第048話、蠢く国家、雪兎の幻影【スクルザード市街】
【SIDE:共同自由都市スクルザード】
恐ろしき冒険者殺しの影響か、平和だった街は騒然としていた。
衛兵も冒険者も、各国の要人も――突然現れた事件にそれぞれ心を揺らしていたのだ。
そして路上のタイルも揺れていた。
砂煙舞い散る往来に鳴り響くのは、集団の足音。
それぞれの国の、それぞれの勢力が自らの野心や利権を手にしようと、それぞれに指示を唸り上げる。
「見つけ次第、殺せ――」
「見つけ次第捕らえなさい! 我が国で洗脳し、強化兵にしてさしあげますわ!」
「続け――! 住人が安心して暮らせる地とするため、我ら騎士団、全力をもってその少年を確保する!」
武装集団ネオット。
女神信仰の宗教国家ペイガ。
堕ちた騎士が集いし魔境ズムニ。
自由都市スクルザードの共同出資者であり、比較的歴史の浅い各国の代表は、例の少年、アルバートン=アル=カイトスを追っていたのだ。
武装集団は権力を示すため。
宗教国家は戦力補充のため。
騎士の魔境では、安全を確保するため。
今日もまた、街中でけたたましい戦闘音がさく裂する。
「いたぞ! 他国に後れを取るな!」
「あぁ、いましたわ! 本当に、美しい少年。あぁ、あれはあたくしたちこそが使うにふさわしい人材!」
「待ちたまえ、少年! これ以上、我らのように罪を重ねるな! 罪を犯したならば、我らと共に更生し、平和への道を歩もうではないか!」
しかし。
少年は捕まらない。戦闘状態になると、瞳をぞっとするほどの赤に染め上げる少年。その、まるで雪兎のようなしなやかな身体が跳躍するのだ。
戦闘を生業としている冒険者はここで驚愕する。
目で追えないのだ。
それでも目で追える、上位レベルの冒険者となると話はもっと変わってくる。
少年のソレが、現実的な脅威へと至る。
目に捉えた瞬間――禍々しい魔力を纏った短刀が、首の直前まで迫っているのだ。殺される。実際に、魂と精神が死を受け入れたその瞬間、それが幻影だとようやく理解できる。
”幻影暗殺”。
それは強者だからこそ分かる、戦況予測現象を利用した妙技。
少年は錯覚と心理を利用しているのだ。強者は相手の力を瞬時に計算する。相手の筋肉の動きと魔力操作、そして技量を瞬時に判断してしまう。その反射的な現象を悪用。
対象の強者に、あたかも自分が殺される姿を計算させ、無傷で相手を怯ませることができるのである。
実際に、国一番だと自他ともに認められている三国の強者は、それぞれ同時に膝をつき。
顔面蒼白となって、身体を固まらせていた。
三組織を代表とする要人たちである。
本気で、殺されたと思ったのだろう。
ガクガクと心を震わせる強者たちの耳に、美声が届く。
例の少年の声である。
「ごめんなさい! 僕、なにもやってないですし~! 捕まるわけにはいかないんですよ~!」
『あちらに、また魔物が湧いています――処理なさるのでしたら、移動を』
「あ、はい。それではみなさん、失礼します」
能天気な声を上げる少年の肩に乗るのは――膨大な魔力を小鳥の姿とする眷属。名も鑑定もできぬ不死鳥のような幻獣も、厄介な存在だと強者には理解できる。
その謎の幻獣と会話する少年は、そのまま屋根に飛び乗り、軽快なステップで消えていく。
歴戦の冒険者達が本気を出しているのに、その後ろ髪すらつかめない。
華麗に逃げることから少年に与えられた二つ名は、”幻影の雪兎”。
今日もまた、冒険者殺しの名声を上げてしまったのだ。
暗黒騎士の兵隊が言う。
「た、隊長!? どうなされたのです! 少年が逃げてしまいますよ!」
「――っ」
隊長と呼ばれた暗黒騎士も、もし兜を被っていなければ、恐怖に歪んだ顔を部下に覗き込まれていただろう。
恐怖と実力差を知った隊長騎士が言う。
「作戦を中止する――」
「し、しかし……」
「実力差が分からぬのか!?」
その隊長が叫び散らす姿など相当に珍しいのだろう。
