第077話、ジジイとババアと羊さんと【レイニザード帝国会議室】
【SIDE:帝国家臣】
これは盛大なステーキ歓迎会が終わってからまだ日も浅い、早朝。
四星獣ナウナウの眷属がレンタルされ、一週間後の出来事である。饕餮ヒツジが立案した計画は既に動きだしていた。
今の旧人類たちにかつての傲慢はない。もはや滅びゆく種族。もはや後がない。もはや風前の灯火。その事実をほぼ全員が理解しているからだろう。以前にはなかった確かな団結の中、彼らはそれぞれに役目を果たそうと動いている。終焉皇帝ザカール八世の指示のもと、作戦は順調に進んでいたのだ。
だから得体の知れない凶神の悪知恵だとしても、それを受け入れる。どれほどに理解できない計画であっても、そこに生き残る道があるのなら。もはや自由に選択している余裕など――ない。
それは人間達のステータス情報からも読み取れていた。
広い執務室に膨大な資料を積む饕餮ヒツジは、羊の瞳を赤く輝かせる。
饕餮ヒツジが提案した計画は極めてシンプルだった。
それはダンジョン塔の完全攻略。旧人類がいまだに果たせていなかった、人間種にとっての未開の領域である。
むろん、ダンジョン攻略計画を疑問視する声は上がっている。それは突然に全ての計画を仕切ることとなった狡猾そうな獣神への反発ではなく、純粋に、そのようなことが本当にできるのか? そういった疑問であった。だからこそ、饕餮ヒツジは与えられている全権を駆使し、この作戦の重要性を説明するべく、重鎮たちを招集していたのである。
一週間の成果をまとめた書類を眺めつつ、饕餮ヒツジは呆れた表情を隠さず、わざと牙を見せて――フメェ、と露骨なフレーメン反応をしてみせる。
『――と、まあ第一の目標はダンジョン塔の完全攻略にあるわけですが、怠惰で愚鈍なあなたがたはその重要性を理解できていない。そういうことでよろしいのですね?』
ついでに食事を少々と、贄となるフィレステーキの鉄板焼きをハフハフしながら、羊は瞳を細め――キンキン! ナイフとフォークを操り旧人類を一瞥する。
そんな偉そうな羊の後ろに控えるのは、お世話係兼、護衛となっている老メイド長。
名をカルボナル婦人。齢七十を超える彼女は既に饕餮ヒツジからの信頼を受けているようで――主人の口元から垂れた肉汁を綺麗にハンカチで拭い、そのまま饕餮ヒツジの横に礼儀正しく控え直す。
賓客以上の存在である饕餮ヒツジに仕えるカルボナル婦人は、主人である饕餮ヒツジの言葉に応えぬ者達を睨み。しゃがれた声で――ふぁっふぁっふぁと演技じみた罵声を、薄い唇から噴き出していた。
「あれあれまあまあ! どうしたことだろうねぇ……ヒツジ様が問いかけているのはあんた達だと思うんだがねえ、おや、このババアよりも耳が悪いのかい!?」
『いやはやまったく、これだから旧人類は困りますねえ』
「すみませんねえ、饕餮様。うちの馬鹿な人間たちが本当に。あんたら! それでもザカール陛下の臣下なのかい! まだまだ若造なのに、あたしよりも給料も貰ってるんだろう? はあ、嫌だねえ。こんな連中より安月給だなんて、しっかりおしよ!」
『およしなさい、カルボナル婦人。所詮は人間。無理を言ってはいけません。発言すればそれが自分の責任になると、誰かの言葉を待っているのでしょう。嫌ですねえ、怠惰ですねえ! その責任の押し付け合いが、この絶滅寸前な状況を生んでいるのやもしれぬというのに』
メッメッメメメ! ババアと羊のこれがまた始まったと、臣下たちはズーンと顔を顰めている。
既に王宮でのこのコンビは有名。
