第028話、巨大嵐の正体【冒険者ギルド】
【SIDE:ウィルドリア冒険者ギルド】
錬金術の話題となると凛々しくなるリザードマンの横。
魔猫はバーカウンターに魔猫様用椅子を召喚し、よっこいしょ。
モフモフな尻尾を体に巻くように、ちょこんと座る。
ちょうど、床で正座している面々からは、顎の美しいラインが見えているだろう。
むろん、この魔猫の計算だと思われる。
その口が、にひぃっと陽気に開かれていた。
『さて、では語ってやろう。心して聞くが良い! あ、マスターとやらは料理の準備を頼んだぞ?』
そして、こほんと語りだす。
フルネームではないが、自らの名を名乗り。
ヴェルザの街のヒーラー魔猫であると語ったのだ。
◇
料理と酒が出されていくテーブルの上。
皆も着席した中。
魔猫はしっかりと、かく語る。
『というわけでな――詳しい事情は省くが。我が東大陸で遊んでいたところにこやつ、ドググ=ラググと出逢ったのだ。なんやかんやあって、とあるアイテムを持たせたのであるが……、そこが問題であった。まあそれなりに貴重なものであるからして、その、なんだ、心配になったのだ。我は言うたのだ、このような貴重品を大量に持てば、必ず人の悪意に晒されるぞ、と。しかし、こやつは、のほほーんとしておってな? こやつ、錬金術以外の頭脳は本当に、すっからかんであろう?』
頭すっからかんな錬金術師に目をやって、アークトゥルスと双子姉妹レインとカレンがジト目を作り。
「あ、ああ、まあ……かなりのすっからかんではあるな」
「ですね。彼は錬金術の腕だけは姉さんよりも上ですし。本当に頼りになりますが」
「駆け引きとか、人の善悪とか、そういう部分が欠如しちゃってるのよねえ……無垢なのは良いけれど、ちょっと不安になるのは理解できるわ」
他のギルドメンバーも、うんうんと頷いている。
やはりであったか。
と、魔猫は露骨に息を漏らし。
『であろう――? そして、やはりであった……。我は心配になり荷物に紛れ込み、ぐっすり眠……ではなく、気配を隠していたのだが。油断であった。あれは船に乗り、四日が過ぎたあたりであったか。こやつ……我がチーズとワインを盗み食いし、休んでいる裏で――いつのまにやら、うっかりそのアイテムについて語ってしまったらしくてな? 案の定、悪い人間に騙されおったのだ。睡眠薬を盛られ、船から投げ捨てられ、ざばーん! 我が渡したアイテムのせいであったのだが、よもやここまで無防備に奪われ、襲われるとは思っておらず、さすがの我も呆れたぞ? なにしろこやつ……我が目を覚ました時には、既に水の中。荷物を奪われ、海の底に沈んでおったのだ。念のためについてきただけで、あんな簡単に騙されおって……よく今まで平気であったな』
呆れと皮肉たっぷりな魔猫の言葉に、張本人はまったく気にせず。
「それはアークトゥルスのおかげなのだ! アークトゥルスはいいやつだ! 吾輩が騙されそうになると、すぐ飛んできて、それは違うだろうと顔を真っ赤にして怒ってくれるのだ!」
ガハハハハっと笑うリザードマンはニッコニコでお肉をがぶり。
言われたアークトゥルスも肉に噛みつき、ちっと舌打ち。酒だけではない、赤い顔を逸らしている。
そんな不器用な男を横目に魔術師カレンが言う。
「いつもの馬鹿コンビはいいとして。海の底って……それでよく生きていたわね。彼、リザードマンでしょう? 体温を奪われたら致命的ですし、なにより海の底にいたのなら既に……死んでいたのじゃなくって?」
『……。まあ、我の回復魔術でなんとかなる程度であったという事であろう。さすがに重いリザードマンを引き上げ、回復までしていたら船を見逃してしまってな。襲ってきた不届き者達を成敗し、船を奪うつもりであったが……誤算であった』
