第060話、其れも一つの英雄譚【スクルザードダンジョン塔】
【SIDE:アルバートン=アル=カイトス】
突如ダンジョン内に現れた未確認の神性。
自らを四星獣と名乗り、無数の魔猫を枝に乗せる大樹。
異聞禁書ネコヤナギ。
その会話を担当するだろう銀髪美少女の分霊が、ふふふふっと微笑んでいる。
『あら、どうしたの? あまりにもあたしが美しいから委縮しちゃった?』
英雄少年アルバートン=アル=カイトスも、英雄魔物に匹敵する魔物に改良されたペイガの姫も、どちらも目の前の大樹が並の存在ではないことを察していた。
ペイガの姫が言う。
『四星獣って、あの四星獣ですの? まさか……本物が顕現されているなんて』
『信じられない? 宗教国家のお姫様。それでもいいのよ、信じるも信じないもあなたたちの自由。あたしは猫柳ですもの、あたしという花を言葉にするのなら《自由》。そう、あたしは自由を重んじる神性。我が子らの行く末をただ見守るだけの存在。まあ、ちょっとたまに悪戯はするけれど。ほんのちょっとよ、他の四星獣ほどじゃないわ』
少女は足先に赤い靴を装備してみせ。
けれど。あれじゃない、これじゃないと何度も装備を切り替えている。まるできまぐれなネコのように。
「この方の魔力と気配には……覚えがあります。間違いなく四星獣の方ですよ。本来なら生まれる前に死んでしまうはずだった僕を、この世界に産まれさせてくださった方々の一人でしょう。僕の武術の師匠でもある四星獣ナウナウさんの同類……という事になるんだと思います」
回答に満足したのだろう。
大樹の枝で足をぴょこぴょこさせて、白銀の美少女がうっとりと告げる。
『正解よ。よくできました――ねえ、あたしが授けたその恩寵。とっても似合っているわね』
「恩寵ですか……」
『あらその顔、あたし達からのギフトを呪いだって思っているのね? まあ違いはないけれど、あたしとても嬉しいわ。世界にあまり影響させない範囲で恩寵を与えるのって、けっこう苦労したんだから。まるであたしの子どもみたいで、本当に、ずっとずっと眺めていたいくらい、大好きよ。皆もそうでしょう?』
銀髪少女の問いかけに――。
樹々がザザザザザっと悍ましい程に揺れる。
大好き、大好きと樹に留まるフワフワな魔猫が合唱し始めたのだ。
ぞっとするほどに底のない魔力が、花から顕現しつづける魔猫から放たれている。
伝承が最も少ない最後の四星獣。
異聞禁書ネコヤナギ。彼女は魔導書としての性質の方が強いのか、他の四星獣よりも人間味の薄い存在のようにも見える。
だからだろう。
相手が強大過ぎる故に、アルバートン少年は赤き短刀”切り裂きジェーン”をしまうことができないでいる。
アルバートン少年は考える。
魔猫の数は、百を超えている。もしこの大樹が本当に世界の行動を記録し続けるログだとしたら、本体はもっと大きいのだろう。
これがこの世界に顕現できる形に弱体化させた、分霊だと理解もできる。
「あなたに、お聞きしたいことがあります――」
『なにかしら』
「あなたは僕たちの、敵、なのでしょうか」
『敵でも味方でもないわ。他の四星獣は知らないけど、あたしが敵と認定するのはあたしの枝を勝手に改竄する人類だけ。一度ならいいわ、でも二度目はダメ。それ以外なら、まあ嫌う事なんてないわ、好きにもなれないけれど』
だから魔物はログをあまり弄らないの。
と、銀髪少女は膨大な魔力をザザザザっと揺らし、妖しく微笑み続ける。
「僕たちが記録と呼び、魔術を通じてその行動詳細を読み取る際に接続する場所。それがあなた、ということでいいのでしょうか」
『ええ、そうよ』
「ならば……次々とログ改竄と、その対策を繰り返している人類は、あなたにとっては」
拍手をしながら白銀の美少女が、満足げに言う。
『賢い子ね――まあ、やり過ぎた子にはお仕置きをするわ。例えばだけど、運命の枝をちょっと揺らして――殺人鬼に馬車を襲わせたりとか。魔物に恩寵を与えて、特殊個体を発生させる確率を上昇させたりとか、そういうのね』
枝を弄るのは、ダメ。
枝を弄るのは、ダメ。
樹々に留まる魔猫が尻尾を膨らませ、キシャー!
