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第049話、わたしのしあわせなステーキ肉【ダンジョン塔】


 【SIDE:魔物達】

 

 台風の目となっていたアルバートン=アル=カイトス少年。

 冒険者殺し、パニッシャー。

 人類たちが動揺していたように、ダンジョン塔の魔物達からも当然、困惑の声が上がっていた。


 ダンジョン塔中層の最上階。

 人類が目指すべき迷宮上層への扉を守るのは、玉座に座りしエリアボス。

 雄山羊の頭を持つ上級悪魔。山羊悪魔パノケノスである。


 漆黒の燕尾服に身を包み、山羊ツノ顔と膨らむモフ毛を靡かせ、人間よりも理知的な表情で英雄魔物エリアボスは考える。

 上級悪魔パノケノスの地位は、十五年前に滅んだエリアボス――蛾帝マスラ=モス=キートニアと同格。

 単騎で国を亡ぼせるほどの戦力と魔力を備えた、畏れられるべき山羊悪魔である。

 そんな上級悪魔パノケノスは、見た目とは裏腹にバケモノのような少年を遠見の魔術で眺め、獣毛の眉間に濃い皺を刻んでいたのだ。


『理解、不能。まるで伝説の首刎ねウサギではないか――計算外の事ばかりが起こる。これは、何かがおかしい』


 送り込んだ亜人魔物のことごとくが殲滅されている。

 それはまだいい。

 彼らはあくまでも調査と実験のための雑魚亜人すてごまたち。実際、実験体となっていた彼らの転移と、最初の襲撃は成功した。人間の一部から、存分に恐怖の感情を回収することができたのだ。しかし、その襲撃も即座に妨害された。

 規格外の強さを誇る少年のせいだった。


『忌まわしき人類の中にポップした、新たな英雄、か』


 少年は、今も魔物が湧く度に出現し魔物を瞬殺する。

 その赤き瞳が輝いた刹那に、転移門から召喚された魔物の首が刎ねられているのだ。

 せっかく市場の門の複数に、転移門を紛れ込ませたのに――だ。

 これでは計画が進まない。


 存外に獣毛を蓄える上級山羊悪魔の口が、血肉を喰らい蠢く。


『アルバートン=アル=カイトス。子どもの状態でこれならば、大人になった時にどれほどのモノになるか、想像したくないモノだな。おそらく、我と戦っても同格。いや、それ以上か。ふむ、戦ってみたいとそう思うが。はて、彼奴きゃつはこの中層最奥までたどり着くのか』

『さすがはパノケノス様のご慧眼! 全くでございますなぁ!』


 言ったのはエリアボスの取り巻きたる羊頭の執事悪魔。

 名もなき低級悪魔である。

 しかし、羊の頭を持つ悪魔は揉み手をしながら思っていた。


 ――ああ、この山羊ボスは面白くない。また部下の命を無駄に使い、強引に作戦を進めようとしている。それじゃあうまくいくはずがない。私ならうまくやるのに。失敗するかもしれない? それでいいのです、失敗の積み重ねで人類が成長したように。我々も失敗を積み重ねて、面白おかしく人類世界を崩壊させればいいのですから。


『だから、あなたはダメなのです。それじゃあいくら死んでも部下は成長しない』

『ん? 何か言ったか?』

『おっと失礼。いえいえ、何も。私があなたさまが使えない上司だなあ。とか、こんな脳筋上司のせいで、なーんも成果なく、また滅び、またリポップするのかなぁと思っていたなどとは、この羊の口が裂けても言えませんので、はい』


