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第067話、繁栄と退化―契約破棄―【戦闘終了後エリア】


 【SIDE:魔族達】


 私闘の後始末のために召喚されたのは、新しい伴侶候補を探すとパーティに参加していた悪魔淑女。

 アヌビス族のビスス=アビススと、その対戦相手である食人鬼ロロナが在籍する学校の女教師――マイアであった。

 被害者の女性を送り届けた後の出来事だったのだが――ビスス=アビススには誤算があった。


 いつも毅然としている女教師が、今日は酒に酔っていたのだ。

 赤き女豹はパーティドレスを着こんだまま、頬をヒクつかせている。


「で――これはどういうことだ。あまり迷惑をかけないでくれとお願いしたと思ったのだが?」

『とは言ってものう。今回は人助けをしたのであって、別におぬしの飯がまずくて、隣町に食べに行っていたというわけではないのだが?』

「ほう、やはり勝手に出歩き、勝手に行動していたと?」


 女教師マイアに睨まれるのは白毛布の真ん中に、ココアをぱちゃりと零したような模様の猫。

 ビスス=アビススと、食人鬼ロロナに殺されそうになっていた女を助けた存在でもある。

 ふわふわな魔猫は明らかに反省していない顔で言う。


『だいたい、我はおぬしの生徒を助けてやったのだぞ。もっとこう、感謝を示すべきではないのか? 感謝! 感謝! の大感謝であろう。さあ、く我に頭を垂れよ!』

「助けたとは言うが――これは……」

『ん? ログにちゃんと残っておるのだろう?』


 そのログが問題だったのか、女教師マイアの瞳が曇り始める。

 当事者であるビスス=アビススも確認したが、ログの内容はそのまま、改竄も破壊もされていない詳細が記載されている。


 指先に浮かべた魔力板でログを確認する女教師マイア。

 その後ろには、気絶したままの食人鬼ロロナ。

 そして勝者となったビスス=アビススがいるのだが。女教師は生徒を殺さぬ流れに誘導した魔猫に向かい、いささか厳しい顔を向けていた。


「貴様、契約が定められた私闘に割り込んだのか――感心できないな」

『これは異なことを――低級食人鬼グーラーの娘は戦闘契約をしていない娘を殺そうとしておった。人質として脅迫をしていたのだぞ? 先に正当なる決闘を穢したのは、そこの娘だ』

「何を言っているのだ。脅迫という手段を選択しただけだろう? 実際に殺していないのならば手を出したことにはならぬ。不当なる援護を受けたのはビスス=アビススの方となるが」


 鬼教官とも言われる女教師に責めるように言われ、ビスス=アビススは黒ジャッカルの顔を唸らせる。


「勘弁してくれよ、先生。オレはどっちかつったら今回は被害者だろう?」

「だが、不当な助力を受けたことは事実だろう。今回の契約は無効だ。後でおまえには反省文を書いて貰う事になる、気高き決闘を穢した罰としてな」

「はあ!? ふざけんなよ。教師で目上のあんたに言いたくはねえが、もうちょっと柔軟に考えられねえのか! 食人鬼こいつはオレが助けに入らなかったら、マジで無関係な女を殺してたんだぞ」


 ビスス=アビススは訴える。

 魔猫にとっても同じ倫理観があったのだろう、共感するように頷いているが。


「それがどうしたというのだ」

「は?」

「ビスス=アビスス、お前は確かに優秀だ。アヌビス族の末裔としてその力も魔力も一流だ。だが魔族としての本分を見失うな。弱い者が悪い。ただそれだけのことだろう」


 事後処理に他の魔族も集まっているが、反応は近いものがある。

 ビスス=アビススの側が不正を働いた、そう非難の目を向けていたのだ。

 ああ、またこれだとアヌビス族の青年は思う。

 だが、言うべきことはちゃんと言う、そんな決意でジャッカルの口を開きだす。


「魔王陛下はどうなんだよ。無駄な殺生を嫌っているじゃねえか」

「あの方は強い。だからそれが許される。だいたい被害者と言っていたが、あの女……過去のログを調査する限り、相当に暴れていた悪鬼族オーガだ。ロロナは悪鬼族の不当な暴力への復讐を依頼され決闘を申し込んだ、そう証明書もだされている。そしてロロナは相手を隷属させた。おまえの理論ならば、それは正しい行いといえるだろう? その悪鬼が逃げ出したのだ。殺すのはやり過ぎだとしてもだ、脅す程度ならば違和感を覚えぬ――違うか?」


