第085話、死線 【戦場工房】
※本話には一部、人によっては不快と思われる表現がございます。ご注意ください。
【SIDE:駿足のアキレス】
時刻はまだ朝。襲撃された工房。
衛兵の張った四種の結界と、ガイア=ルル=ガイアの張った魔道具による防御陣の中。
衝撃と共に襲ってきたのは、アキレスにとっては聞き覚えのある声だった。
『あれ? おかしいですねえ。アキレスく~んにガイアちゃ~ん、どうして開けてくれないのですか?』
声の質は彼らも知っている村仲間アンダンテのモノ。けれど明らかに存在は違う。
臨戦態勢に入っているアキレスは相手の呼びかけに応じず。
「擬態能力者か――工房長たちは……」
「たぶん爆発が起こった時に同じように結界を張って立てこもっている筈よ、だから、たぶん、まだ生きているとは――思う」
「そうか。衛兵さんたち! 悪いが、急いで王宮に救援要請を」
「今やっているが、駄目なんだ、妨害されているっ……」
焦る衛兵の一人とは裏腹。アキレスは冷静に、首装備のマフラーを揺らし。
「なら問題ねえ。妨害されているって時点で王宮の連中は、気付いている筈だ。爆発もしたしな。問題は他の終焉スキル保持者が狙われているかどうかで、救援の順位が変わるってことだが――」
考えるアキレスに、ガイアが言う。
「おそらく、聖剣と魔剣を作れる鍛冶職人のところが救出の最優先でしょうね。極端な話、武器を作れるそっちが潰されたら終わりなわけだし。基本的に魔術師用の防具を作るあたし達の重要度は、他と比べると……低い筈よ」
「まあ、後衛職の防具は優先度低いだろうからなぁ……しゃあねえか」
「革ブーツで攻撃するあなたみたいな職業が増えれば、優先度も変わったんでしょうけどね~。いやあねえ、マイナー職ってのは」
「はぁ!? オレ様のストライダーはレア職業なんだよ。そんなにぽんぽん増えられてたまるかってんだ」
意外にも落ち着いている二人の会話に、部屋に立てこもる仲間も落ち着きを取り戻している。
『あれぇ? でてこないんですかぁ? いいのかなぁ、このままだとアウトォ! この工房にいる連中を先に皆殺しにしちゃってもいいんですけどぉ!?』
偽アンダンテからの挑発が発動されるも四種の結界に弾かれ、不発。
アキレスは既にガイアを抱え、装着者の意思によって動くマフラーでしっかりと支え、固定していた。ガイアも既に逃げる時の態勢は理解していたので、アキレスの肩に捕まり手の甲の聖痕を輝かせている。
衛兵の一人が結界内のみに響く声で言う。
「すまないがアキレスくん。もし、奴が他の部屋に侵入しようとしたら――」
「分かってる。その隙にこいつを抱えて単騎で逃げればいいんだろ。それも全力で。振り返らず――あんたらや工房の連中を犠牲にしてな」
「その通りだ。若い君に辛い役目を押し付けることになるが、頼む」
「なに、いいってことよ。オレはこいつを守り抜くっていう義務があるからな、その棚ぼたで戦線を離脱できるんだ。オレはツイてるな」
ツイてるという癖に、その奥歯はギリリと音を鳴らしている。
前衛職が仲間を見捨てて逃げなくてはいけない。青年アキレスがまっとうな人間であるからこそ、この選択は酷。心の奥を抉っている。それでも、人間が存続するために優先するべき順位がある。
ガイアは何も言わず、ぎゅっとアキレスの肩を強く握った。
『ちっ、マジで立て籠もるつもりかよ。ああ、もういいよ。なら、そのまま焼け死ねクソども!』
「来るぞ――結界を厚くしろ!」
声が響いた刹那。
火山噴火のような爆音と共に――。
再度、工房が揺れていた。
ドゴゴオァガァゴゴゴギギギゥゥゥ――ッ!
