第152話、数字よりも大事なそれは―本当の経験―【最終ダンジョン】
【SIDE:稼ぐ者達】
今を生きる命たちを乗せた船は進む。
次の時代への船出は順調といえるだろう。
そして甲羅の隙間のダンジョンとは別の場所、ヴェルザのダンジョン塔の攻略も進む。
最後の大幅な経験値稼ぎということで、メンバーは何度も交代していた。
塔と甲羅。
二つのダンジョンで必要なタイミング、必要な状況で器用に人員を移動させていたのである。
ノアの箱舟の内部。
かつて弱かった少女の声が響く。
「竜の鱗をダース単位で分別して、炉に回しなさい! 世界蛇の逆鱗は鍛冶の方に回して!」
今は最高の職人となったガイア=ルル=ガイア。
かつて泣き虫で、何もできなかった日々に泣いたボサボサ髪の少女も今はもう、立派な職人の頭。神竜たちから手に入れた素材を手に、終焉スキルを持つ彼女とその仲間、そしてその弟子たちが最後の装備を生み出そうとダンジョン内でアイテムクリエイトを実行している。
「どぉおおりゃぁああああああぁぁぁ!」
箱舟の外部でも、声が響く。
身体能力を大幅に上昇させる狂戦士化の自己バフを使用した、英雄アキレスの声である。
「はっはー! こいつら、連携するようになってきやがったから気を付けやがれよ!」
蹴撃者は薙ぎ倒した竜の鱗の上を駆ける。
世界蛇の胴体から分裂し、湧きだしたワニにも似た使い魔たちを駆ける風圧だけで一掃し――その背を器用に、異界伝承にある八艘飛びのように渡っているのだ。
蹴撃者の攻撃方法は脚力に集中している。
なので、アキレスがワニの猛りし顔を、その、形容しがたき程にいびつに膨らんだ背を蹴り込む度に、敵は討伐されていく。
神竜たちの攻撃目標は英雄アキレスに集中していた。
当然だ、一人でこれほどの敵を撃退し続けているのだ。彼には常に、無数の手を持つレヴィアタンが放った大鎌状の攻撃、”嫉妬の権能”が襲い続けている。
嫉妬の大悪魔の神性を得ているレヴィアタン。その逸話を利用したアダムスヴェイン……神話再現なのだろう。
曲がりくねった鎌状の魔力の刃が、英雄のアキレス腱を狙って、巨大化した虫柱のように海面を薙ぎ続けていたのである。
だが――。
戦術師シャーシャ=ド=ルシャシャと幼女教皇マギの祝詞は続く。
「其に一時の盾を、其に幻影を」
「駆ける英雄、アポリュオーンと敵対せしその神の脚」
「嗚呼、偉大なる黒き鶏よ。怨嗟を持ちしも、終わりを眺めしも、光を見出し明けを待つものよ」
「妾が告げる。妾が願う。袖無きシグルスの外套を汝に」
師弟が英雄アキレスに掛け続けるのは、防御系の術。
それぞれが攻撃を一度だけ完全回避、あるいは完全防御する異界魔術だろう。
本来なら同じ魔術の重ね掛けには多くの制限が存在するのだが、彼らが使っているのはそれぞれが別の魔術。今唱え終わった術もそうだったのだろう。性質も、魔術体系も、神話体系も異なるモノ。姿隠しの伝承再現魔術であったり、回復を司る魔帝ロックの力を借りた事前回復であったり様々だった。
幼女と戦術師。
彼らは多種多様な補助魔術を交互に重ね掛けして、常に絶対回避防御状態を継続させていたのだ。
流れ込んでくる神竜の魔力を拳で叩き落したロロナが言う。
「ねえねえ、ビスス=アビススのワンちゃん。なんで英雄殿にさあ? 防御と回避魔術を使ってるわけ~? あの人、無敵なんでしょう? 死なないんでしょう? だったら無駄になるんじゃないのぉ?」
それはおそらく、答えを知っている問いである。
ロロナは成長していた。
自分がわかっていても、あえて聞くことで周囲に知らせる。一見すると無駄に見える師弟の補助魔術の有用性を説明するつもりなのだろう。
本来なら猛将マイアが説明する役割を果たしていたのだが、彼女は今、ヴェルザのダンジョン塔の攻略に移っている。二手に分かれる道があり、指揮官クラスが足りないと猛将が推薦されて交代していたのだ。
だから、船の上で部下たちに戦いを覚えさせるための説明役が足りない。
ビスス=アビススにもそれが理解できていたのだろう。
ふっと、その鼻頭が揺れた。
微笑である。
バカな仲間に教える口調で、ビスス=アビススは黒き咢を開いていた。
