第174話、最終決戦の裏―再会と誓い―【次元の狭間】
【SIDE:大魔王ケトス】
最終決戦、最後の戦いが始まっている裏。
盤上遊戯でも甲羅の隙間のダンジョンでもない場所――夜空に似た空間、《次元の狭間》で蠢き語り合う者たちがいた。
戦いの映像を眺める、獣の目線が複数あるのだ。
戦場を映しているのは、夜空に似た空間の床に作られた小さな泉。
少しムルジル大王が所有する池に似ているだろうか。
ともあれ、その池を囲う三匹のケモノがいた。
映像の中で魔性としての力を失いつつある四星獣イエスタデイ=ワンス=モアが、ぶにゃはははははっと嗤いながら様々な魔術を行使している。
それに対応する英雄たちは常に防御を維持。
自らが育てた駒が、神たる自分の攻撃を防いで見せている――それがあの魔猫には嬉しいのだろう。肉球は輝き、青い瞳がキラキラと駒達の輝きを眺めている。
そんな最後の戦いを眺め――。
三匹の中の一柱。
白き魔猫、外なる神たる大魔王ケトスが猫髯をピンと伸ばして告げていた。
『どうやら――、彼はだいぶ派手にやっているようだね』
『四星獣イエスタデイ=ワンス=モア。ケトスよ――ぬしと同じく憎悪の魔性。そして我らが絶念の魔王陛下と類似した魔性の性質、絶望の魔性……』
黒き神狼、次元を渡り歩く性質を持つブラックハウル卿が唸りを上げ。
続いて黒き翼をバサリとさせ、戦術師シャーシャ=ド=ルシャシャの所持する魔導書の表紙に描かれた神鶏、魔帝ロックが高貴なる羽毛を輝かせ、クワワワワ!
魔猫を眺める赤き慧眼、ニワトリの瞳からは強力無比な未来視の魔力が流れている。
『そして星に放たれた哀れなる宇宙犬と同じく、望郷を暴走させた魔性。三つの魔性を暴走させた、稀少個体であるか。かつて楽園に在った願いを叶える魔道具。我等の王にして主――絶念の魔王陛下より力を賜った、最初の弟子ともいえる存在。その力、その心の魔力――自らの力の危険性を感じ弱体化させる前の全盛期ならば、余たちとてどうなっておったか』
白猫と黒狼と黒鶏。
大魔王ケトス。ブラックハウル卿。魔帝ロック。
三柱は三獣神と呼ばれる大いなる存在。
その強さは魔力総量だけを単純に比較すると、四星獣を超えている。特定条件下における、例にすると財をすべて放出した最上位強化状態のムルジル大王と同格か、或いはそれ以上――。
財を使わぬ平時のムルジル大王とて、その時点で上位に位置する獣神である。
盤上世界の外には楽園がある。その楽園より先に広がるのは宇宙。その三千世界とも呼ぶべき広大な場所であったとしても、強者として名を連ねる実力があるだろう。
だが、彼ら三獣神の実力はそれよりも上。
それでも三獣神は四星獣を甘く見てはいなかった。
条件によっては負ける可能性も十分にあるからだ。
四星獣は遊戯という性質を持つ、特定条件下で本領を発揮する獣神。宇宙の法則を書き換え、ルールを強制させる、盤上という得意フィールドを押し付けた場合の戦い方は――強力。
強さの根底すら覆す危険性がある。
たとえ強者の頂に存在する三獣神とて、盤上遊戯の中ならば話はまた変わるのである――。
だから一概にどちらが上か下かと決めつけることはできない。
三獣神が強者だからこそ、四星獣の強さを把握し認めているのである。
『で? あなたたちはなんであたし達の世界の危機に、難しい顔をしながら、お月見団子をくっちゃくっちゃしながら観戦しているわけ!?』
毛を逆立て唸ったのは、焦げパン色の手足を持った盤上遊戯の住人。
英雄アキレスと終焉スキル保持者のガイアの娘。
原初たる魔猫に身を窶しているラヴィッシュだった。
まるで皇帝のような威光を放つ鶏冠を輝かせ――鶏が言う。
『コケケケケケケェ! まあ、結局は他所の世界の終末戦争であるからな!』
『然り! 文字通り我等にとっては他人事! それに我らの目的は既に果たされたのでな!』
グハハハハと神聖な魔力を持つ黒き狼が、天地を喰らうほどに強大な咢で大笑い。
こけこけぐはは!
