第169話、権能『過去を司るケモノ』【静謐の祭壇】
【SIDE:アルバートン=アル=カイトス】
威力偵察二回目。
攻撃を一度でも与え、反応を探る事が目的だった突入であったが――。
『だぁああああああぁぁ――ッ!』
魔王アルバートン=アル=カイトスの繰り出す攻撃は、次々と主神イエスタデイ=ワンス=モアに直撃する。
魔王の身体は淡い光で包まれていた。
それが勇者としての覚醒、限界を突破した彼の能力なのだろう。
ボロボロに砕けかけた短剣が、黒い靄を攻撃する都度、イエスタデイ=ワンス=モアの正体が露呈する。
そこにあるのは主人を想い啼くケモノ。
全属性バトルフィールド全範囲攻撃の正体は……攻撃ではなかった。主人に撫でよ、我を見よと訴える”ただの声”なのだ。
ノックバックされるイエスタデイ=ワンス=モアはアルバートンの攻撃を受けるたびに、小さな唸りを上げる。連動して黒い靄が薄くなる。ただ理由は分からないがなぜか、魔猫は動かない。攻撃を受けているにもかかわらず、反撃もせずに啼き声を上げているだけなのだ。
英雄魔王アルバートン=アル=カイトスの攻撃など眼中にないのである。
スキルにより、唯一通信可能なスピカ=コーラルスターが言う。
「魔王さん、そのまま押し切れるなら――」
『倒してしまって、いいと?』
「はい。回復中のアキレスさんは、なあ、オレの出番は!? なあ、なあ! と唸っていますが、魔王さんの攻撃が通じていて、イエスタデイ=ワンス=モア様が反撃してこないのなら――この機会を逃す必要もないというのが戦術師たちの見解です」
アルバートンは考える。
英雄魔王ひとりで倒してしまっていいのかと。
いや、それよりも――こんなに簡単に倒せるものなのだろうか?
と。
「魔王さん?」
『やれるだけやってみますが――どうも様子がおかしいですね』
「と、おっしゃいますと」
『たしかに僕の勇者としての力も成長しました。驕りや自惚れではなく、純粋な魔力とレベルならば駒の中で最高峰でしょう。しかし、こんな付け焼き刃の力で神堕としができるとは思えません。おそらく、まだまだなにかありますよ』
実際、エリアボス主神イエスタデイ=ワンス=モアは啼いているだけなのだ。
魔王の手にする一流だが、超一流ではない名もなき短刀から生み出された、多種多様な魔術攻撃を受けのけぞってはいるものの、反撃してくる気配はない。
魔王の勘が言っていたのだ。
自分は戦いの舞台にすら上がっていないのではないか。と。
それを言葉にするとこうなった。
『僕には攻撃が通じているという事が、逆に怖いですね』
「なるほど。ただ、攻撃を受ける相手がどう動くかも、知りたいそうなので。継続をお願いできますか?」
『了解です』
言った矢先、魔王はどの攻撃が通じるか、どの属性が有効か。どのレベルなら少なくとも黒い靄を剥げる攻撃になるか、試すように様々な攻撃を繰り出し始めていた。
皆が見守る中。
まだ消えていない四天王からのバフ。魔王を慕う者達の心を受け、勇者を信じる者たちの心を受け――。
『《掻き消えぬ純白》よ!』
魔王は魔術を解き放つ。
聖なる属性の魔術攻撃も通じている。
純白の混じった膨らむオーロラ状の魔力が、黒い靄を包み弾け、イエスタデイ=ワンス=モアの巨体に衝撃を走らせる。
イエスタデイ=ワンス=モアの啼き声が静謐の祭壇、その全範囲に響き渡る。
しかし魔王も既に何度も攻撃を受けた影響だろう。
『《荒ぶる緑風》よ!』
既に廃れたはずの四大属性、大地神の力を借りた風属性の自己バフで自らを強化し、短刀を空に突き立てる。
何もない空間に刺さった銀の刃が、輝き回っていた。
魔王の短刀がまるで肉を抉りまわすように、空間そのものを捻らせたのだ。
すると起こったのは、空間法則の崩壊。
イエスタデイ=ワンス=モアの啼き声、全範囲全属性攻撃も捩じれた空間と共に回転していた。
アルバートンが開けた穴に、攻撃が吸い込まれているのだ。
不可避だった全体攻撃の回避に成功したのである。
空から短刀を引き抜いた魔王は瞳に勇者の光を宿し、駆けた――。
地を駆ける音が鳴る。
ジイィィィィィ……!
