第069話、翻訳エラー~過ぎ去りし五百年の文字化け~【ビスス=アビスス自宅】
【SIDE:ビスス=アビスス】
ピラミッドダンジョンの流れをくむ、一室。
決闘での恩を返すべく魔猫を追ったアヌビス族の青年ビスス=アビススは、困惑気味にソレを眺めていた。
彼に問われてイエスタデイと名乗った、偉そうな魔猫である。
自宅へ招いて、速やかにご馳走を用意したまでは良かったのだが――。
『――というわけでな。我は五百年前の〇王誕生の経緯の事件から目覚めた、世にも麗しい魔猫なのだが。あの飯マズ教師マイアめが、まったく信じようとせんのだ』
尻尾の先を小刻みに揺らし、ソファーをペンペンペン!
魔猫がぷんすかぷんすか。
グルメを縦横無尽に喰らいつつ、うにゃうにゃ♪
ふわふわな白魔獣からの自己紹介のような説明を受けても、理解の範疇を越えていて……先祖より受け継いだアヌビス顔を、ぬーん。
▽ビスス=アビススは正気度をわずかに消失していた。
あまりにも分からな過ぎて、犬科の鼻が”すぴすぴ”と鳴ってしまう。
理解しようにもスキルが足らないのだとは、彼自身も理解できていた。魔猫の語る事情説明、その大半が▽▽▽だの、■■■だのに変換され解読不能。
魔力翻訳での会話なので、理解の及ばない領域は読み取れないようで――。
「あぁ。なんつーか。悪いんだが、全然分からねえんだが?」
『はぁ……おぬしもか。マイアも似たような反応をしておったが、さては新人類め……歴史が浅いせいか、種族全体の”種族技能:図書館”や”種族技能:考古学”が育っておらんとみえる。不便であるのう』
アヌビス顔を、わふんと傾けビスス=アビススが言う。
「ラ、ライブラリーにアーケオロジー?」
『厳密には異なるが――まあ、ようするに不審な点を観察する力や、過去にあったことを理解する能力である。駒たる汝らが、上位存在や世界の本質を理解するのに必要な力。盤上遊戯における重要なスキルなのだ。魔力翻訳の齟齬で、エラーが起こっているのは理解しておるだろう。その原因が、おまえたち種族全体のスキル不足にあるということだ』
「なんか、新しい分野の言葉じゃねえか。もうちょっと詳しく頼めるか?」
『言っても分からんと思うが……』
コホンと咳ばらいをし――魔猫は髯を動かし。
ウニャウニャっと語りだす。
『魔王の登場により、そなたら新人類が上位の駒として設定し直されたのが五百年前。人類として設定されていた種族の変更により、今まで培われていた人類の技能、ようするに文化レベルのようなものがリセットされておるのだ。生き残っている旧人類側はそのまま引き継いでおるだろうが、おぬしらは違う。一からちゃんと技能を伸ばす必要があるのだが……そなたらは単純な強さだけを求めて――のう、理解できておるか?』
「すまねえが、さっぱりだな。■■■とか言われても理解できねえよ」
『で、あろうな――おそらくだが、かつて人間側で今は魔族側に所属を移しているエルフやダークエルフといった亜人種ならば、我の言葉もそのまま理解できるであろうが。エルフたちはどうしておる?』
ビスス=アビススは記憶を引き出すように上を向き。
「あいつらはあんまり強くねえからなぁ。そりゃダークエルフの中には、盗賊技能に優れた強い個体もいるらしいし、実際に学園にも通ってる個体もいるが、基本的に戦い向きじゃねえんだ。でも旧人類への知識や技術だけは優秀、なにしろ長命だからな。あいつらの身を案じた魔王陛下の命令で、どこかの森の奥で保護されてるって話だぜ」
『なるほど――保護下にあるか。エルフたちはかつての英雄魔物が、旧人類の血に忍び込ませた魔のモノという説もあるしのう。真相は知らぬがな』
「マジか? そんな話、はじめて聞いたんだが?」
『やはり汝ら魔族は少々、そのなんだ、悪い意味で脳筋のようだな――そなたはその中では比較的まともなようだが』
塩釜で蒸した鶏の香草包みをハフハフ♪
魔猫はちぺちぺと肉球を舐め。
『しかし、おぬしは料理スキルをちゃんと鍛えてあるようで安心したぞ。なかなかどうして、美味ではないか』
「そ、そりゃどうも?」
