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第167話、最終決戦―異なる種族たち―【静謐の祭壇前】


 【SIDE:今を生きる者達】


 冒険者や人間、貴族や王族、魔族に獣人に獣神。

 かつて人だった者。

 かつて魔物だった者。

 かつて転生できずに消えるはずだった外なる魂たち。

 この世界で生きる者達はついにこの地に辿り着いた。


 ヴェルザの街のダンジョン塔最奥の攻略も、既に完了したと言っていいだろう。

 ボスに最後の一撃を加える直前で封印処置。ザカール八世を軸に、終焉スキル保持者たちがその身に刻まれた聖痕を輝かせ、力を押さえている状態にある。

 もしこちらのダンジョン最奥。

 甲羅の隙間の迷宮のエリアボス:イエスタデイ=ワンス=モアを倒せないのならば――盤上遊戯から飛び出し外の世界に転生するべく、あちらに転移、多くの命を連れて最後の一撃を決めることになるだろう。


 あるいはこの場で全滅をし、そのまま世界は元の形に戻り。

 全ての命がついえたその時には冥界神の待つ冥府、かつて転生できずに彷徨っていた安寧の地へと帰ることになる。

 いずれにせよこれが最終決戦。


 だから彼らは立っていた。

 この大きな扉を開けた先に、階段がある。

 最終フロアが存在する。

 イエスタデイ=ワンス=モアの眷属、怪奇スカーマン=ダイナックも扉の中。


 魔王が言う。


『ネコヤナギ様の話によれば、この階段を下りた先が目的地……ダンジョン最奥:静謐の祭壇となります。四星獣の方々が直接力を貸して下さるのは、ここまでとのことです――おそらく既に戦闘モード、他のダンジョン塔の英雄魔物のように会話も成立せずに戦闘になるだろう……と』


 最奥に聳える門前ということで、ネコヤナギによるサポートは掠れていた。

 地母神の奇跡も慈悲もこの静謐には届かない。

 今を生きる者達は自らの力で勝負しなくてはならない。


 最後の補給とばかりにむしゃむしゃ。

 カリッと揚げたポテトと肉チップを薄いパン生地で挟んだ軽食を、がぶりとしながら英雄アキレスが言う。


「そこに猫の旦那が待っているっつーわけか。で、羊の旦那。どうするつもりなんだ?」


 かつて魔王の誕生で強化されたダンジョン塔、魔王の配下ではないとはいえ強化された魔物と、その魔物に憑りついていたヌートリア災害によって絶体絶命だったレイニザード帝国。

 あの地の劣勢をひっくり返した饕餮とうてつヒツジは問われて、ふーむと考え込み。

 モフモフの羊毛を膨らませつつ、半目でじろり。


『いや、アキレスさん? すぐに思考を放棄してわたくしに話を振るのはあなたの悪い癖なのでは? わたくし、その悪癖は治せとレイニザード帝国に仕えていた時に何度も、口を酸ぅぅぅぅぅっぱく、ご忠告申し上げた筈なのですが?』

「なはははははは! いいじゃねえか! 旦那とオレの仲だろう?」

『あなたは……豪胆で誰とでも仲良くなれると思っている、その根性と図太さだけは認めますよ。ええ、本当に……わたくしの家臣となっていたジジイとババアもあなたに懐柔されていましたし。きっと、あの者達も天でわたしたちの戦いを見ているのでしょうね。図々しい老人たちでしたが、本当に……良き部下でした』


 饕餮ヒツジは門の前で空を見上げる。

 それは死者へ向ける、慈悲の瞳。

 憎まれ口をたたいているが、良き側近だったのだろう――と、アキレスも遠い空を見る顔で。


「老賢者ワイザーの爺さんにカルボナル婦人、レイニザード帝国時代の旦那の部下、か。懐かしいな……って、あいつらまだ死んでねえだろう!? ヴェルザの街のダンジョン塔の攻略に普通に参加してるって話だが!?」

『さて、そんなことはどーでもいいのですが』

「いや、どうでも良くねえだろ……後でログを見たあのうるせえジジイとババアのコンビに滅茶苦茶言われるぞ?」


 言って、英雄アキレスは察した。

 それはすなわち、勝利した後の話。ネコヤナギの樹に刻まれた記録ログを確認できるという状況を既に饕餮ヒツジは見越しているという事。

 つまりは勝ちの可能性も見えているという事だ。


「ともかくだ――オレが必要以上に頭を使っても仕方ねえ、時間もねえんだろ? 省略だ省略。普段ならともかく、今回はタイムリミットもあるしな。無い知恵を絞るよりも、あんたら軍師タイプの賢人に任せる方が賢いってもんよ! この考えも間違っちゃいねえだろう?」


 それに――、とアキレスは満面の笑みで饕餮ヒツジを抱き上げ。

 ニヒィ!