狼とニワトリは月を見る代わりに世界の終わりを賭ける戦いを眺め、乾杯。酒をぐびぐびと飲み干していた。
ラヴィッシュは猫の頬をヒクつかせ、外なる神を睨み。
『目的? あなたたち、いったいなにしにこの世界に来たのよ。冷やかしか何か?』
『すまないラヴィッシュ君。彼らに悪気はない。ただ本当に他人事だから気にしていないだけであって――キミたちの世界を揶揄っているわけではないんだ』
『悪気がないからこそ、こっちは微妙にイラっとしてるんじゃない……』
魔猫少女は世界がどうなるかどうかの戦いを前にして、平然とお茶とお菓子を楽しんでいる異界の神々。
三匹のケモノを見て呆れながら言う。
『ていうか、あなたたちいったいなんなのよ?』
『だから言ったじゃないか、ワタシたちは三獣神。とはいっても実はだ――ワタシたち以外にもそう呼ばれる者たちが既にいるからね、こちらの名が確立したのが後だから……裏の三獣神といってもいいかもしれないが。ともあれ、安心しておくれ――彼らはワタシの友達だよ。大切なね』
『友達って……そりゃあ同類だってことは一目瞭然だけど……』
ラヴィッシュのジト目に、狼とニワトリはグフフフフと獣の笑みを浮かべ。
『グハハハハハハ! ほう、娘よ――! 我等の偉大さを理解てきているようだな』
『ケトスと余を同族と認定するとは、実に見所のある娘だ。良い、良い、余の麗しき翼の庇護下においてやらんでもないぞ? クワワワワワッァア!』
『あぁぁああああっぁぁ! もう、いい意味で言ったんじゃないってのに……で? 本当になんなのよあなたたち、ナウナウ様もあなた達を歓迎していたみたいだけど……』
ラヴィッシュは少し言葉を濁していた。
四星獣の中で一番自由に生きる、善でも悪でもない中立たる獣神は彼らの顕現を歓迎していた。実際、竹林で持て成してもいた。
しかし、それと同時に――。
白き魔猫大魔王ケトスが優しいネコ顔で言う。
『警戒もしていた。そう言いたいんだろう?』
『あのねぇ……勝手に心を読まないで欲しいのだけれど?』
『悪いね、そういう性分なのさ――だからキミがなぜかワタシを敵視できないという感情も読み取っている。信頼してくれているんだろう? 安心しておくれ、ワタシはキミを裏切らないよ――絶対にね。何があってもキミだけは守ってみせるさ』
白き魔猫に甘い声と月見団子をむっちむっちと嚙み締める口で言われ、魔猫少女ラヴィッシュは肉球の裏をかぁぁぁっと赤くさせる。
『けれど、これはどういうことよ! あたしはお父さんとお母さんのところに行きたいって言ったわよね!? 連れて行ってくれるっていうから素直についてきたのに、こんな訳の分からない空間で見学なんて。契約違反よ、違反!』
肉球でペチペチと意味の分からない謎空間の床を叩く魔猫少女。
その唸る顔をじっと眺めて、やはり優しい顔で大魔王は告げる。
『大丈夫、キミのお父さんとお母さんは死なないよ。おそらく、他の子達もみんなね――』
『どうしてそう言い切れるのよ』
『イエスタデイ=ワンス=モア。彼が主神としては優しすぎるからさ――』
多くの主神を見た顔で、魔猫の王は語り出す。
『主神とは時に残酷で、時に非道で――容赦なく駒を切り捨てる存在だ。自分や世界に不要と思ったら、即座に廃棄してしまうほどの傲慢な存在でもある。実際、彼も気に入らないものは切り捨てていた。けれど、キミたちという駒……主神の子たる命たちが彼を変えたのだろうね。たとえ戦いの末に彼らを全滅させても――彼は主神としての務めを果たすため――最後の力で権能を発動させ、命を全て蘇生させるだろう』
大魔王はそのまま魔猫少女の顔を見て言う。
『ここは――魔猫だけが蘇生魔術を扱える世界。主神たる彼ならば世界を蘇生させることもできる』
『それって……イエスタデイ様は、勝つ気がないってこと……?』
『愛してしまったからこそ彼は滅びを選んだ。いや、あるいは――神に愛されることができたキミたち、遊戯駒たちが自らで掴み取った勝利といえるのかもしれないね。盤上遊戯の神たる彼は自らが倒されることを望んでいる。そして倒されなかったとしても、自らを蘇生魔術のイケニエとし滅ぼし――キミ達に現在と未来を託すつもりなのだろう』
どちらにしても主神は滅び、主神のいない世界が始まる。