「なにそれ、結局どうやってウィルドリア大陸までたどり着いたのよ」
魔猫は肩を竦めて、肉球を広げ。
『目覚めたこやつに耐冷装備を渡し、じゃぱじゃぱと泳ぐこやつの頭に乗ってだ。ようするに、ふつうに泳いだのである。荒れた海を泳ぐこやつに常時回復魔術を掛け続けての海路は、さすがに疲れが溜まったわ』
聖騎士の妹レインの方が感心した様子で、頷き。
男装の麗人のような声音で言う。
「へえ、ヴェルザの街のヒーラー魔猫は優秀だと風の噂では聞いていたが。そこまでとは。やるじゃないか。心まで騎士道を持っているとは、尊敬に値するよ」
「今日日、神話でだってそんな奇妙な光景はないけれどね……」
皆は海を泳ぐリザードマンと、その頭に乗る魔猫を想像したのだろう。
渋い顔をする者が多い。
アークトゥルスが隠し切れない喜びで口元を綻ばせ。
「とにかく。なんだっていいさ、ドググ=ラググ、おめえが無事だったのならそれで……」
「だから言ったのだ! 心配は要らないと!」
「うるせえ馬鹿蜥蜴! この魔猫さんがいなかったら、てめえは海の底に完全に沈んでそのまま死んでたんだぞ! もっと危機感を持て、危機感を!」
説教が必要だと思ったのだろう。
本気の狩人ゲンコツが、鱗の頭を直撃するが。
純粋な種族の能力差なのだろう……腫れあがったのはアークトゥルスの拳の方だった。
「蚊でも止まったであるか?」
「……っ、うるせえ! うるせえ! うるせえ!」
じゃれ合う二人を眺め、魔猫は話が通じやすいと判断したのか、女魔術師カレンに耳打ちし。
『のう、こやつらはいつもこうなのであるか?』
「いつもよ、いつも。こいつらはギルドのムードメーカー。種族が違うのに、ここまでの縁っていうのもなかなか珍しいのよね。羨ましくは全くないけど、まあ微笑ましいのは事実かもしれないけれど? 両方とも、ちょっとは他の人に目を向けてくれるようになっても……っと、なんでもないわ」
女魔術師は、豊満な胸の前できゅっと手を握っている。
魔猫はもちろん、それを見逃さなかったが。
『ふむ、まあそこを追求するのは無粋か。ともあれ、まともに話せそうなおぬしに聞きたいのだが、構わぬか?』
「あなたほどの魔猫に見込んで貰えたのなら、有難いわね。それで、何かしら」
『実は、さきほども告げたが――ドググ=ラググは船の上で大事な荷物を奪われてな。本来なら取り返してやりたかったのだが、なにしろ先にこやつを救いに潜っている間に、船は消えていた。盗まれたままも面白くないので、我はそれを回収したいのであるが』
魔術師は考え。
「そうねえ。えーと……たぶんあなた達が乗っていた船っていうのは、ちょっとまって頂戴ね。今、魔術映像で出すから……この船でしょう?」
『船の先端の宝玉、ログを保存する記録クリスタルを持った女神像か。紛れもない、これであるな』
「あら……んー……だったら、たぶん無理ね」
『どういうことであるか?』
「泳いできたって事は、大嵐があったことは知っているでしょう? あの大嵐に巻き込まれて、この船、沈んじゃったのよ。船員たちが海に放りだされた姿が遠見の魔術で観測されているし、こいつらがドググ=ラググの荷物から、その貴重品を盗んだというのなら――」
『もう既に海の底、ということか。しかし、そうではなさそうで。これを見るがいい』
魔導地図を開いた肉球の先に、陸路を動く赤いマークが光っている。
『全てのアイテムが沈んだわけではないようなのだ。我はこうなることを予想して貴重品にマーキングしてあってな、現在もこの大陸を動いておる。この速度だと、馬車を使っておるのかのう』
「あらま、ってことは」
