第154話、第三関門―城塞―【最終ダンジョン】
【SIDE:今を生きる命たち】
死者たちが進むべき道を辿った箱舟はようやくそこに辿り着いた。
水面は到着した箱舟の影響だろう、僅かに揺れている。
死者の川には、船の上で怪訝そうな様子で顔を顰める英雄――アキレスの凛々しい顔が反射していた。
その横には同じく前衛を務める魔王の美貌も映っている。
猛将マイアがいた残りの前衛枠には、常に誰かが待機している。守ることに特化した騎士職を中心とした、人間と魔族の精鋭たちが交代で務めを果たしているのだ。
川での戦いで皆は成長していた。
ヴェルザのダンジョン塔の攻略チームとも交代を繰り返し、全員の平均レベルは大きく向上されている。
そして――。
稼ぎも終わり、陸地の攻略となるのだが。
英雄アキレスはわずかに困惑した様子で、船上から陸地に作られていた施設を眺め――。
「んだ、ここは……こんな城みたいな場所、前に通った時にはなかったんだが――」
言ってアキレスは川を抜けた先に聳える城塞を眺め、長い指で鼻をすする。
「いや、前に通ったっつっても、アホみたいに前の記憶。もうほとんど覚えちゃいねえが、なあ、てめえらもなんとなく覚えてるんだろ、ここ」
「ふむ……妾らがまだ駒となる前――イエスタデイ=ワンス=モア様に拾われる前の小動物や、転生できぬ魂だった頃の記憶じゃな」
皆が皆、遠い昔を思い出す顔をしているが。
ぼそりと英雄は呟いた。
「なんか、ニンジンを齧りながらヒヒヒーンって川を渡った記憶が浮かんでくるんだが……気のせいだよな」
「さて、どうじゃろうな。妾には猫掻きで川を渡った記憶が浮かんでおるが、はてさて」
陸地を眺めたマギが考え込み、短文詠唱。
鑑定の波動をお香のように漂わせる。
「うぬ!? 鑑定不可であるか――」
「は? あんたの力でもか?」
「仕方あるまいて、できぬものはできぬのだから。しかし――魂の内に眠るこの記憶が正しいのかどうか、もはや妾にも分からんが……このような砦の記憶は妾にも浮かんでおらん。じゃが、神竜を放った川の先でこのような砦を用意しておるのじゃ。それが何を意味しているかは……まあ、想像に難くはないのぅ」
魔王が言う。
『おそらくはここが敵側の要塞。関門となる砦、僕たちがくるのを待っていたのでしょうね』
「するってーと、ここにいるのは……」
『おそらくは、クローディアさん……でしょうね』
殺戮令嬢、暗黒騎士クローディア。
ムルジル=ガダンガダン大王が所持している数少ない人の眷属。
「のう、アルバートンよ。おぬしで説得はできぬのか?」
『どうでしょう……試してみる価値はあると思いますが、マギさんはどうなのです? 当時のあの街では共に共同地域の管理者だったと記憶していますが。マギさん本人でなくとも、まだ生きている方で心当たりは……?』
「あくまでも当時の話じゃが――」
マギは記憶を辿るように目線を上に向け。
「面識はある、会話をしたこともある。なれど、そう親しかったわけではない……。どちらかといえばあやつは妾たちとも違う勢力。今はもう遠い昔の記憶じゃて、多少の相違はあるやもしれぬが――あやつは独立した三地域の一つ魔境ズムニの長であったのじゃ。妾らとは直接的な交流はほぼなく、強いて言うのなら武装集団の長カイルマイルや、悪魔に改造された宗教国家の姫と近しい存在であった筈じゃ。カイルマイルはタンポポを守る神猫となり、宗教国家の姫は……魔王誕生のきっかけともなった存在、既に落命しているとアルバートンからは聞いておる」
説得できる可能性が一番高いのは、この中ならば魔王アルバートン=アル=カイトスか。
或いは――マギはアキレスに目をやり。
「アキレスよ、若かった頃のおぬしの師匠筋の一人なのであろう? ぬしならば」
「無茶言うなって、そりゃあ世話にはなったがあの女性は説得に応じるタイプには思えねえ――色々と諦めちまってやがるからな」
