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第066話、狩るモノ、狩られるモノ【隣町、転移装置前】


 【SIDE:食人鬼ロロナ】


 かつて魔物とされた者達が人類として君臨し、およそ五百年。

 魔王アルバートン=アル=カイトスによって齎された平穏はたしかに盤上世界を安定させていた。しかし、この百年に揺らぎが発生し始めている。百年前の過激派魔族による北砦侵攻計画も、失敗に終わったが、その一端と言えるか。

 平和だった魔族の世は、明らかな転換期を迎えている。

 食物連鎖の頂点に立ってから、徐々に彼らの精神も変わり始めていたのだろう。


 低級食人鬼グーラーを祖とする能天気な女生徒ロロナも、そうだったのか。

 或いは――彼女が本来持っていた残虐な性質か。闇夜を行ったり来たり、潜伏状態で歩く彼女の口を、欲望が歪ませる。

 能天気な女生徒ロロナは、こう思っていたのだ。


(あぁ、まだかな~。あの糞女。早くバラしてやりたいのにぃ♪)


 と。

 場所は魔族学園がある街の隣街。時刻は夕闇満ちる夜の始まり。斜めに落ちる太陽が、街の人々の影を伸ばしていた。五百年より前のダンジョン塔時代、亜人系統の魔物が大量に湧くことで有名だった、中層の煉瓦鉱山ダンジョンエリアである。

 この街はダンジョン塔の消失と共に、自動的に街となった場所。なので、地上に降りた後から開墾した村とは違い伝統のある地域となっている。かつてダンジョン塔だった街に誇りを持っている住人は多いのだ。が――。

 そんな伝統など、今を生きる食人鬼ロロナには関係ない。


 闇が広がり始める街並みに、女の、異形と化した爪と手が、ギシリと蠢く。


(あのワンコ、どんな顔で怒りだすかな? やっぱし、尻尾を膨らませるのかな? いや、でもそれはネコって種族の特徴か、じゃあ、キャンキャン吠えるとか? マジうけるんですけどぉおお!)


 内心の高揚を隠そうともせず、能天気な女生徒は同じ場所、暗く染まっていく道を、潜伏状態でいったりきたりと徘徊する。気配を散らしているのである。

 感知能力がない者なら、霧がわずかに動いているようにしか感じられないだろう。

 彼女の脳内では楽しい未来が見えていた。


 これからの愉快な殺害だ。


 あの雑魚雑魚女は必ず解放される。捕まえたこの街に帰る手段、その候補は二つ。金さえあれば誰でも使える転移装置を使用するか、徒歩で隣町このまちに向かうか。

 どちらにしても、街の入り口にある転移装置は横切る筈。

 そしておそらく、あのアヌビス野郎はあの女に金を渡すだろう。お人よしのワンコが徒歩で傷心な女を歩かせるとは思えない。だから、ここで待っていればどちらにしても捕縛できる。

 捕まえてしまえば、まあ後はどうとでもなるだろう。


 そう、食人鬼ロロナは待ち伏せを得意としていたのだ。

 かつての祖先が、闇に紛れて旧人類を急襲しそのハラワタに食らいついたように。

 数日待っていたが、待てば待つほどに欲求は高まっていく。


 強者は何をしてもいい世界、かつての祖が低級魔物だった少女はほくそ笑む。

 あと数秒。そろそろ定期的に発動する転移装置が動く時間。

 獲物は今度こそ、これに乗っているだろうか?

 一、二、三……。

 さあ、早く! 早く!