魔族は料理の腕にあまりこだわらない。だからこうして褒められたことはちょっとだけ嬉しいのだろう。種族アヌビスとしての尾が、パタパタパタと揺れている。
『嬉しそうであるな』
「ああん? か、勘違いするなよ。べ、べつに嬉しくなんかねえっての!」
『分かりやすいヤツだのう……おぬし、もう少し心を隠す術を学んだ方がいいぞ。飯まずマイアの言葉ではないが、そういった部分も鍛えねば、強者とはなれん』
アヌビス族の、ビロードのようなモフモフ頭をガシガシっと撫で。
「あんまりそういうのは得意じゃねえんだよ――」
『おぬしの中にも刻印されているスキル”騎士道精神”……エリアボスとしての資格を有す英雄魔物の血か。上層への扉を守りし特殊な個体。奴らは総じて武人気質、弱者を惹き付けるカリスマがあったからな。良く言えばまっすぐなのだが、まあ……権謀術数とは逆の、単細胞が多かったしのう』
魔猫は顎に肉球を当て。
『しかし……魔族という種は本当に戦いの技術ばかりを伸ばしておるのだな。アルバートンめ、一体何を考えておるのやら。或いは、新人類を制御できなくなっておるのか……それとも、制御する気がないのか。はてさて』
魔王の御名を口にするネコを眺め、ビスス=アビススが言う。
「それよりも、マイア先生との事はいいのかよ」
『ま、ヤツも少しは反省しているだろう。そのうち我を探しに来るだろうて――まったく反省できないようならば、それはそれでよい。もはや関わらぬだけの事。問題あるまい』
「いや、あんたらの喧嘩の事じゃなくてだな。なんつーか……」
『なんだ? 言葉を濁しおって』
ビスス=アビススは深く考え込んだ顔で、耳をピョコンと跳ねさせる。
「イエスタデイさんは魔王陛下にお会いしたいんだよな?」
『おそらく今のこの世界について一番知っておるのは、あの小僧であろうしな。話をしたいのだ。なれど我はヤツの場所を知らん』
「たしかアンタは、過去を探れる能力者みたいな事を言ってなかったか?」
『如何にも』
「ログを探ればいいんじゃねえのか?」
肉球をちぺちぺと舐めながら魔猫は言う。
『ヤツめ、小生意気にも自らの情報をネコヤナギから隔離しておってな。それもあの小娘の正式な許可を受けての、隔離。無理やりに暴くと波風が起きそうなのだ。さすがに五百年前にやらかした直後に、あの”我儘なる棉花猫娘”の機嫌を損ねたくはない』
我儘なる棉花猫娘とネコヤナギは同一人物を示す言葉だろう。
ただやはり、情報が足りず彼には判断ができない。
「よくわかんねえが、五百年前なら直後ってわけじゃねえだろう」
『にゃほっほっほ。五百年なぞ、それこそ我らにとっては泡沫の眠り。惰眠の中で過ぎる一瞬の出来事よ』
この猫は本当に何者なんだと思いつつも。
ビスス=アビススは本題に入るように言う。
「あの、なんだ。魔王陛下のお住まい……魔王城を知ってるのも、会う権利を有しているのも、この辺じゃあの人だけ。この街一番のトレジャーハンターで最強の名と名誉を下賜されてる、マイア先生だけだぞ?」
『……うにゃ?』
「うにゃじゃねえよ、だから、魔王陛下に会いたいならマイア先生に頼んでパイプを繋いでもらうしかねえって話なんだが――てか、あんた、それ目当てに近づいていたんだと思ったんだが。違ったのか?」
魔猫は言った。
『マイアの自宅の場所は……』
「いや、アンタ……一緒に暮らしてたんだろ? 場所ぐらい分かるだろう」
『そんな難しい事を言われても困る。なにしろヤツに抱っこさせて移動しておったからのう』
「んだよ、結構いいコンビだったんじゃねえか。しゃあねえな、じゃあ今から案内してやるよ――たぶん先生も一晩過ぎて酔いも醒めてるだろうし、今頃あんたを探してるんじゃねえか?」
『さて、どうかにゃ――』
言って、魔猫はジャンプしビスス=アビススの肩に乗った。
『うむ? どうしたその顔は』
「いや、自分で歩けよ……」
『これは異なことを言う。そなたも歩くのだから、その肩に乗れば我は歩かずに済む。この方が効率的であるな?』
なんか変なヤツに助けられちまったなぁ、と。
