第070話、蠢く策略【砂漠迷宮エリア】
【SIDE:女教師マイア】
砂漠フィールドが特徴的な迷宮メフェルティトゥー。
ドググ=ラググの薬品が発掘されるウィルドリア迷宮、その遥か南西に位置するこの迷宮に、あの魔猫が紛れ込んでいる。そう情報を得た女教師マイアは、情報提供者の男と共にダンジョンを歩いていた。
しかし、酔いが抜けた彼女はさすがに気が付いている。
――これは謀られたな。
自分より前を歩くのは、妹ミリーの仲間としてウィルドリア迷宮で出逢った男。種族は判定不明。職業も鑑定不能。
不自然なほどに特徴がない。
個性が感じられないのだ。
あの時、この男は魔猫を探していた自分に声をかけてきた。まるで自分を目の届かぬ迷宮へと誘うように――。
「すまぬが、確認したい。本当にここで魔猫の姿が目撃されたのか?」
「ええ、私のログを確認していただければ間違いありませんよ」
男はにっこりと微笑んで、目撃されたのはこちらですよと先を歩く。
だが――。
砂漠フィールドを歩いているのに、何故か足跡がついていない。
女教師マイアは息を吐いた。
知人に対する思考モードではなく、敵対者を観察する冒険者としての思考に切り替えたのだ。異界神の一柱、死の商人とされる《色欲の女狐》、その偉大なる魔狐の尻尾の毛から作られたとされる”神器:八尾の鞭”をこっそりと装備する。
それは魔王陛下から栄誉トレジャーハンターの称号と共に下賜された、現段階、現時代で入手できる中では最強とされる武器の一つ。
「単刀直入に問おう、貴殿は何者だ」
「名乗ったではありませんか」
「そもそもだ、妹の仲間とお前の特徴はあまり一致しない。ログにも改竄の後が見られる。もし過ぎた戯れならば、最後の機会だ。ここで止めよ――さもなくば」
さもなくば。
そう告げた瞬間に、立ち止まった男の姿が変貌する。
出現したのは人間。旧人類の姿をした、やはり無機質で無個性な青年だった。
雰囲気は、武器防具屋に並んでいる装備展示用の魔力人形。あるいは、他者に化ける能力を有する模倣人形魔物ドッペルマペットと似ているか。
旧人類でもない、迷宮の魔物でもない。魔族でもない。
「姿は人間だが、旧人類……というわけでもなさそうだな――」
問いかけに、魔力翻訳による声が響く。
『アンタが時期魔王軍幹部候補、猛将マイアだろう?』
「わたしが魔王軍幹部候補だという事は機密事項、学園でも漏らせば厳罰となる部外秘だった筈だが――ともあれ、なるほど。わたしを狙ってやってきたどこかの馬鹿ということか」
『悪いが、アンタにはちょっと付き合ってもらう事になるんだわ。魔王ってやつに会いたくてさ。悪いんだけど、とっとと情報を吐いてくれっかな?』
ガラの悪い男の声が響いた。
その瞬間。
既に戦闘は始まっていた。
魔王軍に仇なすことが目的ならば、そこに躊躇も猶予もない。有無を言わさずマイアの腕は動いていたのだ。
シュゥゥ――ン!
