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第065話、食物連鎖(ピラミッド)とヒエラルキー【魔導書図書館】


 【SIDE:アヌビス族ビスス=アビスス】


 攻撃魔術を得意とする男子生徒、ビスス=アビスス。

 墓守の悪魔、黒面ジャッカルの頭を持つアヌビスを祖とする彼は、大好きな図書館にて――今日も静かに書物を読み耽る筈だった。


 アヌビス族であるビスス=アビススの顔は獣だが、体躯は人型。

 魔術師であるにもかかわらず、体格がしっかりしているのは――太陽神を主神とする神話体系の一柱、異界より流れ込んできた神性を受け継ぐおかげだろう。

 彼は後衛職であり細身でありながらも、筋骨は隆々なのだ。


 いつもは威風堂々。

 自他ともに認める完璧マンの彼だが、何故だか今日は元気がない。

 毛艶は悪い。

 犬科動物のようにピンと立った耳が、何故か今日は後ろに下がっている。

 普段は雄々しく揺れている、スラリとした腰から生える尾も何故か脚の間に挟まっている。


 そう、それはまるで猛獣に怯える子犬のように。


 旧人類たちが遺した書や、高名な魔族の魔術師が記した魔導書が閲覧できる場所。魔導書図書館エリアは、魔導書の宝庫。魔導書を使用し魔術を発動できる彼にとってここは知識補充の場であり、武器庫。魔導の知恵こそが魔術師の強さ。つまり図書館に入り浸っているのは怠慢とは逆、鍛錬の一環だったのである。

 そんな彼は動揺し、ごくりと獣の毛並みを揺らす。

 書物を盾にして、ビスス=アビススはそっと周囲を見渡していたのだ。


 ――な、なんなのだアレは!


 そう――それは突然、転移魔術の法則すら無視をして現れた。

 図書館の机の上で、どでーん♪


『ぶにゃはははは、そうか、魔物から進化した新人類は四大属性を見限り、異界神の力を借りる魔術へとその王道を切り替えたか。これもまた時代の流れ、実に面白い。我も知らぬ魔術理論の一つでもあれば、もっと面白いが。はてさて――どうするかのう、消すには少々惜しいな』


 と――肉を挟んだパンを貪り蠢く、白き獣である。それは、門外不出かつ禁断とされる魔導書を勝手にレンタルし、勝手に読み込み、あろうことか解読不能とされている内容を確実に読み取っている。

 間違いなく異質な存在。ビスス=アビススはあの白い獣の種族に覚えがあった。

 魔王陛下に従っていない数少ない存在の一つ、旧世代の魔物、魔猫である。


 ――まずい、あれは……やべえ。どうする、オレ、ビスス=アビスス!


 偉そうに寝そべり書物を漁るソレが、ここに在籍するどの生徒、どの教師よりも強い事を彼は本能的に理解していた。黒き獣毛が、ぶわっと逆立つ。それはアヌビスという存在が、神獣にも分類される上位悪魔だったからだろう。

 神の質を読み取る本能が、アレだけはまずいと告げていた。


 けっして、敵に回してはいけないナニカ。

 この盤上世界には、そういう類の存在が顕現している時もある。思うこと自体が不敬ではあるが、魔王陛下がいい例だろう。

 そして、コレもまたそういった類の存在だった。


 魔力の質が、違うのだ。

 ふーむと、魔猫が顔を魔導書にこすりつけながら。


『ふむ、ナウナウにムルジル大王はまだ目覚めておらんのか……しかし、ネコヤナギと連絡が取れないというのは、はて、なにかあったというのか。ログに接続できるという事は健在の証拠であるが――あやつめ、我ら参加者が寝てしまったせいで退屈に耐え切れなくなったか。あやつも寝ておるようだが……世界管理者がそれでどうする……』


 言って。そのモフモフ白猫は魔力で浮かべたナイフとフォークでクリームケーキを切り分け、パクリ。

 読み耽る魔導書にべちゃべちゃなクリームを零し。

 ……。

 うにゅ~っと眉間にシワを寄せ。

 邪悪にも、気が付かないふりをして畳んでしまう。


 本来ならば飛んで行って説教するのだが。

 これに対してそれをするのは無謀すぎる。もし機嫌を損ね、本気で怒らせてしまったらなにをしでかすか分からない。魔術では無効化できない天災が通り過ぎるあの感覚と同じだ。