鋼が溶け、崩壊する壁が焦げる香りが結界ごしにアキレスたちの鼻を刺激する。部屋の四隅に溜まった埃が、ぶわっと砂利のように部屋を吹き荒ぶ。
それでも結界を貫通することはなかった。
無事である。しかし――。
四種の結界のうち、三つが崩壊していた。
工房は半壊。各部屋は結界で覆われ無事だったが、壁は崩れ、既に部屋の内部が剥き出しとなっている。結界が薄かった工房部屋では――焦げた職人たちが転がっている。防ぎきれなかったのだろう。負傷者が出た。その中にはドワーフ工房長もいる。
重症だ。
本来なら全員が駆け寄っていた筈だ、けれどできなかった。
「先輩! 工房長!」
「ダメだガイア! ここは――耐えてくれっ」
「分かってる、分かってるけど!」
アキレスは血を流すほどに奥歯を噛み締め、それでもガイアを優先し守るために心を殺す。
魔術師の恰好をした中肉中背の青年が、杖を片手に不気味に微笑んでいた。今出ていったら、確実になにかをしかけてくる。
『ひゃひゃひゃひゃ。なにそれ! マジうけるんですけど! ふつう仲間が死にかけてるのに、見捨てるかぁ?』
敵はそのまま更に杖を振るい、もはや壁しか残っていない工房全体に熱を発生させ。
「っぐ……っ、な、なに!? こっちを全員殺す気なの!?」
「ありえねえ、こいつ……終焉スキル保持者を誘拐するのが目的じゃねえのか……っ」
『ああん? 殺した後でデータさえ回収すりゃあいいだけなんだよ、だから、とっととそこのボサボサを渡しな。なに、どうせてめえらなんてただの駒なんだ。人間ごっこはもうやめろって、遊戯駒ども!』
言って、中肉中背の男は回る星の形をした杖を振るい。
足元に多重の魔法陣を回転させ、ニヒリ。
『其は我らが王。我らが神。楽園の管理者よ! 慟哭せし黒猫の憎悪に潰され、消された世界の残影よ! 汝は魂を喰らいて全なる一となった者。汝の名はエノク、我は汝の使徒。穿ち轟け、そして我ら信徒に幸福を! さあ、楽園の再誕を謡え、《神域集合霊の血弾よ》!』
異界魔術により炎の弾丸を連続放射――。
周囲の空気が焦げていくが、アンダンテの偽物は無傷。負傷している工房長たちが、がぁぁぁっと喉の奥を焼かれ苦しみ藻掻く音がする。アキレスは考える。これは相手にとっても無謀だと。周囲の酸素が消えていく中、それも構わず炎の弾丸を撃ち続けているのだ。
それもかなりの高密度で。
いつか酸素が無くなる筈。
しかし、そのいつかが来ても敵は悠然と微笑んだまま。
酸欠にならないと悟ったガイアが、喉の奥から声を絞り出していた。
「こいつ、呼吸をしていないの……!?」
「ただの人間じゃねえってことだろうな――」
アキレスの脳裏に浮かんでいたのは今朝のクローディアの言葉だった。
やはり敵はこの世界の外の人間。悪意ある存在なのだろう。呼吸が苦しくなってくる。頬に伝う汗が、熱気に包まれ蒸発していく。
まだ若く血気盛んな青年の脳裏には、葛藤があった。崩れた壁の横、喉を焼かれ苦しむ同胞たちを助けに行きたい。そうウズウズとしている。けれど、それがいかに無謀な行為かは理性が理解している。
だから必死にとどまっていた。
残る結界は二つ。衛兵が張った壊れていない一つと、ガイアの張った魔道具による一つ。
しかし、衛兵が張った結界はもう既に限界である。結界にひびが入り始め。
観察眼を成功させたアキレスが先輩職人を振り返り、唸りを上げる。
「避けろ――!」
「え……――?」
結界を貫通した弾丸が、職人に向かい一直線。
獄炎を纏い、対象を撃ち貫くべく空を駆ける。
その直前。
ずざぁぁああああああああぁぁぁぁぁ!
