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第156話、第三関門―時を隔てた再会―【最終ダンジョン】


 【SIDE:今を生きる命たち】


 四星獣ネコヤナギへの問いかけの返答を待つ一行。

 斥候として突入した二人の傷も癒え、相手がどのような外なる神の力を借りているのか把握したい状況なのだが。

 いつものような鈴の音は聞こえてこない。


 代わりにメンバー交代の扉が不意に開かれ、現れたのは魔族幹部、四天王の猛将マイアだった。

 彼女に状況が説明される。

 両方を行き来していた猛将は考え。

 魔力輝く雄々しき悪魔角の下で、唇をスゥっと動かしてみせた。


「神ネコヤナギからこちらと連絡が取れないと頼まれて戻ったのだが、なるほど――その外なる神の妨害を受けてノイズが走っている……ということだろうな」


 全快したアキレスが調子を戻すように肩をぐりぐりと回しながら、目線を向けていた。


「おいおい、ノイズと妨害……って、あの神樹の嬢ちゃんは四星獣だぞ? そんな存在の魔術や権能を妨害できるって……どんな神性がしゃしゃり出てきてやがるんだ。オレらの世界に関係ねえなら邪魔しないで貰いてえんだが」

「どうであろうな」

「ああん? なんだ含みを持たせやがって」

「関係ない存在が今更この世界に干渉しようというのなら……ナウナウ様の竹林で様子を眺めているニャイ神父……大魔王ケトス殿が止めているとわたしは思うが……。ともあれ、大物が降臨しているのは確かだろうな」


 猛将マイアの声は落ち着いている。

 その余裕を英雄のジト目で睨み、アキレスが言う。


「猛将、てめえ、ずいぶんと余裕じゃねえか」

「相手がどれほどの神かは知らぬが、魔猫を使役しているのなら話は早い。魔猫の弱点は欲。用意したグルメを土産にネコ達をこちらに引き込めば――どうした? その顔は」

「それができれば苦労しねえんだよ!」


 腕を組んで、胡坐をかいて座り込んでしまうアキレスに猛将は眉を顰めるばかり。

 回復の祈祷を終えたマギがトコトコとやってきて、マイアを見上げる。


「おぬしの言うておることももっともなのじゃが、どうやらあのモフモフどもは異界のグルメで先に買収されておるようでな。こちらのグルメ交渉は既に失敗に終わっておるのじゃ。はぁ……どうしたもんじゃて。裏技的な手段であったのだが、よもや先を越されておったとはさすがに想定外じゃ」

「そこにいったい何の問題が?」

「うぬ? おぬし、わりと脳筋気味だとは聞いておったがよもやこの事態が理解できておらぬのか?」


 マギの言葉はさらりと失礼だが、周囲もこっそりそれに同意している。

 猛将マイア。

 教師としての知恵もあり無骨さを兼ね備えた軍人気質で――実力もあるが……その作戦は力押しな部分があることはわりと有名な話。


 しかし、猛将は部下であり生徒だったビスス=アビススを目で追い。


「ビスス=アビスス。わずかであってもイエスタデイ=ワンス=モア様と共に暮らしたことのあるおまえならば、わたしが言いたいことも理解できるだろう?」

「まあ……だが、本当に大丈夫なのか?」

「わたしはあの方としばらく共に生活をしていたからな。魔猫という存在をある程度把握している。その気まぐれで欲に忠実な性質もな。結論を言えば魔猫の群れは鎮圧、あるいは無力化ができる。おそらくこの事態も攻略は可能だということだ」


 アキレスが犬歯を覗かせるほどに口を開いていた。


「はぁ!? 意味わからねえぞ」

「簡単な話だ。今は異界のグルメで釣られていても、そのうち飽きる。ちょっと飽きたニャーと思っているタイミングでこちらも更なる新しいグルメで買収をしかければ、おそらく魔猫はこちらに降る」


 ざわざわざわと魔王軍からザワめきが起こる。


 多忙だったからなあ……。

 妹君のこともあるし……。

 猛将がついに残念なことをいいだしたぞ、と。


 きっとヴェルザのダンジョン塔の攻略で頭を打ったのではないか? そんな声も聞こえているが、彼女はスラリとした自慢の体躯で振り返り、八尾の鞭で地面をびしり。

 四天王の風格が魔王軍を黙らせていた。


「言っておくがわたしはユーモアのセンスはあまりない。つまりは――真面目な話だ、少しは考えよ同胞のバカ者どもが。だから魔族は基本的に脳筋気質だと言われるのだろうな」

