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第178話、英雄少年の願い―エピローグ魔王領編―


 【SIDE:魔王領】


 歴史に残る聖戦から数週間。

 盤上世界は変革を迎えていた。

 移民たちの受け入れも開始している魔王城では今日も、公務に追われる魔王アルバートン=アル=カイトスの姿がある。


 魔王であり勇者の威光を示す玉座では、銀髪赤目の美青年姿の魔族が静かに瞳を閉じ。

 魔術を発動させていた。

 謁見の間にて、新たな魔族の登録と鑑定を行っているのである。


 奇襲が来たとしても魔王ならばすぐに対応できる。

 ならばこそと謁見の間であるにもかかわらず、開かれた窓からは爽やかな風が入り込んでいた。

 風と自らの魔力で銀髪を揺らし、魔王は告げた。


『これであなたの種族は人間から魔族へと転化されました。職業も弓使いから魔弓使いへと転職されています。入国後はひと月ほどあなたの身辺を調査させていただくことになっておりますので、悪さはあまりしないで下さいね。二度、違法行為が確認されれば退去という形となってしまいますので――』


 平伏する元人間は一般人。

 かつて先祖がスクルザードに住んでいたとされる、若き帰郷希望者である。

 戦いは終わった。

 魔族と人間の和合も進み始めていた。

 その証拠ともいえるのが彼らのような、魔族化を望む人間だろう。魔族化が可能なのは魔王のみ。故にアルバートン=アル=カイトスは効率化を求め、こうして謁見と転職、入国審査を兼ねた役所仕事を続けていた。


 魔王の後ろに控える軍人風の美女。

 猛将マイアが、涼やかな瞳で次の入国希望者を招き入れる。

 前よりも少しだけ柔和になった猛将の瞳が、僅かに動く。


「どこかで感じた強大な魔力だと思えば……スピカ=コーラルスター。おまえか」

「お久しぶりです、陛下にマイアさん」


 赤珊瑚髪の少女がにこりと微笑み、スゥっと礼儀正しい忠誠の姿勢をとってみせる。

 魔王アルバートン=アル=カイトスが戦友を眺める顔で――。


『午前の謁見はあなたで最後ですので、そこまで畏まらなくても平気ですよ』

「とはいっても――すみません、一応マギ様の名代みょうだいとして来ておりますので。プライベートで来ていたのなら、それでも良かったのですが」


 他の者には聞かせたくない話がある。

 スピカ=コーラルスターの言葉の裏を読み取ったのだろう。

 有能な部下として魔王に仕える者達は動いていた。


「陛下と聖戦の英雄スピカ=コーラルスターとは旧知。心配は要らぬ、おまえたち――午後のスケジュールも詰まっているからな。今のうちに十分に休息をとっておくように」


 猛将マイアが昼休憩を口実に他の護衛達を下がらせた直後。

 窓から入り込んでくる平和な風に銀髪を揺らし、魔王が言う。


『マギさんはお元気ですか?』

「はい、国交が開かれてからは少し忙しそうにしていましたが――元気は元気ですよ。さすがに少し、書類仕事には飽きているようですが」

『でしょうね、僕も正直少し疲れています』


 スピカ=コーラルスターの赤い瞳の奥が揺れる。

 疲れたと愚痴る。

 それは今までの魔王ならばあり得ぬこと。けして零さなかった人間味だったからだろう。


「まあ……あの後、色々とありましたしねえ」

『ええ、本当に――』

「それでなんですが――マギ様から魔王領の様子を見てきて欲しいと頼まれているのです。ヴェルザの街の住人も、一部ですが移住を開始しているそうですし……。マギ様も心配なのでしょうね。それで、しばらく自分の滞在をお許しいただければと」


 魔王が猛将に目線をやり。

 マイアは少し肩の力を抜いた様子で唇を光らせ、苦笑してみせていた。


「承知した、すぐに発行させると約束しよう。本来ならば貴殿も自由に行き来させてやりたいのだが……規則は規則だからな。場所を把握できるマーキングを影に仕掛けさせてもらう。戦友だからと言って例外を認めれば、次の例外が生まれかねん。魔族としてもまだ波風は起こしたくないのだ」

「まあ人間と魔族との本格的な交流は今回が初めてですし、トラブルは確実に起こるでしょうからね。ルールは大切だと自分も思いますよ」


 影に細工をしながらマイアが言う。


「それで――他の者はどうしている」

「他のというと、アキレスさんやシャーシャさんの事ですか?」

「いや、やつらにはさほど興味はない」

「そ、そうですか……」

「気になっているのはその……あいつのことだ」


 猛将マイアが気にしているのは、妹の事。


「ミリーさんでしたらご安心を。ヴェルザの街に新たに出店されたステーキハウスで、夫婦で仲良く、ちゃんと元気に働いているそうですよ。というか、ご心配なら遊びに来ればいいじゃないですか」

「無茶を言うな。新婚夫婦の新居にわたしのような怖い女が顔を出せと?」

「新婚っていっても、もうお子さんもいらっしゃいますし。子守を手伝ってと頼まれはするかもですね。自分も何度かお手伝いしたことがありますよ?」

「そ、そうなのか――」


 いやしかし。

 子供の世話をこの猛将が?