「ちぃ……っ!」
『ありゃ、避けられた。おいおい勘弁してくれよ。これじゃあキルスコアが伸びねえじゃんか。早く撃墜数と貢献度を上げて、願いを叶えて貰いたいんですけど?』
すんでのところで、アキレスによる蹴撃が作業台を動かし、簡易盾として機能させ先輩職人を守っていたのだ。空いた結界の隙間を、黒い何かが通り抜ける。黒い何かはそのまま走り、焦げ付いている外の負傷者に駆け寄り。
……。
気を引くようにアキレスが敵を睨み。
「てめぇ――調子に乗ってるんじゃねえぞ」
『へえ、生意気じゃんか。ねえ、怒ってるの? 怒ってるんだよなあ! 堪らないなあ、その顔。まさか全員を守ろうだなんて思ってる? 思ってるよね!?』
ギラギラギラと、まるで子供のように瞳を輝かせ襲撃者。
その腐った性根をさらに睨んだアキレスは考え込み。
小馬鹿にしたように、鼻から息を漏らしていた。
「くっだらねえ……てめえ、まだガキだな」
『は? おれはもう三十超えてるんですけど? ああ、こっちで操ってるこの姿だと、そう見えても仕方ないのかな。いやいやじゃあしょうがないね。おまえたちにはこっちの存在なんて理解できてないんだろうし』
「そうか、すまねえな。じゃあ心がガキのまま止まってるだけか。そりゃあ失敬」
『……あぁん?』
空気が、変わる。
言葉により相手のヘイト、敵対心を操作しターゲットを自分に引きつける。
いわゆる挑発の成功である。
「聞こえなかったのか、オッサン。てめえが、その肉体を遠隔操作してるってのはなんとなくわかった。つまりだ、イキってるくせにてめえは遠くからコソコソと、安全な場所で強がってるだけじゃねえか。まるでパパとママに守ってもらいながら、羽虫相手に強がってる近所のガキとどう違う? なあ、オッサン。いや、坊主って呼んだ方がいいか?」
『あぁ、もういいわ。完全にキレちまったわ。つまんねえから、消えろよ!』
再び展開した炎の弾丸が、アキレスを目掛けて一点集中。
先ほどと同じく、結界が割れかけたその時。
倒れていた筈の他の部屋の職人と工房長が、捕縛用アイテム《蜘蛛の粘膜》を発動――!
「ガイア! おめえの力で、糸を強化しろ! モタモタしてんじゃねえぞ。このタコすけがっ、職人の意地ってもんをみせてやんな!」
「工房長!? は、はい!」
アキレスの肩に掴まるガイアが、慌てて手を伸ばし聖痕を発動させる。
しゅるぅぅぅぅぅ!
《蜘蛛の粘膜》が強化され、《蜘蛛悪魔女の粘膜糸》へと進化。拘束をより強固なモノへと変換していた。
拘束された敵が動揺に顔を顰め。
『な――っ!』
負傷し焼け焦げ、虫の息だった連中に注意を向けていなかったのだろう。職人たちは傷だらけであるが、それでも動けるほどには回復している。その結果が敵への妨害魔道具。本来なら裁縫に使う、魔力蜘蛛の糸を敵の行動阻害に使用したのだ。
そんな彼らの足元にいるのは――回復魔術を詠唱しブニャブニャ唸る黒い影。
『ヒーラー魔猫……っだと!?』
カチュアによく似た、けれどもはやカチュアではない魔猫である。
それでも、きっと、あいつなら傷ついている人を助けるだろうとアキレスは確信していた。予想通り、黒猫は割れた結界の隙間を通り抜け、負傷者の回復に移り始めた。その間は、挑発で時間を稼いだ。そして、気さえ引きつけていれば――あのドワーフ工房長が動けるようになったら、何かを仕掛けるだろうとも。
信じていたのだ。
だから――。
瞬時にアキレスは駆けていた。
「そのまま。死にな――」
『へ?』
間抜けな声が、敵の口から漏れる。その言葉が途切れたのは、駿足が確実に敵をしとめる動きでさく裂していたからか。魔力を纏ったタラリアによる回し蹴りが――ズゥゥゥゥ。
偽のアンダンテの腹を直撃する。
空気を割るほどの衝撃の後。
音が――遅れてやってきた。
ズギィイイイイイイイイイィィィイッィ!