 触らぬ神に祟りなし。

 その筈だったのに、魔猫に声をかけようとしている女がいた。

 この図書館のバイト司書である。


 まずいとビスス=アビススは思った。


 どうするべきか。止めるべきか、まずは教師に相談するべきか。

 考える彼に、そっと近づいてきたのは細身の影。

 魔猫ではない、女生徒だった。


「よ! ビスス=アビススじゃん、どったの~。そんなにビクビクしちゃって、トイレ我慢してるの?」

「バ、バカ野郎! 隠れているオレにわざわざ話しかける奴がいるか!」


 ビスス=アビススは、ぐふぅぐふぅっと獣の荒い息を漏らすが。

 声をかけてきた相手、能天気な女生徒は意味が分からないと言った顔で。


「ちょっと~、マジで意味わかんないんですけどぉ! なーに、あんた。魔術攻撃が得意で、実家から持ってきた黄金の魔導護符アミュレットをガシャガシャに身に付けてるから、天狗なんですかぁ? ワンコなのに、天狗様なんですかぁ!」

「だから! 大きな声を出すなと言っているだろう!」

「はぁぁぁ!? 大きな声を出してるのはそっちじゃん! 女の子への礼儀がなってないなんてアヌビス失格っしょ! ほら、図書館の司書奴隷だって怯えてるじゃん。謝ってよ、謝って! 世間の皆さまにも謝って!」


 司書奴隷という言葉に、僅かに魔猫の耳が跳ねている。


「ど、奴隷に謝る意味なんてねえだろう」

「そういうのを貴族主義っていうんでしょう? はぁ、やだやだ。強いからって負かした相手を隷属させる、そういうさあ、魔物の時みたいな風習って正直悪習だと思うのよね~。ねえ、奴隷ちゃんだってそう思うよねえ~?」


 声をかけられた司書の女が、「はははは、はい……っ」と。

 歯をガタガタと震わせながら、何度も頷く。


「ああん? なんだ、てめえが一番怖がらせてるじゃねえか」

「え? うっそ、マジ? あぁごめんね、そういえばこの子。あたしが隣町から拉致ってボッコボコにして奴隷契約したんだっけ。そっかそっか。うんうん、ごめんねえ。ここでバイトさせてたなんてすっかり忘れてたわ~。でも仕方ないよね」


 能天気な女生徒は、司書奴隷の髪を掴み上げ。

 低い声で告げる。


「あんた、弱いんだし」


 怯え、震える奴隷となった司書。

 その傷だらけの腕を見て。

 ビスス=アビススは呆れた顔で能天気な女生徒を睨む。


「そろそろ解放してやれよ。可哀そうだろ」

「えぇなんでえ? だって強者なんだからなにをしてもいいじゃーん、それが古き血の本能っしょ。あたしらが魔物から進化した魔族だって証じゃん? 文句があるなら、この子自身があたしに逆襲するか。あんたがあたしを倒してみなよ」

「魔王陛下は、不必要な隷属を好まない。そう宣言されたはずだが?」

「うわ~、うっざ! なんですか~、正義の味方ごっこですか~。そういうのはぁ、ヴェルザに立てこもってる旧人類たちの仕事だと思ってたんですけど~?」


 更に司書奴隷の髪を掴み上げようとする能天気生徒、その腕を掴み上げたのはビスス=アビススだった。

 かつて先祖がダンジョン塔の魔物だった時代。

 上位悪魔として存在していたアヌビス族、その誇りを刺激されたのだろう。


「やりすぎだ。雑魚を虐めてイキってんじゃねえぞ。低級食人鬼グーラー風情が」

「は……? それは先祖の話っしょ?」

「オレの目の前で雑魚を虐めるな。気分が悪くなる――やるならオレのいねえところで、勝手に雑魚相手のお山の大将でもやってろ」

「マジックキャスターがあたしに勝てる気でいるの? うひょぉぉぉぉぉ! ちょっと! マジうけるんですけど!」


 クスクスと声を震わせる能天気少女は前衛職。それもかなり実力のある生徒だった。

 先祖はダンジョン塔で狩られる立場だった低級魔物、食人鬼グーラーだったが、人類となった今は違う。努力すればちゃんと強くなる。種族差はあれど、先祖たちに比べれば圧倒的な差などない。

 だから、少女は成り上がった。

 かつては絶対に頭が上がらなかった上位悪魔アヌビス相手にも、こうして強気にでられる。


 なんていい世界だと、彼女はそう思っているのだろう。

 だから、強い自分は何をしてもいい。

 だって、今まで上位魔物あんたらのご先祖様はそうしてきたんだから。


 そう言いたげな顔で――。


「ほんと、最高の世界よね! 魔王様に感謝してもしたりないわぁ!」

「思い違ってんじゃねえぞ――魔王陛下は、そういう強制奴隷が嫌いだって話だ。てめえみたいなクズがお嫌いなんだとよ」

「はいはい。そりゃまあ五百年前の偉人だもん、感覚は古いんでしょうね~。だから、無駄に戦うな――奪うな、殺し合うな。なんていう、陛下の意味不明な掟にも従ってあげてるんじゃない。そうじゃなかったら、今頃大戦争だろうし? あたしだって殺しまくってるし? たぶん、同じことを思ってる連中。いっぱいいるよ?」