 絶対、こどもを泣かせる自信があるが……。

 ――と、考え込んでしまう猛将。


 その前には見せなかった反応にくすりと笑い。

 赤珊瑚髪の少女はちょっと意地悪な顔をして。


「子ども、苦手なんです?」

「何を考えているか、理解できぬからな――正直、対処できる自信がないのだ」

「なんでも万能にこなす魔軍教授の職にあるのにですか? ちょっと意外ですね」

「子育てと軍事を同じにされても困る。あまり揶揄うな、赤珊瑚よ。――戦いが終わり、平和となった世で……わたしは少し戸惑っているのやも知れぬ。子供の笑顔は好きだが、苦手なのだ――本当に、どう対処したらいいか分からぬ。マニュアルはないのか、マニュアルは」


 会話の区切りに魔王が言う。


『マイア、僕は少し頼りない魔王で勇者です。だからいつもあなたに頼りきりで、本当に……世話になっています。でも最近のあなたは少し働き過ぎですからね。たまには羽を伸ばしに妹さんに会いに行くのもいいんじゃないかと、僕は思いますよ』

「陛下、お言葉ですが――本当にわたしがいなくても大丈夫なのですか?」


 ▽魔王は言葉を詰まらせた。

 要確認と赤文字で書かれた書類の山と、承諾が必要な判子待ちの公文書の写しを見て、考え――。

 絶世の美貌でにっこり。


『まあいざとなったらビスス=アビススに頼みます』

「あいつ自身は優秀ですから問題はありませんが……ロロナがセットなので、少々不安です」


 ロロナの名を聞き、少女は言った。


「あ、そうです。ロロナさんです――可能ならばお会いしたいのですが、今どちらに?」


 魔王と猛将の空気が僅かに変わる。


『彼女に会いたいというのは――』

「はい。プライベートではなく、仕事としてですね」

『分かりました。彼女の位置情報をあなたの瞳に送りますので、自由にお会いしていただいて構いませんよ。仕事といっても、プライベートもあるのでしょう?』

「それはまあ――彼女は自分の初めての友達ですし……」


 彼女を友達という少女に、魔王はふっと静かな笑みを浮かべていた。


 ◇


 スピカ=コーラルスターが去った後。

 猛将マイアも休憩に入った、その直後。

 天から鈴を鳴らしたような声がした。


『アルバートンも大変ねえ。ランチぐらいゆっくりと食べたらいいのに、くすすすすす。あまり働き過ぎているのなら、あたしが眠りの呪いをかけてしまおうかしら。なーんて、思ってしまうときもあるから、ほどほどによ?』


 その声も気配もよく知っている。

 魔王がずっと、共にあったモノ。

 魔王城の本体ともいえる神樹、異聞禁書ネコヤナギの少女声である。


『無理はしていませんから問題ありませんよ、ネコヤナギ様。これでも前よりは仕事も減っていますしね』

『あら、そうなのかしら?』

『まあ、書類仕事は正直目が滑りますけれどね――』


 ふわりと風に乗って赤い靴を輝かせる神秘的な少女が、空から静かに顕現する。

 他の者の目がないからだろう、いつもの名乗り上げは省略し――生み出した木の椅子に座り。

 ネコヤナギはにっこりと微笑んで見せていた。


『あなたに朗報……といっていいのかしら。伝えておくことがあります。だからよく聞いて頂戴ね? しっかりとよ?』

『いつでも僕は、あなたの言葉をしっかりと聞いていますよ』

『そうね、アルバートン。あなたはとてもイイ子ですものね。ふふふふ、じゃあ言うわね。これはかつてこの世界を治めていた四星獣としての言葉です』


 公私を分けるように、神たる少女は凛と告げる。


『盤上遊戯の新たな核は、ちゃんと機能しているわ。おそらく、これからも問題なく世界を維持できるでしょう。少なくとも百年は、という条件付きですけれど』

『百年、ですか……』

『ええ、あなたも知っているでしょう。新たな核となった存在はとても強力な存在ですもの。今は自ら望んであそこにいるけれど――百年先までは分からない。ムルジル=ガダンガダン大王が観測しているみらいは今から百年後まで、その先は現状だと分からないわ』