既にフィールド全体が魔力の渦の上、魔力同士の摩擦が発生していたが、構わず魔王は走る!
『NYAAAAAAAAAAAA?』
全体攻撃は再び、穴に向かって吸い込まれる。
全範囲攻撃ではなく、方向性を得た啼き声の網。
そのけたたましい咆哮を身体技術だけで潜り抜け、再び主神イエスタデイ=ワンス=モアの黒い靄に二つの魔術を解き放っていた。
『これならどうですか? 《黄昏の淦》よ――お願いします』
魔王から放たれた二つの魔術はやはり、大地神の力を借りた魔術。
見た目は敵に向かって突き進む、螺旋を描く二条の光だった。
朱と蒼の魔力。火属性の魔術と、水属性の魔術が交互に直撃。生まれた熱が水を吹き飛ばし、蒸発した魔力が水滴となり周囲に散布されていた。
すかさず魔王は短刀から雷電の魔力を解き放ち、発生した魔力水蒸気に干渉。
『UUUUU? GURUUUUUUUUUUUU!』
黒い靄の中――イエスタデイ=ワンス=モアが唸りを上げる。
再度姿を顕現させた主神は、上部から押されその身をわずかに歪めていた。
黒い靄の周囲に発生した気化熱と雷の魔力が収束され、重力を伴った魔力となり、高密度の重圧魔術が発動したのだ。
それはまるで月に圧し潰される船のようだった。
ログに情報が刻まれていく。
《黄昏の淦》。それは極限まで高められた火と水の同時魔術攻撃、そして直撃させた後に発生する霧こそが、この魔術の神髄。
周囲の行動速度を大幅に低下させるデバフを兼ねた、魔王の魔術だったのだが――。
『攻撃も通る、デバフも普通に通る……妙ですね』
効果はある。
不気味なほどに、普通に通じているのだ。
それがやはり、魔王の頬に汗を浮かばせていた。
靄の中から顔を出す魔猫が、じっと魔王を眺め。
考え込み。
玩具を見つけたネコの顔で――啼く。
『BUBUNYA? UNYAAAAAAAAAAAAAAA!』
『っく……――!』
再び魔王は瞬時に空間に短刀を突き刺し、肉を抉るように空間そのものを捩じる。
じゅしゅぅぅぅっ。
啼き声による攻撃が再びねじれた空間に吸い込まれていく。
スピカ=コーラルスターの驚嘆の声が、わずかに遅れて届いたのはその時だった。
「え!? ちょっと、アレを避けられるようになったんですか!?」
『ええ、なんとか』
「ど、どうやって――アキレスさんなんて、んな! どーいうことだてめえって、滅茶苦茶唸ってますよ」
『ははは……、彼らしいですね』
苦笑しながらも魔王はアキレスのように空間を縦横無尽に駆けていた。
その足には常に一定の魔力が付与され、壁を蹴るように空を蹴って跳躍。啼き声攻撃を回避していた。
既に啼き声攻撃への対処が可能になりつつあったのだ。
攻撃は通用している。
相手の攻撃は避けることも可能となった。威力偵察ではなく本番になった時、ちゃんとした装備と大規模儀式とも呼べる量の、軍単位でのバフを継続し続ければ――或いは。
そして、このままヒットアンドアウェイを繰り返せば……勝機も見えていた。
偵察だった筈の戦いは既に二時間は過ぎている。
魔王はたった一騎で神たる魔猫と戦っている。
このまま倒しきることも不可能ではない、そう思えるほどの戦いに見える。
主神イエスタデイ=ワンス=モアは古の神々によって加工された魔猫の魂、願いを叶える魔道具でありネコの置物に過ぎないからか。
鑑定の魔術で表示される生命力とも呼べる数値は、もう残りわずかだった。
倒しきれる。
そう思った。
しかし黒い靄とケモノの姿を交互に入れ替える主神に焦りはない。
