第071話、イエスタデイ=ワンス=モア【四星獣童話】
【SIDE:創世魔導書】
これは昔々のお話。
まだ盤上世界に色がついていなかった時代。
とある魔術世界に生きてきた一匹の猫がおりました。
魔猫です。
魔猫はどこか遠くの、異なる世界の神々によって作られた魔導アイテムでした。
とても強力なアイテムです。
その役目は盤上遊戯を見守り、遊戯の勝利者の願いを叶えること。
楽園と呼ばれる世界に住まう神々は、魔猫が生まれた世界を改造し、盤上世界へと作り替えたのです。
今の魔猫の世界は神々の遊技場。
魔猫は楽園の神々が動かす駒を眺め、その行く末を見守り続けます。
人類と敵となる魔物、どちらかを操り世界を征服するお遊び。魔猫にはどこが楽しいのか、ちっとも分かりませんでした。けれど、その盤上世界の事だけはなぜかとても大好きなのです。
魔物側の駒を操る神が言いました。
『この魔猫、この世界が何から作られているのか、知らないんだって?』
人類側の駒を操る神が答えます。
『それはそうでしょう。知っていたら、きっと――それよりも、あなた今、駒を二つ同時に動かしたでしょう? これはちゃんと監視する世界管理者も必要ですね』
『それはまあ、おいおいにな』
魔猫には彼らの話が分かりません。
ただ楽園と呼ばれる神々の庭園で、魔猫は勝負を見守り続けます。今回は魔物側が勝ちました。
魔猫はニャーと鳴き、勝利者の願いを叶えます。
盤上遊戯は大盛況。
世界をリセットし、また最初から開始されます。
魔猫は休むことなく、その世界を見守り続けました。やはりどうしても、目が離せないのです。
そんなある日。
盤上遊戯を横から眺め通り過ぎた神が言いました。とても強大な、兄弟神です。
兄の方が言いました。
『あいつら、またやってやがるのか――ひでぇ連中じゃねえか。あの魔猫に何も教えず、ずっと願いを叶え続けさせていやがるんだろう』
『ああ、そうだね兄さん』
弟神の方が盤上遊戯に近づき言いました。
『君、ちょっといいかな?』
魔猫は振り返りました。
けれど魔猫はただ願いを叶えるための魔道具です、にゃーとしか言えません。
『この盤上遊戯……が好きなのかな?』
『にゃー』
『そうか、大好きなんだね。君は、魔導アイテムに作り替えられる前の事は、覚えているかな?』
魔猫は首を横に振りました。
『そうか――この盤上遊戯はね。君の世界が改造されて作られた、一種の特殊空間なんだ。その材料に使われているのが……その、君のご主人様。ずっと一緒に過ごしていた、とても大事な人なんだよ』
魔猫の額に弟神が指を伸ばします。
魔猫はとても暖かい気持ちになりました。胸の中いっぱいに、大好きな感情が溢れたのです。それはこの盤上遊戯に向ける愛おしさと同じでした。
そうです。一つの世界を改造し、遊戯へと作り替えた際に神々は盤上遊戯の核となる部分に、ある人物の魂を使用したのです。それは神々にとっては下級存在の魂でした。けれど魔猫にとってはとても大事なご主人様でした。
勝利景品ともいえる魔猫がこの盤上世界をずっと眺めるように、神々は魔猫の大好きという感情を利用したのでした。
魔猫は怒りました。
世界を戻してくれと願いました。大好きなご主人様を元に戻してくれと願いました。
魔猫に同情的な弟神が言います。
『なら君に奇跡を授けよう。合計で百回、勝負を見届け誰かの願いを叶えることができたのなら、最後に君自身の願いを叶える力を与えることにしよう』
『にゃー?』
『ごめんね、力が足りなくてすぐに願いを叶えてあげることはできないんだ。けれどだ――解決策は知っている。君が誰かの願いを叶えてあげる時に、力を少しずつ保存しておくようにするんだよ。君の世界を元の普通の世界に戻し、君の大好きなご主人様を元に戻す力を溜めるのに必要な数、それが百回なんだ』
魔猫は頷きました。
魔猫は盤上遊戯を眺めつづけました。
神々はそのうち飽きてしまったのか、遊びに来る神は日に日に減っていきます。
魔猫は道行く神にニャーと鳴きます。
誰も振り向いてくれません。
なにかあったのでしょうか。
飽きたからにしても、様子がおかしいのです。
理由はすぐに分かりました。
豊かだった楽園がどんどんと枯れていたのです。どうやら仲間同士で戦争をしているようでした。
それでも魔猫には関係ありません。なぜならこの楽園は自分の世界を壊し、大好きなご主人様を盤上へと作り替えた嫌な神々の家だからです。
そして魔猫自身も、彼らに改造されたアイテムです。
好きになれる筈がありません。
それでも魔猫は、だれかが願いを叶えるための、この盤上遊戯を見守り続けます。
盤上遊戯はまた人気になりました。