饕餮ヒツジが嫌味を言えば、ババアの方がほんの少し窘めて。ババアが嫌味を言えば、ヒツジの方がほんの少し窘め。二人同時に、じろっと睨んでくる。めちゃくちゃ神経を逆なでると評判ではあるのだが――正面から言い返せないのは、四星獣ナウナウから齎された羊が、既に成果を出しているからだろう。
もはや饕餮ヒツジの手腕を疑う者はいなかった。
それもそうだろう。
実際、この場に集った男。三日前にダンジョン塔の守りから帰還した老賢者ワイザーが、その実績を見て驚愕していた程だからである。その実績というのも目に見えて分かりやすいモノだったのが大きいだろう。饕餮ヒツジが行ったのは、訓練。いわゆるレベリングである。人間種の基礎能力、腕力や魔力、体力や幸運。俊敏性と言った、本当に基礎部分のステータスが大幅に底上げされていたのだ。
とても一週間でできる手腕ではない。だからこそ、老賢者ワイザーは長い防衛戦の疲労回復を早々に切り上げ、今日、この会議へと出席した。
その智謀を見極めるためにも――。
眼光の奥に宿る鷲のような鋭さを隠しつつ、老人は穏やかな声を上げていた。
「若くはない爺ですが、発言してもよろしいですかな?」
『お好きにどうぞ。知恵は誰にでも平等、強さや年齢など関係ない分野ですので。歓迎いたしますよ』
「ありがとうございます。では早速ですが――まず、なぜダンジョン塔攻略なのか、それが理解できないのです――おぬしらもどうだ? そこに疑問があるからこそ、こうして集まっているのではないか?」
重鎮達への問いかけは肯定を示す頷きで返される。
皆、まだ理解できていない。それを理解した饕餮ヒツジは言う。
『さて、では愚かなあなたがた旧人類に説明いたしましょう。あなた方が生き残る道は極めて少ない。故に多少以上の無理をせねば不可能。ならばこその提案が、ダンジョン塔の完全攻略なのですよ』
「お言葉ですが――やはり爺にはそこが分からないのです。なぜ”完全攻略”なのか、そこになんの根拠があるのか。我らには理解が及びません。饕餮ヒツジ様を疑っているわけではありません。なれど、その考えに至った根拠をお聞かせ願えないでしょうか?」
『なるほど――あなたがたは知らないのですね。失礼、これはたしかにわたくしの失態ですね。そこまで無知であったとは存じ上げませんでした』
と慇懃に告げ、饕餮ヒツジは魔力によるモニターを展開する。
そこには世界のシステム、盤上遊戯の説明が記載された細かい文字が並んでいた。
『世界は盤上、人間も魔物も、いえそれだけではなく盤上の生き物は、植物も含めてすべて神々の遊戯のための駒である。そんな魔術理論があったのはご存じでしょう? 単純に言ってしまえば、あの説は正しいということです』
世界盤上説。それは永い歴史の中、歴史に名を残す魔術師が辿り着く結論の一つである。
かの有名な魔女王キジジ=ジキキも提唱していたその説を知っている者は、それなり以上に多い。だからこそ、モニターに浮かぶ情報を理解できている者も多かった。
『この世界は神々の遊戯盤。より多くの土地を制圧した者の勝ちとなる、シンプルなゲーム。少なくともあの塔を登り切ることができれば、この地の勝者は確定される。帝国のダンジョン塔とそしてもう一本、ヴェルザに残るダンジョン塔が制覇されるか、あるいは塔から下った魔物に街が制圧されるかすれば、今回の遊戯は終了となるのです。種族全体としてみてはほぼ完敗ですが、絶滅ではありません。世界のリスタートが発生したとしても、この地の勝利者となったあなたがた旧人類は、種族レベルと技能レベルを維持したまま再スタート。結果としてあなたがた個人や、あるいはその子孫が、生きながらえることが可能となる筈』
賢者ワイザーはこの時点で既に驚愕していた。