ビスス=アビススは息を漏らしつつ出発の準備を始めた。
魔法陣を描き、魔術対価となるモスマン族が生み出す銀粉を撒き――マイアの名を魔力で入力。
「ん、変だな……」
『どうしたのだ?』
「いや、先生の場所をサーチしたんだが。この街にいねえんだよ、隣町にも……やっぱりサーチに引っかからねえ」
『探索範囲を拡大できんのか?』
「今やってるよ――」
ビスス=アビススは瞳を閉じ、魔術対価を銀より上位の金粉に変更、更に探索魔術の魔法陣にヒエログリフの文字を追加していく。
異界の象形文字とされる鳥が、魔法陣の外側に刻印され。
「やっぱり引っかからねえ。どっかのダンジョンに入ってるみてえだな。この魔術は迷宮の中までは探索できねえんだ」
『ふむ、妹の回復薬を求めウィルドリア迷宮にでもまた向かったのか。まずいな、冷静さを欠いている状態で迷宮探索は……大抵、ろくな結果にはならんぞ』
「マイア先生は強いから。どうだろうな……まあ、ウィルドリア迷宮に直接向かってもいいけど、もし違ったら面倒だぞ。それよりも迷宮に入るなら学園に許可証を申請してる筈だ。一度学園に戻って確認してからの方が確実だが、どうするよ」
魔猫は返事を待たず学園に転移した。
◇
転移するなら転移するって言え。
そんな顔でビスス=アビススがムスっとしているが、魔猫イエスタデイはもちろん気にしていない。
場所は魔力樹木が目印となっている学園エントランスのフロア。
未知の転移魔術で突如出現したビスス=アビススと魔猫はかなり目立っている。
そんな彼らに近づく影があった。
凹んだ顔に包帯を巻いている、低級食人鬼を祖に持つ能天気な女生徒、昨日の騒動の原因ロロナである。
彼女は本来なら回避に使うステップを、逆方向への移動に使い急接近。
「あれれ~、お強いビスス=アビススくんじゃないですか~」
「ちっ、食人鬼ロロナか。ああ、今はてめえに構ってる暇はねえんだよ。あっち行け、あっち。昨日の戦いが気に入らねえなら今度再戦してやる。だから、今はほっとけよ」
つれなくされて、食人鬼ロロナはムスゥっと唇を尖らせ。
「あのねえ、あんな完敗して、でもあんたが卑怯なことをしたから負けたんです~。なんて、恥ずかしい事できると思う? あれは、あたしの負けでいいわよ。それくらいの分別はできるつもりよ、あたしはね。もう二度と雑魚には手を出さないわ」
「そうか――」
「あたしはそれをあんたに伝えに来ただけ。まあ、また戦うっていうのは悪い提案じゃないけれどね~? って、どうしたのなんか急いでるん?」
ロロナは普段からビスス=アビススをよく見ているのだろう。
だから、その変化を察したようだが。
「いや、マイア先生を探してるんだが。どっかの迷宮に入っちまってるみたいで」
「ああ、先生なら昨日のこともあって、あたしも探してたんよね――ビスス=アビスス、あんたの出身地の砂漠エリアに転移したらしいわよ? なんか、眷属の白いネコを探してたらしぃんだけど……って、なに、その顔」
「いいから、その先を聞かせろ!」
ガシっと肩に手を置くビスス=アビススに、食人鬼ロロナは、カァァァァァっと耳先まで赤くし。
「ちょっと! 気安く触らないでよ!」
「お、おう、わりぃ」
「まあ、いいけど。なんか学校で盗み食いでもしてるんじゃないかってネコを探してたら、知り合いに声をかけられたんだって。で、その白いネコが砂漠エリアの迷宮に入り込んでいるのを見たって言われて、慌てて休暇届を申請して、転移門に向かったっぽいんだけど……ねえ、マジでなにかあったの?」
ロロナの言葉に、魔猫とアビヌスは顔を見合わせ。
『どういうことだ……我はダンジョンになど入っておらんぞ』
「魔猫なんてレアだからな。イエスタデイさん以外の魔猫がいるとは思えねえし」
二人を眺め、ロロナが言う。
「たぶん、マイア先生。誰かにおびき寄せられたんっしょ。あたしも自分より強い存在を狩る時には似たような手段を使うし。って! なによ! あたしを置いて勝手に頷いてないでよ!」
転移魔術にロロナを巻き込んだまま。
魔猫は移動を開始した。




