第058話、転化【エリア:星夜のUnknown】
【SIDE:リポップ待ちモブ羊】
泥のように重い暗闇の先。
モブ羊が目覚めると、そこは見たこともない竹林だった。
とてとてとてと歩きながら――。
やりきった彼は考える。
『はて、私はリポップ待ちの筈だったのでは』
『えへへ~、それはね~。僕がね~? 君たちを招いたからだよ~』
声は竹林の奥から聞こえた。
ゴロゴロとのんびり歩いてきたのは、見たこともない白と黒色の巨大なクマのような生き物。
燃えるような色の小鳥を連れているようだが――。
執事で秘書としての性質もあるモブ羊は、魔物としての知識を巡らせる。
『巨大熊猫。ジャイアントパンダと呼ばれる存在……ということは! もしや!?』
『そうだよ~。えへへ~、僕こそが四星獣ナウナウだよ~』
四星獣と聞き、メメッメメ!
顔を真っ赤にさせて、ビシビシビシっとモブ羊は抗議の構え。
『あ、あ、あ、あ、あなたがたですね! この私の計画を全て台無しにしてくれたのは!』
『ええ~、そう言われてもな~』
『だいたい! リポップ待ちの魔物を呼びよせるなんて、どんなインチキを使っているのですか! 非常識な!』
非常識といわれ。
えへへ~、頬をにっこりと緩めるパンダに横の小鳥が、褒められているわけじゃないですよ……と、突っ込んでいる。
賢いモブ羊は理解していた。
ああ、この神……ダメな感じのケモノですね……と。
そんな心を読んだのか、ゴロゴロと竹林を回りながら四星獣が言う。
『そうだね~、僕はね~、一番ダメでゴロゴロしているかもしれないね~。昔がどうであったとしても~? 未来がどうなっても~? どうでもいいんだ~。今が良ければ、それでいい。それが僕、四星獣ナウナウだよ~。だって僕、パンダだし~♪ 世界で一番かわいい種族だから~、なにをしても許されるんだ~♪』
世界で一番かわいい。
そう本気で思っているだろう神にジト目を向け。
『それで、全てがどうでもいい上位存在さまが、この私になんのようで?』
『ん~? だって君が願ったんじゃないか~』
『はて、願いですか?』
絶大な魔力をモフモフ白黒獣毛に浮かべ。
パンダが、パンと手を叩く。
すると顕現したのは、ステーキハウスと書かれた魔術で生み出された館。
『ああ、そういえば最後にじゅわじゅわステーキを食べたいと願いましたが……』
『だから~、僕はね~。その願いを叶えるためにここにいるんだ~』
えぇ……とモブ羊が呆れながら。
『あなた、ほぼどんな願いでも叶えられる力があるようですのに……こんな絶大な魔力を、こんな小さい願い事に使っていて、よろしいのですか?』
『変な事を言うね~。願いに小さい願いも、大きい願いもないんだよ。たとえ最後に美味しいステーキを食べたいと願う願いであっても~、それはその人にとっては本当の願いなんだよ~? 僕の友達のイエスタデイが~、誰かを助けたいと願う人間の願いを叶えることも~、僕の友達のムルジル大王が~、欲望の大きさに比例した~代価さえあれば~どんな願いを叶えることも~、全部同じ。等価なる願いで~。そこに貴賤はないんだよ~』
『しかし、残念ですね。私が願ったのは、あの方と一緒にじゅわじゅわステーキを食べることです』
タイミングを見計らったように、ステーキハウスの扉が開く。
『おう、来たのだな。余の方が上位悪魔であったから、先に目覚めたようだな!』
そこにいたのは、ステーキハウスのエプロンをした上位悪魔パノケノス。
再度の羊ジト目が突き刺さる。
『なにをなさっているのですか……あなたは』
『なに、一緒にステーキを食べさせてくれるというからな。おまえがくるまで、店員をして待っていたのだが?』
『待っていたのだが? じゃありませんよ! あなた、エリアボスなんですから! リポップ待ちしていないとまずいでしょうが!』
『そうは言うてものう。そこのナウナウ殿が、君が帰ったら願いを叶えられなくなっちゃう~っと、余ですらも一切歯が立たない力で、押さえつけてきおってな……ならば仕方あるまいと、堂々と待つことにしたのだが?』
なぜか四星獣ナウナウは胸のモフ毛を張り、えっへん!