それは今の旧人類では知りえない世界のシステムだった。けれど、不思議と正しい事を言っていると理解ができる。なぜ理解できるのか。おそらく種族技能が影響しているだろうとも、賢人たちには理解ができた。
老賢者が言う。
「なるほど。とはいっても、既に街に襲撃を仕掛けられている状態の中で、逆にこちらが攻略をできるかどうか――そこはいかがなのですかな。正直、中層の英雄魔物にですら手が届いていない我らが、さらに上層の完全攻略となると……」
『しかし他に道がない以上、あなたがたには成長してもらうしかない』
「理屈は理解できました。しかし分からない点がございます」
『言ってみなさい』
「あなたさまがどうやって、この短期間でここまで人間という種そのものを成長させたのか。皆目見当がつかないのです。既に我ら人間は背水の陣。塔の下層にまで強力な魔物がひしめいている。かつて、雑魚魔物を倒しレベルを上げ徐々に塔を上がっていた、あの時代とは違う。いきなり最強クラスの魔物が湧いているわけですからな――なのに、なぜ、どうやって――」
饕餮ヒツジはビシっと、老賢者の探求心を隠せぬ顔を指差し。
『そこです! そこに気付かないからこそ、貴方たちは怠惰で愚鈍で脆弱だったのですよ! 既に入り口にまで強力な魔物が押し寄せ、ほぼ無限に湧いてくる。そのすばらしさに気付かぬのが、この敗戦帝国。あれこそが好機、まさに逆転の抜け道! 利用しない手はないでしょうに!』
「大変、興味深いですな――」
『ほう、これはいい顔をなさいますね。爺よ、あなたの名はなんと?』
「これは失礼いたしました。老賢者ワイザーと呼ばれております。見ての通りの老いぼれですが、まだ若いものに負けるつもりはありませぬぞ」
饕餮ヒツジは老賢者ワイザーに鑑定の魔眼を発動させ、サササササ。
カルボナル婦人に、自分の側近にするように指示書を渡しつつ。
『あなたがたが塔の魔物に負ける理由は分かります。魔王という存在が誕生した影響で、塔の魔物の能力は大きく成長していますからねぇ。いやはや、わたくしが魔物側であった時にそうなっていたら、もはや楽勝であったのでしょうが。ともあれ、今は立場が逆。あなたがたは運がいい、このわたくしが味方となっているのですから』
と、饕餮ヒツジはメメメメッメメと口元を押さえ、邪悪な笑み。
『魔物はたしかに強くなりました。しかし、個として強くなった影響で統率力を失っている様子。あなたがたが雑魚のせいで、連携を取る必要がなくなっているのですよ。それも百年単位で、です。群としての集団戦闘を徹底されたらなす術はありませんが、あれならばむしろカモ。分断も容易い。無限に湧く経験値など、まさに理想の訓練場。もうお分かりですね?』
「つまり、あの凶悪で強大な魔物を一匹ずつおびきよせ――倒していると?」
『いかにも――経験値はガッポガッポ。あれはもはや経験値農場に近い。本来なら上層フロアにいる神性に近い魔物までおりますからね、なまじレアモンスターだけあって、ドロップする宝箱も貴重品が多い。倒すことが可能ならば、これほどにいい獲物はいないでしょう』
老賢者ワイザーは考え込む。
たしかにもし倒せるのなら、この狡猾なる獣神の言う通りだった。しかし言うは易く行うは難し。実際に倒すとなると――。いったい、誰が。その疑問を口にする前に、羊は狡猾そうな口をモゴっと動かしていた。
『誰が倒すのか、そんなのあの終焉皇帝に決まっているじゃないですか!』
「で、殿下が! い、いえ陛下が、でありますか!?」
つい先日まで殿下だったザカール八世。七世の死に、泣き崩れていたまだ未熟な彼が――死と隣り合わせの最前線でレベリングをしている。それは想定外。想像すらしていなかったのか、さすがに仰天する老賢者。