『あたしも、イエスタデイ様の逸話は知っているわ。魔術を学ぶ上で、神々の逸話を知ることは力となるから……でも、それはちょっと駒達に都合が良すぎるんじゃないかしら……』
『全ての親がそうとは言わないが――親とはそういうものさ。子のためならば自らを犠牲にできる。キミたちはあの子にとっては我が子も同然なのさ』
『けれど!』
魔猫少女ラヴィッシュは考えたのだろう。
どちらも助かる道はないのかと。
『それよりも前に、やらないといけないことがある。キミにはその証人になって欲しいんだ。頼めるかな?』
『なにをするつもりなの』
『この盤上遊戯は願いを叶える性質を持つアイテム。それもかなり強力な魔道具に分類される。だからね、きっと悪い奴らが隙を窺っているんだよ。それはかつて楽園に在った神の残党。イエスタデイくんにとっても、ワタシたちにとっても敵でね――ちょうどいいから、この機会に狩っておきたい』
告げた大魔王ケトスの瞳が、煌々と赤く染まっていく。
続いてブラックハウル卿と魔帝ロックの瞳も、赤く染まっていく。
白き魔猫は憎悪の魔性。
黒き神狼は嫉妬の魔性。
黒き神鶏は怨嗟の魔性。
三獣神が滾る魔力で獣毛を揺らす。
その視線の先には――ナニかがいた。
蠢く魂の塊だった。
『なによ、あれ――』
『キミたちの世界にもヌートリア化した類似存在がいただろう? あれとは別個体の脅威。呼び方は様々にあるが、神霊集合体とでも呼ぶべき、楽園の残滓さ。彼らはこの世界を乗っ取り、願いを叶えるつもりなのだろうね』
『そうじゃなくて! ここ、次元の狭間なんでしょう!? その空を覆いつくほどの数って、絶対やばいじゃない!』
焦る魔猫少女ラヴィッシュは赤き魔力を滾らせる三獣神を、グイグイっと魔力で引っ張り。
『逃げるわよ! 早く竹林に戻ってナウナウ様たちと連携して、対処しないと……って! なにを床に爪を立てて踏ん張ってるのよ! あたしは! あたしはもう二度と、あなたと離れたくな……』
告げた魔猫少女の心が揺れる。
そう。
今、彼女は何を思ったのか。彼女自身が動揺していた。
大魔王ケトスは、魔猫少女ラヴィッシュの頬に肉球をあて。
親愛の情を持って、静かに、ゆったりと瞳を閉じる。
互いに目をあわせて、目を閉じる
それは猫にとっての挨拶。
かつてのあの日、路地裏で出会った焦げパン色のネコに教えてもらった、ネコの礼儀。
あなた……まさか。
と、かつて路地裏で悲しい別れを遂げた少女猫の口から、言葉が漏れていた。
今、二匹の間には、あの日の記憶が流れていたのだろう。
大魔王ケトスの逸話。
その物語と伝承が、本当であったことを――魔猫少女は知った。
そしてあの路地裏で殺され死んだ魔猫こそが――自分であるのだと。
『せっかくだからね、今のワタシとワタシの友がどれくらい強いのか。キミに知ってもらおうと思ってね、悪いが四星獣たちの干渉は禁じさせて貰ったよ。今頃、ネコヤナギくんは、なにしてくれちゃってるのよ! って、怒っているだろうけれどね』
『ネコヤナギ様がって、あなた、あの子と親しいの!?』
『おや、嫉妬してくれているのかい?』
『そ、そんなんじゃないわよ!』
慌てて叫んで、焦げパン色の手をした魔猫ラヴィッシュは言う。
『本当に、大丈夫なの?』
『ああ、むしろ彼らをここに誘導し同時に招いたのは――ワタシだからね』
『……。は!? どういうこと!?』
赤き瞳を光らせ、クハハハハハハハハ!
悪戯ネコの顔をした大魔王は言った。
『あれほど大量の、しかもどう扱っても倫理的に問題のない神属性の贄だ、きっと――便利に使えるだろう。盤上遊戯は法則を無視し、多くの願いを叶えてきたらしいけれどね。奇跡を起こすにも、本来ならば代価が必要だって事さ!』
宣言した大魔王は、煌々と輝く猫目石の魔杖を装備し、ニヒィ!
黒き神狼は三柱の女神が輝く牙状の杖を。
黒き神鶏は二つの蛇が重なり合った、世界蛇がまとわりつく宝杖を装備し――。
『さあ、我等の再会と門出を祝っておくれ。古き時代の神々よ!』
三獣神はそれぞれに魔法陣を展開した。
次元の狭間を覆っていた、悪しき神々。
盤上世界を狙う恐ろしき残滓が滅んだのは、数秒にも満たない刹那の間。
一瞬の出来事だったとされている。
▽大魔王は大量の贄を手に入れた。