『そーいうわけだから~、ちゃんと食べていってね~』
『いや、ナウナウさん? 金額が書いてありますけど、死んでしまいましたからね。持ってませんよ?』
『あー、だったら、君もここで働いていけばいいんじゃないかな~』
告げて四星獣ナウナウが竹を束ねて作られた魔導書を、差し出し。
『いや、なんですか。これ』
『君、羊型の魔物だよね~。だったらたぶん、これを使えば~狡猾で大食漢な羊の神獣”饕餮”に進化できるはずだから~。ああ! 偶然だね~、君ってたぶん適合者だよね~! 僕ね~、獣系の神をね~、集めててね~。こっちの朱雀もそうなんだ~。えへへ~、欲しいなあ。君が欲しいな~』
『あなたの眷属になれと?』
『君の友達はもうなってるよ~? まあ~、彼はもう強いからそのままで山羊の神獣バフォメットだけどね~♪』
すでに契約済み。
つまり。また一緒に行動をするのなら。
『あなたの眷属になるしか道がないというわけですね……ナウナウ様。呑気そうに見えて、あなた……かなりの策士なのですね』
『様をつけたってことは、いいってことだよね~。朱雀~、彼らを正式に眷属にするから。みんなに伝えておいて~』
頷き巨大な不死鳥となった鳥が、飛んでいく。
『それで、私はここでなにをすればよろしいので? 人類の抹殺ですか? それとも、魔物側へのけん制を? あなたのスタンスをお聞かせください』
『ん~。どっちでも、どうでもいいからそういうのはないよ~。ただ僕と一緒に、この竹林で、ゴロゴロしてればいいだけ~。とりあえずは~、たまにくるから~、ステーキハウスを~経営しててよ~。好きに食べててもいいから~』
新しい主人のテキトーさを見て、目をギランとさせて饕餮ヒツジが言う。
『ほう! 好きに食べていてもいいと?』
『もちろん、その分、ちゃんと~。ステーキハウスの経営はして貰うけどね~。僕ね~、ステーキのお店が欲しかったんだ~♪ いいよね~、自宅ステーキハウス!』
本当に、ただそれだけだったのだろう。
珍しい神獣をコレクションして、ダラダラ過ごすために絶大な力を発揮する。
それが四星獣ナウナウ。
悪魔王とも呼ぶべきパノケノスは既に営業準備を始めている。
饕餮ヒツジは諦めとこれからの生活を考えながら、恭しく新しい主人に礼をする。
『ところで、一つよろしいでしょうか?』
『なに~?』
『なぜナウナウ様は我らを拾い上げたので? これはようするに、地上の存在を神獣、つまり神へと召し上げる行為ですよね。我らを選ばれた、その理由がいまいちわからず……教えていただければと』
キョトンとした顔をし、ナウナウが言う。
『なに言ってるの~。謙遜かな~。だって君たち。たぶん長い遊戯の中で、もっとも人類に致命的な傷を与えた~最高位の魔物なんだよ~』
『はて? 魔物の歴史では……史上初の人類大陸に帝国を顕現させた蛾帝マスラ=モス=キートニア様や、他にも、ダンジョン塔からの侵略に成功し、人類の血に、獣人やエルフといった異種族を紛れ込ませた英雄魔物が、既に何柱も存在している筈ですが』
『君達はね~。最後にみせつけちゃったじゃないか。人類よりも、友を大事にする姿を。勝利よりも、友を守ったその姿を。友達が一人もいなかったあの子に、人類の汚さを教えただろう? 四星獣たちの生み出した最強の駒、その流れとか~方向性を変えるきっかけを作っただろ~。それってね~、君達は本当に凄いことをしたんだ~』
言葉を証明するように、四星獣ナウナウはパンパン♪
胸の前で肉球を鳴らす。
下界の様子が映し出されていく――。
そこには、勝者となったはずのアルバートン=アル=カイトスがいる。
しかし様子がおかしい。
蜘蛛悪魔と化した姫を連れ出し、人類の街から逃げる英雄少年の姿があったのだ。
『おや。あれは何をしているのですか?』
『君達が改造した宗教国家ペイガのお姫様の~、処刑が決まっちゃったから~。あの子が人類の決定に逆らってでも、逃がしているところだよ~』
知恵を巡らせる羊は言う。
『ふむ。おかしいですね。パノケノス様の恐慌の呪いも、私による裏工作も既に途絶えている。人類は正常な状態に近い精神状態になっている筈。そして、あの姫の洗脳は解けている、アラクネー……英雄魔物に匹敵するほどの戦力となった人類側の味方に、そのような非道な決定をするとは思えないのですが――最大戦力が増えたのです、存分に利用すればよろしいのに』
『これが人類だよ』
一瞬だけ、ぞっとするほどの悍ましい黒い声が聞こえていた。
魔の眷属だった饕餮ヒツジにとっては、そんな黒い声も慣れていたので平然と顔を上げるが。
四星獣ナウナウは変わらぬ口調で言う。
『僕たちはね~。知っているんだ~。ずっとこの盤上世界を眺めているからね~。これも人類の性質、良きカルマを望むイエスタデイとは別の~、悪しきカルマが出ちゃってる場面だね~。彼にとってはつまらない人類同士の小競り合いだし~、たぶんイエスタデイは介入しないだろうね~。ムルジル大王はお金がなければ動かないし~、そもそも今回は初手でやり過ぎちゃって、反省しちゃってるみたいだし~。記録の子はそもそも人類世界に介入する気がないみたいだし~。ここを見ているのは僕だけ~。えへへ~、特等席!』
四星獣イエスタデイ=ワンス=モアは悪しき人類に呆れ、この盤上の座を捨てた。
四星獣ムルジル=ガダンガダン大王は自粛謹慎。
残る四星獣は、そもそも介入を好まない存在なのだろう。
だが四星獣ナウナウは違う。
人類の悪しき部分も楽しめる。
今が良ければそれだけでいい。人類が滅びようが栄華を極めようがどちらでも構わない獣神。
他の四星獣が呆れ、盤上から去ったこの地。
彼だけがこの茶番劇を眺めている。
人類に殺されかける蜘蛛姫を抱え逃げる。
英雄少年アルバートン=アル=カイトスに目を向けていた。
歴史が大きく、動こうとしていた。




