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第084話、ファントムレディ ―後悔する淑女―【工房前】


 【SIDE:駿足のアキレス】


「てな事が酒場であったんですが、クローディアさん。何かご存じありませんか?」

「――……。まあ、一応知っているが。あの悪魔トウテツめ、歓楽街設計をごり押ししたとは聞いていたが――まったく何をしているのだ」


 朝露が魔力ガラスの表面に浮かぶ早朝。戦力増強特区の工房前。

 二人の戦士の会話が進む。


 先日の謎のヒツジ魔獣の事を語ったのは、長身細面の伊達男アキレス。今日、暗黒騎士クローディアに代わり、ガイア=ルル=ガイアの護衛を任された新人蹴撃者ストライダーである。その装備は超が付くほどの一流品。実際、同じ村の出身者にはどうしたんだそれ? と問い質されるほどの神器である。

 神器まで作り出せてしまう、その逸脱した道具生成者クリエイターを守ることが任務内容なのだが。

 毅然とする暗黒騎士はふと考え、多少融通の利かない堅物騎士の声で言う。


「そういうおまえはなぜ歓楽街にいた。酒はまだ早いだろう」

「へ!? あ……ああ、ウチの地方は十五を超えるともう酒が飲めるんっすよ!」

「貴様はどうやら嘘はあまり上手くないようだな――名もなき村の隣の出身であろう。あそこは昔から二十歳を過ぎてからという決まりだったと思うが? 貴様、年齢を偽ったのか?」

「そ、そんな怖い顔しないで下さいよ! 二十年前に制度が変わったらしいんっすけど、って、クローディアさん、なんで二十年前の基準を知ってるんすか?」

「ともあれだ――今回の遠征は十二時間。またいつものように陛下と共に新人の教育にあたる。半日という期間だがおまえがあの娘を守れ、気を引き締めよ」


 二十年前うんぬんは、あまり突っ込んではいけない部分だと察したアキレスは頷き。

 ニヘヘヘヘっと愛嬌のある馬面に笑みを浮かべる。


「安心してください、いざとなったらあいつを抱えて逃げ回りますんで!」

「ふ……威勢がいいな。ここからは真面目な話だが――冗談ではなくどうしようもなくなったら、本当にそうしてくれ。終焉スキルの使い手を欠くわけにはいかない。あまり褒められた言い方ではないだろうが……敢えて言おう、人間という種が生き抜くことを優先するのならばだ」


 重い口調のクローディアは呼吸をいったん置き。

 甲冑の中、瞳を赤い魔力で輝かせ、淡々と告げる。


「覚悟を決めろ。守り抜け、他の何を犠牲にしてでもな」


 引き締まった空気を緩めたのも、クローディア本人で。


「彼女が大切なのだろう? 世界を守れて愛する女も守れる、一挙両得、その点において君はとてもツイている」

「別に女として愛してるってわけじゃあ」


 きまり悪そうに首筋を掻く青年に、黒衣の騎士が言う。


「その反応が答えだと思うがな。まあ好きにしろ。ただアキレスだったか。君は前衛職。おそらく危険な目に遭う機会も多い。思いを告げずにいるのは自由だが、そう長生きできるとは限らん。後悔だけはするなよ」

「あの……覚悟ついでにちょっと聞いていいっすか?」

「なんだ」

「その、最近発見されている有能な新人を狙っている連中ってのは、なんなんですか? 塔の魔物は確かに強いですが、人間を識別して奇襲するなんてできないですよね? あいつら基本、単細胞ですし。じゃあ、いったい誰が狙っているのかってなったら――あまり考えたくはないんすけど、同じ人間ってことも――あるんじゃないかって、その……」

「ほう、鋭いな――君は本当に観察眼に優れている。違和感を発見する能力をもっと伸ばすことを勧めよう」

「ってことは――」


 クローディアはしばし考え。


「あくまでも推測の域を出ないが、おそらくは君の推察の通り。終焉スキルを狙っている連中は、旧人類の衰退で考える力を喪失した塔の魔物ではなく、人間だろうな」

「数百年前ならともかく、オレらにそんな余裕はないってのに――最低な連中がいるってことっすか!?」


 声が大きい、と軽く叱責しつつ騎士が言う。


「勘違いするな。種族は人間であろうが、ここに住まう人間とは別の考え、別の宗教、別の文化を持った人間である可能性が高い。わたしはそう判断している」

「遥か南東にあるっていう魔猫の楽園、こことは違う人間種の生存地……ヴェルザの街の連中ってことですか」

「いいや違う。あの幼女教皇マギが我らと敵対するとは思えぬ」

「思えぬって……お会いしたことが?」

「ああ、少し子どもじみた癇癪を起こす悪癖はあるが、それでも聡明で力強い方だ。あの方がこの地の終焉スキル保持者を狙うなど、万が一にでもありえない。もし何らかの理由で欲していたとしても、まずは交渉という手段に出るだろう」