衛兵も、部下たちも、他国の部下たちも驚愕していた。
ただ――同じく、膝をついていた他の二国の強者だけには伝わったのだろう。
彼ら、三人の目線が合う。
悟ったのだ。
ああ、あの者もあの少年の底知れぬ力を知ったのだろう――と。
三国の強者が、話を理解できていない部下たちを解散させ、強者会議を開いたのはその直後の事だったという。
◇
三組織の長が会議をする裏。
他でも動く者達がいた。
盗聴を遮断する共同大使館の一室。
各国の代表が密談する際に使われる部屋にて。
奥市場騒動の報告書を一瞥し、賢人たる幼女教皇マギが小さな嘆息を漏らしていたのだ。
「冒険者殺しが少年で、市場の民を惨殺したのう……」
「マギ様? 腑に落ちないという顔をしていらっしゃいますね」
艶も張りも幼女肌のマギと同席しているのは、四十前後の理知的な男。老齢となったウィルドリア女王の名代としてやってきた西大陸の代表、戦術師シャルル=ド=ルシャシャであった。
共同出資者として自由都市スクルザードに意見を出せる立場にある二人だが、彼らだけの意志で取り決めをできるわけではない。
なのでこの密談。
此度の騒動について意見を交わしているのである。
「にわかには信じられんからな。なにしろログが壊れておるし、今はログの改竄技術もあると聞く。そして証言は錯乱状態となっていた少女の言葉のみ。冒険者の経験もある者なら知っておろう――錯乱状態の時の発言は、本人でさえ信じ込んでしまっている妄想が紛れ込んでしまう」
「錯乱者本人にとっては錯乱状態に発生した妄想が真実となってしまい、冤罪が発生してしまう。ダンジョン病の一つ、かつてログの技術が生まれる前――ダンジョン探索の黎明期。冒険者を困らせパーティ崩壊の原因となっていた、厄介な状態異常ですね」
「その者が悪いわけではないがな。だからこそ世界を記録しているログに接続し、状況を保存する技術が開発されたのじゃが――時代は変わったものだな。妾の現役時代ではログの改竄など……畏れ多くて試す気にもならんかったわ」
記録は四星獣の最後の一柱が司る範疇。
盤上世界に刻まれた過去現在未来、時を保存し続ける獣神。
記録を司るその存在と情報は、他の三柱とは違いあまり人類に伝わっていない。
戦術師が言う。
「気になったのですが、よろしいでしょうか?」
「なんじゃ、ウィルドリアから参られた王の代理よ」
棘のある言い方に苦笑し、銀縁眼鏡を輝かせ戦術師が更に言う。
「その言い方はおやめください。わたしはあなたの弟子、かつてのようにシャルルと呼んでいただいても構わないのですが」
「ふん。知識を得たら妾を置いてそそくさと国に帰った者など、弟子ではないわ」
「年甲斐もなく拗ねるのはおやめください。元よりそういう約束だったでしょう――まさかその歳で、弟子が傍にいないと駄目なのじゃぁぁぁぁ! と、仰っているわけではないのでしょう?」
「な!? そんなわけあるわけなかろう!?」
「図星ですか――はぁ……師匠、あなたも存外に子供らしいところがあるのですね」
弟子からの呆れを受け流す幼女教皇の一手は、国の代表としての声。
「まあよい。それで、聞きたい事とはなんじゃ」
「ログが壊れているという点が、理解できないのです。十五年前の戦争時、ログによる改竄で英雄ドググ=ラググを指名手配にしてしまった件より以降、ログの保存機能は格段に向上しました。改竄の痕跡も確認できるようになりましたし、そもそも改竄自体がしにくく改良されている。なのにです、あの市場のログは全て破壊されていた。そもそもログの破壊が起こっていたのは旧世代のログ。今は壊れる事などないとされているのに壊れていた――そこが疑問なのです」
「ログの破壊は冒険者殺しの固有スキルじゃ。汝が知らずとも無理はなかろうが――次期国王にしては、いささか無教養であるな」
修行が足りぬなと、幼女師匠は辛辣な目線を送っている。
対する弟子のシャルルは不遜な顔で。
