第162話、それはぴかぴか輝いて【竹林フィールド】
【SIDE:魔兄レイヴァン】
天は神々の戦いで昏く沈んでいた。
魔力の渦が天を覆っている影響だろう。
四星獣ナウナウと隙を窺う英雄アキレス。
対するのは外来種にして外なる神――魔兄レイヴァン。
盤上世界を揺らす程の戦いは続いている。
現在の戦況は得意フィールドを維持し続けているパンダ、ナウナウが有利。
それはナウナウの立ち回りが巧みであったからだろう。
巨大熊猫を強化する竹林。
その植物の影には常にモフモフなる気配、主人を援護する無数の獣神が顕現しているのだ。
レイヴァン神の瞳は魔力の流れを読んでいた。
方角や吉兆を示す瑞獣、四神を始めとした幸運なる動物たちに自分へのバフを任せ。凶兆を示す四凶に相手へのデバフを任せ、常に自分が優位な状態を保ち続けている――。
明らかに戦いに特化した性質を持った神である。
それもどんな手段を使ってでも勝利をその肉球で掴むタイプの、勝利に貪欲な獣神。
かわいい顔をしたナウナウの、本当は笑っていない笑っているように見える瞳は、魔性を示す赤色を輝かせていた。
無垢を装った瞳の奥で、じっと観察している。
敵の行動も魔力も冷静に読み取り、常に計算しているのだろう。
魔兄とログに表示される異神は感心した様子で言う。
『感情を暴走させ魔力へと置換させた一つの魔の頂点。魔性、おまえさんが暴走させた感情は――嫉妬。他者の自由を羨み続け、焦がれるあまりにその身を滅ぼした哀れなる見世物小屋のパンダ。それがおまえさん、嫉妬の魔性の正体か――』
『魔性~? 外の世界の言葉をこっちの世界に持ち込むのは~、あんまり好きじゃないな~、僕。僕は僕、ナウナウだよ~?』
同じ状態異常であっても、世界が異なれば名称が違う。
たとえば魔術を使う存在であっても、魔術師や魔法使い、魔術使いなど言葉は様々にあるだろう。
盤上遊戯の中で、感情を暴走させその心を膨大な魔力に変換している者への正式な呼称は、まだ存在しない。
それほどレアな存在ともいえる。
おそらく四星獣はみな、魔性へと転身、あるいは転生しかけている存在だとレイヴァン神は認識していた。
『なら、そっちの管理者の嬢ちゃんに早く正式な名称をつけるようにお願いするんだな』
『ん~、ネコヤナギはけっこうのんびりだからな~。やってくれるかな~?』
『のんびりそうなパンダに言われたんじゃ、あの神樹が可哀そうだろうよ』
会話は続くが、戦いも続いている。
異神は暢気に語りながらもバサリと開いた翼の裏を軋ませ、亜空間を変形させる。骨のみで構成された、禍つ神を召喚していたのだ。
ギギギギィィっとしゃれこうべを蠢かし、召喚されし邪神が足元のパンダを見下ろしていた。
見た目は異装を纏った超特大なスケルトン。
サイズは竹林からだと足しか見えない、それほどの超特大。
妻を連れ帰るために冥界に降り失敗、帰還した神がその冥府の穢れを払った時に誕生したとされる邪神。死者の邪気そのものが神となったような、いわくつきの神である。
その頭蓋骨の空洞から、竹林を枯らす邪気が溢れ出す。
だがナウナウは邪気をもろともせずに、えへへへ~♪
『僕に~、闇属性とか~、邪属性攻撃をしても~、無駄だよ~?』
『それはやってみねえと分からねえだろう?』
不敵な笑みから送られてきた挑発に、ナウナウはむむっと禍つ神を睨み。
じぃぃぃぃぃ。
月にまで届きそうなその長大な骨を睨んで、瞬時にその獣毛を膨らませていた。
ドーンと跳ねたかと思えば、前のめりになった突進。
肩を起点とした貼山靠を脆い骨のつながり部分に集中させ、連続攻撃。弱点や急所を正確に破壊したかと思えば、次の瞬間には既に着地。
神速にまで届くナウナウの巨体が、武術の達人たる片鱗を見せたのだった。
けれどだ。
破壊されることまでがこの召喚魔術の効果。
冥界神の計算内だったのだろう。
『あれ~? なんか、こっちに落ちて……きてる~?』