 勘が鋭い。観察眼に優れている。蹴撃者アキレスは本当に、察知能力は既に達人の域にあるのだろう。だからこそダイス判定が発生していた。

 アキレスが覚悟を決めた顔で言う。


「クローディアさんって、人間……じゃないですよね?」

「……。まあ昔に色々とあってな。ただ一応言っておくが、これでも人間種の味方ではあるつもりだ。今のところはな」

「今のところってのは、どういう意味ですか」

「言葉通りの意味だ。わたしはある偉大なる御方に仕える身。多大なる恩を感じている。しかし同時に、かつて人類と呼ばれた君たちが追いやられてしまった責任の一端が、わたしにもあると思っているのだ。だから、今、わたしはここにいる。なれどだ。我が主がお目覚めになった後、もし君たちと敵対する選択をすれば――」


 言葉はそこで途絶えていた。

 クローディアは甲冑を外し、かつてガイアに見せたように素顔を晒し。


「わたしは君たちを殺すだろう」


 朝焼けの空を背にして。

 凛々しい美貌の、まるで令嬢のような淑女が太陽のオレンジを髪に反射させ宣言していた。

 そのまっすぐな瞳に嘘はない。状況次第では、本当に旧人類の敵となる。それを敢えて宣言している。とても綺麗だと、アキレスは思った。

 そして同時に、とても寂しそうな瞳の色だとも。


「その髪に、その肌の色……あんた、この地方の出身だったのか」

「ああ。もう五百年以上も前になるがな」

「どうして――」


 何に対してどうしてと問うたのか、それはアキレス本人にも分からなかっただろう。

 けれど言葉が口を伝っていたのだ。

 かつて人間だった暗黒騎士が言う。


「わたしがかつてただの人間だった頃の話だ。同じく、かつてまだ人間の少年だった頃の魔王、アルバートン=アル=カイトスと知り合いだったのだよ。わたしが巻き込み、わたしが招き、わたしが彼を不幸にした。それと同時に、彼の父親を人質にしようとやってきた人間を皆殺しにしたのもわたしだ。もはや万策尽きた旧人類にはそれしか手がなかったのだろうが――父親を守り抜く事が我が主からの命令であり、そしてわたし自身も少年だった魔王への義理と義務を感じていたからな。わたしは全てを殲滅した。迷わずな。そのまま人質という作戦を軸に話を進めていた、かつて人類だった者達の大半は滅びた」


 アキレスはその昔話を知っていた。

 真樹の森のレディファントム。殺戮令嬢の亡霊。

 かつて魔王の手先を討伐しようと人間の英雄たちが真樹の森へと侵攻し、タンポポ畑の魔猫に邪魔され。そして、タンポポを避け森を進んだ者も、森の大樹を守る何者かに首を刎ねられ殺された。


「人間の英雄が殺されたって、結局、人質なんて言う卑怯な手を使おうとして返り討ちにあった……そういうオチだったんですね」

「歴史とは時と共に美化される傾向にあるからな。英雄とは名ばかりの悪党ばかりであったよ。まあ他人をどうこう言う資格は、こちらにもない。わたしの人生は後悔ばかり、殺してばかりの血塗られた生き方しかできないのだろうな」


 瞳を閉じ……。

 暗黒騎士クローディアが言う。


「脱線したな。話を戻そう――人間が攻めてきているということだが。ヴェルザの街の人間でもなく、この国の人間ではない相手が力ある者を誘拐あるいは、その力を奪おうとしているのは確かだ。ここまでは理解できるだろう。そこでだ――君は異界魔術を知っているか?」


