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第087話、長文契約書―胎盤の中の十三番― 【エリア不明】


 【SIDE:外来種十三番】


 俺はいつだって上位だった。

 生まれもそれなりの金持ち、良い環境で甘やかされて育ち、学業に従事する頃には学び舎のガキ大将。ヒエラルキーの頂点。ピラミッドの上。

 そりゃあ順風満帆な人生ってヤツを謳歌していた。いやあ、とてもいい学生時代だったと思う。

 中学の頃に少しいじめてやった奴が死にやがったが、関係ない。親父の力でねじ伏せてやった。バカなガキを産んだ女が睨んでいたが、底辺共が睨んだって無駄。高校になったころには女で遊び過ぎてちょっと成績を落としたが、そのまま二流の大学に行き、親父のコネで二流の会社に就職。


 だって仕方ないよね、俺、そういう生まれなんだし。

 バカ面晒した重役どもが分を弁えて俺に頭を下げる中でさ、俺に説教するバカな上司がいやがったが――ああ、うん。飛ばしてやった。バカだよねえ。こちとらお前らのところの取引先様のご子息ぞ?

 社内で俺に逆らうやつはいなくなった。

 いやあ、気分が良かったね。本当。

 ああ、それなのに。あのババア。もう二十年も前の話なのに、息子の仇とかいって、俺を突き飛ばしやがった。いやあ、でもムカつくけど感謝してるよ。だってさ。俺、死んだら選ばれちゃったんだもん。

 誰にって。そりゃあ決まってるでしょ?

 神様だよ、神様。


 まあ神様っていっても? 大きな雲に乗ってる禿げた爺さんとかじゃなくて、バカみたいに大きなケモノ。

 輝く光を腕いっぱいに抱いた、強欲そうな鼠だったけれどさ。

 その神様が、ニコニコ嗤いながら言ったんだよ。


『ああ、目覚めたかな。おめでとう。君こそが僕に選ばれた新しい英雄コマだ』


 ってね。


『君にはこことは違う世界で新しい人生を歩む権利がある。けれど、ああ、そうだね。タダってわけじゃあない。転生させるにも無償ってわけじゃないからさ。さて、どうだろうか。僕に協力してくれないかな? 君が協力してくれるっていうのなら、君達現代人が大好きなチートってやつを下賜した上で――新たな人生を与えてあげることもできる。どうかな、悪い話じゃないよね?』


 言って、ネズミは腕の中の光を、キラキラキラキラと輝かせ。

 デヒィィィ!


『なに――心配することはない。その世界は遊戯駒の世界。全ての人物がNPC。ほら、君達がゲームと呼んでいる遊戯に、あらかじめ決定されたプログラムで動く存在がいるだろう? ここは始まりの街です。そんな口調で露骨な説明する意思なき人形さ。ああ、知っているようだね。そう。そこの住人は全部、それだ。けれど、君だけは違う。君だけは本物の命ある魂として転生できる。まあ、駒を操ってそこに憑依する形にはなるけどね。その代わり、その世界でどれだけ傷ついても痛みはない。今、魂で浮かんでいるままの君みたいな死も決してない。そうだね、無敵コードを使った状態で人生を送れるってわけだ』


 鼠の瞳が、眼前に迫っていた。

 赤い瞳がギラギラとしていた。


『まあ口だけでは分からないだろう。とりあえずチュートリアルっていうのだったか。一回、駒を選んで体験をしてみてはどうかな? それで気に入ったのなら色々な駒を使って新しい人生を繰り返せばいい。あの世界には駒がいっぱいある。死んでもやり直せるし、選びたい放題だ。それでも気に入らなかったら、君を元の世界で転生させてあげるよ。どうかな?』


 ――転生? と、俺は聞いていたと思う。

 巨大ネズミはニコニコニコ。笑顔を絶やさず言った。


『ああ、君には一切のリスクはない。遊びだと思えばいい。飽きたのなら、いつだって元の世界に戻してあげるよ。まあ、赤ちゃんからやり直しだろうがねえ。それで、どうかな? 契約、してくれるかな?』


 巨大ネズミは長ったらしい契約書を腕の中の光から呼び出して。

 サインを求めて、ニコニコニコ。

 当然、俺はサインをした。こんないい話、逃してたまるモノかと思った。

 だって俺は生まれた頃から選ばれた人間だった。今回だってその延長だ。


『ああ、サインをしてくれたのだね。ありがとう。本当に――嬉しいよ。我が使徒、我が信徒よ。新たなプレイヤーよ、我が同胞よ! 僕は君を愛そう! 僕は君を大事にしよう! 君という存在が僕の役に立つ限りは、優先しよう。だから、頑張ってくれ。僕を飽きさせないでおくれ。僕を退屈させないでおくれ!』


 やはりニコニコニコ。

 神様ネズミは嗤っていた。


 ありゃあ俺っていう英雄が見つかって、本当に嬉しかったんだろうね。

 そう、俺は選ばれた。

 自由に願いを叶えるための遊戯に参加できることになった。

 なんでもこの遊戯世界で神様ネズミに貢献する行いをするか、定められている力を集めて献上すればポイントが貯まるって話じゃない? ポイントと交換にどんな願いでも叶えられるっていうんだから、そりゃあやるよね?