何かがおかしい。
なぜ、これほどまでに余裕ぶっていられる。
答えはようやく訪れた。
残りわずかとなったイエスタデイ=ワンス=モアの生命力。
命の灯が――輝きだす。
魔猫がニャーと鳴いた。
それが意味するところは……簡単だ。
外から中を眺めるスピカ=コーラルスターの、かすれた声が響く。
「そ、そんな……」
『よく考えたら、当たり前だったんですね。魔猫はヒーラー。そしてイエスタデイ=ワンス=モア様はヒーラー魔猫の頂点。攻撃など何度受けても、どれだけ受けても……消える寸前だったとしても』
回復される。
イエスタデイ=ワンス=モアは多くの命を治療してきた。
時に蘇生もしてきた。願いを叶え続けてきた。
ならば。
「全回復して、ますよね……っ、これ」
『なるほど、どれだけの攻撃も無意味、自らの魔力を切り裂くことができる僕とて本気で排除する脅威ではない。そういうことですね』
滅びる直前の自分すらも、一瞬で治す。
回復など容易かったのだろう。
黒い靄が再び発生、濃厚な魔力で神の身を包んでいた。イエスタデイ=ワンス=モアの姿を完全に覆い隠していたのである。
寝息が、聞こえる。
自分にダメージを与えられる、敵であるはずの魔王アルバートン=アル=カイトスを前にして、無防備に眠り出したのだ。
黒い靄の中から、大きな耳と尻尾が覗いている。獣毛が揺れている。
幸せそうな寝息と、絶望に唸る慟哭が交互に鳴り響く。
幸福なる悪夢に魘され続けるケモノ。
それがイエスタデイ=ワンス=モアなのだろう。
声が響きだす。
寝言だろう。
『――……嗚呼、主よ、我が主よ。我は……我はあなたに頭を撫でて欲しかった。ただそれだけで、良かったのに……――我を撫でよ、我を愛でよ。我を……あの日のように、愛して下さい。どうか、あの日のように……』
にゃーにゃー。なーなー。
それは響き渡る。
過去を顧みる嘆き。
それが既にスキル効果となっているのだろう。
同じく、父たる御者の男という過去に縛られている魔王の動きが、固まる。
『うっ……これは!?』
▽魔王アルバートン=アル=カイトスの精神が、状態異常:《望郷》で汚染される。
魔王の赤い瞳が、何もない空間を眺めていた。
そこには何もいないはずなのに。
魔王は、ただ遠く、まるであの日を温もりを眺めるように、戦いでボロボロになった血塗られた腕を伸ばしていたのだ。
『父さん……父さん。どうして、ここに――僕は……僕は――』
「魔王さん……っ?」
『ああ、迎えに来て、くれたんですね――はい、ええ、少し疲れただけですから……でも、とても頑張ったんです。とても、頑張ったんです……』
魔王が無に向かって腕を伸ばす。
頭を撫でて下さい。
どうか、褒めて下さい――と。
無が、魔王を抱きしめていた。
それは過去の思い出か。
イエスタデイ=ワンス=モアの過去を司る権能が、魔王の精神を蝕んでいるのだろう。
しかしそれは攻撃ではなく、慈悲。
あの日に帰りたいと願う英雄少年への、優しさ。
実際、魔王は幸せそうに頭を撫でられていた。
過去に在った誰かに褒められ、頑張ったなと慰められ。
その魂を急激に衰退させていく。
「いけない! 精神攻撃です、ここで切り上げましょう!」
スピカ=コーラルスターの叫びとほぼ同時だった。
黒い靄から伸びてきたその尻尾が、動転する魔王の腹に直撃。
吹き飛ばされたその瞬間に、扉の外から魔導石板が光り出す。
「失礼します陛下!」
ビスス=アビススが負傷した魔王を回収したのだった。




