第035話、不慣れなる戦場【ウィルドリア市街】
【SIDE:モスマン先遣隊】
モスマンたちは朝焼けの空を飛ぶ。
新たな支配領域を増やすため、希望を胸に大空を高く。
千の魔物を率いるモスマンリーダーに名はない。名があるのは皇帝のマスラ=モス=キートニアのみ。彼らがただのダンジョン塔の魔物であった時からの名残だろう。
まだ個体に名をつけるという習慣ができていないのだ。
モスマンリーダーは地上を見下ろす。
この間の小賢しい人類はやはり偵察だったのだろう。
こちらの襲撃にヤツラは気づいている。
まだ湧いて出るだろうが、空から見える範囲にいる敵の数をチェックする。
人間たちの軍勢は……二百程度。
ダンジョン塔攻略と称し常に湧き続ける人間の数に比べれば、有限であることは彼らにとって楽を意味していた。
『作戦支障ナシ。なれど。ワレラに妨害者を確認。要請、スキル発動』
モスマンの群れが、スキルを発動させる。鑑定だった。
群れとしての神経で繋がっているモスマンリーダーに、全員の鑑定結果が流れ込んでくる。それは蟲系の魔物が持つ特性、集団的知覚共有。
モスマン先遣隊は、千匹で一匹の魔物扱いとなっているのだ。
風を受けるモフモフ顔の上、触角が蠢く。
『鑑定完了。消去、容易い』
それは驕りや高ぶりではない。
ダンジョン塔から地上に下り、人類の街を占拠した彼らのレベルは高い。
人類側でモスマン達よりもレベルが高いのは、四人。
老剣士に、弓兵。聖騎士に魔術師。
後はせいぜいが戦術師程度か。
モスマン達は首周りのふわふわマフラーを蠢かし、それぞれに考える。
ああ、あの女はちょうどいい。あれは苗床に丁度いい。我らの卵を植え付けよう。きっと魔力ある肉体を喰らい、良い子が生まれる。
別のモスマンが考える。
あの屈強な戦士の胴体に膿を作り、柔らかい肉の床を作ろう。
弓兵の手首の筋を斬り、そこから切り分けた皮と筋肉の小部屋に、ぎっしりと卵を産めこもう。魔力を込められる弓兵の腕だ、きっと生まれてくる子は魔力付与に長けた賢いモスマンとなろう。
ああ。良い苗床がいっぱいだ。
まともな相手は四人に対し、こちらは千。
勝利の方程式は揺るがない。
モスマンリーダーは弦のような口を、ムギギギっと尖らせる。
ただ数が足りない。
二百程度では苗床が足りない。
どこかに隠している筈だ。
ああ、植えたい。植え込みたい。これが地上に降りた自由なのだと、モスマン達は羽をギジジジと蠢かす。
『殺した者が、優先権』
『苗床。早いもの勝ち』
『だが、我らは紳士。言葉は必要だと、陛下は言っていた。リーダー、如何か?』
気づかれているのなら、降伏勧告が必要か。
文化を学ぶ途中の蟲は、人間のまねごとをしようと思ったのだろう。
モスマンリーダーが頷く。
魔力鱗粉による声が、ウィルドリアの空に響き渡っていた。
『降伏せよ人類。我らは北部を制圧セシ新たなる支配者。モスマン帝国からの使者なり』
『抵抗せぬのなら、毒による制圧を取りヤメル』
『降伏せよ、人類』
『我らが皇帝マスラ=モス=キートニア様に従え。それが唯一残された答えである』
勧告に返ってきたのは、魔術砲撃。
大規模な詠唱による、広範囲掃射だった。
おそらくそれは人類の魔術師たちが結集した、儀式攻撃魔術だったのだろう。
破壊のエネルギーが、空を覆っていた。
それは破滅の魔術式、ディストラクションを広範囲に拡大した魔術だろうと推測できる。
本来なら単体相手の魔術を、複数人の魔術師が儀式を介すことで範囲を広げたのだ。
だが――。
被弾し落ちたのは十数匹。
損傷は一パーセント程度に過ぎない。
あきらかに人類側は動揺していた。今の一撃で半壊させるつもりであったのか。
高レベルの女魔術師の目算では、おそらく二百は削る筈だったのだろう。
しかし、そうはならなかった。モスマン達は滅びない。翅の周囲を飛び交う鱗粉が、魔術攻撃を散らすのだ。
モスマンは悟った。
人類は、軍となった魔物と戦う事に不慣れであると。
基本は六人、精々が十八人で行動する冒険者たちは百を超える規模だと統率にも欠く。
人類は人類同士の戦争しか知らないのだ。
魔力の鱗粉で伝達を送り――。
モスマンリーダーが降下を命じる。
モスマン達が、降下する!