『皆はあなた達の行動を保存し、記録し大きくなる。宇宙が銀河を作るように、脳がシナプスを伸ばすように、枝分かれして増えていく。そういう魔導書でそういう植物獣神。だから、あなたのお父さんに言っておいてね。同僚は死んじゃったけど……あなたは一回だから保留してるだけ。今度あたしのログを勝手に弄って書き換えたら、たまには天罰も与えちゃうかもしれないから。ダメよって』
子どものような声で殺意を巡らせる少女に、少年が眉を顰める。
「父が何か」
『ああ、あの時はまだあなた生まれてないんですものね。ふふふ、じゃあ忘れてね。さて、そんなことよりも――この地がエラーを起こしている事だったわよね。本来だったら今の魔術で制圧できたはずなんですけど……』
地脈を辿るように、少女の指先が宙をなぞる。
『これって、絶対あの性悪パンダのせい。英雄魔物を持って行っちゃうなんて、ルール違反もいいところよ。もう、困るのよねえ、こういう事をされちゃうと』
困るわ。困るわ。あのパンダ。
そう、ネコ達が囁いて。
『イエスタデイもイエスタデイよ。あの子、お節介だしちょっと人類に過保護すぎるから……それもちょっとフェアじゃないのよねえ。ムルジル大王だってそうよ、カルマに影響を与える呪いをかけるなんてこれもアンフェア。でも一番の問題はあのパンダよパンダ。はぁ……成人になるまであなたに手を出さないって盟約だったのに、先に手を出していたなんて。本当に過去も未来もどうでもいいって開き直ってるから、一番、面倒なのよねえ、あの子。まあそこが自由で可愛いんですけど。これって、世界管理者のあたしは怒っていいわよね?』
ぷんぷんと、枝の上でネコ達が抗議の構え。
鳥のように樹々にたかる猫の集団はカワイイにはカワイイが、数が多いせいか、まるで裁判のような異様な空気も発している。
「よ、よく分からないのですが……」
『ようするに、あの子達。今回はやり過ぎだわ。初めてあなたという共有の駒を生み出したから、はしゃいでしまったのね。慣れないことだったでしょうし、楽しかったからなんでしょうけど――そういう時のためにあたしがいる。彼らにちゃんとダメって言えるあたしって、とっても素敵だと思わない?』
「はぁ……」
四星獣にとっては、善も悪も関係ない。
あくまでも善も悪も、それは願いを託してきた相手のモノ。自分には関係ない。
良く言えば平等。悪く言えば無責任なのだ。そして無責任だという事も理解した上で、人類に答えを任せて自分の責任を回避する。それが本来のスタンス。
今回はそこにベクトル――自分たちの趣味や好み、進ませたい方向性を混ぜてしまった。
『あたし、とっても怒ってるんですから。よって、全員にペナルティー。しばらくあなた達の世界への介入を禁じるために、眠って貰う事にします。そうすれば今回の影響で崩れてしまったバランスも元に戻せると思うし……』
「眠って貰う?」
『ええ、あの子達、ああみえて本物の神様なんですもの。しばらく眠っていても問題はないし、あの子達にはそれぞれ眷属がいるから問題ない筈よ』
「けれど、あなた――僕に赤き短刀”切り裂きジェーン”を授けてくれた猫さんより、弱いですよね? そんなことができるのですか……」
どちらが上かを判断できる。それは、明らかに逸脱した強者の証。
魔猫達が、一斉に振り返る。
よく見ているのね、と感心した様子で四星獣が言う。
『まともに戦えば当然、あたしは負けるわ。あの子、四星獣の長だし。あたしが生み出されるよりも前から存在していたし。誰よりも先に存在していたの。だからね、単純な強さで言えばちょっとおかしいくらいに、強いわ。あの子が戯れを捨てて本気を出せば、残りの三柱が同時に襲っても抑えられない』