 それがこの世界では正論なのだろう。ビスス=アビススは犬歯をガルルルっとさせながらも、言い返せないでいる。

 周囲の目は冷たくビスス=アビススの揺れる耳に向いている。

 訝しむように魔猫は眉をギュギュっとさせた。唯一、この場でビスス=アビススの味方はこの魔猫だけだったのだろう。


『おぬしらの感覚はよく分からぬな。人を助けることを認めず、白い目を向けるとは……嘆かわしい。かつての魔物も落ちたものだな』

「なんだと――?」


 深い青色の瞳を光らせ、魔猫は不快そうに尻尾を振る。


『我が記憶せし英雄魔物達は強者でありながらも、弱者の声を聞いておった。たとえ敵対種族の人間であっても、燃える城から脱出させるように取り計らおうとしてすらいた。他者を助ける事は力となる。それが人類を強くする、いては盤上世界全体が育つ要因となる。それこそが我らの願いでもあった――おぬしらの先祖は、たしかに我らにその威厳を見せておったのだ。時に、勝利よりも友となった部下を守り散ったほどにな。はっきりと告げてやろう――魔族(勝者)となったことでおぬしら、退化しておるのではないか?』


 聞き捨てならなかったのか、マイアも周囲の魔族も魔猫を睨む。


「退化とは言うではないか。我ら魔族は人類と承認されたこの五百年の中で、技術を大きく発展させた。魔術も力も技能も、旧人類よりも優れている。人間に味方をした大地神などという旧神を捨て、異界の神の力を引き出す魔術も発展させた。それを退化とは、訂正しろ」

『そういった力とは別の概念を理解できぬか……部下や民がこれでは、魔王もほとほと呆れておるだろうて。他者と協力する力、弱きを守る力。心を理解できぬおぬしらは腐敗しておる、此度の盤上遊戯も、失敗に終わるであろうな』


 呟く魔猫の言葉を理解できる者は、この場にいない。


『そもそもだ、マイアとやら。このような私闘が起こる前に、教師であるそなたが止めるべきではなかったのか』

「……すまぬが、やはり何を言っているのか理解できぬ」

『理解できぬだと?』


 魔猫の方もまた、理解できない故のオウム返しだったのだろう。

 構わず女教師は授業するかのように告げる。


「我ら魔族は強くなくてはならない。駆け引きや交渉も含めてな。魔族学園の在り方は魔族の本質を追求し、成長する事。つまりは、ただ強くなることにあるのだ。その最終目標は魔王陛下の右腕となる存在、すなわち魔王軍幹部を育て上げる事にある。食人鬼グーラーロロナは権謀術数を駆使し、自分よりも上位と認定されているビスス=アビススを打ち負かす手段を組み立てた。それだけの話だ。此度の私闘にも何の問題もないと学園側は判断する。むしろ罰を受けるべきは、決闘を邪魔したおまえであるのだが」

『ふむ……本気で言っておるのは理解した』


 魔猫はわずかに声のトーンを変える。


『なるほど、だからお前は妹に言われておったのだな――周りを見下してばかりだと。独りとなってしまう理由も頷ける。軍人気質なのは構わぬが、いささか極論であるな』

「なぜおまえが妹を知っている」

『我は過去を眺める者。悠久なる流れの中で過去を顧みるケモノ。調査対象者が目の前にいるのなら、過去ログを閲覧することも難しくはない。そう言うたであろう』


 本気を出せばだがな、と魔猫は冷めた口調で自らの髯を揺らしていた。

 しかし――。


「またその戯言か――夢見ることは悪くないが、いい加減にしろ」

『そうか――我を眠りから覚ました。その事に感謝はしておったが、もうよい――本当に、戯言と一蹴してよいのだな? 最後の情けだ。我の真実の言葉を妄言と言い放った、不敬なるその言葉を訂正するのならば、我も心を鎮めよう。いまのそなたは酒に酔っているようだしな。おぬしの願いを叶えてやるといった、あの契約を破棄はしないでおくが』

「自分ならどんな願いでも叶えられる、か。くだらない」


 ふわりとした魔猫の耳毛が、ざわっと跳ねる。


『くだらぬか。そのくだらぬ事を求め、今までどれほどの命が焦がれたことか。どれほどの命が散った事か。我は様々な存在の願いを眺めてきた。代価と引き換えに叶えてきた。様々な駒たちの命の行く末を、この瞳で眺めてきた。その死もな。今の言葉はいささか不快であるぞ』