『そりゃそうだろ、こいつは死なない神である俺が呼び出した死なない神だ。攻撃すれば禍つ神の呪いを買い、その崩れた神の骨によって覆われ、攻撃者は封印される。破壊されることがキーとなる召喚獣もいるってことだ、覚えておきな……――』
光源が掻き消された深い闇の中。
死の戦場にて――ふっと微笑する男神は決めセリフを続けようとするが――。
パンダは頭の上に落ちてきた骨で、いてててててぇ……っと痛がるもののほぼ無傷。
『って、おいおい、勘弁してくれよ。なんで――平然としてやがる。それ、即死効果のカウンターだぞ?』
『わ~い、おもちゃだ~♪ 僕の知らない、あたらしい玩具~♪』
落ちた骨に手を伸ばしたナウナウは、自分の周りにふわふわな特殊空間を形成。
それはまるで童話。
絵本の中でほのぼのと遊ぶパンダの一ページ。
もっとも、実際にはほのぼのとはしていない。神の骨を強引に玩具にし、積み木代わりにして遊ぶことにより呪いを打ち破り――魔術の無効化を行う神パンダの図なのだが。
『物語を再現する……童話魔術? いや、似ているが違うな。強制的にパンダ空間に受け入れることで、全ての行動を児戯に変える性質書き換えの権能か』
頬に汗を浮かべてシリアスに唸るも。
レイヴァン神は戦闘の猛りで際立っていた端整な美貌を、ん? ……と緩め。
ぼそり。
『いや、待て待て待て、取り込まれるな俺――そもそもパンダ空間ってなんだよ。こいつ、大魔王ケトスどもや三獣神と同じく、例の最強属性持ちか……?』
『ねえねえ、次のおもちゃは~?』
『だぁああああああああぁぁぁぁ! 骨を勝手に掴んで組み立てるんじゃねえ!』
ナウナウが組み直した骨の恐竜。
頭部だけが異常に大きい暴君竜が、けたたましい音を立て魔兄レイヴァンに向かい突進する。
しかしレイヴァン神も骨の攻撃には耐性があるのだろう、返された骨は翼の裏へと吸収され――その姿を消してしまう。改造された骨を吸収したことで、魔兄レイヴァンの魔力は増幅される。
が――。
『ドーン!』
その魔力増幅の一瞬をついて、ナウナウの手が地面を叩いていた。
スキル名は――《破滅の衝撃》。
単純な衝撃波による攻撃なのだが、その威力は尋常ならざる領域にまで達している。
ただ破壊力を追求した、強烈無比な一撃と言えるだろう。
『はは! おもしれえじゃねえか! 血が滾る、魔力が昂りやがる! だが――ちったぁ遠慮して戦えっての! こちとら病み上がりだぞ!』
『えへへへ~♪ 地面がドーン~、天がバーン~♪』
『ち……っ、こいつ全然話を聞きやがらねえでやがる……これだからモフモフアニマル神ってやつは困るんだ』
レイヴァン神は四星獣ナウナウが割った地面を修復し、天が裂けないように”冥府の糸”で縫い留め、自由気ままに暴れる巨大熊猫をギッと睨む。
『つーか、てめえ! 自分の箱庭を自分で壊してどうする!』
『あはははは~♪ あはははは~♪』
『くそ、この鬼畜パンダ。マジで聞いちゃいねえのか、俺が他所の世界を壊すつもりがねえって知ってて、わざと巻き込むようにやってやがるな。こいつ――月の魔力を受けた狂戦士よりタチが悪いじゃねえか……』
ここは亀島ダイナックの甲羅の隙間のダンジョンとは違い、通常エリア。過度な戦いを行えば、大陸に影響を与える恐れがある。
だから冥界神は力を制御し、影響を最低限に抑えるように努めていた。
だがナウナウは違う。
さすがに狼狽したのは、人間だった。
本来なら味方として呼んだはずの英雄。
隠匿結界で隙を窺っていたアキレスが、姿隠しが破られるリスクを覚悟したうえで――ぼそり。
空間座標を誤魔化しながら言う。
「お、おい……ナウナウさんよ」
『えぇ、な~に~?』
「これ、相手が世界を壊さないように修復してくれてるから壊れちゃいねえが――ちょっと世界に影響与えすぎなんじゃねえか……?」
味方からの突っ込みに、んーと天を見上げて考え。
パンダはワキャワキャと両手を上げて大はしゃぎ。
