第076話、三つのしもべと、選択肢【レイニザード帝国】
【SIDE:終焉皇帝ザカール八世】
終焉皇帝ザカール八世の戴冠の儀にて降臨したのは、一冊の魔導書。
”楽天ゴロゴロ熊猫遊戯譚”――。唯一ハズレとされた四星獣ナウナウ、気まぐれなる獣神の力を借り受けることのできる神器。
絶望に似た空気の中で、それでもザカール八世は顔を上げ――。
「聞くが良い! 我が臣下たちよ――!」
聖痕を胸の上に輝かせ、《終帝の威厳》を発動させていた。
それは消える間近の最後の輝きを力とした特殊補正。終わる間際の旧人類。長い人間種の歴史が終わる、その残り火ともいえる最後の皇帝だからこそ取得可能な、スキルであった。
この《終帝の威厳》の効果は、強制的に臣下たちの注目を集め、耳を傾けさせる事。
発動対象は忠誠度が最低でもプラス側にあるもの。
以前の人間達なら、この時点でこのスキルの効果は発動しなかっただろう。四分の一のハズレを引き当てた情けない皇帝として、忠誠を捨てていただろう。しかし今は違う。
聖騎士達は皇帝を讃えるように剣を構え直し。
聖職者たちは厳かな祈りを捧げ始める。
そう。生き残った人間たちは皆、最後の皇帝に一定の忠誠を誓っているのだ。それはかつて人類と呼ばれた彼らがここまで数を減らして、はじめて手に入れた本物の結束でもあった。全員の忠誠心、かつて人類だった種族の誇りは失われていない。それを確認したザカール八世は聖痕を輝かせ――光の中で告げる。
「余はこれより、四星獣ナウナウ様の魔導書を発動させる。皆、心を強く持て! まだこの儀式は終わってなどおらぬ。一縷の望みにかけ生き残る我らにとって、この状況はもはや日常。今更に始まった事ではないだろう!」
告げる中でザカール八世は臣下を見渡し。
「余は知っておる! 聖騎士重装歩兵隊の新人、クルーエルが日夜、訓練場で剣を振るい研鑽を積んでいることを! 余は知っておる、高位神官キルメキドが引退した後も日夜、傷つき倒れた民たちの傷を無償で癒して回っていることを! 我ら人間はしぶといのだ! 全ては生き残るため、生き汚いと罵られようと余は最後の最後まで諦めたりなどはせん! そなたらは――どうだ! 座して死を待つほど、素直ではないであろう!」
歓声が、儀式の間に広がる。
大地を揺らすほどの声が、まだ人間が諦めていないことの証。その轟の中で――。
ザカール八世は頷き、”楽天ゴロゴロ熊猫遊戯譚”を発動させる。
たとえ民の心を一つにするためのお飾りであっても。
たとえこうして、ザカール個人ではなく、ラストエンペラーの器として機械的に動く偶像。見世物であったとしても。ザカール八世本人が生き抜くためにも、偉大な皇帝を演じて前に進まなくてはならない。
必ず、成功させる――。
その決意が詠唱となったのか、魔導書の力を引き出す言葉が自動的に紡ぎだされる。
「悠久の時を生きる気まぐれなる獣神。政争の具へと祀られ、種の在り方を束縛される憎悪の獣。その生涯を、道化として見張られ続けた一つ星。我は汝の力を乞う者、ザカール。終焉皇帝ザカール八世なり! 汝と同じく、その生涯を見世物として晒され続ける運命にある者!」
口が、勝手に動く。
まるで君とは相性がいい、そう言いたげに魔導書が勝手にザカールの唇を操り続けるのだ。
そして――最後の言葉は紡がれる。
「同胞よ、四星獣ナウナウよ! 我に汝の力を分け与え給え!」
しゅぅぅうううぅぅぅう……。
四星獣魔導書から発生したのは、濃い霧。・
魔力密度も濃い、エリアにいるだけで酩酊してしまいそうなほどの甘ったるい、酒と魔力の霧だった。霧はそのまま儀式の間の上空に移動し。声が――した。
『はいはいはいはい、魔術通信ありがとうございます。こちら、山羊と羊の素敵びっくりステーキハウスでございまするが。もしもし? おや、冷やかしですかな? もしもーしと言っているでしょう! 失礼な!』