風と周囲の空間を切り裂く音が、遅れてやってきた。
神器による神速の一太刀が、マネキンのような男の首を刎ね飛ばしていたのである。
飛び散るのは、鮮血。
赤い髪を靡かす女教師マイアの美貌を、返り血が更に赤く染める。
どさりと、男の胴体が砂の中に落ちていた。
続いて回転する首もその胴体の上に落ちるが――。猛将マイアはすぐに近づく愚は犯さなかった。
「死んだふりをして油断を誘うか。気づかれているのなら滑稽だと思うのだが?」
『おっと、おかっしいな。どうしてバレちまったんだ?』
「なに――殺した相手にはいつもこう言っているだけだ。なにかしらの死を偽装する能力者は策略家で、総じてプライドの塊、滑稽と言われると貴様のように反応するからな」
続いて八本の鞭による斬撃が飛ぶ。
マネキン男の胴体を切り裂き、宙に浮かんだ肉塊を更に切り刻むが。
――反応は薄い。これは、石人形のような存在か。あるいは、魔力による遠隔操作で動かしているのか。ともあれ。
「本体は隠れたまま敵を襲うか。拷問しても無駄……ならば」
そのまま猛将マイアは魔王軍在籍のエリート魔族の顔で、肉塊をさらに細かく分解。
微塵すら残さぬ攻撃で、その残骸を消滅させる。
マイアは考える。
敵の正体がまったく掴めなかったのだ。砂漠フィールド、迷宮メフェルティトゥーのピラミッドが見せる固有の幻影かとも思ったが、そういう類のトラップとは反応が違う。
しかし、自分が狙われ――そしてその先に繋がっている魔王陛下を狙っていたのだとは理解できる。妹とその連れは無事なのか。魔猫を探したいが、これが罠だったのならばここにいる可能性はそもそもないだろう。
まずは妹ミリーの安全を確認したい。そう思った時だった。
「お姉ちゃん!?」
「って、ミリーお嬢ちゃんの姉さんがどうしてここに――」
声がした。
こんなところに妹がいる筈がない。見え透いた手だと、無表情なままに猛将マイアは魔王軍としてその腕を動かす。
”神器:八尾の鞭”が所有者の命に従い、八つの斬撃を繰り出していた。
くだらない計略だと思った。
もし魔王陛下に仇なす何者かだとしても、この程度の知恵では恐るるに足らず。そう、この瞬間まではそう思っていたのだ。
敵は、瞬時に身体が動いていたのだろう。
連れの男は妹ミリーに化けた敵の前に躍り出て。ギリリ――。歯を食いしばりながらも、速攻発動の盾職スキル、《魔への御楯》を発動させていた。効果は一定ダメージ以下の一撃を防ぐこと。マイアにとってはくだらない防御だった。神器の力と、マイアの力。その二つを組み合わせた同時に襲う八連攻撃を、そんな簡易発動の盾スキルで防げるはずがない。
そう、防げるはずが――。
そこでマイアはぞっと背筋を凍らせた。
――なぜ防ぐ必要がある。
敵はなんらかの手段を使い、魔力人形を遠隔操作している。先ほどの攻撃で実力差は理解したはず。わざわざ防ぐよりは、その簡易発動を速攻攻撃の魔術やスキルに使った方が、有効なのだ。防ぎきるよりも、よほど敵に一撃を与えた方が効率がいい。
そして、相手は妹の連れに化けていた。つまり、妹を知っている、あるいは調査したことは確実。
思考が繋がっていく。
もし、自分以外に呼び出されていた者がいたとしたら?
そして、妹とのこの邂逅こそが未知の敵の目的だったとしたら?
「攻撃解除――、戻れ、八尾の鞭!」
アイテムボックスに回収しても、その八連攻撃は残り続けている。
多少は威力も減衰されているが――四撃は続くだろう。魔への御楯で一撃は防いだ。だが次の一撃が彼らを襲う。残りは三撃。
妹ミリーの連れの手首から下が、切断される。
「ぐぅ……っ!」
「いやっ、なんで! なんでよお姉ちゃん……っ!」
残りは二撃。その両方ともを、連れの男はわざと誘導するように、その身に引きつけ。
男の首は、飛んでいた。
今度はどさりと落ちた男の首と胴体から、色の濃い血が滴り落ちる。ゆっくりと、静かに――防御力アップのスキルが、男の死と共に消失したのか。次の瞬間。
血が一気に吹きだし始めた。
血の海の中。
連れに守られた妹ミリーは、引き攣った顔で首を横に振った。
「どうして……、どうしてよぉ……」
肺の奥から絞り出したような声だった。
やってしまった。敵はおそらく、嗤っているだろう。
最悪な結果になった。けれど、泣き崩れる妹をこのままにするわけにはいかない。焦るな、冷静になれ。そう言い聞かせるも、心臓は恐ろしい程に鳴り響いている。
泣き崩れたままの妹の背に、姉の声が響く。
「ミリー……すまない」
言い訳はできない。敵の策略にハマったのは自分だ。とにかく、今はここを離れることが最優先。
多少強引でも、妹を連れ戻ろうと腕を伸ばした。その刹那――。熱い感触が、腹を襲っていた。
ゼリー状となった熱湯が、内から零れるような感覚が貫いている。刃物が腹を貫いていたのだ。
泣き崩れていた筈の妹の手に、鑑定不能のダガーが握られている。
顔も表情も気配もおかしい。相手は、妹の形をしたナニか。
――偽物か!