『だって~! 僕が~、こうして~、ちゃんと力を出せて戦える相手なんて~、久しぶりだし~! 今が良ければ~、それでいいんじゃないかな~? それに~、壊しちゃったら~、壊した後で~、具体的には~、あしたとかに~、考えればいいよね~♪』
「いや、さすがに世界を壊したら不味いだろうよ……」
『ええ~? 僕でも~、やろうと思えば~、元の形だけには戻せるから~問題ないよ~?』
元の形”だけ”。
あえてそう言った巨大熊猫をジト目で見ているのは、敵対している筈の英雄アキレスと魔兄レイヴァン。
両者ともに整った顔立ちが、互いに互いの顔を見て――。
『なあ、おい……英雄男。このパンダ。たぶん本当に”直せる”のは形だけで、”治せる”わけじゃねえぞ』
「って、なんでこっちが見えてやがる」
『ああん? そりゃあそんな付け焼き刃な姿隠しなんて、見え見えだろうが。おまえさん、まだそういう小手先の技術は伸ばしてねえんだな。もったいねえぞ? あとな、ついでだから助言してやるが――声の音座標をずらして誤認させようとしても無駄無駄。ちゃんと魔力だけじゃなくて肉体情報も誤認させねえと、神はごまかせねえよ』
声とは空気を揺らす振動。
声だけを別の場所で発生させたアキレスは、レイヴァン神の背後を取ろうとしていたのだが――。
「隠匿結界にいるのにこっちはバレバレかよ……」
『おまえさんの英雄顔も、戦いの中で育った体躯も――ああ、全部まるっとサクっと見え見えだからな? おまえさんが不老不死でないのなら、百年でもすりゃあこっちに来てくれたんだろうが――死なねえんじゃなあ。それだけは残念だ。許されるなら、おまえさんが望むなら――俺様に甘い酒をつぐ死せる英雄として、すぐに閨に加えてやりてえんだが。勿体ねえよなあ?』
アキレスはぎょっと鳥肌を浮かべ、身を隠す。
冗談であるが。
もし相手が受け入れればそれも良し。
そんな邪気と邪淫を孕んだ、背筋を撫でるような低く甘い声だったからである。
「ナウナウさんといい、てめえといい! 本当に、神ってろくなやつがいねえな!」
『はははは、悪ぃな坊主。それが神ってもんだ。まともな神ほど早死にするんだよ』
「坊主だぁ? オレはもう年齢だけならちょっとナイスミドルな壮年になるんだが!?」
『ああん? まだ百歳も生きてねえガキだろ? かわいいじゃねえか、いっちょ前に吠えてやがる』
と、敵であるにもかかわらず、ケラケラケラと親しげにレイヴァン神。
その間もナウナウによる攻撃は続いている。
ナウナウが攻撃に移れるように、アキレスはあえて相手の挑発に乗っていた。ナウナウもそれを承知で魔力を溜めていたのだが。
冥界神はそれら全てに対応してみせていた。
『お、今度はパンダと雄馬が共闘か。次はどんな姿を見せてくれるんだ? はは、なんてな』
引き寄せ攻撃を全て魔力の抜け殻で切り抜けて――死を司る神は余裕の表情。
まるで昼食屋で談笑するかのような空気である。
アキレスは魔道具を取り出し、姿隠しの外套を装備するが――。
いつまでも、神の赤い鋭い蛇のような視線が熱く付きまとっていた。
「完全にこっちを把握してやがるのか……っ」
『おまえさんが生きている命。イエスタデイ=ワンス=モアが授けた本物の魂である以上、それは生命の輝きを放つ。どれだけ隠れても……命を司る冥界神にとっちゃ、丸裸も同然だからな?』
「言い方がいちいち気色悪いんだよ!」
ふざけた男だが、その実力は本物なのだろう。
盤上遊戯に送り込まれていた外来種の神々と対等に戦えていたアキレスが、まるで子ども扱いである。
ナウナウが言う。
『アキレスくんさあ~、僕ねえ~。気づいちゃったんだけどね~』
「んだよ、こんな時に」
『たぶんね~、これを倒しても~。次が来るから~、なるべく早く奪い返してほしいんだ~』
「どういうことだ――」
ナウナウはゴロゴロしながらも、竹林の隙間から送られてくる眷属からのバフを受け。