やはり、霧の中からの声である。
ザカール八世は側近の聖騎士長と神官長と顔を合わせ。
「もしや、貴方がナウナウ様で?」
『おんやぁ、その脆弱で貧相な声は旧人類ですか。メメメメメ! なるほどなるほど! これはこれは、あなたがたは我らの主人の魔導書を運よく発動することができたのですね。これは生意気、ええ、とても生意気ですぞ! メメメメッメエ!』
「主人、ということはあなたはナウナウ様の眷属……ということになるのでしょうか」
『いかにも!』
「あの、ナウナウ様は――御在宅では?」
『おやおや残念でしたねえ、ついていないですねえ! あの方は五十年ほど前に一度目覚めたのですが、あと五十年……とまた眠ってしまいまして。寝ておりまするよ?』
せっかく魔導書が発動したのに、肝心の神が寝ている。
「いつ頃お目覚めになるかなどは……」
『さあ、なにしろあの方は気まぐれなので。ここ五百年、ペナルティーによる睡眠の筈なのに術を破り、たまーに勝手に目覚めてはてきとーに遊んで、また眠って。いっぱい食べては、てきとーに海を荒らしたり。まあ好き勝手に寝返りを打っておいでで……って、ナウナウ様!? お目覚めになられていたのなら、そう仰って……って、ああ! そのステーキはまだ生焼けですよ!』
霧ごしの通信魔術にノイズが走り始める。
何事かと思いつつも、神々の機嫌を損ねるわけにはいかず――ザカール八世は大人しく彼らからの対応を待つ。
『え? あ、はい。その終焉皇帝には見世物という事でちょっと親近感がわいたと? 少しだけなら力を貸してやっていい……と。はい、あ、またお眠りになる。え、ええ……はい。分かりました。その条件でしたらまあ、おそらく』
こほんと咳払いが聞こえ。
『あー、終焉皇帝さんでしたっけ? 聞こえますか?』
「はい。そのナウナウ様はなんと?」
『まあ、主人の言葉なのでお伝えしますが――自分の眷属の中から一柱だけならレンタルしてもいいとのことですが、いかがいたしますか? わたくし個人としては、最後の最後でよーやくまともな精神を持ち始めた旧人類など、そのまま滅んでしまえばいいと思うのですが。っと、これはあくまでもわたくし個人の感想でございますので、あしからず』
四星獣の眷属を借り受けることができる。
それはもはや追い詰められた状況の人類にとって、願ってもない事。儀式の間に集う人間達の魔力に、希望の波動が発生し始める。
ザカール八世は頷き、よろしくお願いしますと宣言。
魔導書から発生した霧が、三つの選択肢を提示し始める。
『”楽天ゴロゴロ熊猫遊戯譚”を発動させたあなたたち人類には、三つの選択肢が与えられたそうで――そのままお読みしますよ。まずは不死鳥。決して死なず、かつてモスマン帝国との戦いにおいても人類側に味方をしたことのある、燃える魂の鳥。種族は神獣の朱雀となりますね。真面目な性格で攻守ともに優れたバランス型、あなたがた旧人類に対しても一定の理解がある、一番のオススメ眷属となっております』
こほんと、咳払いと共にページが捲られる音がして。
『次に神獣バフォメット。かつて英雄魔物だった上級悪魔がナウナウ様に拾われて、神獣へと昇華した存在となります。元が英雄魔物という事もあり、騎士道精神を持ち合わせていますし、なにより戦力としては候補の三体の中で一番となっておりますが、その、なんといったらいいのでしょうか。少し脳筋気味なのが弱点なのと、後は生前の因縁から、旧人類に対してはあまり友好的ではありませんので、そこはあしからず。まあ、ナウナウ様のご命令なので、契約期間の間はよほどの事がない限り、そちらの意向には従うと思いますよ?』
もう一枚ページをめくり……。
なぜかしばらく黙り込み。メッチュメッチュっと草をはむ音を立てながら。
『失礼、えーと最後は、あぁ饕餮ヒツジだそうです。これは戦力として最低、弱い獣神なのでお勧めしません。以上の三柱ですが、さあどうします?』