『確かに……彼女は真面目で気高くて――その反面、まじめさの裏返しとでもいいましょうか。少々、内罰的なところがありましたからね――』
ガシガシと頭を掻きながら、英雄アキレスはぼそりと呟く。
「たぶんだが――あの女性は今も消えたがっているんじゃねえかって思っちまうんだ。おそらくな……いや、たぶんとか、おそらくとか、観察眼が優れたオレが言うのもアレな言葉なんだが……なあ、おめえたちに聞くがよ。オレならあの女性に終わりを与えてやることができる、ぶっちゃけ……どうしてやった方が良いと思う?」
不老不死を終わらせる能力者。
英雄の言葉に皆は言葉を選びきれない様子である。
「そんなのぉ、本人に再会してみないと分からないんじゃないぃ?」
「って、こういう時に応えるのがよりによってロロナ嬢ちゃんかよ……」
「露骨に嫌そうな顔しないで欲しいわぁ。って、睨まないで頂戴」
ロロナは飄々とした道化を捨てて、仲間としての顔で言う。
「はぁ……いいわ、真面目な話よ。たしかに当時の、最後に会った時の殺戮令嬢には消えたがっているって印象を抱いたのかもしれないわ。けれど、本当に今もそうとは限らないんじゃない?」
「どういうことだ」
「あたしは――彼女が関わった旅鼠達について、結構詳しく知っているわ。きっと、これからの世代に恋人達の物語として語り継がれるでしょうね。だってあのネズミ達の旅路って、甘くて、けれど、どこか物悲しい道筋だったもの」
ロロナは胸の谷間にわずかな光、大地神の駒の力を発生させ。
「殺戮令嬢の伝承が正しいのなら、彼女は当時愛した男にいまだに心も魂も縛られている。そんな彼女があんな恋人たちのロマンスを見てしまった、何か心に変化があったとしても、乙女のあたしは驚かないわ」
「拷問拳闘家が乙女、ねえ?」
「そう悪く言わないで頂戴な。あたしが乙女だって事、あんたを利用して、あんたの奥さんの前で証明してやってもいいのよ?」
うふふふふふっと、かぶったネコの隙間から邪悪さをにじませるロロナに、アキレスは露骨にうげぇ……っと顔を顰めている。
「まああたしの事はともかく。もしあたしがちょっとせこい手を使うなら、絶対にその感情を利用すると思うわ。かつて魔族だった……人類だった獣たちの、愛の果てを眺めて心揺らいでいる殺戮令嬢に……餌を与えている可能性もあるんじゃない?」
「……。ロロナの嬢ちゃん、てめえ何か知ってやがるのか?」
答えず、ロロナはただ胸の谷間の大地神の駒を輝かせる。
「知ってはいないわ。けれど、そういう可能性があるんじゃないかっていう意見よ」
「スピカの嬢ちゃんもいつのまにかなんか変な魔導書を手に入れてやがるし、ったく、女ってのは隠し事だらけだな。もうちょっとだな、こう、なんていうか――オレの嫁を見習えっつーの」
「あらぁ、英雄さんは信用しているのねえ。奥さんが何か隠し事してるってことはないの?」
ニヤニヤっとした女魔族の微笑に、英雄は全く動じず。
ニヒィっと口角を釣り上げる。
「なははははは! オレよりも格好いい男なんて、この世に存在しねえからな!」
「え? いや、あなたが悪いとは言わないけれど……正直、ウチの陛下の方が……」
ロロナの駆け引きなしの真顔の突っ込みが、心からの言葉だと察したのだろう。
英雄アキレスの余裕の笑顔がビシっと固まり、ぐぎぎぎぎっ。
横で前衛を務める、神秘的な美貌を持つ魔族の王に目をやり。
「お……おい、魔王。もしてめえが、オレの嫁に手を出したら」
『しませんよ――ロロナもあまり英雄殿をからかわないでください』
「もう、場を和ますジョークですよぉ、陛下~」
確かに空気は和らいでいる。
一見すると無駄なやりとりだが、この場において通常の会話が継続できるという事は、平常心を保っているという事に繋がる。ここについてきている戦力たちにとっては、心の清涼剤。
英雄達がこういうやりとりをしているだけで、心に安堵が生まれているのだ。
