第092話、混乱きたりて、幼女が「ぷくー」【教皇私室】
【SIDE:幼女教皇マギ】
太陽が真上で輝いている時刻。
もふもふ猫が日向ぼっこする王宮内。プライベート会談の後。
四星獣イエスタデイ=ワンス=モアの手紙を読み終わり、幼女教皇マギは物憂げに窓から外の景色を眺めていた。
書かれている内容は少なからず、彼女の顔を大人びた教皇へと戻すインパクトはあったのだろう。
彼女の側仕えである、鷲鼻の糸目男、怪力系統のスキルを所持する聖職者が言う。
「猊下、あのアキレスという青年。本当に自由に行動させてよろしいのですか? 今からでも密偵を送ることも可能ですが――」
「無用じゃ。信頼に値する人物であるとイエスタデイ様の手紙に綴られておる。そして妾自身もヤツと会話してその人となりは把握した。好人物であると判断できるほどの良きカルマを感じられたからのう」
「ではなぜ、そのようなお顔を」
「この手紙には現在の世界情勢やら、神、御自らの願望やらが書かれておった。既にレイニザード帝国のダンジョン塔は完全踏破、攻略完了。残る唯一のダンジョン塔がここ、ヴェルザの街の塔だけとなっているともな」
「な……っ――」
教皇の漏らす言葉に、側仕えはまともに顔色を変え――。
「攻略を完了ですか!?」
「――……うむ。四星獣ナウナウの眷属、智謀のケモノとされる饕餮なる神獣の力を借り受けてとの話ではあるがな。この世界で唯一完全踏破された塔となるそうだ。まったく、まだ教皇となる前の妾が歩んだ時と合わせ……およそ千年。不老不死の人生をかけても果たせておらん攻略を、わずか十八年足らずで完了させてしまうとは――よほどの知恵者であったのだろうて」
「それで……神はなんと?」
「外来種についての情報と、妾の身を案じる旨が……な。妾ら人間や魔物がかつてはただの遊戯駒だった、世界盤上説は知っておろう?」
問われた側仕えは考え込み。
「それは、まあ……」
「やはりあの説はどうやら正しいらしいのじゃ。そして、神によって本物の命と魂を授けられた遊戯駒こそが、我らの先祖の始まり。しかし、どれだけ世代を重ねても根源には駒という概念が残っているのじゃ。そこが隙となっておるようじゃの」
ごく一般的な遊戯駒を召喚し、マギは魔術師としての顔で瞳を細める。
「外来種とやらは盤上世界の外からこの世界に干渉する者。その干渉方法こそが、妾らの根源……駒部分への憑依。その手段も単純な方法じゃ。憑依したい駒を殺すなり、説得するなりして空の遊戯駒の状態とし、代わりに自らの魂を遊戯駒に入り込ませる。理論としては……死体に邪悪なる魂を憑依させて動かす、古典的なネクロマンシーと似ておるかのう」
「それが異界からの干渉者、ですか……猊下を狙っている理由は」
「狙われているのは妾だけではなく、特殊な駒全般らしいがな。魔王という唯一無二の駒、アルバートン=アル=カイトスを代表とし、終焉スキルなる北部で確認された特殊駒……最終局面になると発生する特殊スキル保持者。そして、妾のように千年を生き魔力を満ちさせた駒。神も把握しておらんケースが他にもあるのじゃろうて――」
魔王の駒、聖痕を宿す駒。神の恩寵を受けし不老不死の駒。
それぞれを眺め、側仕えが言う。
「使者殿や神の手紙を疑うわけではありませんが。……憑依された人間の報告など上がっておりませんよね。それが少し気になります」
「だろうな。じゃが、妾にもそのからくりが少し見えてきたわ」
「と、おっしゃいますと?」
「先ほども言うたではないか。”人間や魔物”がかつてただの遊戯駒であったと」
気づいただろう側仕えはハッと糸目を見開き。
「つまり、ダンジョン塔の魔物に憑依しだしているのではないか。猊下はそれをお疑いなのですね?」
「いかにも。北部のレイニザードダンジョン塔。正確には、ダンジョン塔名はかつての北砦の名であろうが。ともあれじゃ、その上層からは明らかに普通の魔物とは異なる行動、異なる統率、異なる言語を用いる個体が混じっていたとこの手紙には書かれておる。外来種とやらは人間への憑依を諦め、魔物に憑依し始めている……そう考えるべきであろうな」
教皇マギの言葉を聞き。
側仕えはジト目を作り。
「いや、手紙にそこまで書かれていたのでしたら、猊下が気づいたわけではないのでは? なぜそんなドヤ顔を……?」
「な!? た、戯けぇぇぇぇぇ……痴れ者が! ここは自分で気づいたと格好よく見せたかった、教皇たる妾の見栄というものを読み取り、褒めたたえる場面であろうが!」
であろうが! であろうが!
と、部屋でゴロゴロ転がる魔猫達が声を真似して輪唱する中。
「……。それはよろしいのですが――やはり信頼できる存在とはいえ、使者殿には監視の目をつけておくべきだと具申いたしますが」
「おぬしも疑り深いヤツじゃのう、善人であることは保証しておるじゃろうに」
伊達に千年は生きておらんわ、と威厳ある幼女スマイルをやはりジト目で見て。
「いえ、善人であったとしてもです。あなたと意気投合をなされて、なおかつ様々な逸話を残す四星獣にして我らの神のお知り合い。良かれと思ってやらかすこともあるでしょうし、なによりおそらくこの国の貨幣を持ち合わせていない筈。不安材料しかないのですが?」
言われて幼女は汗を浮かべ。
「そういえば妾、あやつにこの国の活動費を渡して……」
「いらっしゃいませんので、無一文だと思われますよ? ともすれば冒険者ギルドでクエストを受け、行動費を稼ぐか、或いは魔道具屋や武具屋で異国のアイテムを売却するはずです。トラブルしか起こらないように思えますが――」
「なあぁぁっぁぁぁぜ、それをすぐに言わぬのじゃ! おぬしが言ってくれれば、ひと月くらい暮らせる金を渡しておったぞ!?」
「お言葉ですが、会談が終わるまでは口を挟むなとおっしゃったのは猊下でございます」
しれっと告げる部下に、教皇はぐぬぬぬぬ!
次の言葉を探し口に発する直前、メッセージ魔術を受け取った側仕えの表情が変わる。その顔がヒクつき、鷲鼻に浮かぶ汗は甚大。
幼女が言う。
「ど、どうしたのじゃ? やはり、あやつ、なにかやらかしおったか?」
「い、いえ――それよりも大変でございます。猛将マイアと名乗る方と、その連れ二名。合計三名が、猊下との会談を申請してきたとのことなのですが……」
「聞かぬ名じゃな、どこの冒険者じゃ」
「それが――冒険者ではなく、魔王軍幹部を名乗っている……と」
「魔王軍幹部じゃと!?」
幼女の眉が跳ねる。
即座にマギは大陸を治める教皇の権能で、該当者を遠見の魔術の対象に入れる。
民たちとの交流の場になっている神殿にいたのは、魔族が三名。
リーダーと思われるデーモン族の女性と、賢そうなアヌビス族の男。そして、食人鬼と鑑定される陽気そうな女である。敵意はないようだと判断しつつも――もち肌輝く眉間をおさえて幼女教皇マギは思った。
面倒が同時に起こりすぎじゃろう、と。
ぷくーっと膨らませた頬が緩む日は遠い。