『うむ、ドググ=ラググを襲った船員達の生き残りか。あるいは、現場に居合わせた何者かが、盗んだそれらを荒れ狂う海から回収し、この街に持ち込んだのであろうな。落ち付いたら我はそれを追うつもりであったのだ。まあ、その前にこのドググ=ラググを信頼できる者達の場所へ運びたい、そうして繋がったのが今というわけだ』
「そう――でも悪いわね、どんな貴重品かは知らないけれど……そういう殺してでも奪ってしまいたいアイテムが来たって話は、一度も耳にしていないわ。皆はどう?」
他のものも同じ反応である。
もふっとした腕を組み。
眉間にシワを刻んで、うにゅーん。
魔猫はなにやら考え込んでしまった。
「ねえ、魔猫様。あの大嵐、あなたなら何かご存じなのかしら?」
『うにゅ? ご存じとは?』
「大地神からのご神託によると、あれは大地神以上の存在が起こした天変地異。あなたがどれくらい強いのかは知らないけれど、大地神に匹敵するか、届かないにしても比類した存在かもしれないじゃない。だったら、もしかしたらあの大嵐の正体がなんなのか、知っているんじゃなくて? と、そう思ったのよ」
魔猫は言う。
『ちなみにいうが、大嵐を起こしたのは我ではないぞ』
「さすがに、そこまでできる存在とは思っていないし、疑ってはいないわ」
『なれど、心当たりが一つだけある』
大嵐の心当たり。
その言葉に、皆の視線がモフ毛に集まっていた。
『おそらくは今、ウィルドリア大陸と呼ばれるようになった此処を気に入り、戯れる者。この地で起こる全ての盤上の流れを、愉悦をもって眺め。時に救い、時に嘲りし黒白の多重獣格者。気まぐれで善にも悪にも加担する問題児。四星獣が一柱。過去と未来の狭間、現在を司る神――巨大熊猫ナウナウであろうな』
四星獣。
その言葉に。
人類は驚愕する。
「四星獣!? そ、それに、巨大熊猫ってなによそれ!? そんな種族、知らないわよ!?」
『そうさのう……人の子の言葉で言えば。おうそうだ! ならばこうすれば分かりやすいかもしれぬ』
魔猫がライスの上に、海苔をべったりと貼り付け。
クマのような魔獣を表現し。
『四星獣ナウナウ。今が良ければそれだけで良い……がモットーな奴の種族は、熊猫。ようするに、ぐーたらなジャイアントパンダである』
魔猫が生み出すご飯アート。
そこに映っていたのは、クマのようなフォルムをした。
愛らしい、もふもふ生物であった。
『おそらくは我が持ち込ませた貴重品……薬品のせいであろうな。あれを自作できるように研究開発されれば、人類は飛躍的に戦力を増す。それが気に入らなかったのだろう。我が乗っているとも知らずに、あやつめ、重い腰を上げ妨害しおったな』
「ちょっと何を言っているのか、分からないのだけれど……」
ふむと、魔猫は肉球を顎に当て。
『人類の大半は知らぬだろうが……上位の神は、人類がダンジョン塔を攻略できるか、その先までたどり着けるか、或いは塔を下る魔物が先に人類の地を制圧するか――賭けをしておってな。奴は人類が魔物に負け、絶滅する方に賭けておるのだ。だからまあ、賭けに負けたくなくて大嵐を起こしたのだろうて』
あれはナウナウの水遊びだ、と。
魔猫は静かに、大嵐の正体を告げた。
この空間の中で、魔導に長けた女魔術師カレンだけは悟ったのだろう。
ごくりと息を呑んでいたのだ。
目の前の魔猫もまた、上位の神の眷属、あるいは――。
上位の神、そのものだと。
しかしカレンは実に賢い冒険者だったのだろう。
気づいたことを周囲に隠したまま、騒がず静かに頭を下げていた。
◇
ギルドのみなが、もふもふクロシロ愛らし生物に、えぇ……。
と、反応に困っているこの瞬間。
どこか遠い場所ではガシャン!
遠見の水晶球を落とし、割ってしまう音が聞こえていた。




