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第086話、一秒でも長く――【戦場、燃える大地】


 【SIDE:駿足のアキレス】


 燃える街。業火弾とも呼べる敵の魔術攻撃が戦力増強特区を包む。

 衛兵が魔導攻撃を仕掛ける中、追撃者からの攻撃を避けて駆けるのは――蹴撃者ストライダーアキレス。

 右腕の半分は既に炭化している。だが左腕で守るべき者を抱き、彼は安全な場所を求め走り続ける。


 装備破損状態となったスーツオブホースメンから覗く背中には、焼け爛れた皮膚と剥き出しの筋肉が浮かんでいる。マフラーのみでは防ぎきれなかった、ガイア=ルル=ガイアを庇い生じた負傷である。


 煙と炎の道を靴装備タラリアの魔力光が進む。

 煤に塗れた顔を強張らせた少女、ガイア=ルル=ガイアが叫んでいた。


「ねえアキレス! 街を巻き込み過ぎてる……っ。転移魔術の使い手に頼るか、転移門を使っちゃダメなの!」

「ダメだ、相手は魔術師。転移魔術の座標をズラされたら即死する。転移門は転移にタイムラグがある、近隣の砦に移動するにしても途中で門を壊されたら転移失敗でお陀仏だ」

「そ、そう――ごめんなさい」

「いや、気にするな。本当はおまえがこんな戦場に慣れる必要なんてねえんだからな」


 業火を受け肺の三割を損傷しているアキレスの声はかすれていた。

 けれど冷静だった。

 戦力増強特区の人間は、エリートが多い。

 有事の際の避難訓練を受けている。

 だから燃えている街でも、人はほとんどいない。それを敵は知らない。大被害がでていると錯覚している筈。その心理を利用した構造を考えたのは、新しく来た謎の参謀のような存在だというが。

 それでも――。


 ――負傷者がまったくいねえってわけじゃ……ねえよな。


 ギリリっと心が軋む中、敵はやってくる。

 ズザザザっと立ち止まったアキレスは、炎の奥で揺らいでいる人影を睨み――靴装備タラリアの魔力を地面に流し、魔法陣を展開。地面に刻む文字によって、本来なら使用できない異界魔術の詠唱を開始する。


「頼む、誰でもいいから力を貸してくれっ! こいつを守る力を――っ」

『へえ、魔術師でもないのに舞踏による魔術式を無理やりに形成したの? 《大いなる導き》ってヤツの補助魔術を発動させたのかぁ。すごい、すごい! 最後のあがきってやつかなぁ?』


 炎の渦から再びアレが顕現する。

 アンダンテの皮を被った、異世界からの侵入者。

 問答をする気など毛頭ないアキレスは身体強化された状態で、肉体破損状態のままに前屈みになり――猛ダッシュ。

 崩れる壁をペガサスの翼の靴で駆け、相手を無視して逃げの一手。


『はぁ? 逃げるんじゃねえって言ってるだろうがぁ!』

「ガイア! オレのアイテムボックスからなんでもいい、邪魔になるモノを出し続けろ!」

「もうやってる!」


 整理整頓が苦手なアキレスのアイテム空間にはさまざまなゴミが溜まっている。

 それらをそのまま引き出せば、駆けて逃げる状況では投てきアイテムの代わりとなって敵の追撃を妨害できる。一見するとどうしようもない攻撃だが、単純なだけに相手は対処できていない。


『クソったれどもがぁあああああぁ!』


 敵は星の形の杖を振るい、割れた花瓶や食べかけのままカビたパンを炎で焼き払う。

 対象選択を選びきる時間がないのだろう。


『俺様にゴミを投げつけやがってっ、タダで済むと思ってるんじゃねえだろうな!』

「ア、アキレス。どうするのよ! これじゃあただの時間稼ぎにしかなってないわ」

「それしかねえんだ。たぶん、経験値遠征に行ってる陛下たちにも連絡が飛んでいる筈。時間を稼いで、救援を待つしか……っ」


 言葉が途中で止まる。

 それは好機――額に血管を浮かべた敵が立ち止まり、大詠唱を開始する気配だった。若き英雄は、その機会を見逃さない。

 戦況は――動いた。


 ザシュゥゥゥウ――!