 そして、それはやはり現れた。

 奴隷となるまでは、この街で大きな顔をしていた名前も種族も忘れた雑魚女。

 物々交換で女への権利は移っていた筈だが、そのステータス情報に差異がある。そこに所有者であるはずの、ビスス=アビススの名がない。奴隷契約が解消されているのだ。

 やはり善人気取りのアレに解放されたのだろう。

 オドオドとしながら、けれどやっと解放されたと安堵して歩く、ただの餌。

 ロロナはその後をつける。


 雑魚女はもうすぐ家に帰れる。その安堵で、泣きそうな顔をしている。

 早く、帰りたい。

 だから暗い道でも、近道ならばと通ったのだろう。

 そこは実に襲いやすい場所だった。


 ここまでは計算通り。


 ああ、早くこの顔を歪ませてやりたいと食人鬼ロロナは、うずうずと鳥肌を浮かべる。

 だから。

 コツンコツンとわざと足音を立ててやった。

 雑魚女の顔が、歪む。

 気づいたのだろう。

 もっと虐めてやりたかったが、逃げられても面倒だ。だから――闇から姿を見せ、食人鬼ロロナは言った。


「悪いけど、餌になってくれる?」

「なんで……なんで、なんで……」


 雑魚女は転んでいた。

 恐怖で足がすくんでいるのだ。

 それでも泥で濡れた道を後ずさり、雑魚女は必死で表通りを目指し引き返していた。


「戦ってくれるよねえ? あたしさあ、あんたをずっと待ってたんですけどぉ? 二日くらい? いや、三日ぐらいだったかなぁ。まあ、どうでもいいけど、やっときてくれたから、うん、許してあげる。だから、戦ってくれる?」

「いやよ……っ」


 戦いの許可が得られないと、魔王様に逆らう事になってしまう。

 それはいけない。彼女は陛下を敬愛していた。

 この素晴らしい世界を作り出してくれた恩人を、裏切りたくはない。

 だからどんな手段を使ってでも、まずは許可を得る。


 食人鬼ロロナは指を鳴らし、先祖の力を発動させる。

 周囲に闇の波動が広がっていた。


「《食人領域空間グーラータイム》」


 それは、周囲を包む深い霧。

 効果は、対象と術使用者への二重の姿隠し。地図からアイコンを消す隠匿状態かつ、気配遮断の潜伏状態にする――食事を楽しむための技。獲物を貪るグーラーの”魔物専用スキル”ともいえる特技を、魔術体系に落とし込んだものだった。


「あれれぇ、よく聞こえないんですけど?」


 言って、食人鬼ロロナは雑魚女の腹にナイフを突き立てる。

 刺さらないギリギリで、肌だけは傷つけないように、その衣服を剥がし、グイ、グイっと布を切り刻んでいく。


「やめて……っ、おねがい。うちに、帰して!」

「はぁ、うっざ。叫ばないで貰える? 消音魔術って得意じゃないんですけどぉ?」

「やだ、やだやだやだ! 誰かっ、誰か!」


 叫びが、暗い道に響き渡る中。


「そこまでだ――低級食人鬼グーラー野郎」


 声は襲撃者の背後から聞こえた。

 食人鬼ロロナは振り返る。そこには黄金の石板魔導書パピルスを装備した黒色ジャッカルの顔をした、見慣れた学生の姿があった。

 単独である。

 ああ、そういうこと。

 と、流れを理解した上で残虐な女は瞳を尖らせる。


「あれ~、なんでビスス=アビススくんが来てるのぉ? てか、潜伏状態で隠匿状態でぇ? 完璧に姿を消していた筈なのに、なんで見えてるのぉ? 意味わかんないんですけどぉ!」