 実際、ネズミが探してるアイテムを献上すると力をたくさん貰えた。力ってのはこの遊戯世界で強くなる、いわゆるレベルとかチートってやつ。もう、無双し放題だったね。しかもポイントを貯めれば、神様が褒めてくれるんだ。どうやら他にも参加者がいっぱいいるみたいなんだけど。あいつらはダメだね。自分がどういう状態になっているか、全然わかっていない。

 俺だけは選ばれたから違うけど、あいつら。知らないんだぜ?


 なにがって、まあこりゃあ内緒なんだが。

 他のプレイヤーは全員、試験管の実験体。水槽の脳みそ状態。

 本当は脳だけ抜き取られて、思考と生命機能だけを保存されてさ。ズラズラって、コールセンターのパソコンみたいに並べられて、盤上遊戯の駒を操ってるんだってさ。


 まあ、僕だけは違うけれどね。

 バカな連中だよ、本当。

 選ばれた僕だけは、決して見捨てられないけどさ。

 だから、今日も僕は神様の命令を聞いて、アンダンテってやつを殺して駒に乗り移ってやったんだ。僕の神様が求めているから。僕は神様に褒めて欲しくて、僕はここで力ある駒を奪う也、データを吸って。僕は、僕は……あれ。僕の名前ってなんだっけ。

 いや、なんで僕? 俺は俺だろう。

 思考が乱れている。


 あれ、ここはどこだろう。

 なんで、僕は水槽の中にいる。

 目の前に、神様がいる。巨大ネズミの神様が、赤い瞳で僕を眺めている。

 けれどニコニコは嗤っていない。


『ああ、つまらない。イエスタデイに見つかった。このコマも終わりか』


 ズズズズ。ズズズズ。

 水槽にネズミが近づいてくる。

 ちっとも嗤っていないネズミ神様が、水槽にびっしりと額を押し付け。


『十三番。君は廃棄だ。お疲れ様』


 ――廃棄? 待って、なんで、なんで神様。僕はずっとあなたのために。


『悪いけれど、情報を抜き取られたくないからね。だから廃棄だ。僕のために今まで動いてくれて本当にありがとう。君が集めてくれた魔力は僕がちゃんと大事に使ってあげるから、安心して欲しい』


 ――待って。待って。そうだ、ポイント。ポイントを使えば、またやり直せ――。


『ポイント? ああ、そういえばそういう風に言ったこともあったかな。ごめんね、全部嘘なんだよ。君達が動いてくれるための方便だ。まあ、仕方ないよね。君達人間は、餌がないとクルクルクルって回ってくれないから』


 ――そんな。嫌だ。嫌だ。廃棄は嫌だ。そんなの規約違反。いや、契約違反じゃないか。


『いいや、契約通りだろう?』


 ギシリと手を伸ばしながら、巨大な鼠は契約書を水槽にべっちゃりと貼り付け。


『全ての契約は僕の気分次第で変わるって、ほら、最後に書いてあるじゃないか。ちゃんと読まないと、ね? それでは、十三番。今まで本当にありがとう。僕のために動いてくれて――感謝している。それだけは本当さ。ああ、最後に教えてあげよう。この世界には天国も地獄もある、けれど、君は人を殺し過ぎているからきっと地獄だろうね』


 ――人を殺し!? だって、あれはNPCだって。


 赤いケモノの目の下。

 鼠の歯が、蠢く。


『君、バカだってよく言われていただろう』


 虫けらを見る目が、僕を見ている。そのまま鼠の手が近づいて――。

 嫌だ。いやだいやだいやだ!

 ガシャン。


 水槽の中の十三番ぼくは死んだ。


 ◇


 同時刻。盤上遊戯の世界。

 外道なる魔術師の駒を潰した魔猫。

 イエスタデイ=ワンス=モアが言う。


『情報を吸われる前に、魂を無理やり破棄しおったか――気に入らぬな』

『畏れながら――イエスタデイ様』

『――……見たことのある顔と魂だが、ほぅ……そなた、ナウナウの眷属となったのか――』


 賢き饕餮トウテツヒツジは顕現した四星獣に跪き。


『わたくし、奴らの情報をいくつか入手してございます。どうか、交渉をさせていただけませんでしょうか?』

『フハハハハハハハ! 我と取引しようなどとは生意気であるが、良かろう。申してみよ』


 そして、饕餮ヒツジは情報と極上のステーキを取り出し。

 此度の襲撃で死した者達のデータを指さした。



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― 新着の感想 ―
[一言] あの時のネズミが未だに暗躍してるんやな…… ネコはネズミの天敵だと言う事をいずれ思い出してくれるはず。
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