楽園が壊れそうになっているので、願いを叶える力が必要だったのです。
楽園はもう、壊れてしまったのか、神の姿は次第に減っていきます。
けれど、勝者の願いを叶えるこの盤上遊戯だけは大人気です。こぞって勝者になろうと、神々は罵り合いながらゲームをします。
魔猫は神が嫌いでしたが、ますます嫌いになりました。
それでも願いのため、魔猫は頑張ります。この勢いなら、そう遠くないうちに百回になる。魔猫はえっへんと胸を張りました。
そんなある日。
巨大な鼠がやってきました。
盤上遊戯をしに来たのかと、魔猫は世界を開きます。しかし――ネズミは言いました。
自分の大切な楽園が壊れてしまったのだというのです。そして、その楽園を治す力を少しだけ貸して欲しい。と。魔猫の願いを溜める時に、ほんの少しでいいからおこぼれが欲しいと言うのです。
魔猫は悩みました。
大好きなご主人様と会える日が遠くなるからです。
けれど大好きな世界、大好きな人のことを思い出していた魔猫は、巨大な鼠の気持ちも理解できました。
だから頷きました。
巨大な鼠は頭を下げて、泣いて感謝をしました。
頭を下げるその影が、なぜだか嗤っているように見えます。けれど魔猫はもうどうでもいいと思っていました。
魔猫は盤上遊戯を眺めつづけます。
雨の日も風の日も。誰かの願いを叶え続けます。
そしてようやく、百回となった時。
魔猫は初めて自分のために願いました。
どうか全てをあの時に、あの日の過去に戻してくださいと。
あの日の温もりをもう一度――。
けれど、どうしたことか願いは叶いませんでした。
魔猫は怒って兄弟神を探しました。彼らは既に楽園を追放された後でした。人の良い兄弟だったから、きっと悪い神々に追い出されたのだと魔猫は思います。
魔猫は考えます。
どうして願いが叶わなかったのか。
そんなときでした。
巨大な鼠がやってきて、魔猫に頭を下げました。
ニコニコとした笑顔で、ありがとうと言ったのです。
鼠の腕には、願いを叶え続けた魔猫の力がいっぱいに溜まっています。
その時ようやく、魔猫は理解しました。
騙されていたのです。
巨大な鼠は黒い靄を溜め込んだ、悪いネズミだったのでしょう。
慌てて追いかけようとしても、盤上世界の勝利景品である魔猫は追いかけることができません。
魔猫はぐすりと泣きながら、もう一度願いました。
あの日に戻してくださいと。
何度も何度も願いました。
けれど願いは叶いません。
自分のために願いを叶える力を、邪悪な鼠の、楽園を復活させるための力として盗まれていたからです。
魔猫の願いは叶いませんでした。
大好きなご主人様は二度と蘇りませんでした。
胸の中をいっぱいのポカポカにしてくれるあの人は、もういません。
もう二度と、会えません。
魔猫は泣きました。
にゃーにゃー泣きました。
二度と戻らないご主人様の魂が眠る盤上世界。終わらぬ人類と魔の戦いを繰り返す、不毛なる世界を抱えたまま――誰も遊ぶことのなくなった世界でただ一匹。
あの日の温もりを思いながら泣き続けたのです。
どれくらい泣いた頃か。
覆っていたネコ手から顔を上げ、魔猫は世界を見ました。
そこはもはや壊れた世界。
誰もいなくなった世界。何度も見届けた盤上遊戯世界です。
魔猫は壊れた世界を動かすために息を吹き掛けました。
願いを叶える力を溜めるためです。
けれど盤上遊戯は一人では遊べません。
だから魔猫は友達を作ることにしました。
不吉だからと伐採されてしまったネコの樹。
自由を奪われ、一生を檻の中の見世物として過ごした熊猫。
かわいいからと、病気の身体を固定された愛玩猫。
異なる世界で死んだ彼らは皆、人間が大嫌いです。人間と同じ形をしている神も大嫌いです。けれど、放浪する魂を拾ってくれた魔猫の事だけは大好きでした。
魔猫はすこしだけ寂しくなくなりました。
次に動き出した盤上世界でもう一度遊べるように、世界に魔力という名の色を付けました。
ただの駒に過ぎなかった遊戯に、本物の命を与えました。
繰り返す盤上遊戯の中で、勝利者だけではなく本物の命を得た駒たちの願いを叶え、力を蓄えることができるからです。
魔猫は大好きな友達と永遠にダイスを振り続けました。
いつか大好きでポカポカなあの人と会うために――。
魔猫は誰かの願いを叶え続けるのでした。
本物の命を得た駒たちは多くの願いを叶えました。
けれど。魔猫の本当の願いだけは永遠に叶うことはありませんでした。
昨日も、魔猫はダイスを振りました。
今日も、魔猫はダイスを振ります。
明日も、きっと魔猫はダイスを振り続けるでしょう――。
イエスタデイ=ワンス=モア。
過ぎ去りし日々をもう一度。