慌てて詠唱をしようとするも、声の代わりに飛び出たのは――黒い血。赤ではなく、致命傷を示す黒。不味いと理解したが、急速に体力が低下していく。突き刺された刃物は不明、しかし毒も含まれていると理解できる。
距離を取ろうとバックステップするマイアの動きは、鈍い。
妹を真似ていた魔力人形が、かくりと首を傾げる。
そして、下卑た男の声が漏れ聞こえてきた。
『ダメだぜ、魔王軍幹部候補さん。わざと失敗してみせて計略にはめる。基本だろう? んで、罠にハメた後でもう一回、最後に本命を叩き込む。強さだけしかない連中だって話だったが、マジでちょろいなあ、アンタら』
「……っ」
『ああ、腹のついでに肺をやられて声を出せねえのか。まあいい、魔王の居場所を知ってるアンタの脳さえあればいいんだ。そろそろ逝っとけよ、バァァァァァァァカ』
マイアは理解した。
狩られるのは自分なのだと。
◇
騙され本物を殺してしまったと錯覚させ、動揺したところで暗殺する。
これが一連の流れだったのだろう。
マイアは考える。
意識が朦朧としているが、妹はたぶん、無事だろう。迷宮を脱出すれば――。
アイテムボックスから転移アイテムを発動させようとし、伸ばした腕が――。
ぎしり、と踏まれる。
最後の手段として、血による呪い魔術を発動させるが。
遠隔操作されている人形に効果はない。
妹の形をした人形の腕が、猛将マイアの角を掴み上げる。
「……っ」
角で肉体を持ち上げられるのは最大の侮辱。けれど、痛みはもはやない。
終わったと、思った。
これが弱肉強食の世界の掟。だから仕方がない。
そう理解している筈なのに、悔しさが滲んでいた。
『んじゃ、脳を取らせてもらうが。悪く思うなよ?』
『ふむ、ならば――そちらも悪く思うでないぞ』
無から響くような声がフィールドを覆った、次の瞬間。
ズザザザザザザザ――!
無数の肉球の形をした《魔弾の射手》が発動されていた。
妹の形をした魔力人形が、未知のシールドを展開し攻撃を防ぎ――、無機質な顔のまま、けれど怒鳴り散らすような声を張る。
『どこのどいつだ! 狩りを邪魔しやがったのは! どこにいやがる!』
『にょほっほっほっほ! どこを見ておる、我は――ここだ!』
砂漠フィールドの熱砂の中から、ぴょこん!