 低級なる羊悪魔の視線は、上司が喰らう肉へと向かっている。


 上級悪魔が食すのは人間の街から押収した、人間たちが料理に使っている家畜の肉。

 香辛料とやらも実に美味。

 常に一定の熱魔力を発生させる、ステーキ鉄板と呼ばれる肉焼き器具も実に良い音を立てている。


 じゅーじゅーじゅー。

 鉄板の上、肉汁と絡まった頬肉が揺れている。

 ああ、うまそうだ。けれど下級で低級な悪魔はそれを食せない。

 なぜなら人類から押収したグルメはまだ魔物にとっては貴重品である、低級である羊悪魔の口には回らない。


 低級悪魔は考える。

 ああ、私もあれが食したい。しかしそれが分不相応だとも知っている。

 バカな上司と違って、名もなき下級悪魔には知恵があった。

 弱いからこそ、知恵が働く。

 弱いからこそ、考える。

 だから名もなき低級悪魔には見えていた。


 ――これはまた、敗北で終わりますね。

 と。

 さて、リポップの準備でもしますかと終わり支度を整える低級悪魔を見て、上司のエリアボスは考える。

 その頭の中には歴代のエリアボスが培った知恵、すなわち記録ログが流れているのだろう。かつての魔物ならば、終わる準備をしている低級魔物など捻り潰していた。

 しかし、彼は違った。彼は自らが力だけの存在、すなわちバカなのだと自覚している上司だった。

 そして彼には、先代のエリアボス、マスラ=モス=キートニアの知識が流れ込んでいる。それこそがログの加護、今回、彼が入手していた力は”弱者の声を聞く能力”である。

 人類が時代の中で成長するように、魔物も知恵を身に付ける。


『低級悪魔よ。この戦い、勝てると思うか?』

『それはもちろんでございます! ええ、ええ! 大勝利間違いなしでしょうな!』


 リポップ用の宝箱を詰め始めている低級悪魔は、心で、バァァァァカ上司、脳筋♪ 脳筋♪ 角だけ立派なアホ上司~、ぷぷっぴどぅ! と嘲りながらも、口だけは上司を讃える言葉を漏らす。

 前ならばその言葉を信じた。

 しかし、今、遠見の魔術の前では明らかに自分よりも強い人類の子どもが暴れている。

 先ほど送り込んだのは、上級悪魔パノケノスの側近、一つ目神話巨人のキュクロープス。エリアボスには届かずとも、足元には及ぶ強大な魔物である。


 上級悪魔が映像の中の殺戮者、”幻影の雪兎”(ファントム・ラビット)に感じていたのは、恐怖だった。

 恐怖が強者に学ばせたのだろう。

 だからいつもと違った流れとなった。


 上級悪魔パノケノスが命じる。


『低級悪魔よ。汝に嘘を禁ずる――もう一度答えよ、我らは勝てると思うか?』

『ぶわははははは……! あれをごらんなさい! 正面から戦って勝てる筈がないでしょう、このバァァァァァカ上司が! 何をいまさら言っているのですかな!?』


 ウソを禁じられて本音を漏らしてしまった低級悪魔は、あっと口をあんぐりと開けて。

 胸の前で十字を切る。

 ああ、リポップが早まりましたと、しくしくしく。

 死を受け入れつつも、脳筋! 脳筋! バカ上司! と、最後の本音をまき散らす羊を見て。


『では、勝てる手段があると思うか?』

『そりゃあありますよ。なぜなら我ら魔物は搦め手をしない傾向にある。それはいけません、私ならばもっと上手くやる。まあ、全権でも与えられていないと無理でしょうがね』


 上級悪魔はここで決断した。

 鉄板の上で、じゅじゅじゅじゅ。

 おいしそうに焼けている頬肉ステーキを、ズズズと魔力で動かし。


『これが食べたいのだろう?』

『ええ! ええ! いただきとうございますねえ!』

『よかろう。くれてやる。全て持って行くが良い』

『宜しいので!』


 ナイフとフォークを、ジャキーンと装備し。

 名もなき低級悪魔は最後の食事だと、ほくほく顔で肉に貪りつく。

 上級悪魔パノケノスは言った。


『全権はやれん。貴様は他の魔物が従うには弱すぎる。すぐに反逆されるであろう。なれど、我の力があれば別。おまえ、名を何と言ったか』

『名などございませんよ? 名がつくのは中級魔物以上から。私はモブ悪魔にございますから』

『ならばモブ羊よ、貴様、記録ログに名を残したくはないか?』

『と、仰いますと?』

『力は我が担当する。貴様は、知恵となれ。つまり同志だ、共に人類を滅ぼさぬか? とりあえずだ、この忌まわしき殺戮少年を、退ける知恵を我に授けよ。さすれば、我は貴様の知恵を信用する。どうだ、できるか?』


 低級悪魔、モブ羊は考える。

 頬肉を味わう彼は知ってしまった。

 またこの肉が食べたいなぁと。

 だから、弱者は知恵を働かせる。


『私が指示をすれば、他の魔物に指示を出してくれるので?』

『それが必要とあらばな』

『なるほどなるほど! 面白いですねぇ! ではまずは他者擬態能力のあるドッペルゲンガー系の魔物を一体、ご用意ください。その者を、今映像で映しますが――この女に化けさせ、いつもと同じ手段で市場へと転移を。同時に、絶対に気取られない――上位の潜伏能力を有した幽霊系スピリットに命じ、この女の拉致誘拐をお願いします』