 分からないわ、分からないわとふわふわ尻尾の花が輪唱する。

 続けて少女は詠唱し。

 静謐の祭壇の映像――今、世界の核となっている存在が映し出される。


 そこには――。

 盤上世界を維持するべく動いている、一匹のヌートリアがいた。

 聖父クリストフである。


 聖なる輝きが、静謐の祭壇を照らしている。

 硬化していた魔猫と羊飼いの像の代わりに、世界を維持するべく常に魔力と調和を保ち、世界を穏やかな瞳で見守っている。


 多くのヌートリア災害を経験した魔王が、複雑な顔で言う。


『聖父クリストフ様、楽園に在った者。かつて僕たちの世界を喰らい……ヌートリア災害を引き起こした張本人。本当に、信用していいのでしょうか――』

『それでも今はこの世界の主神なのよ』

『僕は……イエスタデイ様や、あなた方……四星獣の皆さまを信用していますし、この地に誕生させてくれた父や母だとも思っています。今でも神だと仰いでおりますが……正直、聖父クリストフ様に関してはまだ――よくわかりません』


 息子の零す不安を包むように、地母神たるネコヤナギが優しい口調で言う。


『あれが彼の罪滅ぼし。楽園で死に……多くの邪神や荒魂を吸収し、暴走し……正気を失っていたとはいえ――盤上世界に住まう多くの命を弄んでしまった。本当に……とてもつらい思いをした存在はいっぱいいるわ。その罪は彼自身の罪でもあると、聖父クリストフは思っている。だから贖罪を選んだのよ。その心に偽りがないからこそ――この奇跡は成就したのよ。だからこそ――本来ならあり得なかった奇跡は起こった。イエスタデイとあの子のご主人様は、この世界から解放されたんですもの』


 その事実は揺らぐことはない。

 それにと、ネコヤナギがくすりと邪悪に微笑み言う。


『魔導契約書でちゃんと拘束してあるから、裏切った瞬間にあたしたち四星獣がどうとでもできるわよ?』

『笑顔で怖い事を言わないでください』

『あら、だってあなたが心配そうにしていたからでしょう?』

『それはそうですが――』


 ネコヤナギが言う。


『大丈夫よ、あなたたち人間や魔族が変わったように――神だって変われる存在ですもの。あたしだってちょっと変わったんですから、これは本当の話です。ふふふふふ――聖父クリストフは本当に、心からあなたたちを祝福しているわ。盤上世界に根付く神樹たるあたしがいうんだから、間違いないのよ』

『ですが』

『なあに?』

『いえ、あの方の中には外から入り込んだヌートリアが混ざっているわけじゃないですか? 聖父クリストフを信用できても、ヌートリアがいきなり飽きたとか言い出す可能性もゼロではないかと』


 魔王として様々な可能性を憂慮するアルバートン。

 その鼻先をツンと指で叩いて、少女は言う。


『その時はその時になったら考えればいいのよ!』

『本当に……あなたも少し変わりましたね。少しイエスタデイ様やナウナウ様に似てきたような気がします』

『え? イエスタデイはともかくナウナウと同類は……ちょっと困るのだけれど?』


 まあいいわ、と。

 異聞禁書ネコヤナギは椅子から立ち上がり。

 英雄少年だった魔王をまっすぐに見て。


『さてここからが本題。あなたをこのゲームの勝利者として認めます』

『勝利者……ですか?』

『ええ、いつかこの地で言ったことがあったでしょう? 願いを考えておいて頂戴ねって――世界の八割を支配しているリーダー駒はあなたなのだから、あたしは管理者としてあなたの願いを叶える義務があるの。ご褒美と思って貰っても問題ないわ』


 少女は興味深げにアルバートン=アル=カイトスを見ている。

 何を願うのか。

 何を望むのか。

 この無欲な英雄の願いが気になっているのだろう。


 それが分かっているからこそ、アルバートンは言った。

 心の底からの本音を、漏らしたのだ。


『残念ですが。あなたにそれを叶えることは無理ですね』

『あら? どうしてかしら? 心外だわ! 盤上世界の主神ではないけれど、四星獣の力はそのままなのよ? ほとんどなんだってできてしまうのだから!』


 プンプンと口を膨らませる少女に。

 魔王は言った。


『だって、僕の願いはもう――叶っているのですから』


 その目線の先には、開いた窓がある。

 風が流れ込んできた先には――。

 魔族と人間と魔猫。多くの種族が共存して、暮らしている。


 幸せが、そこにあった。

 今までにはなかった共栄が、そこにあった。

 種族の壁を越えて、友情を結ぶ――温かな暮らしがそこに在ったのだ。


 少女が言う。


『そうね、あなたは昔からそういう子だったものね――』


 だからだろう。

 神たる少女は少年だった魔王をそっと胸に抱き。

 頑張ったわね、と。


 優しい声で、髪を揺らした――。


 魔王は少しだけ、母にも似たその温もりの中で瞳を閉じた。

 外から入り込んでくる温かな風が。

 少年の涙を輝かせていた――。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 新たな核にはお父様がなったのか 魔王のいうように、動物部分が前面に出て来ない限りは安泰でしょうねえ 定期的にグルメをお供えしてれば案外大丈夫そうでもありますがw
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