 いわゆる英雄の笑みである。


「あんたの知恵をオレは信じている。いつだってな!」


 なはははははっ、と種族も人と獣神の差など気にせず行動する英雄のおかげか。空気は良好。かつて人間の街で暗躍し、町を滅ぼしかけた悪魔羊への恐怖は薄れている。

 幼女教皇マギがやはりジト目で言う。


「あのヒツジが、いや、訂正じゃ――今はナウナウ様の眷属たる饕餮ヒツジであったか。よもや策略で人間世界に混乱と恐怖を振りまき、良いように蹂躙しおった策略家がこんな……愉快な。いや、ここまで脆弱なる存在であったとはのう……」

『おや、おやおやおや。わたくしの計略で当時街から追放されたマギ様がわたくしに何か?』

「いや特に何もあらんぞ? まあ、思うところがないといえばウソになるが。もう過ぎた話じゃ……そう、もうな……」


 幼女教皇マギはやはり、時を感じさせる声で苦笑する。


「しかし饕餮ヒツジとやら、おぬし――アキレスに弱いのか? たじたじではないか」

『知略を使う職業ならば、おそらく皆、この手の愚直な英雄タイプには弱い筈ですよ。なにしろ愚かなので何をしてくるか分からない。自分の正義を曲げない。単騎で計略を覆す、作戦を無視して突っ走る。けれど、なぜかごり押しで計画を成功させてしまう――理解不能な性質を持つ者達。はっきりと言ってしまえば魔王アルバートン=アル=カイトスと英雄アキレス、両名はわたくしの苦手とする分野ですからねぇ……』


 同じく戦術を生業とする戦術師シャーシャ=ド=ルシャシャが眼鏡を輝かせ、同意するように重い息を吐いている。

 既に、何度か魔王と英雄に振り回された経験があるのだろう。


「ようするにオレを認めてくれてるって事だわな」

『まったく、時に人を喰らう悪魔であったわたくしを、ここまで舐め腐ってくださっているのは――この愚者ぐらいのものですよ。実力だけは確かなので更にたちが悪い……』

「照れるなって」


 脇から担がれた羊は、蹄でメメメメェと空を掻き。

 口元をぐぬぬぬぬっとさせながら吠えていた。


『メメメェェ! というか、あなた! いいからとっとと、わたくしを降ろしなさい! わたくしの麗しい羊毛があなたの手にべっちょりついたポテトのケチャップで汚れてしまうではありませんか! だいたい、あなた! 前も酒場でそうやってわたくしを抱き上げ羊毛を枕にし、ぐがーぐがーっと寝具にしてくださいましたよね!?』

「十五年ぐらい前だったか、いやあ懐かしいなあ旦那との飲み会は!」


 饕餮ヒツジはバカに何を言っても無駄だとジト目で英雄を睨み。

 はぁ……とため息。

 この流れで人間や魔族の饕餮ヒツジへの不信感や恐怖心は失せている。いざとなったら英雄がこの悪魔を止めることができる。それが伝わったのだろう。


 全てを前向きに進めてしまう英雄を見て、饕餮ヒツジは言う。


『どこまで計算しているのか、天然か。どうも納得できませんが』

「饕餮ヒツジ様。この手の輩の行動にいちいち意味と理由を求めても無駄ですよ。それよりもまずはどうするかですが」


 饕餮ヒツジに言ったのは、戦術師シャーシャ=ド=ルシャシャである。


『ふむ――まあとりあえずはつまらない手ではありますが情報収集。定石通り威力偵察となりましょうね。いかにお考えですかな、卑しき人間の戦術師殿』


 慇懃な仕草でメガネをくいっとさせ、ヴェルザの街の戦術師シャーシャは言う。


「卑しきですか。これは心外ですね羊様。確かに、我等人間は卑しい一面もありますが――共同戦線なのです。種族間の諍いを助長される軽率な発言はいかがなものかと」

『はてはて、話題逸らしですかな? わたくしはあなた個人の事を言っているのですが?』

「これは異なことをおっしゃる、聖人君主なわたくしにやましいことなど何も――」


 こんな事態でも人間を揶揄わずにはいられない性分なのだろう。

 悪魔は悪魔らしい笑みを浮かべて、メメメメ、メェェェェェェ!