良好な空気を感じ取り、ケアも終えたと感じたのだろう。
話を切り替えたのは、幼女教皇マギだった。
「さて――この砦が第三関門といったところであろうが……魔王よ、妾には中を透視できぬ。おぬしはどうなのじゃ?」
『僕にも見えませんね。強固な結界が張られています、まあ僕たちが来ることは知っているのでしょうから……当然といえば当然なのですが――』
幼女教皇と魔王が思案する横で、人間の少女スピカ=コーラルスターが狩人の斥候スキルを発動させていた。
ログに《穂先揺らす赤珊瑚の目》のスキルが表示される。
スピカ=コーラルスターの瞳孔の周囲に、濃密な魔力が収束しはじめている。もっとも、スキル発動の見た目はあまり美しくはなく……近眼の者が無理に見ようと、目をぐっと細める姿に近いが――。
きぃぃぃぃぃん……と魔力の揺れる音が鳴る。
「自分の眼だと……中も少し確認できますね」
「おお! やるではないか、赤珊瑚よ! レベルが上がった成果がでておるということじゃろうな。しかし、妾たちも成長しておるはずなのに、おぬしにできて妾にできんとなると、ちぃと複雑な心境なのじゃが?」
「え、あのマギ様?」
ぶかぶかな裾の腕を組んで、ぷくーっと頬を膨らませるマギ。
その不貞腐れた様子に、側近たる戦術師シャーシャ=ド=ルシャシャが仕方ないですね……と、手袋をつけた指で眼鏡をクイっと神経質そうに上げながら。
「師匠とスピカ嬢とは成長の速度に差がでているのですよ――」
「はて、どういうことじゃ?」
「あなたは既に高みにある。ヒーラーとしても、雷を扱う妖術師としても、そして王に値する指揮官クラス、教皇としてもほぼレベルマックス。伸びしろが他の者達よりも少ないのですよ。まあ、不老不死の力で本来のキャップ……人間としての成長限界を超えて成長している状態ではあるのでしょうが。それでも若い乙女と比べると成長はどうしても緩やかになる。それが盤上遊戯のシステムなのでしょうね」
ぐぬぬぬっ、若いもんと比べるでない!
と、痴話喧嘩を始めてしまう師弟を横目に、スピカはため息に声を乗せていた。
「あのぅ……それで、本格的に中を《視て》も問題ありませんか? 見られたことで反応する魔物や、敵がいる可能性もあるので、止めている状態なんですが」
「そう、ですね」
戦術師シャーシャ=ド=ルシャシャは軍神手袋で自らの顎をなぞり……。
「アルバートン陛下、あなたはどうお考えで」
『相手も当然僕たちのことは把握しているでしょうから、中を視ても問題ないと思いますよ。クローディアさんがいるかも確認したいですし……お願いしても?』
戦術師は頷き、スピカはスキルの深度を上げる。
「うわ、やばいですね……」
「相手に気付かれましたか?」
「それはもう、先に気付かれていたみたいですけど――……っ」
言葉を詰まらせる赤珊瑚色の少女の頬に、大きな球の汗が浮かんでいた。
ただ事ではないと、マギと戦術師は目線をあわせ。
英雄アキレスは周囲を揺らす程の闘気を纏い始める。
『失礼、情報を共有させますよ――』
スピカ=コーラルスターの視覚を冥界の空に投影するべく、魔王が魔力に介入する。
他者の視覚を魔術映像として流す、即興魔術だろう。
本来なら、魔術師たちは魔王がして見せた今の妙技に、舌を巻いていただろうが――今は違った。
そこにあったのは――獣毛。
映し出された光景は――。
本当に大量のモフモフ。
魔猫ハウスともいうべき――まるでネズミの大群のように群れ成す魔猫の群れだったのだ。
スピカが空の映像を目視できない者達に伝えるように。
喉を、揺らした。
「中は――武装した魔猫でいっぱいです」
空気が、凍り付く。
ここにいるのは、魔猫の実力を知る者たち。
魔猫。
それは――イエスタデイ=ワンス=モアの眷属。
だからこそ、今を生きる命たちはこの絶望の意味を知っていた。
砦から――魔猫の嗤い声が響き渡り始める。