「いや、猛将。こいつらもおまえさんには言われたくねえだろ……」

「おまえも含めて、皆、わたしをどのような目で見ているんだ――」


 共に迷宮を攻略したことのある北の英雄が、ぼそり。


「罠? そんなもの踏み抜けて進め――っつって命令しながら自分が真っ先に突撃しやがって、罠ごと破壊して突き進むごり押し上官、って感じじゃねえか?」


 アキレスの具体的すぎる突っ込みに、魔族は全力で同意していた。


 三皇の一人であるマギが、んーむ……と唸り考える。

 ぶかぶかの袖から伸ばしたぷっくらとした指で、唇を”とんとん”としつつ――。

 ぼそり。


「飽きた頃を狙って新しいグルメで再交渉、か。なるほどな。魔猫ならば……たしかに、ありうることかもしれんて」

「確かに、魔猫ならば……」

「魔猫だからなあ……」


 マギの言葉に続いて口々に漏らすのは――人間の兵士たち。

 魔猫と約二十年暮らすレイニザード帝国の兵と、魔猫と五百年以上も過ごすヴェルザの街の兵だった。

 魔王が困惑気味に言う。


『あの、もしかして本当に真面目な話をしていらっしゃいますか?』

「真面目じゃ真面目、大真面目じゃ。魔猫はなにしろ気まぐれであるからな、きゃつらの行動を完全に制御することなど神にすら不可能じゃろうて。しかし問題は一度、こちらのグルメ交渉を断っておることか。さすがに同じネタで再交渉したとならば、即座に後ろ肉球で砂掛け。それさっき見たし……でまたやられるだけじゃろうし」

『舌が肥えているでしょうからね』


 今から新たなグルメを調達するのは現実的ではない。

 そう思っていた皆に、猛将マイアが言う。


「いるではないか――力を貸してくれそうな中で、グルメを得意とする存在が」


 ◇


『ふむふむ、なるほど、なるほど。それで偉大なるこのわたくしが、ネコヤナギめを通じて要請されたナウナウ様に命じられたわけでありますな』


 と、偉そうにふんぞり返る、モフモフもこもこな獣神は四星獣の眷属。

 知将たる獣の饕餮とうてつヒツジ。

 手に入れた経験値や力を全て調理方面に注ぎ込んでいる、かつてアルバートン=アル=カイトスと敵対した羊悪魔である。

 ヒツジはニヒィっと羊の口を尖らせ、満面の笑みで蹄をビシリ。

 メメメメメメメ!


『お断りであります!』

「ほう、何故だ?」

『無駄ですよ猛将マイア。ナウナウ様からはノイズが走って観察しにくいから~、現地に行って~、君の魔力で中継してね~♪ とは言われておりますが。はてさて、あなたがたの力になれとは”わたくし”は、一言も聞いてはおりません。故に? わたくしは? あなたがたの力に? なる必要は、なぁぁぁし! ええ、はい。もうお分かりですね? この饕餮ヒツジ、あなたがた人類と旧人類を手伝う義理も義務もないのです!』


 言って意地の悪い羊はくるくるっと回って大喜び。

 人間など、知ったことではありません!

 やーいやーい! とダンシング。

 羊毛がモコモコに膨らんでいることから、心の底から悪魔の愉悦を感じているのだと周囲には伝わっている。


 知恵の悪魔。叡智の獣神。

 北部レイニザードを支え発展させた神ナウナウの御使いとだけ聞いていたものは、そのギャップに呆然としているようだが。

 饕餮ヒツジの性格を知るアキレスが言う。


「残念だが、羊の旦那はマジでこういう性格だ。あぁ、魔族連中に言っとくが獣神にしては弱すぎるからって絶対に殺すなよ。旦那の五百年以上の親友の山羊悪魔バフォメットの英雄魔物パノケノスは知ってるだろう? そいつがガチ切れしたらオレや魔王や幼女様はともかく、耐性のない連中は全員食材に変えられちまうからな」