問われて若き終焉皇帝が言う。
「申し訳ありませんが、三柱目の饕餮ヒツジ様についてもう少し詳しくお聞かせ願えませんか?」
『……。この候補の中では一番弱く。戦力としては頼りにならないでしょうね。元は低級悪魔で、名もなきモブ魔物。旧人類に対しての心証も最悪。って、なんですかパノケノス様、こっちを覗き込んで。あ! 勝手に読まないで下さい! メメメッメエ! 読むなと言っているでしょう!』
『フハハハハハ! 聞くが良い、愚かなりし旧人類の生き残りよ! 饕餮ヒツジはその中で一番知略に長けた獣神だ。余の友である故に、その知略のすさまじさだけは保証するぞ? なにしろ神の干渉さえなければ、そのまま汝ら旧人類の街を制圧できていた筈だったからな。まあ戦力で言えば、今のおぬしらにすら囲まれたら負けてしまうほどなのは事実であろうがな!』
魔力の霧の奥でドタバタと仲良く争う音がして。
『と、とにかく! 以上の三柱から一名、あなたがたにしばらく力を貸すことになります。よぉおぉぉぉぉく考えてから選択なさい。ええ、ええ、できればそのまま契約の有効期限が切れる直前で!』
「いえ、もはや答えは決まっています」
『ほう、臣下たちと相談されずによろしいのでありますか?』
「はい、彼らは信じてくれているでしょうから――」
自分を信じてくれていると信じるザカール八世、その迷いのない言葉に臣下たちの心も結束していく。
「我らは饕餮ヒツジ様の力をお借りしたいと存じております」
『……いま、なんと?』
「ですから、一番知略に長けた饕餮ヒツジ様にお願いします。もはや多少以上の戦力が増強されたとしても、この劣勢は覆せません。日夜、塔から猛攻を仕掛けてくるダンジョン塔の魔物に対抗もできません。三柱の方々、全員が頼りになる獣神様でいらっしゃるのでしょうが――我らが負けぬために今必要なのは、知恵にございます」
なぜか霧が薄くなり、消えそうになっているが。
霧の奥から声がする。
『友よ、おまえが選ばれたのだ! 自信をもって行ってくるがいい!』
『いや、面倒なので。わたしも忙しいですし。このままなかったことにしようかと……』
『ふむ、しかしだ友よ――。どうやらナウナウ様はそこの皇帝に、どうも一定の友好感情を抱いているようなので、不味いであろう。というか、どうせ旧人類はこのまま滅ぶであろうし、失敗しても責任のない盤上といえよう。おまえの知恵を好き勝手に使える遊び場と化した地で、時間を潰してくると思えばいいではないか?』
ドンと、押されたような音がして。
霧の中から顕現したのは――ぬいぐるみのような獣神。穏やかそうな、けれどその瞳の奥に邪気を孕んだモフモフな羊悪魔。
この方が……と旧人類がざわめく中。
獣神は、はぁ……と露骨に嫌そうな顔をして。
『仕方ありませんね……初めまして、無知で愚鈍で脆弱なる旧人類の皆さま。わたくしの名は饕餮ヒツジ。種族も饕餮。邪神四凶タオティエ――智謀と策略に長ける獣神が一柱にて、貪るモノ。ナウナウ様に仕える、ステーキハウスの店主でございます。どうぞ、てきとーに以後お見知りおきを』
慇懃無礼なしぐさと言葉で礼をして。
饕餮ヒツジはクイクイっとモフ手を伸ばし、メメメメッメ!
羊の口をモコモコさせ、宣言する。
『さあ! わたくしは美味しいステーキを所望します! 我が知恵を真に借り受けたいのならば、湯気と肉汁がジュージューな鉄板焼きをご用意なさい!』
フンフンフンと、羊の鼻先が揺れていた。
饕餮の餮は食物を貪るモノを示す言葉。まずは食で信頼関係を築くのが吉。ラストエンペラーの全能力向上効果にて、饕餮という神獣を理解していたザカール八世は、速やかに宴の準備を進めたという。
人類の孤島。最後の砦にて。
今日この日、最後の皇帝の即位と共に、とある獣神が顕現した。
レイニザード帝国の地に、かつて旧人類を追い詰めた知恵者が出現したのである。