「あの方は、そんなにお強いのですか――」
過去を眺めるような表情で、美少女の顔に憂いを浮かべ。
『ええ、だから本気であの子を怒らせるのだけはお勧めしないわ。ただ、あの子が強いのは本当だけれど、あたしはこの世界の管理者、特殊職業ゲームマスターの”権能”を有している。ある程度なら強制的な命令を実行できるのよ。本気であの子が抗えばキャンセルされちゃうでしょうけど、そんなことはしないでしょうね。だって、それじゃあ盤上遊戯が終了しちゃうから、それをあの子は望まない。世界管理者からの本気の懲罰命令にはあの子だって逆らわないわ』
世界の規則や法則。
そういった分野だという事を少年は理解したが、姫の方はスキルが足らず理解できない様子である。
神の言葉を理解するにも一定のスキルが必要だと、人類はまだ知らない。
『でも、問題はあなたよ、あなた』
「僕ですか?」
『ええ、そうよ。あなた自身が悪いわけじゃないけれど、その恩寵と加護も問題。ちょっと人類に有利に動かしすぎよ。そりゃあ、あたしだって退屈な世界じゃあつまらないから、あなたの誕生を許可したけど。人類と魔物がちゃんと争ってくれないと、いつまでも成長しないし。成長しないと、あたしたちの目的も叶わない。だから――あたしからも提案。本題に入りましょう』
樹々に集う魔猫の姿が揺らぐ、尻尾のような花に戻ったのだ。
樹々が――枝が。
次々に語りだす。
『世界管理者が深く介入するのは、本来ならばあまり好ましくない』
『しかし此度は特例』
『四星獣の失態への後始末』
『汝が望む願い。このアラクネーと化した姫を守りたいというその英雄願望。叶えてやってもいい』
枝が次々と語った後、銀髪美少女が言う。
『ようするに、あなたの手助けをしてあげるって事、もちろん今回きりですし、全てが善意の提案というわけでもないわ』
「代価は何をご用意したら」
『不要だわ。これはエラーを起こしたことへの補填ですもの。だから代価なしで救う方法を教えてあげる。空席となったこの地、英雄魔物の空間をあなたの制圧地にする術を、伝授してもいいと思っているの――まあその魔術そのものにはちょっとした弊害もあるけれど。そこまではあたしのせいじゃない』
姫と英雄は顔を見合わせ。
英雄少年の方が言う。
「弊害とはなんなのか、教えていただくことはできますか」
『あなた、ナウナウの策略かもしれないけれど……人類に対して、ちょっと悪い感情を抱いているでしょう?』
「まあ、少し、思う所があるのは事実です」
大樹が、淡い輝きを放ち始める。
記録を司る白銀の美少女が枝を辿り、少年の冒険を辿っているのだろう。
そこに刻まれていたのは、人類の悪行ともいえる身勝手な行動だった。
少年はこの街についてからろくな目に遭っていない。冤罪も、追放も、身勝手に引き戻したことも、戦わせたことも、その後、せっかく救った姫を処刑しようとしたことも。
これだけ人間不信になることが続けば、英雄気質な少年の心にも一滴の泥を刻むことができたのだろう。
少女と花達が、瞳を細める。
『正直ね。あなた、英雄気質だからそういうところで否定すると思っていたのだけれど』
「拍子抜けですか?」
『いいえ、話が省けて助かるわ。僕は人類が大好きです、全てを肯定します。なんて言い出したら、さすがのイエスタデイだって尻尾を巻いてドン引きしちゃうでしょうし』
クスクスと四星獣、異聞禁書ネコヤナギの少女は微笑んでいた。