 世界のためならば脅してでも。

 そう考える苛烈な魔族へのアキレスの警告は、それなり以上に鋭いモノだった。


『おやおや! 愛娘に家出をされて動揺していらっしゃる英雄殿ではありませんか!』

「ちっ……絡まれちまったか……」


 逸らした顔の方面に先回りしていた饕餮ヒツジは、くるりと執事の正装を纏い。


『そう嫌な顔をなさらないでください。ええ、我が主ナウナウ様はあなたのご活躍を眺めて大変よろこんでいらっしゃいます。もしこのまま盤上遊戯がなくなる方向で話が進んだとしても、あなたはこちらで回収させてもらいますので、あしからず。あなたは次の就職先を心配する必要はありませんので――ご安心を』


 内定おめでとうございます、と。

 四星獣の眷属たる悪魔羊は慇懃な礼をしてみせる。

 下げる頭から覗く瞳は真剣、それが神の意向であると黙して語っている。


 悪魔のささやきにあったのは揶揄いの色ではなく、主人の神意を告げる真摯な態度だったのだ。

 迷宮完全踏破を果たしているアキレスはたしかに、この世界が終わっても外の世界に出る権利がある。そうなった時に、ナウナウが魂を召し上げると言っているのだろう。

 もちろんアキレスはまだこの世界を終わらせる気などない。


「で、旦那はどうしたら力を貸してくれるんだ?」

『おや、手を貸すとはわたくし一言も――』

「あぁぁぁぁ、そういう駆け引きはもういいだろう! 協力する気がねえなら、元から声に応じず隠れたままこっちを見てただろう? 何が欲しいのか、はっきりいいやがれ!」


 英雄アキレスは十八年間、ずっと北部で英雄として動いていた。

 その総大将の側近たる饕餮ヒツジとは付き合いも長い、交渉にも慣れているのだ。


『そうですね、アルバートン=アル=カイトスの魂――といったらどうでしょうか?』

「てめえ……こういう時に冗談は」

『冗談ではありませんよ。わたくし……、いえわたしと友の英雄魔物パノケノス様はあの日、少年だった頃の魔王に殺された。あの伝承はご存じなのでしょう? あれは伝説や御伽噺ではなく、事実。本当にあった物語でありますからねえ。わたくし、あの時は勝てると確信しておりました。けれど、そうはならなかった――神の気まぐれや、英雄の強さ、そしてあの姫が英雄に説得され心を取り戻し――寝返った……計算外、というのでしょうね。人の心を知らなかったわたしの未熟とも言えるでしょう』


 言って、饕餮ヒツジは邪悪に瞳を赤く光らせる。


『わたくしの敗北は許しましょう。多くの魔物や人間の心の弱さを使い、町を陥れる日々は楽しかったですからね。ええ、本当に……楽しい日々でありました。けれど、パノケノス様の敗北の歴史を残してしまった。それは駄目です。わたくしはどうしても納得できておりません。雑魚にしか過ぎないわたくしの声に耳を傾けてくれたあの方の伝承に傷をつけた、泥を塗ってしまった、それだけは――いまだに呑み込めていないのですよ。あの日の戦い、あの日の戦争の果てに今があるのならば――わたくしはその物語を引き継ぎ、ここでアルバートン=アル=カイトスの魂を手にすることで勝利に変えたい。わたくしはただ、あの日の敗北を覆したい。それがわたくしの願いです』


 悪魔は饒舌に語った。

 だからこそ、あの時の勝者の魂が欲しい、と。

 目線を向けられた魔王が、言う。


『あなたのお気持ちは理解できます。本来なら僕たちはあの戦いに負けていた。いえ、今となっては……負けていた方が良かったのでしょうね。あの日の勝利で、僕が生き残ったことでかつて人類と呼ばれていた命の八割が滅んだのですから』

『けれど、気まぐれな神はあなたの味方をした』

『ええ、そのペナルティーを受けた四星獣の三柱は封印され……僕はますます戻ることができなくなりました。僕は新しい家族である魔族を守るために、本当に多くの命を返り討ちにしたのですから』


 魔王となり果てたあの日の少年が――。

 あの日に心を取り残したままになっている顔で、言う。


『いいですよ。僕の魂であなたが協力してくれるというのなら、それが契約だというのなら僕は喜んでこの魂をあなたに授けます。まあ、この戦いが終わった後、という条件付きですが』