『我ら、苗床を得る! 合言葉は苗床! 団結こそが苗床!』
『人類、苗床! 苗床!』
『女の柔らかさも苗床。男の硬さも苗床。どちらも使える、人間は便利な苗床』
『エルフもドワーフも苗床。毒漬けにした苗床こそが至高、人類の地、それは――苗床パラダイス!』
対する人類もすぐに行動を開始していた。
モスマンリーダーは考える。
人類側の戦術師が立てた作戦は、街での防衛戦だったのだろう。
もはや後がない街を戦場とした理由は複数あるだろうが、おそらくは――その最たるは街を闊歩している生ごみゴーレムたちだろう。
石人形は一種の魔道具。魔術師たちの外部からの命令で行動制御できると、熟練のモスマンは知っていた。ダンジョンに入り込んでくる錬金術師達、彼らが使役する石人形と対峙した経験のあるモスマンは多い。
モスマンは石人形が嫌いだ。
理由はその耐性。
石人形は生物でないことから、毒への耐性が異常に高い。むろん腐食させ、動きを鈍らせることはできるがすぐには死なない。それになにより、本体である錬金術師を毒殺しなければ苗床にできない。
苗床にできない。それはモスマンにとっては忌々しき事態。
強者だった石人形だからといって、その死骸を苗床とした塔一番の美人モスマンの卵が腐ってしまったという逸話は、現在でも語り継がれていた。
問題は、相手のゴーレムの材質。
それは生ごみ。
生ごみという特性を活かし、毒への耐性が強化され、ほぼ無効に近い数値を獲得していたのだ。
そんな厄介な石人形が、無数に存在する。
宮廷魔術師の翳す魔導書が生ごみゴーレムたちを操りバリケードへと転用、街を包むように覆っていたのである。
まるでこの奇襲を読んでいたかのように。
たった半日か、一日程度で作り出せる量ではない。
そこでモスマン達は結論付けた。
人間たちは存外に賢しい。
偶然で、生ごみで作られたゴーレムが街を徘徊しているなど絶対にありえない。これらは全て計算された出来事だと、モスマンの知恵は理解していたのだ。
つまり相手には未来視に近い程の戦術師か、あるいは先を読むことに長けた占い師がいる。
モスマン達は占い師をまず滅ぼすべきだと触角を蠢かすが、見つからない。
『理解。隠しているか』
『ならば殲滅。毒殺。承認』
生ごみゴーレムを吹き飛ばすために、およそ千のモスマンが翼を広げる。
魔力鱗粉による暴風を発生させたのだ。
同時に、人間の戦術師が叫んでいた。
「生ごみゴーレムを突破されてはなりません、迎撃を!」
モスマンは様子を見る。
生ごみゴーレムを先頭とし、その後ろには聖騎士が中心となった盾部隊が構えている。
更にその後ろには砲撃主たち。
第一、第二、第三。それぞれに遠距離攻撃を得意とした三波の部隊を設置。
時間差による波状攻撃を仕掛けることで、弾幕の隙間を作ることなく、空からの敵に攻撃できる体制を整えたのだろう。
『賢い苗床だ』
呟く魔力音声が人類に届いているのだろう。
ヒィっと苗床発言に恐怖を起こしている者が多数いる。
モスマンリーダーは思う。
この布陣の欠点は明白。
民家の屋根や施設の屋根を利用した砲撃主たちの足場作り、補給のしやすさと引き換えの背水の陣。
そう、防衛に失敗したらその場で終わり。
モフモフな身をワシャワシャワシャアァァァ。
触角を闘気で震わせるモスマン達は思う。
相手の守りは強固。
なれど、一度でも毒を直撃させれば簡単に崩せる守りであると。
その睨みを感じ取ったのだろう。
鎧を着こむ女が前に出て――気高く剣を掲げていた。
詠唱が開始される。
「我はレイン! 聖騎士レイン! 美しき地、ウィルドリアを守る使い捨ての剣! 聞け! 大地神よ! 汝が司るは土と風。我は汝と契約せし矮小なる存在。なれど、他者を守りし心だけは偽りなき願い。魔力を捧げ祈る者なり!」
それは――対状態異常耐性を周囲に展開する聖騎士のスキル。
”醜の御楯”を女聖騎士が発動する。
モスマン達もその上位スキルを知っていた。自分を醜く卑しい存在と貶め、守るべき尊き他者を持ち上げる精神を魔力として再現。本来は皇帝マスラ=モス=キートニアのような、やんごとなき、大事な主君を守るための対皇族の範囲防御スキルである。
それを一般人にも使用できるように改良したのが、今のスキルか。
その力の源は土と風の大地神。
人類どもに味方をする、悍ましき神の二柱である。
『人の味方をする、忌々しき神どもが』
『問題ない。あの聖騎士を崩せば、終わり』
『我、突撃を敢行す――』
モスマンの降下速度が加速する。
だが。
高レベルの弓兵が前に出て――、弓を大空に構え。
鏃に魔力を込め始める。
「させねえよ!」
モスマンの目ですら見えない神速の矢が、蟲の眉間に刺さっていた。