常に魔力を補給しながら言う。
『これね~、あのね~、きっとね~。ニャイ神父みたいな~、ただの駒だよ~』
「は? 駒だって?」
『うん、そう駒だよ~。僕の鑑定だとね~、アレの~、翼の裏に~、イナゴの群れが見えるでしょう~? あれの数、数えきれるかな~?』
「いや、イナゴの群れって……あれはただ黒いだけの空間じゃねえのか」
眺められた瞬間、わざわざ腰に手を当て淫猥な空気を醸し出す男――その背に生やす漆黒の翼の裏。
そこには宇宙のような黒がただ広がっている。
アキレスの瞳にはそうとしか見えないのだが――。
『違うよ~、真っ黒に見えてるけど~、あれはイナゴがいっぱいいるから黒く見えてるだけで~。詳しい説明はたぶん~、人間の君じゃあ理解できないから~、簡単に言うとね~。あのイナゴの数だけ~、駒の残機があるから~僕でもね~、倒しきれないよ~』
四星獣ナウナウはのんびりと語っている。
けれど、その言葉が真実なら。
「は!? じゃあ、あれが一斉に襲ってきたら」
『そういうことだね~、僕たちは~、手加減されちゃってるね~』
ガシガシと首の後ろを掻いていた男神の手が、スゥっと伸びる。
髪をかき上げ、魔力で後ろに流したレイヴァン神は飄々とした空気を捨てて――そこに在った。
それはまるで生きとし生ける命、全ての支配者。
魂の全てを管理する、皇帝のような威厳を放つ凛々しい神としての姿を見せていたのである。
冷厳な瞳が獣と人間を眺め、ふっと微笑する。
その唇から魔力が零れる。
淡々と告げ始めたのだ。
『んだよ、せっかくこっちが遠慮してやってるっつーのに。もうちょっと接戦ってやつを楽しませろよ』
口調はそのままだった。
けれど、明らかに声の質が違う。
ぶるりと、アキレスの全身が揺れていた。
英雄の身は感じていたのだろう。
今までで一番に、神という存在を感じていた。神がそこにいる、その意味を肉体が武者震いとして感じ取っているのである。
それでも英雄アキレスにはやるべきことがある。本当は悍ましい、恐ろしいほどに禍々しい神が相手だとしても、引かずに言葉を発する胆力を持っていた。
「なんで、んなことを――」
『抗うがいい、人間。神に、不条理に――それがイエスタデイ=ワンス=モアの望みでもある。故に、我が御霊はチャンスを授けた。英雄よ、おまえが本気でこの女の魂を取り戻したいと願った、その心に敬意を表し、脆弱なる身とてこの翼に届く領域にまで、この身を降ろしてやった。それだけの話だ。ああ、それだけのな――』
冥界神レイヴァン=ルーン=クリストフ。
かつてイエスタデイ=ワンス=モアに真実を教えた兄弟神の兄。
その性質は悪食にして情欲を是とする、人とは異なる思考を持つ神。
だが、その度量も本物なのだろう。
『種は明かされたが、俺様はこの駒ひとつでお前たちと遊んでやる。さあ、どこからでも来るがいいさ。俺はいつでも、歓迎する。お前たち脆弱なる存在の命の羽ばたきを愛でている』
威厳と威光を感じさせる異神を見て。
ふがふがふがっと天を向き、嗤い。
パンダが言った。
『あはははは~♪ その油断が、命とりだね~』
注意を引き寄せた一瞬だった。
レイヴァン神に包まれていた筈の暗黒騎士クローディアの魂が、消えている。
『な……!?』
『人間っていうのはね~、集団で行動したときに~、誰かを助ける時に~、一番ぴかぴかに輝いて~、とっても綺麗なんだよ~? 僕はね~、そのぴかぴかが大好きなんだ~。神様なのに~、人間嫌いな僕でも知っているのに~、君は知らなかったんだね~』
暗黒騎士クローディアの魂を回収した影が、瞬時にナウナウの後ろに下がった。
同時に――ナウナウが竹林を強固に束ね、結界を構築する。
哀れな魂を取り戻したのは、かつて彼女と親交のあった人間――。
だった者。
『アキレスさん! 彼女の回収は完了です、引きますよ!』
魔王アルバートン=アル=カイトスだった。




