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第155話、第三関門―威力偵察―【最終ダンジョン】


 【SIDE:拷問拳闘家ロロナ】


 あふれる毛玉、踊り遊ぶモフモフ。

 三途の川を抜けた先にある城塞はまるで魔猫の城。

 魔猫王城と呼ぶべき魔猫のための、魔猫による、魔猫の遊技場となっていたのである。


 見た目は異世界の書物にある夢の国。

 モフモフ魔猫達はそれぞれ盤上遊戯の駒の職業を真似しているのだろう、戦士や魔術師、盗賊や狩人、僧侶や司祭といった基本的な職業の格好をして――ウニャハハハハ!

 二足歩行でぐるぐる回って、尻尾をふりふり♪

 状態異常回復の儀式を盤上遊戯に向かい、祈祷し続けている。


 魔猫の強さを重々承知している盤上遊戯の駒達は相談。戦力的な意味でも人道的な意味でも、イエスタデイ=ワンス=モア戦の前に犠牲者を出したくないとなり――戦術師シャーシャ=ド=ルシャシャの提案が採用されることになった。

 二人の英雄がそれぞれ快活な笑顔と憂う微笑で皆に言う。


「んじゃ、ちょっくら行ってくるぜ」

『それでは、行ってきます。前衛の要だった僕らが離れるので、油断は禁物です。警戒を怠らないでくださいね』


 それは死なない者達による斥候。

 本人たちの自薦もあり、まずは不老不死の英雄アキレスと魔王アルバートン=アル=カイトスが先行する事となったのである。

 魔王と英雄。

 彼らは単独でも強い、いわゆる一騎当千の蹴撃者と魔王のコンビ。

 話し合い及び、交渉が決裂した際に最強コンビが奇襲を仕掛ける方向で作戦が組まれたのだが……。


 外で待つ者たちは中を心配し、注視。

 成功にしても失敗にしても、なにか動きがあるのだろうと待機していた。

 その中心にいたのは、英雄魔物の末裔ビスス=アビスス。

 いつでも応戦できるように周囲に無数の魔導石板を浮かべ、ヒエログリフの神性文字を輝かせるアヌビスは耳をピンと立て。


「砦に入って五分……反応はねえが、陛下とあいつは大丈夫、なのか?」

「しょーがないでしょ~、ビススワンちゃん。敵は魔猫、不死の力がないあたしたちが先に入って、もし説得に失敗したら……一瞬で細切れよお?」

「だいたい、神の眷属のあいつらに説得なんて通じるのか?」


 ロロナはふむと考え、声のトーンを落とす。


「眷属っていっても様々よ――そりゃあ命令を遵守しろって契約魔術で戒められて、行動制限を受けているっていうのなら別でしょうけど、そうは思えない。基本は自由意志らしいから……交渉の余地はある筈じゃないかしら。実際、全ての魔猫が神に協力しているわけじゃない――」


 事例を示すべく、ロロナは周囲にも聞こえる声で指をピンと立て。


「タンポポ畑と寄り添うあの真樹の森の守り神は動いていないでしょう? 徘徊していたネズミを回収して、あの森で静かに暮らしているわ。それに……まあ、魔猫達もこの世界に未練や思い入れがある子もいるでしょうし、可能性はゼロじゃないんじゃない?」

「守り神がこちらについてくれたら、楽になるんだが。無理なのか」

「さあ、どうでしょうね。タンポポがお願いすれば二つ返事でしょうけど、あのタンポポはこの世界と共に消えることを選んだのかもしれない。そうしたら、守り神もそれに従うと思うわ。だって、ふふふふふ、あの黄色い花とあの魔猫は愛し合っているんですもの」


 愛を語るロロナに、ビスス=アビススはうげぇ……と犬顔の眉間にしわを刻む。


「ちょっとビスス=アビスス。なによ、その顔は」

「いや、おまえの口から愛とか恋とかいう単語を聞くと……な?」

「失礼ねえ、あたしだって恋の一つや二つあるんだから。え、なーに? 心配なの~? ねえねえ、どうなのよ~?」

「おまえ……学生時代に何をしてたのか、自覚ねえのか?」

「過ぎたことよ? それに、互いに実力勝負の結果であったんだから。あたしは悪くありませ~ん」


 魔族は基本的に弱肉強食。

 そういう価値観で生きてきたが――約二十年前から本格的となったヌートリア災害の影響で、状況は少しずつ変化していった。身内で争っている場合ではない、そう思うものが増えたのは事実。ロロナとビスス=アビススは共に戦ってきた人間たちに目をやり。