降下するモスマンの一翼が撃ち落とされていたのだ。
遠距離火力役となる狩人と魔術師といったアタッカーと、状態異常を得意とする中・後衛職が街の影に隠れている。潜伏する兵が攻撃の主力。街という立体空間を利用しアタッカーを隠し、天高く飛ぶモスマンの軍勢を、街につく前に叩き落す作戦だったのだろう。
街を守ることに特化し、汎用性の高い職業である衛兵達も弓を装備。
断続的な弓の攻撃がモスマン達を襲う。
けれど、人間たちはまだモスマンの恐怖を知らない。
気づいたのは女魔術師だったようだ。
「撃ち落としたモスマンに近づかないで!」
「っく、遅かったか!」
毒の発生に、戦線が後退する。
その隙にモスマン達は人類軍を観察する。
人類側の第一波は、聖騎士を中心とした前衛職。ダンジョン内でもまれに見かける能力向上の支援職、吟遊詩人や踊り子もここに配置されているのだろう。その役割は後衛職を守ることと、降下するモスマンへの攻撃。剣技による風圧やカマイタチを起こす斬撃。遠距離攻撃も放てる前衛職の部隊と推測できる。
人間の老兵が、薄ら笑いと共に刀を振るい、気迫を込め唸っていた。
「これ以上、一匹でもそのまま降下したら終わりだ! 気合い入れやがれよ!」
「って、言われてもだ!」
続く第二波は、狩人や盗賊などの弓矢やボウガンなどを扱える物理職。
そして第三波は、魔術攻撃が可能な魔法職。
リーダー格と思われる、魔力をみなぎらせる女が叫ぶ。
「数が多すぎるわ……っ!」
「生ごみゴーレムがいなかったら、終わってただろうな!」
髪を後ろに結んだ高レベル弓兵が、矢筒を魔力で浮かべ――。
同時に三十を超える魔力の弓矢を作り出す。
荒ぶる魔力を制御しきっているのだろう、警戒すべき高レベル弓兵はそのままスキルを発動させていた。
「デカいのくれてやるぜ、覚悟しな蟲野郎ども。奥義:幻影・五月雨星!」
幻影の弓矢が、実体となって襲い来る。
見たことのない技術だった。
おそらくはあの人間のオリジナル。
計算外だ、三十は落とされた。
モスマンは思う。
これを連打されたら、不利だ。しかし、後退は許可されていない。
それに苗床が欲しい。
あの弓兵、とてもいい苗床になる。ああ、どうするべきか。
そんな中。
雑魚と思われる魔術師の誰かが、愚痴をこぼすように杖を握り。
「ど、どうしますか!? 魔力回復のポーションも使えないこの状況では、魔力がもちませんよっ」
ぞっと顔を青褪めさせた戦術師の男が、慌てて音声妨害の音魔術を放つが。
既に遅かった。
漏らした言葉をモスマンは聞き逃さなかった。
ざわ。
ざわざわざわ。
空気が、変わった。
一番高レベルの厄介な敵。
気迫もレベルも桁違いの老剣士が、カマイタチを起こし、一薙ぎごとに十のモスマンを撃ち落としつつも唸りを上げる。
「馬鹿野郎っ……が」
「相手に気付かれたわ。たぶん、あいつら、魔力音声による一方的な翻訳じゃなくて、言語を理解している」
そう。
魔力回復手段がないことをモスマン達は知った。
それは、相手には余力がないことを意味している。
数で勝るモスマンの蟲海戦術で押し切れば、そのまま数で圧倒できると知ったのだ。
モスマン達は天高く飛ぶ。
高所から一気に突撃し、九百の突撃を仕掛ける。そのまま突破できれば良し、突破できなくとも装備する”巫蠱天明の毒繭”が死骸となった身から発動する。
それで終わりだ。
ああ、苗床がそこにある。
無数の苗床がそこにある。
今夜は祭りだ。苗床卵の繭で溢れるだろう――と。
本当に高く飛んだのだ。
人類は絶望した。
有能なものほど、今の状況が終わりを意味していると悟ったのだ。
モスマン達が最終突撃をかけ。
勝利を掴もうとした。その瞬間だった。
気配がした。
何かが、じっと空から眺めているのだ。
人類も、モスマンも空を見上げた。
いや、それよりももっと先にある宇宙を見上げた。
そこには、大地神がかすんでしまうほどの魔力の塊が浮かんでいる。
フンフンフンと鼻息を荒くしたナニカが、じぃぃぃぃぃぃ。
ゴロゴロゴロと興奮気味に喉を鳴らしていた。
ソレに気付いたのは二人。
上がった声は二つ。
一人は老剣士イザール。
彼は瞬時に察し――強制命令をスキルに混ぜ叫んでいた。
「攻撃を止めろ!」
『全軍に告ぐ、撤退せよ! ソレに触れてはならぬ!』
もう一つは遠く離れた地からの声。
遠見の魔術で戦場を眺めていた皇帝、マスラ=モス=キートニアは思わず玉座から立ち上がっていた。
遠隔魔術でモスマンリーダーを操作したのだろう。
余裕あるクールな皇帝を演じたい彼が、プライドを捨て必死に叫んでいたのだ。
全軍撤退、と。
人類は強制命令で攻撃を止めた。
しかし。
命令が届くより先、モスマン達はソレに向かい毒液を放出していた。