「くだらぬ戯言を下らぬと断じて何が悪い」


 瞳を閉じた魔猫は、そうか……と、寂しそうに告げ。

 静かに首を横に振った。


『良きカルマの減少により、契約は破棄された。我はもはや汝の所有アイテムではない。汝に我を使う資格は消え失せた』

「ああ、せいせいする」

『では、好きにさせて貰う。後から謝ってももう遅いのであるからな』


 険悪な空気は自分の私闘がきっかけだ、そう賢きアヌビス族の青年は察していたのだろう。


「おいおい、待てよマイア先生。本当に良いのか?」

「なにがだ」

「この魔猫が並以上の強さを持つ存在だって事は、あんたなら分かってるんだろう?」

「それでも所詮は魔猫。魔王陛下に従う事をせぬ旧世代の魔物。強さこそが正しい力、そう武力をもって道を照らしてくださった魔王陛下の御心を知らぬ、哀れな魔獣ではないか」


 女教師マイアにとっては、魔王陛下は絶対なのだろう。だからこそ、従っていない種族は異物、魔猫へあまりいい感情がない。根本にはそういう感情もあったのだろう。

 それを魔猫自身も理解したようで。


『言いたいことはそれだけか。ならば我はもう行くぞ』

「おい、先生。マジでいいのかよ!」

「ビスス=アビススよ、おまえも魔王軍幹部候補ならば覚えておけ。強さこそが――」

「あんた、いい加減にしろよ」


 かつて英雄魔物だった先祖の血が疼くのだろう。

 黒獣の顔を邪悪に尖らせ、アヌビス族の青年は鋭く唸っていた。


「全然わかってねえようだから言ってやるが、強さ強さいうのなら、アレの言葉をちゃんと聞いて受け止めることが一番優先されるんじゃねえのか?」

「聞き捨てならんな。おまえはわたしよりアレが強いとでもいうのか」


 ビスス=アビススには見えていた。

 この場で誰が一番強いかが。


「は? 分からねえのか?」

「まさか、聡明と評されたおまえが、あの魔猫のように妄言を吐くようになるとは――」

「本気で言ってるのか」

「わたしはいつでも本気だ。心を読む力、たしか罪を測るアヌビスならば精神感応が使えたな。構わぬ、使ってみろ。わたしは本気だ」


 ビスス=アビススの瞳の奥に、神の天秤が浮かび上がる。

 発動させるのは”精神感応”。いわゆる心や魂の感情を読み取る力。

 英雄魔物として君臨していたアヌビス族の力が、女教師の心を読み解いているのだ。


 酒に酔っている。

 パーティーの途中で呼び出された。

 そして、なにか焦燥感のようなモノに追われている気配もある。たとえば、身内の死が迫っているような――。そんな身内を心配させないため、伴侶を得ようとしていた。

 そこを邪魔されて、彼女にとっても思う所があるのかもしれない。


 複数の事情が重なって、苛立ちが募っているのだろう。

 しかし。

 そんな事情を引いたとしてもだ。

 賢きビスス=アビススには思えていた。


 強くなればなるほど、相手の強さを理解する力も育っていく。しかし、なまじ強者だからだろう。女教師マイアの視野は極めて狭い。対等に戦えるまともな敵がいなかった。少なくとも、魔王配下の存在でもない限りは負けないと評判の力があった。それが原因だろう。言葉にするのならば、自惚れ。強くなり過ぎた者だからこそ、見えなくなってしまった部分がある。

 どこかで他人を見下している。

 だが、それが通用するのは――格下だけ。


 賢き生徒は時に教師よりも現実を直視できる。今回がそうだったのか。


「妹さんがどう言ってたかは知らねえし、今、どんな状態なのかは知らねえが――あんたのそういう所を心配して、いつも警告してるんだと思うぜ」

「そこまで見ていいとは言っていないが。まあいい、審判の天秤。神の天秤。名は知らぬが、優秀な力だな。その力を戦闘に使用できるようになれば――」


 言葉を遮り。


「あんたにはガッカリした。勝手にしろ」

「待て。まだ話は終わっていない」

「そこの顔面が凹んだ自業自得女を連れて帰りな。オレはアレを追う。止めたいのなら実力で止めろよな、先生。耄碌しちまったあんたが今のオレを止められるとは思えねえがな」


 ビスス=アビススは恩人である魔猫の後を追った。


 翌日――酔いから冷めた女教師マイア。

 彼女が言い過ぎたと気が付いた時には、既に魔猫はアイテムボックスから消失していた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 苦労してそうだな魔王陛下。 今なら開幕土下座幼女大神官と美味しい酒を酌み交わせそう。
[一言] 過去の魔物は皆カッコ良かったのにねぇ……
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