 しばし考え。授業を思い出し。


「異界魔術って、アレっすよね。一部の強い魔術師が使ったり、魔族が得意とするっていう魔術体系。水とか風の力を借りる大地神魔術とは異なる力。ここが……盤上世界……でしたっけ。この世界とは異なる法則、異なる世界にいる力ある神性に語り掛け、魔力と詠唱、儀式によって接続し……力を借り受け魔術として発動させるっていう……」

「所々が曖昧だが、おおむねその通りだ。ならば簡単な話であろう。力を借り受ける魔術が発動するという事はこの盤上の外には、それら強力な神性が存在する場所があるという証明でもある。どのような世界なのかは知らないがな。しかし、こちら側から盤上世界の外に接続できる手段があるのならば、その逆とて――不可能ではあるまい」

「外にいる誰かが、オレ達の世界に干渉してるって事っすか」


 クローディアは頷き。


「この盤上世界に力を盗みに来ている連中だ。悪意の塊。向こうはこちらを生きた存在、魂ある生き物だとは思っていない。ただの駒だと認定しているのだろう。故にこそ、情けを捨てろ。同じ人の姿をしていたとしても、敵と判断しろ。君の観察眼ならそれを見抜けるはず。もう一度言う。ガイア=ルル=ガイアを守り抜け、わたしと同じ後悔を君にはしないで欲しい――心より、わたしはそう願っている」