「てめえみたいなクズの考えることなんてすぐに分かるんだよ」

「何の話ですか~?」

「とぼけるな、こいつを殺してオレと戦おうって思っていやがったんだろう?」


 見抜かれている。

 そう思うと、食人鬼ロロナはぞくりと鳥肌を浮かべていた。

 それは歓喜。分かっていたのなら無視をすればいい。なのに、こうしてやってきた。つまりは――戦意があるという事。


「あぁ、そう。天才だからってお見通しなんだ? で? 一応聞いておきたいんだけどぉ、なんのつもり?」

「その子を解放しな」

「なんで?」

「雑魚を虐めるのは、不快だって言っただろう」

「ふーん、本当に今時珍しい英雄ごっこなんてしちゃうんだぁ。ちょっと減点かなぁ、そーいう、ダッサいことするとは思ってなかったわぁ」


 女は乾いた唇に舌を這わせ、僅かに潤し。


「まあいっか。で? あたしの獲物を奪うって事は、あんたが遊んでくれるって事でいいのかしら?」

「オレが勝ったら雑魚狩りは止めろ。不愉快だからな」

「いいわよ、じゃああたしが勝ったら、あんた、一生奴隷ってことでいいよね?」


 返事の代わりに、黄金で作られた魔導板を周囲に浮かべるビスス=アビスス。

 その獣の顔が、石板魔導書から発生する魔力の光で照らされる。

 負けるとは思っていない顔である。


「オッケー、交渉成立ね。それじゃあ、遊んであげる。殺しちゃったら、ごめんね?」


 二人の間に、契約が結ばれた。

 これが魔族の決闘。私闘であっても、互いの了承があるのなら許される。

 雑魚女は逃げ出そうとしていた。

 けれど、もうどうでもいい。

 ようやく戦う機会を得たと、食人鬼ロロナは能天気な仮面など捨ててギシリとほくそ笑む。


「ねえ知ってるぅ? ワンコ様。あんたの祖って――昔、あたしの祖の上司だったんだって」

「知らねえよ。そんな古い話」

「ああ、そう――五百年前はどうだか知らないけど。今のあんたは、あたしよりも格下だって事を、よーく教えてあげる。エリアボスの血筋だからって、お高く留まってるんじゃないってね!」


 叫んだ食人鬼ロロナは潜伏スキルを再発動。

 夕闇に沈んだ煉瓦の影に消えていく。

 食人鬼ロロナの職業は拷問拳闘家ハンズ・トーチャー。ただの肉弾戦だけではなく、人体の部位破壊や持続的に相手を蝕む状態異常を得意とする新職業。魔物が新人類となった事で解放された、新たな可能性である。


 しかし、潜伏した相手をあぶり出す魔術をビスス=アビススは習得していたのだろう。

 黄金装飾を魔力波動で靡かせ――。

 ジャッカルの口から、異世界言語、ヒエログリフを使用する魔術が紡がれる。


「《我が魂達よ(セルブス・バー)影を照らせ――(シュト・レイト)》!」


 きいぃいいいいいぃぃぃぃいぃん!

 石板魔導書から浮かび上がってきた不透明な鳥が、朝焼け色の魔力を纏い、解き放たれていた。

 食人鬼ロロナは瞬時に計算する――この魔術はおそらく、自分の精神を魂の鳥として放ち、隠れた者を発見し攻撃する魔術。

 姿隠しが無駄だと悟ると、拷問拳闘家の彼女は直進する。


「うっざ! でも、接近しちまえばこっちのもんなんだよぉ!」

「《砕け、(ブレク・)我が身を守れ(セルブス・アク・)精神石よ(ストナ・バー)》」


 瞬時にビスス=アビススは黒ジャッカルの耳を揺らし、牙を剥いていた。


 媒介となる素材を破壊し、その鉱石の種類によって強度を増す盾を生み出す魔術であると推測できる。

 しかし、それは彼が得意とする攻撃魔術ではない。

 周囲を気にしない、殲滅だけを考えた攻撃ならばビスス=アビススが勝っていた。ロロナには一定水準を超えた攻撃魔術を防ぐ手段がない。

 けれどおそらく、相手が女だからと――この男は、敵を消滅させるような魔術を避けたのだ。


 魔力によって生まれた不透明な鳥の攻撃を受けつつも、食人鬼ロロナはニタりと嗤う。


(はい、終わり。優等生のぼっちゃんは、戦いってもんが分かってない)


 優等生は所詮学校の中での優等生。小さなころから実戦経験、殺しの経験で満ちたロロナとは違い、相手を殺すという行為に躊躇が見られる。それはビスス=アビススに限った話ではない。魔物ではなく、人類となった事の弊害だろう――殺戮への忌避が生まれつつある若者も増えているのだ。

 本来なら格上だとしても、経験の差が戦いを変える。

 相手への殺意を持てるかどうか、それは確実に戦況に影響を与えていた。


(お綺麗な戦い方。けれどあたしは違う。勝負は勝負)


 勝利を確信し、女は指を鳴らす。

 食人鬼ロロナが放ったのは、術妨害の一種。魔術加工した死者の腕をアイテムボックスから投げつけたのだ。それは――相手の魔術障壁を破壊するための腐食属性が含まれた攻撃。