「ま――そういう時代も、この戦いの後で……終わるのかもしれないわね」

「さあ、どうだろうな」

「なによ、ワンちゃん。このあたしが折角、人間も魔族もみんな仲良くできますように~って珍しく祈ってあげたのに、水を差すわけ?」

「そう簡単に価値観なんて変わらねえだろう」


 知的なジャッカルの咢からは、存外にドライな言葉が漏れている。

 墓守の魔物とも呼べる黒き魔物の瞳は――現実の冷たさをきつく見据えていた。


「どうせまた、いつかは戦争になる」


 けれど、ロロナは言った。


「どうでしょうねえ。環境が変われば、人も変わるわ。魔族も人間も学ぶ生き物だって、あたしはそう思っている。それに、本当に価値観が変わるって事もあると思うわ。あたしも、学生時代にあんたと戦った後でちょっとだけ……。そう、本当にちょっとだけ変わったしね」


 昔を懐かしむロロナ。

 その顔と声が思いのほかに人目を引いたのか、ビスス=アビススは呆然と、乙女を自称する殺戮者の顔から目が離せなくなっていた。

 しかしジャッカルの瞳はすぐにジト目に変わり。


「いや、てめえ――あの後はたしかに弱い者苛めはしなくなったが……そうとう暴れてなかったか?」

「それはそれこれはこれ。弱者は虐めなくなったでしょう? そりゃあ自分と同等か、自分以上の存在と意見が割れるってなった時には、闇討ちとかしたけど……問題ある?」

「弱い者苛めよりはマシだが……」


 魔王軍幹部の側近になる。

 そのためにロロナはジャイアントキリングを繰り返し続けた、潰して良いと判断された腐った魔族の多くを蹴落とし這い上がった。

 魔王として処分するべきかどうか、優しきアルバートンが悩んでいた腐った連中を全て、ロロナは処分した。処分してもいいと判断されるだろう外道だけを狙い撃ちにして襲い、その力を吸収した。

 当時のロロナと魔王が謁見したのは、イエスタデイ=ワンス=モアに連れられたあの時だけだった。けれど、ロロナは再び魔王と再会する。

 切るべきものを切っていた何者かを追っていた魔王が、ロロナの裏工作を把握した、その日に……。


 そうしてロロナは、魔王から認められた。

 おそらく、なぜ努力をし続けていたのか。誰と並んで歩きたいか、それも見抜かれていた。

 だから、ロロナは魔王に感謝していた。


「いいじゃない、そういった戦術と度胸が魔王陛下の目に留まって――買われて四天王のマイア先生の側近にまで出世できたんだから。これでもあんたの横に並ぶために、それなりに努力はしたのよ?」


 なぜそんな努力をしたのか。

 なぜ並の魔族がたどり着ける限界に近い地位、四天王の側近にまで上り詰めたのか。誰の背を追っていたのか。必死にそのアヌビスの尾に腕を伸ばし、置いていかれないように血の滲む努力をしたのか。

 理由は決まっている。


 拷問拳闘家は、追い続けた背の持ち主を見て。


「ビスス=アビスス……ちょっといい?」

「んだよ」

「もしこの戦いが終わって、無事に生きて帰ることができたら」


 言って、拷問拳闘家は自らに似合わぬ乙女的な感情を嗤い。


「いいや、なんでもない。ちょっと場所が場所だけに緊張していたみたいだわ、忘れて――」

「おまえ……熱でもあるのか? 顔が赤いぞ」

「なぁにそれ? やだぁ、ワンちゃんたらあたしを口説いてるの~? やぁぁぁぁロロナ、ケダモノが怖い~」


 結局、彼女は真面目な言葉を紡がず。

 いつもの飄々とした仮面をかぶることを選んだのだ。

 ビスス=アビススは違和感に気付き声をかけようとするが――その時だった。


 ざわっと、周囲の空気に揺らぎが発生したのだ。

 中を確認できるスピカ=コーラルスターが、ぐぐぐっと眉間にしわを寄せ。


「動きがありましたね……あぁ……これは」

「どうしたの~?」

「ちょ、ロロナさん! お腹を撫でないでください、あと、胸を押し当てないでくださいって前にも言いましたよね?」

「スキンシップよ、スキンシップ」

「それに、いいんですか……さっきの」

「さっきのって?」

「だって、あれってアビススさんにそのまま告白……ちょ! 服の中に手を……こ、こら! 胸を、触ろうとするのはダメだって! マジで怒りますよ!」


 ロロナは既に心を打ち明けてある人間の友とじゃれ合い。

 その言葉を邪魔して、ふぅっと先を促す吐息で少女の赤い耳朶を揺らす。


「あたしの事はどうでもいいの。それで、どうなの?」


 スピカ=コーラルスターが答えるより前。

 ネコの声が、うにゃ~っと響きだす。


 うにゃうにゃうにゃ?

 んにゃ?

 うにゃぁぁぁ……。


 ウニャニャニャ――ッ!