『おやおやおや! おかしいですねえ、不思議ですねえ! これでもわたくしは獣神。人の心を読む力にも多少の心得がありますが、よろしいので?』

「どういう意味でしょうか」

『わたくし、うっかりあなたの性質を口にしてしまうやもしれませぬ。たとえばですが――あなたは幼い頃から育て上げてくれた師匠マギと似た、まだ幼き体系の生娘を好いているご様子。頭を撫でてくれた、褒めてくれた、長所を伸ばしてくれたマギめに母性と同時に淡い恋心を抱いている。しかし、マギ様にはその気はない。なれど若き肉体は欲に飢える、それが人間の獣性でありますからなあ! それ故に、若き肉体を求め――しかし精神性は熟練した大人を望み、合法に手を出せる若返り薬を開発している……と、わたくしの目には移っておりますが? どうなのでしょうねぇ~!』


 他人の心を覗いてチクチクと攻撃する。

 他人の秘密を暴いて、暴露する。

 それが悪魔の性質でもある。


 朱雀シャシャが、ゴゴゴゴゴっと怒りの炎を燃やしているが。

 朱雀の説教タイムが入るよりも前、当の暴露された本人はふっと……絶世の美貌で微笑するのみ。

 悪魔羊のいたずらに戦術師シャーシャ=ド=ルシャシャは真顔のままで、美形に分類される顔立ちで悪びれることなく断言していたのだ。


「別に問題ないのでは? あなたも仰っていましたが年齢さえ基準を満たしていて、本人の同意さえ得られれば”合法”でしょう?」

『え、いや。そう開き直られるとわたくし、言葉に窮してしまうのでありますが――』

「二十を超えて熟れ過ぎてしまった女性は若き肉体を求め、若返りの薬を欲する。こちらは、若い女性の身体の神秘性を感じ、その神秘の恩恵を授かる――ギブアンドテイクが成立しておりますし、我が町の法には触れておりませんので。どこにも問題はないのでは?」


 饕餮ヒツジには見えていた。

 こいつが、本気で言っていると。

 自分の癖にまったく恥など感じていないのだ。


『ふむ、理解できませんね。二十の女性が熟れ過ぎとは、まだガキのような小娘の年齢と思うのですが? 魂は五十を過ぎてからが一番おいしい時期なのでは?』

「見解の相違ですね。わたしはただ神秘的な美しさを求めているだけの話ですよ」


 人間と魔族の女性陣は見目麗しい戦術師よりも、悪魔の意見に同意のようである。

 しかし、相手に後ろめたい感情がないと一切、意味がない。

 つまりは饕餮ヒツジが不利。


『そうですか――あぁ、面白くありませんね~』


 からかうつもりだったものの出鼻を連続でくじかれた饕餮ヒツジは、口を三角に尖らせ、くっちゃくっちゃと不機嫌そうに反芻。

 じっと人間を見渡し。

 英雄や魔王や戦術師や幼女やその他を見渡し――。


『あのぅ――大変申し上げにくいのですが。悪魔であったわたくしが言うのもなんですけれどね? あなたたち人間たちの強者には、変人か愚者しかいらっしゃらないので?』

「待て――聞き捨てならぬな」


 声は別角度から飛んできた。

 それは先ほどまで敵対していたモノ。金髪碧眼の美女。暗黒騎士の鎧を脱ぎ、令嬢のドレスを纏っているが――その正体は皆も承知している。

 《神話級魔導書:冥界神の魔導書》と《神器:首刎ねスプーン》。二つの最上位アイテムを装備する、彼女自身も逸話として残っている殺戮令嬢である。


「全ての強者がそうというわけではない。こいつらと同じにされても困る」

『おや、おやおやおや! 敵対していた筈なのに不老不死というアドバンテージを捨てて結局仲間になったクローディアさんではありませんか! あなたは実に揶揄いがいがあって、わたくし、大変に気に入っておりますよ!』


 本気で瞳をピカピカと輝かせる饕餮ヒツジに、かつて敵対した殺戮令嬢が言う。


「饕餮ヒツジよ、貴様は変わらぬな――」

『いえいえ、これでも丸くなったと感じておりますよ』

「とりあえず、その首を刎ねられたくないのならその辺りにしておけ。不老不死の恩寵は失ったが、貴様の首と胴を分断させることぐらいは容易い。この殺戮令嬢、行き過ぎた貴様の悪癖に付き合いきれなくなることもあると心得よ」


 かつて神の眷属だった人間の瞳は、空気を凍らせている。

 本気を感じ取った饕餮ヒツジは、知らん顔を決め込み。

 真面目な顔で、皆を見渡す。


『さて、そろそろ真面目な話をしましょう』


 誰のせいだと睨むクローディアだが、さすがにこの空気を出されたら手を出せない。

 饕餮ヒツジは一瞬、アッカンベーをしつつも本当に真面目な声を出していた。


『作戦はやはり威力偵察からです――そうですね、メンバーは……。明確に不老不死の力を所持している中から……三名。北の英雄アキレス。魔王アルバートン=アル=カイトス。そして、朱雀シャシャ。彼らを先に投入し様子見でありましょうねえ! ほら、なにをしているのですか朱雀殿? 突入の準備をなさい。ナウナウ様のご命令ですし、作戦には従うのでしょう?』