その唇が、まるで心無い人形のように蠢き問いかける。
『魔物ですらも持っていた、他人を思う心。そんな当たり前の感情が、そんなに羨ましかったのかしら』
どこか他人事で試すような口調だった。
これがこの四星獣の本質なのだろう。
「その、当たり前の感情を僕は知りません。唯一、そういった感情を向けてくれたのは……父だけです」
『ふーん……そう、だからあなたにはあの二体の魔物の友情が、ピカピカに……まるで真珠のようにとても輝いて見えたのかしら。その友情の始まりは十五年前の事件……弱者の声を聞く、マスラ=モス=キートニアから齎された概念。身分が違っても声をかける意味、それを魔物達に教えたのはあなたのお父さん。これって全部繋がっていたのね』
素敵だわ、素敵だわと少女は自らでハミングし。
『芽だった枝が育って、どこかの未来と繋がり合う。過去と現在、未来はすべて繋がっている。運命の輪は全て等価。ふふふ、だから記録って大切なのよ、あたしがいる限り、人類も魔物も過去の成長を引き継ぐことができる……共に争いながら、成長し続ける。っと、話が逸れたかしら』
咳ばらいを落とし、四星獣が言う。
『さて、話を戻すわね。ようするに、あなたが人類に対してちょっと疑問を持ってしまったのなら。なにも人類のままでいる必要もないでしょう? この地を支配できる種族に転化すればいいだけの話。そうすれば儀式は完了する。この地はあなたのモノとなるわ』
「人間をやめろと、そういうことですか――」
『ええ、そうよ。良きカルマを維持したまま、そういった感情が育つのってとっても稀少なのよ。だから、あなたならなれるでしょうね――』
「なれるというのは……」
少女の口が語り続ける。
『この世界の中でもなることが難しい、ちょっと特殊な駒があるのよ。良きカルマを持ちつつも人類に疑問を抱くもの、そしてなにより無意味な殺戮を好まない存在。あなたは転化条件をクリアしている、それがナウナウの仕込みっていうのがちょっと気に入らないけど、この際いいわ。でも安心して。転化しても魂や人格は変わらないっていうのは、あなたの隣を見れば分かるでしょう?』
四星獣の少女はアラクネーの姫に目をやっている。
そう、彼女もまた転化した存在。
『あたしはどちらでもいいわ。どうする? ナウナウの言葉じゃ無いけれど、あたしはどうなってもいいの。ただ記録するだけ。この魔導書にあなた達の冒険を刻み続けるだけ。あなたの好きにすればいいわ。それがあたしの重んじる、自由』
「そうすれば、姫様を守れる……それは本当ですか?」
『ええ、世界管理者として約束してもいいわ』
アルバートン少年とペイガの姫。
人類である彼らには、ゲームマスターと呼ばれる存在がどれほどのモノかは分からない。
けれど、四星獣は基本的にウソをあまりつかない。そう、彼らを観測していたアルバートン少年は知っていた。
だから、言った。
願いを――樹々に託したのだ。
異聞禁書ネコヤナギは、人類からの願いを受諾した。
『認めましょう。それではアルバートン=アル=カイトス。あなたの種族は今から人類から派生した新種族、魔族に。そして職業を冒険者殺しから派生させ、新たな固有職業を授けます』
枝が光り、それは英雄少年の身体を包んでいた。
『あなたの職業は魔王。魔族の王。盤上遊戯に存在する、世界で唯一の駒として生きることを認めます』
そうして魔王はこの盤上世界に誕生した。
魔物達の”英雄”は、人類に迫害された姫を守るために転化したのだ――と。
猫柳の記録には刻まれていた。