「だから誰にも相談せず。マギ様――わたしが唯一、心から信用できるあなたを訪ねたのですが?」
「そ、そうか! まあ、そういうのならば許す。妾は大人じゃからな!」
「相変わらず、ちょろババですね……その悪癖は治した方がよいかと、不肖なる弟子は思うのですが、まあいいでしょう」
そのまま、ウィルドリアを代表する戦術師としての顔で言う。
「その少年、何者なのでしょうか」
「さてのう。ただ、妾はその少年は白だと思うておる」
「根拠をお聞きしても?」
「勘であるが――むろんそれだけではない。そもそもあれほどの冒険者達を殺せるのならば、少女を生かしておく道理がない。なのにだ。少女には回復魔術がかけられている形跡があった。そして、今もあれほど追われていると言うのに、返り討ちにしたという殺害情報は入ってきておらん。それになによりじゃ――なんというか……どうやら、この自由都市スクルザードの地こそが、此度の神々の盤上に選ばれたようじゃからのう……」
思い当たることがあったのだろう。
戦術師シャルル=ド=ルシャシャはまともに顔色を変えていた。
「あの方々の盤上に……っ」
「うむ――つい先日から、あの方の気配がずっと付きまとっておる。四星獣の気配に、突如現れた冒険者殺しの少年。そして、理由が分からぬ惨殺事件。なにやら匂うであろう? 四星獣の方々が何を企んでおられるのか、妾にも分からんがな。今もおそらく、妾たちを眺めている筈じゃぞ」
「なるほど、それで師匠は冒険者たちの遺骸が腐らぬよう、部下に命じ凍結保存させたのですね」
四星獣の中でも唯一、癒しの力を得意とする神がいる。
魔猫イエスタデイ=ワンス=モア。
あのヒーラー魔猫ならば、死した犠牲者の蘇生も可能かもしれない。
「ま、手を貸してくださるとは限らんがな。なにしろあの方は我らと価値観を別とする者。人類の味方というわけでもないからのう」
「それでも交渉はできる、ですか」
そう、彼らには会話が通じる。
ただ幼女教皇マギは考えていた。それは魔物側にも言えることだと。
もし魔物に乞われ、力を貸す四星獣がいたとしても不思議ではない。
「ともあれじゃ。その少年の事情を聞くためと、その者自身の安全を確保する意味でも探すことには賛成じゃが、強硬手段を取ることには賛同できん。ドググ=ラググという天才を追放しかけたウィルドリアの代表ならば、分かるであろう?」
「手厳しいですね。ただ――あなたのヴェルザの街と、わたしが代理の代表となっているウィルドリアの街。二つの街の代表だけがそういっても――おそらくは……」
他国が交わるのならば、話は別。
特に登録している冒険者を殺された国は、黙ってはいないだろう。
それこそが自由の国。
良くも悪くも、様々な意見のるつぼとなっている。
「であろうな。現場には大量の死体。唯一の生き残りが、冒険者殺しアルバートン=アル=カイトス少年に襲われたと証言をしておる。他国の代表が、その少年を殺人犯として指名手配することはそうおかしき話ではない」
「でしょうね。とりあえずは少年の目的と、そして何をしているのかも調査しましょう。国交なき北砦に帰れば、追手はこない。にもかかわらず少年は国へ帰らず、ここに滞在し、度々その姿を目撃されている。何かをしている可能性が高いですからね。それに――」
「なんじゃ、饅頭を詰まらせたような顔をしおって」
「目撃されている小鳥に、そして少年の名――何かが引っかかるのです」
時の流れの中で、薄れていく何かを掴むように、戦術師シャルル=ド=ルシャシャは眉を顰めていた。
また世界が動き出している。
小さな胸にザワつく気配を感じ、幼女教皇マギも空を見上げる。
気まぐれな神の盤上に選ばれている。
この時点で騒動が起きることは予見されているという事、そしてその規模はおそらくかなり大きい。
知恵あるからこそ、賢人は苦悩する。
自由都市を取り巻く混沌とした状況。それは幼女と戦術師に重い溜息を漏らさせるには、十分すぎるほどの憂鬱であったという。