一切の躊躇も加減もない神速の蹴りに、敵の身体は焦げた床に擦られ――更に摩擦で身を焦がしながら吹き飛ばされる。杖がカランカランカランと、床に転がりその魔力を消失する。
敵は遥か遠くの崩れ落ちた壁にぶつかり、そして全く動かなくなった。
衣服が焼けただれたそれは、死んだのか。
人間だった筈の敵の身体が薄黒く光った後、それはただの肉人形へと変貌する。
角兜からピックを取り出し、焦げたソレを鑑定しながらドワーフ工房長が言う。
「なんさね、こりゃあ。肉の塊を操作し人間の形を取らせ、遠くから操る魔道具か? 傀儡のような存在だったみてえだが……ふひぃ、危なかったじゃねえか。ったく。おい、若造ども。あんまり爺に無理させるんじゃねえっつー話よ」
「工房長! 大丈夫なんですか!」
「ああ、当然じゃねえかガイアの嬢ちゃんよ。ほれ、この通りだ」
多少はシリアスな口調なので、普段とは空気は違う。けれど、歯だけ輝かせるその顔は普段の工房長である。
全員の空気が和らぐ中。
それでもアキレスの空気だけは変わらない。
「ちょっと、もう敵は死んだんだから下ろして頂戴よ」
「いや――まだだ」
「まだって、さすがにこれは死んでるでしょ……」
しかし、確信をもってアキレスは周囲を警戒。
衛兵たちもアキレスの真剣さに心を切り替え、周囲を警戒し始めた――その瞬間。
崩れた壁の奥から現れたのは、先ほどと同じ中肉中背の魔術師。
再出現したアンダンテの偽物に目をやり、ガイアが震えた声を漏らす。
「そ、そんな。だって、さっき倒したはずでしょ?」
『そうだよ、倒されたよっ。うぜえ、ああ、うぜぇえよてめえら! あーあ、やってくれたねえ! これじゃあ減点じゃんか。リポップするのにどんだけポイントを使うと思ってるんだよ! ああん!? うぜえうぜぇうずぇえぇぇぇぇ! 死ねよ、おまえら!』
再び生まれた星の形をした杖が、周囲の魔力を奪い取り。
魔法陣を宙に高速で描き始める。
防ぎきれる手段はない。
瞬時に、アキレスは判断していた。これしかないと直感が告げていた。
マフラーを展開し自身とガイアの身体を包み込む。
間一髪だった。
次に襲った衝撃にマフラーが焼け焦げる。アキレスはスーツオブホースメンの表面に魔力を通し、壁となってその衝撃から少女を守る。
マフラーが塵となった後。視界に映ったのは――その場にいた全員が焼けただれた、悲惨な光景だった。
燃える荒野となった周囲に、哄笑が響く。
『うひょぉおお! 大魔術最高! やっぱ魔術師の駒を選んで正解だったな! きもちいい!』
もはや全滅である。
気絶しているが、ガイアは生きている。
他の皆は……。
その動かぬ躯に投げかけるように、青年の口から血が滲むような震える声が漏れた。
「こいつしか守れなくて、すまねえな――だが。その命は無駄にしねえ。だから、許せよ」
『ああん? なにいっちゃってるの君? もう腕が半分モゲちゃってるよねえ? 素直に死んじゃったほうが楽だと思うよ、お互いに――さあ!』
再び生まれる魔術波動の波を観測し。
少女を抱く少年だった青年は、瞳に魔力を灯らせた。
死臭が漂う中でアキレスが決めたのは、まだ間に合う命を見捨てる覚悟。
何を犠牲にしてでも。守り抜く――その言葉の意味を、震える怒りとプライドを呑み込み。
全力で――駆けた。