 盤上遊戯が揺れる。

 ダンジョンが傾くほどの戦いが、中で開始されていたのだろう。


「アルバートンの坊主、撤退だ! 引け!」

『仕方ありませんね――次元を跳躍します!』


 と、空間魔術で次元を渡り――。

 砦内の外に生まれた闇の亀裂から魔王と英雄が飛び出してきたのは、その三分後の出来事だった。

 説得は失敗。

 戦闘となり、あっさり二強が砦から敗走となったのだった。


 ◇


 最強戦力ともいえる英雄アキレスと魔王は、ぼろぼろになった互いを見て。

 ぼそり。


「……。駄目だなこりゃ」

『ダメ、ですね……』


 敗走した二人の空気は軽いが、声は重い。

 不死の能力者だからこそ生きているが、実際に他の者が入っていたらどうなっていたか。魔王のビリビリに破かれた戦闘用儀礼服の裾がそれを物語っているだろう。

 すぐに代えの装備を側近たちが用意しているが――やはり彼らの表情は硬い。


 相手は無数の魔猫とはいえ、本気の戦いではなく偵察のような第一次接触だったとはいえだ。

 最強戦力が負けたのだから。


 アキレスと魔王の傷を治す祈祷を開始するマギの横で、ふむ……と銀縁眼鏡が光る。

 冷静に状況を見極める戦術師シャーシャ=ド=ルシャシャが言う。


「経緯をお聞かせいただいても?」

「経緯もなにもねえって、ありゃあ説得は無理だな。用意していたグルメを餌に交渉できると思ってたんだが――」

「グルメが効かない? 妙ですね」

「いや、グルメ自体は有効な交渉材料だとは思うぜ。ああ、まったくもって最適の手段だ。だが、何事にも想定外ってことはあるんだな。やられたぜ、ありゃあ反則だろう」


 珍しい敗北に肩を落とすアキレスが、横の魔王を見て。

 じぃぃぃぃぃぃ。

 魔王は敗北の感覚が嬉しいのか、妙にご機嫌である。


「魔王、おいこらてめえ――露骨に楽しんでるんじゃねえっての」

『すみません、僕にはいまいち負けという感覚が分からなかったので。こういうものなのだな……と』

「ちっ……てめえは本当に。だぁああああぁぁぁぁ、ガキみたいな顔で嬉しそうにしやがって、あんまり怒れねえじゃねえか!」


 余裕のある二人に安堵を抱きつつ戦術師が言う。


「種族の垣根を超えた友情もよろしいのですが、話の続きをお願いできますか?」


 最高峰のヒーラー能力のあるマギによる治療と自らの自己再生能力、二つの治癒でもう既に全快している魔王が言葉を引き継ぎ。


『どうやら砦内の魔猫はみな、先に買収されていたようですね』

「買収、ですか?」


 状況を理解した戦術師が、眼鏡を曇らせなるほど……と頷き。


「たしかに、欲に忠実な魔猫たちです……グルメは有効。ならばこそ、その逆もまた道理。グルメを餌に先に釣っていたということですか……」

「残念だが、こっちがグルメの質で負けたってわけだな」

「しかし、こちらが用意したグルメはそれなり以上の上級品です。交渉が不利に働くという事はない筈では」

『僕もそう思っていました――が』


 魔王は言葉を選ぶように、顎に指をあて。


『魔猫達の奥に、この世界の神話体系とは異なる神の波動を感じました。そして魔猫達の儀式の場ともなっている宴会場には見たこともないグルメが並んでいたのです。おそらく、外なる神が干渉してきて……先に異界のグルメを用いて魔猫達を従えているのでしょうね』

「異界のグルメ――」


 それは想定外。

 戦術師の眼鏡の奥。怜悧で涼やかな顔立ちが一瞬、揺らぐ。

 もっとも、それを表に出すことで周囲を不安にさせることもあり、すぐに動揺を隠したようだが。


「神の姿は確認できたのですか? 姿や性質が分かるのならば、所持する異界の魔導書やグリモワールと照らし合わせれば正体も判明できますが」

『いえ、鑑定もキャンセルされましたし――なにより魔猫に囲まれていたので』


 魔猫達が装備していた祈祷用の玉串で、ボカボカ頬を叩かれた痕を撫でながら魔王は苦笑する。


「ふむ――厄介ですね、外なる神ですか」

『他にはクローディアさんの魔力と、あと一柱……禍々しい血に飢えた存在の魔力も確認できました。おそらくは盤上遊戯の存在ではあるでしょうが――その力は並みを超えていた、今動いている中でそれほどの力となると十中八九、四星獣の眷属でしょうね』

「殺戮令嬢とは異なる四星獣の眷属に、外なる神の介入ですか……」


 想定していない敵、四星獣の眷属と外なる神。

 戦術師は余裕をもって考える。

 内心ではかなり動揺している。しかし、頬に一滴の雫すら浮かべず天を見上げた。


「神ネコヤナギ、ダンジョン塔攻略補助とメンバー交代でお忙しい中、たいへん恐縮なのですが――聞こえていますか?」


 神の事ならば神に聞く。

 もっとも単純だが確実だと、皆は異聞禁書ネコヤナギの返答を待った。


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