その狼狽をじっと眺めた羊は邪悪に微笑み――いかにそれが合理的であるかを説明するように、ザカール八世のステータス情報を皆に提示する。
『盤上遊戯のシステム上。彼には旧人類最後の皇帝としての、強力な能力向上効果とステータス補正効果が働いているようですからねぇ。人間において最強の駒が彼なのです。その彼が常に前線に立ち、新人を引き連れファーミング……大量の経験値稼ぎを行う。最強の駒を動かし、弱き駒を育てていく――極めてシンプルな解答では?』
「し、しかし。もし陛下が討ち死にしてしまったら」
『ええ、人間は終わるでしょうね。しかし、どうせ何もしなくても終わってしまうのです。他の地域のダンジョン塔のように、下ってきた魔物が街を制圧し、人間側のリーダー駒となっている王や皇帝、教皇や貴族が落とされゲームは終了です。それならば最後に足掻いた方がいい。わたくしはそう思いますよ? あの若者もそれを了承し、そして既に一週間で結果を出している。それ以上の成果をだせる対案があるのならば、もちろん受け入れますが――あなたがたにそれがあるのですかな?』
ほれ、言うてみなさい!
そんな顔で羊はフフンとモコモコスマイル。
ワイザーは考え、考え――。あえて、理解した上で愚者を装い問う。
「なれど、何故ベテランではなく新人を供に連れているのですか。強敵を倒すのならば、ベテランを供にした方が効率もよいでしょうに」
これは他の会議参加者に伝えるための、演技。
それを知恵者である饕餮ヒツジも理解して――。
『おバカですねぇ……。既にベテランの方よりは新人を優先です。これは必須。この稼ぎは一日ごとにチェックをしているほど重要な案件なのです。その真意は――まあ言わないと分からないでしょうから、語って差し上げましょう。鍛冶スキルや革細工スキル、錬金術や魔力裁縫スキルと言った職人系の天才を探し出すことを目的としているのですよ』
「職人系の……?」
『ええ、あなたがたが脆弱なる人間という種族である以上、成長にはどうしても限界がくる。海を泳ぐ魚が空を飛ぶ鳥になれないように、空を飛ぶ鳥が海底で暮らせないように。種族という枷は常に発生します。その足りない部分を装備を充実させることで補う……単純な答えでありましょう?』
そのまま羊は五百年前の資料映像を映し。
『最前線で活躍する者達を支える力、それをあなたがた人間は縁の下の力持ちというのでしたか――。それこそが最大の武器、かつてあなたがたの敵であったわたくしが、真っ先に潰した分野ですよ。しょーじき、うわぁ、群れて気持ち悪いなぁと思うのですが……人間とは支え合って初めて真価を発揮する種族なのです。日陰となっている者達とその隠れた才を見つけ出し、早急に成長させる。それがダンジョン完全攻略の第一段階となりましょう』
「最強の駒である陛下を育てつつ、装備を充実させるための才能の芽を探す。ですか――」
『あくまでも第一段階に過ぎませんし、実現できたとしてもダンジョン塔踏破ができる保証はありませんがね。このまま地で干からび死を待つミミズのように滅びるよりは、よろしいでしょう?』
老賢者ワイザーは、頷き。
会議に集った人間達を見渡した。
「ワシはこのお方を信じ、その作戦を支持する。おぬしらは、どうだ?」
反論はない。
むしろ賛同する声が上がりだす。
あの老賢者ワイザーが羊の知を認めたのだと、更に信頼は厚くなっていた。
◇
新人の中から極上の料理スキル持ち、ステーキ職人を最優先で探しつつ。その裏ではちゃんと情報チェックを欠かさず、ジィィィィィィ。
魔力モニターを眺める羊の目が、すぅっと締まっていく。
饕餮ヒツジはとある新人、本来なら雑魚と切り捨てられるはずのステータス情報に、目を付け始めていたのだ。