 それは必殺の一撃。

 瞬時に方向転換したアキレスのサマーソルトが敵の眉間に直撃したのだ。神速の蹴りが、杖を構えた敵をまっぷたつに切り裂いていた。本来ならここで勝ちが確定しているが――アキレスはすぐさまに再び距離を取り、走り出す。


 ――奴は絶対に、この隙をつく。


 刹那――。

 敵を倒した空間が、マグマの中に沈んでいた。


『は? なんで避けられるんだよ!?』

「唸れ、タラリア――!」


 相手の声に構わず、再び出現した次の偽アンダンテの横をすり抜け――逃走を開始。

 炎を纏った神速の風が、敵の間抜けな頬を掠めて髪を揺らす。

 二度も殺され、リポップしてなおもアキレスを殺すことができなかった敵は、顔を真っ赤にして。


『ぜってぇ、許さねえ! クソ雑魚の分際でぇ! 俺様に二回もリポップを使わせやがったてめえだけはっ。そこの女もてめえも、メス合成獣キメラの材料にして、くせえ雄豚の番にして孕ませてやる……っ!』


 炎を纏う魔術弾が再び展開。

 駆けるアキレスを縦横無尽の炎の弾丸が貫き続ける。肩を貫かれた幼馴染を見て、ガイアがハッと顔をゆがめ。


「もうやめて、このままじゃあ。あなたが死んじゃうわ、アキレス!」

「うるせえ! 黙ってろ、このバカ! 絶対に、守ってやるっていってるだろう――っ!」

「でも……っ」

「カチュアを守れなかったオレがっ、今度もお前を守れねえってなったら。オレはもう、これから先、まともに太陽の下を歩くことなんて、できねえんだよ!」


 アキレスは駆ける。

 命を消耗しながらも、駆ける。

 このまま遠征組が帰ってくるまで逃げ切れば、勝ちだ。


 そう思っていた。実際にそうだったのだろう。

 しかし。

 焼ける街並み、その隅に逃げ遅れた人を見てしまった。


 誰かが連れていた子供だろう。

 それは三人の子ども達。

 まるで、かつての自分たちのような――。


 その目線を悟ったのだろう。敵は、ギヒりと下卑た笑みを浮かべ。

 容赦なく、ただ惨殺するために火炎弾を放つ。

 駄目だと分かっていた。全てを台無しにする行為だと理解していた。けれど、身体が動いていた。


 ◇


 三人の子どもを守り、その背に火炎弾の直撃を受けたアキレスは地面に転がっていた。

 その手にあるのは、守り抜かないといけなかった少女の姿。

 子どもは生きている。

 大人たちが待つ場所へと駆けて、逃げている。


 守れたのだ。

 けれど、その代償はけして軽くはなかった。

 もうアキレスの足は動かない。片脚は――既にない。


「すまねぇ……ガイア。ドジ、踏んじまった」

「いいの、もういいのよ……っ」


 少女は男を責めなかった。


「工房の連中にも、悪い事をしちまった……な」

「そんなことないわ。子どもを守らないで逃げたら、そっちの方が、ずっと、ずっと……っ。怒られるわ」

「でも」

「もういいの。あたしたち、ちゃんと頑張って生きたわ。やりきったじゃない。誰にも責める資格なんてないわよ」


 少女は微笑んでいた。

 アキレスの左手が、少女の煤だらけの頬を撫でる。


「こんなことなら、ちゃんと言っておけばよかったな……」

「なによ、こんな時に……」

「綺麗になったな。おまえ……――」


 告げた男の指が、少女の頬からすり抜けていく。

 そして、アキレスは動かなくなった。

 少女はぎゅっと唇を噛んでいた。

 鑑定の魔道具を使用しなくても、それが人の死なのだと理解できた。


「あなただって、大人になって、格好よくなったじゃない。アキレス……」


 足音がする。

 敵だ。

 外道な魔術師である。


『はいはい、ご歓談中失礼しますよ~! はい、これで終わり。君たちはゲームオーバー! 子どもを庇って捕まるなんて、バカなんですか~!?』


 ゲスな男の呼びかけに、ガイアは反応しなかった。

 反応しないことが一番の嫌がらせになると、少女は察していたのだ。

 少女は死した友の亡骸の前で、思う。


 もう、あたしたち頑張ったわよね。

 と。

 三人だった子どもが一人欠け、二人欠け。最後に自分も欠ける。


 少女の中ではあの日の思い出が蘇っていた。

 草と土の香り。

 共に草原をかけた、子どもの頃の記憶。

 そう、幸せな記憶があるのだ。だから、悪い人生ではなかった。


 でも、本当にこのまま死んでいいのだろうか。

 少女は思った。

 満身創痍で死んだ、友の横顔を見た。


 ここまで頑張ってくれたのに。

 それを無駄にして。

 本当に良いのか。


 違う――。


『あっそ。じゃあ、もう死ね』


 身体が動いていた。

 命を犠牲にして時間を稼いでくれた男の死を、無駄にはしたくない。

 一秒でも長く生きるべきだ。