 ぴきぎぎ……ぃ! っと。

 ビスス=アビススの防御壁が、死者の腕で破壊される。


「ちぃ……!」

「あららぁ、どうしたのワンコちゃん。死人の手に、びびっちゃったのかしらぁ!」

「《泥水で(フェデト・)満たされよ……!(ムー・フェデト) 汝が道を(・ワート)――》」

「遅い――!」


 泥沼を召喚する魔術を中断させたのは、女の拳だった。

 突撃しながら鉄拳をビスス=アビススの胸板に叩き込んだのだ。

 しかし、それは相手の計算だったのか。


 吹き飛ばされながらも、ビスス=アビススは黄金に輝く石板魔導書を展開していた。

 相手の作戦だったとしたら。

 食人鬼ロロナは警戒を濃くし――。


「上……っ! しまった……っ」

「その魂、弱体化させてもらう!」


 降り注いでくる光の矢に身体を貫かれる。

 直接ダメージはない。心や気力といった精神面にダメージを与える、魂への攻撃だろう。

 光の矢の正体は石板魔導書から作り出された、鳥の形をしたバー

 眷属の一種である。


 精神面、魔力操作やスキル発動に使う力を一時的に傷つけられた食人鬼ロロナは、腹を押さえて歯を食いしばる。

 ほぼ無傷だったビスス=アビススが言う。


「卑怯とはいうなよ? やられたフリをして隙を誘い、先に仕掛けておいた魔術を発動させる。よくある手だろうが」

「じゃあ、あんたも卑怯っていうのはなしだからね」


 言って、食人鬼ロロナは、嗤った。

 その手が糸状のナニかを引く。

 それが何なのか、ビスス=アビススには理解ができなかったのだろう。だが、食人鬼ロロナは知っていた。相手は優秀なエリートさん。きっと、これにもすぐに気が付く。

 ほら、やっぱりと――残虐な少女はほくそ笑む。


 糸の正体は、さきほど雑魚女をいたぶった時に引き裂いていた、女の衣服。

 その糸が、鋼鉄状に変換されていく。糸が繋がっているのは、暗い道の奥。

 黄金色の石板魔導書の光。

 その光明に照らされた一本の糸は、あの女の素肌を輝かせている。


「てめえ!」

「さあ、どうする。このままあたしが糸を引けば、あの女の胴体はサクっと真っ二つ。あたしはどっちだっていいけどさあ、保険って大事よね? 逃げられたとしても追跡するためにつけておいた糸なんだけど、役に立っちゃったんだから!」


 言いながら、ゲスな女はアイテムボックスから大量の死者の腕を顕現させる。

 切り落とした玩具たちの腕を使った、爆発武器。

 相手が考えるより先に、食人鬼ロロナは投てきアイテムとしてそれを使用していた。


 加工された腕が触れると自動で相手の魔力を取り込み、腕の内部血管で魔法陣を描き、引火させる。

 外道な職業が扱う、最近ではもう使われなくなり始めた人道に反する技術だが。

 彼女には関係ない。


「避けたらあの女を殺してあげる!」


 今の食人鬼ロロナには先が見えていた。

 未来視ではない。このジャッカル男の事をよく知っていたから、推測できるのだ。

 こいつは絶対に、攻撃を避けない。


(あたしの勝ちね!)


 互いにそう思っていた筈。

 しかし。

 なぜだろうか、食人鬼ロロナの腕に捕まれていた糸が――。

 ピン!

 まるで、獣の爪に裂かれたように――切れた。


「な……!」

「――!?」


 明らかに、何者かが糸を断っている。

 だが気配はない。

 互いに、これは想定外だったのだろう。


 しかし、勝利を確信していた食人鬼ロロナとは違い、状況を探っていたビスス=アビススは即座に行動に移っていた。

 人質が取られていないのなら、なんとでもなる。

 そう言いたげな顔で、爆弾と化した無数の腕を避け――。


「いい加減にしやがれ、この糞女――!」


 ゴスゥ……ッ!

 と、その顔面に拳を叩き込んでいた。

 異界の神性アヌビス神の流れを汲んだ上位悪魔の末裔、ビスス=アビススは筋骨隆々。

 それは魔術師の打撃であっても致命傷となったのだろう。


 食人鬼ロロナは気絶。

 敗退していたのだ。


 気絶する女の横で、ビスス=アビススは言った。


「誰だ――」


 そこに確かに、何かがいる。

 けれど。

 誰何すいかの声に反応するかどうか迷っているようだ。


「助けて貰ったようだが――なにか礼をした方がいいのか?」

『ほう! 礼とな! そういうことならば姿を見せてやろう!』


 それはニョコっと現れた。

 白くてふわふわな、あの時の魔猫だった。



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