 朝焼けの太陽の下。

 髪を靡かせ不器用に微笑む騎士の姿に、駿足のアキレスはその言葉の裏を見た。

 判定のダイスが転がったのだ。

 気付く力、《アイディアロール》が正否判定を決定する。


 幸運補正を有した、ガイア=ルル=ガイアの装備を纏う彼には格上相手のクローディアであっても、観察眼を成功させていた。

 女性の過去が少しだけ見えたのだ。

 観測されたのは、殺戮令嬢という昔話。

 殺戮令嬢は愛する者を守ることができず、ずっと――後悔を抱いたまま、生きている。終わらない悪夢の延長の世界で、あの日の想いに縛られ続けながら生きている。

 死に場所を探している。

 それが、今目の前に佇む彼女なのだろう。


 けれど、アキレスはそのことに関して何も言えなかった。勝手に他人の過去を覗いてしまったような、気まずさがあったのだ。

 ただ一言。


「すみません――」


 言葉が自然と漏れていた。

 言った後で少し後悔した。

 それだけでその後悔も、言葉の意味も伝わったのか。不死に近い女性が全てを察した顔で、眉を下げる。


「故意ではないのだろう。気にするな――」


 殺戮令嬢は遠征に向かう。

 人間を育てるための旅に同行する。たった十二時間の冒険。けれど、また誰かがその中で大きく成長するだろう。それが彼女にとっての贖罪なのだろうか。

 まだ若い青年には、その背の語る言葉を読み取ることはできなかった。


 見てはいけないモノを見てしまった。そんな気分で。

 勘が鋭すぎる事も良い事ばかりではない、アキレスはそう思った。


 ◇


 護衛を開始して二時間。光り輝く工房の中。

 魔力の網を作業部屋いっぱいに広げていたガイア=ルル=ガイアは、次々と装備を完成させ。一息。トランス状態になっていた髪を解き、手の甲に浮かんだ聖痕の光を鎮め。

 ふぅ……と息を吐いていた。


 そんな彼女の工房の扉には衛兵が四人。

 アイテム生成を手伝う職人が二人。

 側仕え状態のアキレスが一人。

 そして作業台の上で、どでーんと仰向けに眠る黒猫が一匹。


 機織り姫こと、ガイア=ルル=ガイア本人はいったん作業を休憩して身体を伸ばし。


「どうしたのアキレス、単細胞なくせに複雑そうな顔をして」

「うっせー、ガキンチョ。オレにも黄昏る時だってあるんだよ」


 ガイア=ルル=ガイアは作業の休憩中にこうしてアキレスに話しかける。

 それが気を落ち着かせる、心の安定を保つ行為だと鋭いアキレスも気付いている。

 だから敢えて休憩中であっても会話を続ける。それを他の職人も衛兵も理解をしている。既にチームワークのような関係がこの空間には生まれていた。


「んで、この後は何の装備を作るんだ」

「えーと……ああ、魔術師用の法衣ね。ねえねえ、これってあんたの村にいたアンダンテの装備じゃない?」

「どれ――うわマジだ。そういやあいつも魔術師の才能を開花させたって話だったしな」

「いや、あんた、同じ村の出身でしょ? なんでそんなに他人事なのよ」

「あのなぁ、おまえさんだって村の人全員と仲が良いわけじゃねえだろう? ぶっちゃけあいつとは、そんなに仲が良くなかったんだよ」

「あなた……食べ物も好き嫌い多いけど、人間関係もそうなのねえ。あたしは選べるほどの立場じゃないから、食事にも人間関係にもそこまで好き嫌いないけど――」


 観察眼に優れた男がジト目で言う。


「は? おまえなに好き嫌いないってさりげなく誤魔化してるんだ。ニンジンベースのポタージュが苦手だって知ってるんだからな」


 うっとガイアは目線を逸らすも、すかさず相手の必中の嫌味が発動。

 組んだ腕を隆起させ、ナハハハハっと長い舌を覗かせ大笑い。


「嫌だねえ。そんな小さい嘘で自分を正当化して。嬢ちゃんごときがこのオレの素晴らしき目を誤魔化せるとは思わねえこったな! 幼馴染を舐めるなよ?」

「はぁあああぁぁ! あ、あれは別よ! なんで茹でてそのまま食べたほうがおいしいのに潰すわけ? 意味がわからないから苦手なだけ!」


 ガルルルっと喧嘩をしながらも魔力は回復していく。

 既に慣れている周囲は、微笑ましい顔で眺めるだけ。いい環境と言えるだろう。

 衛兵が言う。


「ご歓談中に失礼します。装備を発注した魔術師の方がいらっしゃっていますが」

「アンダンテね。えーと……」


 言葉を探すガイアに衛兵が言う。


「すみません、お知り合いのようですがご入室前に一応、魔道具による鑑定チェックをさせていただきます」

「お願いします。規則ですし、その方が安心できるものね」


 一番手前の衛兵が部屋の外にでて、魔道具を発動させ。


「問題ありません。本人と確認できました」

「じゃあ、入って貰って。先輩、採寸をお願いできますか?」


 既にガイアの腕を認めている先輩職人も笑顔で了承する中。

 一人だけ、空気を変貌させていたのは――ガイア装備で統一しているストライダーのアキレス。


「待て!」


 いきなりの声に、全員が振り向く。

 黒猫も何かを察したように、起き上がり――フゥゥゥゥっと毛を逆立てている。


「どうしたの?」

「アンダンテの気配じゃねえ」

「何言ってるのよ、鑑定の魔道具だってちゃんと――」

「いいから、オレを信じろ!」


 いつもは見せぬ真剣で凛々しいアキレスの表情に、皆が頷き。


「聞こえているか? アンダンテの皮を被った奴、てめえに質問だ。ガイア=ルル=ガイアの容姿について答えろ」


 衛兵を通じた回答は、女神のように美しい女性。

 幼馴染たちが、空気を引き締める。

 ガイア=ルル=ガイアとアキレスは瞬時に魔道具を発動させていたのだ。アキレスは出迎えに出ていた衛兵を部屋に引き戻し、ガイアは部屋全体を覆う魔道具《大司祭の結界陣》を使用。

 アキレスが魔力波動を全開にし蹴撃装備タラリアに魔力を通し――。

 宣言していた。


「目覚めやがりな、タラリア! 我が意に従え――」


 ブーツから漂う濃厚な魔力の渦は、まるでペガサスの羽。力ある装備から漂う魔力光が、アキレスの引き締まった体躯の隆起を浮かび上がらせていた。

 理解できずに衛兵が言う。


「ど、どうしたというのですか!?」

ガイア(こいつ)の昔を知ってるなら、小うるさいイモ女のイメージは拭えねえ。どう間違っても女神のような美人だなんて言葉はでねえんだよ! 美人なんて言う戯言は、今のガイアしか知らねえ奴だ。ってことは――」

「偽物!?」


 先輩職人も最初のガイアを知っているので、全力で同意する中。

 言われ放題のガイアが言う。


「なんか色々と癪だけど、今は良いわ。あなた、誰!」


 唸る機織り姫への返答は、結界への攻撃。

 間違いなく悪意ある敵である。

 衛兵が構えた槍で床を叩き、四種の混合結界を始動させる。


 揺れる工房の衝撃を耐え、アキレスはギリリと奥歯を噛み締めた――。



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