胆に笑う男の薬指に輝く指輪を目にして。


「あなた、その若さで既婚者なのに……買い食いって……どうなの?」

「おう、若く見えるか! ははははは! まあ、そうだろうな!」


 若き女性冒険者は思った。

 変な奴、と。寡黙気味な彼女が苦手な、犬のようなタイプでもあった。

 けれど、仕事は仕事。


「バレちゃったら、仕方ない。悪いのだけど……行動を見張らせてもらっている。問題、ある?」

「あるっちゃあるが、依頼って奴なら引き下がる気はねえんだろう?」

「そりゃあ……既に前金も貰ってるし……」

「しゃあねえな、じゃあちょっとついでに街とかギルドの案内をしてくれよ。しばらくここで世話になるから金を稼ぎたいんだわ。持ってた手持ちはもうねえし、金がねえとメシも食えねえだろう? それじゃあ悲しいってもんだ」


 スピカ=コーラルスターは考える。

 素直に尾行がバレたと、魔術メッセージで依頼者に連絡を取り――。


「……わかった。それで構わない」

「で? 嬢ちゃん名前は?」

「必要?」

「そりゃあそうだろうよ。おう、なんだあ? それともチビ狩人魔術師って呼ばれてえのか?」

「……。待って。どうして職業がダブルって?」


 言葉足らずなスピカ=コーラルスターの意図を読み取り、使者殿はニヒィっと馬面に愛嬌を乗せ。


「ん? そりゃあ装備を見ればわかるだろう。すげえな、この街は。二つの職業を同時に修得するなんて、そんな技術があるんだな!」

「まあね。でも、誰でもできるわけじゃないから……あなたじゃ、無理、かもね」

「どうだろうな。さて、それよりもさっそくで悪いんだが。そっちの依頼に付き合うついでに、一ついいか?」


 まじめな顔をし告げる男に、若き冒険者はごくりと息を呑む。

 この男、陽気な三枚目を演じているようだが……まじめな顔となると変貌する。不意に、まるで英雄のような精悍さが滲んでいるように見えた。もしかしたら、この男はとんでもない強者なのではないか。そんな空気さえ含んでいるのだ。

 が――。

 男はすぐに、顔の前で大きな手をビシっと合わせて。


「悪いんだけど、ここの焼き鳥屋の支払い、頼めるか? 後でぜったいに返すから! な!」

「……は?」

「いや、だから。ちょっと持ち合わせが足りねえっつーか、な?」


 スピカ=コーラルスターは杞憂であったと考えを改める。

 こいつはただのお調子者。

 人当たりの良さで使者に選ばれただけで、せいぜいが二流どまりの前衛職だろうと。もし敵対者になったとしても、制圧するのは容易いと報告するべきか。いや、それは早計か。


「経費で請求するから構わないけど……。ねえ。年下に奢らせるって、どうなの……?」


 言いつつも――共に行動する許可を得る代価。依頼遂行のための必要経費として、スピカ=コーラルスターは焼き鳥屋の店主に代金を支払う。ログには経費として必要だった状況が残るので、依頼人への請求もたやすい。


「で? 嬢ちゃん、名前は?」

「はぁ……。スピカ。スピカ=コーラルスターよ」

「そっか、んじゃあよろしくなスピカお嬢ちゃん」


 ニヒヒヒっと駿足のアキレスはやはり、人好きのする笑顔を向けている。


「お嬢ちゃんは、ちょっと……」

「まあいいじゃねえか。細けえことは気にすんなって!」


 やはりスピカは改めて思う。

 変なヤツだと。

 こうして二人はしばらく行動を共にすることになったのだ。


 監視対象者はどこか浮世離れした。

 まるで時の中から取り残されたような、不思議な男だった。



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