 不満はあるが、従っている。その理由も極めて単純だろう。

 それは――強さが正義だと猛る連中の理論に対して、皮肉であるが、もっとも有効な説得力のある理由だった。

 魔王が誰よりも強いからである。


「で? どうする? ここでやっちゃう?」


 物理攻撃も可能とはいえ、後衛の魔術師であるビスス=アビススには分が悪い。距離が離れているのなら話は別だが、図書館というフィールドでは絶対的に不利。

 それを理解した上での女からの挑発である。

 校内での戦闘は、互いに了承があれば不問とされる。


 しかし、今はまずい。なにしろここにはアレがいる。


「おまえ、アレに気付いていねえのか?」

「アレって? なに、あんたたしか神性持ちだったわよね。神託か何かでも下ったの?」

「ち……、気付いてねえのかよ」


 ビスス=アビススは考える。

 アレは確実にこちらを観察している。ここで戦闘するのは……せめて教師の許可がないとまずい。

 そんな彼に気付かず。


「やるの? やらないの? どっちなんですかぁ?」

「興が削がれた――ほら、これをくれてやるから、とっととそいつを解放して消えな」


 言って、ビスス=アビススは腕にはめていた黄金装飾を能天気な声の生徒に投げつける。


「うわ、まじ~。くれんの~!」

「だが、分かってるだろうな?」

「いやあ、催促したみたいで悪いっすねえ~。んじゃあ、物々交換って事で、その奴隷はあんたにあげるわ。じゃあね~!」


 面倒な存在がいる時に、面倒な相手に絡まれたとビスス=アビススは唸りを噛み殺す。

 他の生徒もいたが、特にこの様子を気にした様子はない。

 そう、これが魔族の暗黙のルール。

 力ある者はなにをしてもいい。だから、こうした隷属強制は日常茶飯事。強い者ならば問題なく穏やかな日常を送っている。けれど、そうでない者は――……。

 けれどこれもある意味で平等なのだ。強ければいいだけなのだから。文句があるのなら強くなればいいだけの話。


 そんな世界を、ビスス=アビススはあまり好きにはなれなかった。


 ◇


 対照的に、この世界の事がどうしようもないほどに好きな、能天気な女が一人。暗い道を歩いていた。

 先ほどの女生徒である。

 雑魚のフリをして強者を誘い。返り討ちにし、奴隷にする。顔のいい男だったら適当に飼って、喰って弄んで、飽きたらそのまま胃袋へ。ブサイクだったら、友達に販売。女だったら適当な場所に売って小遣い稼ぎ、永久的に働かせる。

 それがいつものルーティンワーク。


 魔族学園の生徒でありながらも、女教師マイアの言いつけを守らぬ彼女は、思いを口にする。


「あぁ、面白くないの~。あのワンコ野郎、女を使って挑発してやれば戦ってきてくれると思ったのにぃ……つまんないぃ! ワンコで遊びたいのに~!」


 言って少女は立ち止まり。

 無邪気な顔で、ランチを決める学生のような声音を弾ませる。


「あぁ、そっか! あの奴隷女。帰るところを狙って、殺しちゃえばいいんだ! あの女の真っ赤なハラワタをさぁ、ワンワンの鼻先にでも投げつけてやれば、うん、イイ感じ~? 絶対キレてくるっしょ? 後はその喧嘩を買うだけっしょ? まじヤバイ、あたしって、超天才じゃん!?」


 食物連鎖の頂点。

 ピラミッドの強者として君臨する少女は思っていた。


 別にいいよねえ、あたし強いんだし。なにをしても。

 どうしても止めたいなら、このあたしを倒してみればいい。それが世界の絶対的なルールだし~。

 まあこの辺で、あたしを倒せるやつなんてぇ? いるわけないけれどぉ?

 と。


 絶対的な力を是とするヒエラルキーの世界。

 良くも悪くも、状況を掻き乱す神。白き魔猫が蠢き目覚めたことを知る者は、まだ少ない。


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― 新着の感想 ―
[一言] 全世界最強勢力の猫の次に強い存在を彼女は知らないーー。 そう。 猫の次に強いのは犬ーー。 つまりはそういうことだ。
2024/01/13 17:42 退会済み
管理
[良い点] 一回転させた世界観。 裏の裏は表、さらにそのまた裏を。 [気になる点] 謎と真実。色々と気になります。 [一言] 楽しいですね。
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