焦げパン色のグラデーションを持つ耳を立てた、白いモフモフな猫が偉そうな顔を出していた。
その声にも顔にも覚えがある。
喧嘩別れに近い形で、契約を破棄してしまった魔猫。
声なき声で、マイアは「なぜ、ここに」と、血を漏らすが――。
『やられおったのか、未熟者め――話は後だ。すぐに癒してやる、この異物を排除した後にな』
『んだ、てめえ。――……っ!?』
言葉は途中で歪んでいた。敵を襲っているのは、理解できない属性の攻撃。
発動者は、魔猫。
理解できない領域にある悍ましいほどの魔力が、妹の形をした魔力人形を軋ませていたのだ。
声が、響く。
『ぐがぁああああああああああぁぁぁぁぁあ! な、なんで、痛みがぁぁあ!』
『なるほど。本来なら遠隔操作しているそれには痛覚がないのだな』
『ありえねぇっ……、なんだこれは!?』
『にょほっほっほ、まあそこはそれ、我の力を甘くみおったな。どうだ、一方的に嬲るつもりだった相手に嬲られる気分は』
『痛っ、痛い、やめろっ――! この、糞猫がぁあ!』
空間が歪み、無数の魔力人形が召喚される。
それら全てをこの敵が操っているのだろうが。魔猫は涼しげな顔で、ニヒィ! 砂の中から飛びだし空中でビシっとポーズを取る。
白きモフ毛と尻尾をふわふわっと揺らし、砂の上に華麗に着地。そのまま無数の魔力人形と同じ数の、無数の魔法陣を空に展開していた。
砂漠迷宮の天一面を、濃密な魔法陣が回転している。
規模が違い過ぎて、力量を測れない。それほどの力だった。
構わず魔猫は、実験でもするかのような声で――。
『深く痛覚を共有させた上で、これを同時に破壊したら。どうなってしまうのか。楽しみであるな?』
『殺してやるっ、壊してやる。■■■の分際で!』
『ほぅ、盤上の駒を■■■と呼ぶとは……これは懐かしき言葉が聞こえたものよ。ふむ、汝らこそがアルバートンが力のみを急ぎ育てている理由。ネコヤナギとも連絡が取れぬ原因か。世界を見捨て、もはや二度と戻ってこぬと思っておったのだが――魔王の誕生で事情が変わった……ということかのう』
魔猫の言葉をマイアには理解ができない。
しかし、相手には伝わっているようで――。
『なぜ、盤上世界の存在が■■■を知っている』
『さて、なぜであろうかのう。まあ、死にゆくそなたに話しても仕方なき事。さて、我は猫ゆえ――我が縄張りを大事にする方でな。まあ、なんだ。そなたも勝手に入りこんできたのだ、我も勝手に滅ぼして――構うまい?』
魔猫が青い瞳を細め――肉球を、キュっとさせる。
『やめ……っ』
ブチ!
どこか遠くで、断末魔に近い悲鳴が聞こえた直後――。
ナニカが操っていた魔力人形の軍団が、破裂していた。
どこかと繋がっていた声は途絶えた。
もう二度と、その人形は動かない。
終わったのか、と腹を抱えるマイアは魔猫に目をやっていた。
続いてアヌビス族の生徒と、食人鬼の生徒が合流する。マイアは砂漠と血の海に沈むが、何かを言わなくてはならないと口を開く。
声は出ていない。けれど、言わなくてはならない言葉がある。
最後に、どうしても伝えたかったのは――。
魔王の居場所、ではなく。
口が、動いていた。
唇を読みながら、魔猫の髯が動く。
『なに――わ・た・し・の・料理は、不味く・ない……か』
続けて魔猫がジト目で言う。
『いや、おぬし……ブレない女よのう……そこは昨日は言い過ぎてすまぬとか、一生ネコ様に仕えますとか、そういう類の言葉であろうに……まったく、もし本当に死んでしまったら、それが最後の言葉となっておったのだぞ?』
よほど、飯マズと言われたことを根に持っているのだな、と。
苦笑する魔猫は、光り輝く肉球を負傷した猛将マイアの頭に乗せた。
メフェルティトゥー砂漠迷宮に、回復の光が発動する。
◇
――。
魔猫を丁重にお連れし、目撃者と共に城へ帰還せよ。
そう、偽装できぬ魔王の名が刻まれた命令書が猛将マイアに届いたのは、彼女が目覚めた二日後の事だった。