『待て、トウテツよ。三名で勝てるわけないのでは――』


 朱雀シャシャ。かつてシャシャ家と呼ばれた貴族の系譜である戦術師シャーシャが言う。


「祖霊よ――勝つ必要などないのです。というよりも、まず間違いなく負けるでしょうね。その負けるまでの相手の動き、魔力、行動パターンなどを知りたいのです。他の者が負ければ死で終わりですが、あなたたちなら何度でもやり直せる――すみません、その力を悪用するようで恐縮なのですが」

『いや、君の策ならば問題ない。君は兄とよく似ている。信頼しているよ』


 性癖は違うようですが。

 と、口元まで出かかった言葉を嘴に押し込む朱雀を見て、瞳をキラキラさせる饕餮ヒツジの頭に羽吹雪が刺さる。

 《回復アイテム:朱雀の羽》を、ぶちぶちっと引き抜きながら饕餮が告げていた。


『頭に刺す前に一言……ありません? 普通』

『回復と同時の攻撃だ、抜けば問題ないだろう? それに君にはクローディア嬢が先に警告していた。彼女の神器、ムルジル=ガダンガダン大王から下賜かしされた首を刎ねることに特化した、釣り竿の餌食にはなりたくあるまい?』


 実際、殺戮令嬢はジト目で羊の悪戯を睨んでいた。

 饕餮ヒツジの唐突な行動にも、その計画にも慣れているアキレスが言う。


「つまりは――オレたちが入手した情報を精査して、次が本番。魔王軍や人間の共同軍、力を貸してくれる全員で突入ってわけだな。魔猫達は力を貸してくれそうにねえのか?」

「彼らは臨時ステーキハウスで客人状態ではありますが、中立のままですね。今、英雄魔物パノケノス様が持て成しておりますが、戦力としてはまったく期待できないと思っていただければ――敵にならないだけマシとお考え下さい」

「ま、そうだろうな――」


 アキレスは苦笑しながら、最高の職人ガイア=ルル=ガイア産の靴装備をワンランク劣る品に履き替える。

 敗北前提の戦いなら、装備をここでロストするわけにはいかないからだ。

 魔王もクローディアに装備を預け、ワンランク下となる装備に切り替えていた。


 準備は整った。

 まずは威力偵察。

 魔王軍も人間の騎士たちも、魔術師たちも、集団バフと集団デバフの打ち合わせを開始。

 統率力に長けた猛将マイアを中心に会話が進み、作戦の練度は向上している。


 種族間の諍いは皆無。

 それは実力の上の者達が、先ほど見せたやりとりのおかげであろう。


 作戦は決行された。

 饕餮ヒツジが言う。


『けして死なぬという能力のアドバンテージは情報収集には有利に働きますが、はて、どれほどの時間を稼げるかどうか。なにしろ相手はあのイエスタデイ=ワンス=モア様。普通の神殺しというわけにはいきますまい』

「ですがあの三名――彼らはこちらの主戦力。集団によるバフや相手へのデバフの重ね掛けができない状況なので、負けは確定となりましょう。しかし……これで五分も満たずに負けるとなったら、さすがに不味いですが――」

『メメメッメェェェメ! いくらなんでもそれはないでしょう。口うるさい朱雀シャシャめは戦闘に特化した、支援にも攻撃にも長けた万能獣神。わたくし、その力だけは認めておりますから』


 戦闘はするが、あくまでも偵察。

 だからこそまだ空気は軽い。

 こうして、イエスタデイ=ワンス=モアとの戦いは開始されたのだ。


 戦術師二人が、魔王の瞳とリンクさせたスピカ=コーラルスターの瞳の力で中を覗き、相手の戦力を計算する式を組み立てる中。

 扉が開かれた。

 英雄たちが、扉の奥に吸い込まれていく。


 英雄アキレスはニヒルに笑い。

 魔王と朱雀は、礼儀正しく皆に目線で語り掛ける。

 行ってくる、と。


「んじゃま、ちょっくら偵察してくるわ。そのまま倒しちまっても、文句は言うなよ?」


 魔王と英雄と朱雀。

 真なる意味で不老不死の三名が敗北し、扉の外に転送されていたのは――。

 その一分後の事だった。


 不老不死の能力者たちは起き上がりそれぞれの口調で言う。

 これ……勝てねえだろう、と。


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