 言って、頬肉を頬でくっちゅくっちゅと噛み締めるモブ羊。

 上級悪魔が問う。


『このおんなは――』

『女神崇拝の宗教国家の代表。私は三馬鹿国家と呼んでいるのですが、そのうちの一つ。先日、この少年に後れを取った、まあ人類の中の弱小国です。ですが、それでも代表は代表。姫らしいですからね、誘拐し、魔物へと改造します』

『……なかなか邪悪な奴であるな……』

『お褒めにあずかり光栄しごく。ですが、それだけではありません、ドッペルゲンガーには悪いのですが、彼には犠牲となって貰います』

『話が見えぬ――』

『簡単な事ですよ。一応王族である姫を私達は拉致し、王族から生み出した強力な魔物として戦力の増加。それと同時に、あの少年をあの街から追い出す一石二鳥の策なのでございます』


 バカだから、たぶん通じてないんだろうなぁと、モブ羊はげっぷと平らげたステーキ吐息。


『実際の姫がいなくなったところで、姫に化けたドッペルゲンガーの死体が見つかる。犯人はあの少年。彼は何らかの手段で転移を察知している、おそらくでてきた瞬間にドッペルゲンガーは殺されてしまうでしょう。そう、”瞬間”にです。あとは死体が残るように、あなたがほんの少し魔力を流しておけばいい』

『なるほど。あの少年を王族殺人犯に仕立て上げるのだな。して、その後は、なにをする? あの少年を追い詰めたところで、我らが奇襲をかけ殺すか?』


 馬鹿な上司に。

 チッチッチと器用に蹄を立て、モブ羊が言う。


『しばらくはなにもしませんよ?』

『なにもしないだと!』

『ええ、なにもしません。なにも我々が直接あの少年を殺す必要などないのですよ。ようは、この地から追い出せばいいだけ。それは人類が勝手にやってくれるでしょうから』

『にわかには信じられん。あのような強大な少年、百年に一度、いや、二百年に一度の逸材であろう? 人類がそれをわざわざ追い出すことになるとは――我ら魔物ではありえんだろう』


 弱きを知る羊は言う。


『それが人類なのです。強者への憧れと嫉妬、そして恐怖は我々以上に凄まじい。必要な人材だと理解できる者は少数でしょう。そして少数は大の愚者に負ける。あの地は自由の地らしいですからね。それにです――少年の方も魔物が湧いているからこそ、この地に留まっているにすぎない様子。魔物が湧かないとなれば、国へ帰るでしょう。まあ見ていなさい、すぐに結果を出して差し上げますから』

『ところで、その手はなんだ? さきほどから、クイクイっとしているが』

『お代わりを所望しているのですが?』


 モブ羊はとてもおいしい肉を食べた。

 もっと食べたいと願った。

 それが純粋な願い。


 だから、彼は賢く動いた。

 素早く動いた。

 女神信仰の宗教国家ペイガ――その代表たる姫が首を刎ねられ、アルバートン=アル=カイトスに惨殺されたとされたのは、翌日の事。

 姫の暗殺という狂気に人類が怒り狂い、ほぼ全勢力を持って少年を追放したのはその三日後。

 アルバートン=アル=カイトス少年を庇ったとして、ウィルドリアの戦術師シャルル=ド=ルシャシャ並びに、ヴェルザの街の幼女教皇マギが、皆の承認で排斥されたのはその一週間後。


 幼女教皇マギの排斥に伴い、彼女を慕いついてきていた全ヒーラー魔猫が撤退したのは、その翌日。

 街は平和になった。

 少年も、戦術師も幼女教皇もヒーラー魔猫も、いなくなった。

 彼らは彼らの国に帰ったのだ。


 人類からまともな者が次々といなくなる。

 厄介だった者から、多数決で消されていく。


 弱者たるモブ羊は思う。

 ああ、なんて簡単なのだろうと。

 賢人たちは消え。強者は消え、癒し手もいなくなった。


 少年は国交なき北砦へ戻った。もう、この国には来ない。

 おそらくアレを追い眺めていた四星獣も、北砦へとその視線を移した。

 邪魔者は、もういない。


 平和な街だ。

 とても平和な街だ。


 ステーキ肉をじゅーじゅー焼いて。

 しあわせな肉の匂いの中。

 低級悪魔は駒を動かす。

 もうしばらく様子を見たら、宴を始めよう。人類の肉はどんな味か、モブ羊はしあわせそうに、うっとりと頬を蠢かせた。



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[一言] 人間からも魔物からも怖がられるんか笑
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