 魔王が同意した、その時だった。

 一陣の風が、吹きすさんだ。

 何かが次元を割って、送り込まれてきたのだ。


 膨大な魔力が、周囲を包み始める。

 けれど不思議と威圧感はない。


 それは不死の鳥――朱雀シャシャ。

 四星獣の眷属。

 鳳凰を彷彿とさせる美しく煌びやかな鳥はそのまま饕餮ヒツジの頭上に舞って――羊の頭に着地。


『饕餮ヒツジ――君は、また彼らを揶揄っているのですか?』

『おや、からかうとは?』


 頭を押さえつけられても饕餮ヒツジは澄まし顔。


『口角が吊り上がっていますよ、邪悪なる羊。ナウナウ様からは手伝うように言われていたでしょう』

『ふむ、シャシャ殿が命令されたのは知っておりますが、はて……わたくしにも命じられたでしょうか?』

『主人は君とわたし、二柱に命じたのだ――敢えて曲解を繰り返すというのなら、わたしにも考えがあるが――構わないか?』


 静かな怒気を孕んだ声で指摘された途端、饕餮ヒツジは真剣な顔をしていた魔王を蹄で指さし。

 ネタ晴らしをするような意地悪さで、満面の笑み。


『メメメエメェメメメ! 引っ掛かりましたねぇ、魔王アルバートン=アル=カイトス! 愚かですねえ! ンメメメメヘヘヘヘ! ああ、素直ですねえ! ええ、そうです! 初めから命令されているので、別に代価など必要なかったのですよ!』


 朱雀シャシャは露骨に不審そうな表情で、はぁ……と器用に肩を落とす。

 翼で眉間を押さえ。


『なかったのですよ。じゃないでしょう……君は本当に意地が悪い。もしわたしが緊急顕現しなかったら――』

『そうなった場合はもちろん魂の権利を貰っておきましたよ? せっかくですし、ねえ?』

『それは揶揄いの範囲を超えているでしょう――』

『はて? まあ半分ぐらいは本音でありましたからねぇ――まあそうなったらそうなったで! それもまた運命! きっとナウナウ様もお友達の魔王の魂を回収できて、お喜びになられたでしょうし! ほら、まったく問題ないのでは?』


 問題はともかく。

 実際に主人は喜ぶだろうと、シャシャは面倒な上司と後輩に頭を悩ませ。


『だから君のお守は嫌なのです、饕餮ヒツジ……君は少々品性に欠ける』

『なっ、言いましたねこの焼き鳥丸! わたくしは悪魔としての矜持にしたがっているだけであって、品性自体は極めて良好。訂正を要求しますよ!』


 訂正! 訂正! 訂正を要求します!

 と、メメメメメ!

 唸る饕餮ヒツジの頭を鳥足で押さえつけ、不死鳥たる朱雀シャシャが言う。


『久しぶりですね少年。こういう再会になってしまったが、アルバートン少年……わたしは今でもあの日の君を覚えているよ』

『あの時の小鳥、ですね』

『ええ、望まず君がそうなってしまったこと――神の眷属としての責任を感じていました。主たちの暴走もその一因なのは事実ですからね。これはその埋め合わせでもあると理解して貰ってもいいでしょう』


 朱雀は人類と旧人類を見渡し。

 神々しく燃える炎の翼を煌めかせ、やはり慇懃に礼をしてみせた。


『ナウナウ様の部下――朱雀シャシャ。ここに推参いたしました。今から貴方達と合流いたしますので、皆様もどうかお見知りおきを』


 ええーい、放しなさい! と不死鳥の足の下でジタバタする羊の上。

 朱雀シャシャは視線を僅かに横に向けた。

 そこには――かつての兄と似た、戦術師の姿がある。


 まだ愚かな兵士長だったシャシャが、コンプレックスを感じていた兄。

 音の魔術師と言われた戦術師シャルル=ド=ルシャシャとよく似た……彼にとっては直系ではないが、血を感じさせる――。

 兄の子孫。シャーシャ=ド=ルシャシャである。


 盤上遊戯の長い歴史の中。

 時を隔てた再会がここにまた一つ――刻まれようとしていた。


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