 その一心で少女は男の遺骸。聖痕を輝かせタラリアに手を伸ばし。

 願っていた。


「翼よ――っ」


 発生させた翼による風で自らの身体を吹き飛ばし、火炎弾を回避する。しかし時間を稼いだのはわずか数秒だった。すぐに次弾が迫りくる。

 ゴゥッゥゥゥっと、周囲の空気を巻き込んで膨らむ炎の鞭が少女に迫る――。

 肌が焼けるようにチリチリする――。

 火炎が少女の眼前に迫った、その時だった。


 炎が消え。

 声が――響いた。


『ギリギリ間に合った……とは、言いにくい空気ですね。はて、なにやら騒がしいと思ってきてみれば――随分と好き勝手にやってくれたみたいですねえ』


 炎による熱が消えていた。

 モコモコななにかが、ムッシャムッシャと口をもごもごしているのだ。

 それは羊。


『な……!? 俺様の魔術を、喰った!?』

『はい、召し上がらせていただきましたよ。まあ、あまり美味しいとは言えませんがね。品性が腐った魔力ですので、下の下でしょうか』


 炎を喰って、お腹をさすさす♪ ふふーんと鼻を揺らしソレは瞳を尖らせた。


『さてさて、はてはて。どうしてくれましょうかねぇ。終焉スキルの遺伝計画……わたくしの華麗なる計算の一つが、外部からのイレギュラーで台無しではないですか。いやはや、これは気に入りませんねえ、よくないですねえ。実に不快ですねえ。さて、それはともかく。ご無事でしょうか、人間のお嬢さん。生きていてもらわないと、わたくし非常に困るのですが』

「あ、あなたは……っ」

『これはこれは失礼しました。わたくし饕餮トウテツヒツジと申しまして、ええはい。ザカール八世に雇われたしがない戦術コンサルタントでございます。以後お見知りおきを』


 慇懃な礼をして、メメメメエメッメ!

 饕餮を名乗る羊は、周囲に消火弾をアイテムボックスからまき散らしながら言った。


『ご安心なさい、お嬢さん。今回の件は完全なイレギュラー、盤上遊戯のルールとは反する妨害。故に、管理者も寛容な筈――まだ可能性がゼロではありませんよ』

「ゼロじゃないって……どういう――」

『死は覆らせることのできない状態異常。輪廻を待つ状態。しかしです。例外は存在する。この世界には一つ、とある種族だけが扱える奇跡の魔術が存在するのですよ。そこであなたを守り、必要な時間を稼いで死んだ――それなりに有能な人間も蘇るかもしれません』


 可能性はゼロじゃない。

 そう言われたガイアがぎゅっと手を握る中。羊はモコモコっと振り返り。


『さて、それよりもあなたですよ。あなた。そこの外道。あ、な、た。いやあ、酷い魂です。姑息な手を使って倒せない敵を倒そうだなんて。セコイですねえ、とてもいけませんねえ。まあ、それはいいのですが。あなた、今回の襲撃で――絶対に侵してはならない禁忌を侵しましたね』


 消火活動をしながら悠然と語る饕餮ヒツジのレベルは――。

 そう高くはない。

 ガイアや衛兵よりはマシだが、その程度。とてもではないが、この外道な敵と戦えるとは思えない。


 案の定、敵は余裕の表情で唸っていた。


『さっきから、てめえはなんなんだ糞ザコ羊!』

『お黙りなさい。というか、わたくし理解できないのですが――あなたは何故そんなに余裕なのですかな?』

『雑魚が一匹増えたぐらいでなにを焦ろっていうんだ?』

『おんやぁ、もしかして。ご自分がなにをなさったか、ご存じない?』

『はぁ? 何を言ってやがる』


 発動する魔術弾をヒラヒラっと回避して、羊がメヒヒヒヒ!


『なななな、なんと! これは失敬! 本当に気づいておられなかったのですね!? あなたは盤上遊戯における最大のルール違反を犯しました。それは至極単純なルール。故にこそ、守るのは簡単。なれど――それを守れない者も稀に出る』

『ルールねえ?』

『なんぴとたりとも魔猫を傷つけてはならない。この世界でなによりも優先される絶対規律ですよ。それをあなたは守らなかった。ならば、どうなるか――お分かりですね?』


 工房への攻撃時に、敵は黒猫も巻き込んで攻撃をした。

 そしてこの世界には魔猫を眷属として使役する、始まりの獣がいる。

 遥か上空。天の星々が輝きだし――。


 そしてそれは顕現した。



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― 新着の感想 ―
[一言] この世界のにゃまはげ降臨 「悪いやつ(猫にいじわるするやつ)はい゛に゛ゃ゛い゛か゛ぁ゛~~!!」
[良い点] あ!ギリギリ?間に合いましたね!(≧▽≦) [一言] 魔猫を傷つけるべからず…。ですか。(-ω-;) じゃあ現れるのは…。イエスタデイ様かな? ( ´艸`) 敵さんご愁傷様です。ルー…
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