「……。神竜たちは駒破壊の能力を持っている。不老不死を殺せる力……まあ、ようするにあいつら相手には不老不死の能力は通用しねえ、ダメージを受ければ致命的になるだろうし、死ななくとも相手の攻撃で粘液でも足に受けたら、当然動きが鈍る。生身の人間が、異世界のバケモノどもと単身で渡り合ってる状態にあるわけだ――」
「えぇ~? じゃあこのガキンチョと澄ました優男……じゃなかった。偉い教皇様と~、格好いい戦術師さんがいなかったら~、英雄様でも負けちゃってるってこと~?」
ロロナの言葉に、ビスス=アビススは肩を落とし。
モフモフな耳を僅かに揺らす。
「おまえ、すこし本音が漏れてるぞ」
「ええ~、ロロナわかんない~」
「ったく、ともかく――おまえたち、魔族の連中もそうだが人間たちも注意してくれ。あれは英雄アキレスが器用に立ち回っているから経験値稼ぎなんてできちゃいるが、本当なら一体でも強敵だ。英雄が崩れたら、こっちはたちまち全滅する――油断はするなよ」
言って、ビスス=アビススは自らが得意とする魔導石板を浮かべ。
詠唱する。
「増えよ――栄えよ。太陽よ、アモンよ――此処に汝らの栄光を。《篭葦・脚足・篭葦・漣・縄葦葦》」
それは神聖文字を用いた、特殊効果の魔術。
ノアの箱舟全体に、経験値ボーナスの恩恵が付与される。
経験値ボーナスの効果が発動された瞬間――砲台役となっている赤珊瑚色が特徴的な少女、スピカ=コーラルスターは瞬時に動いていた。
滾る絶大な魔力風で、服の裾と後ろで結った髪を靡かせる少女。
そのなだらかな胸の前には、一冊の魔導書が浮かんでいる。
それは夥しくも神々しい文様を肌に浮かべた、凛々しくワイルドな男性若神が描かれた魔導書だった。
逸話魔導書だろう。
その書をいつ入手したのか、少女は語らない。純粋な人間としては最高峰のレベルにまで到達している彼女が、いつのまにか持参していたのである。まるで誰かと約束したように、言えないのだと微笑していた。
けれどその書が並の書ではないと、異界魔術に詳しいモノなら理解していただろう。
魔導書の名は――《アンノウン》。
本当なら名があるのだろう――。
けれど、この世界では読み解くことのできない、レアアイテム。
力を引き出すための逸話を読み解く詠唱が――。
開始される。
「反救世主の息子にして、炎帝の子。魔猫の王に愛されし長兄よ。魔帝の長たる女帝に愛されし炎帝皇子よ、外なる神を取り込みし、燃える炎の機神男よ」
ギリリと魔力の弓を引き絞る音が、箱舟を揺らす。
矢の先端で煌めくのは、獲得したばかりの神竜の牙で生み出された鏃。
小柄な少女を中心に、炎熱系の魔力の波動が螺旋を描き周囲を圧倒し始める。
少女は戦士の顔で吠えていた。
「アキレスさん退避を――! 他の皆さんは衝撃に備えて下さい! でかいの、いきます!」
「おうよ、嬢ちゃん! ぶちかましな!」
退避するアキレスが、水面にあえて波を立てるように跳躍したその瞬間。
補助を担当していた幼女教皇マギが、祈祷の合間にブカブカな服の裾から指だけを伸ばし。
「にょほほほほほ! 喰らうがいい、《天神招雷》じゃ!」
神の雷で海水を叩き敵全体に麻痺を付与。
神竜相手に麻痺を成功させても、それはすぐに解除される。だが一瞬あればいい。それだけで天才狩人少女にとっては十分だった。
ギリリっと弓と共に、奥歯を嚙み締め。
引き絞った魔力が解き放たれる。
「一矢で仕留めます――《炎竜炎熱・炎舞:黒点群》!」
解き放たれた太陽球。
それはプラズマ。目を閉じてしまいそうになるほど眩しい光球だった。だが、弓スキルと連携させた魔術効果はそれだけではない。
燃える球体の表面に浮かぶ黒点から、無数の黒龍が矢となって降り注いでいた。
熱量にして四千にもなる炎熱魔力の龍が、荒れ狂いながら降り注いでいるのだ。
盤上遊戯が――揺れる。
当然、敵は全滅するが。
その反動も大きい。
船が揺れる。夥しい火力。熱の魔力による弊害だが――。
魔王アルバートン=アル=カイトスが、すぅっと瞳を細め。
静かに腕を伸ばす。
熱そのものに告げていた。
『熱よ、我が手に――』
ノアの箱舟を沈没させかねない反動を、言葉による魔力で鎮めてみせたのだ。
魔王の掌の上には、小さな太陽が生まれている。
これは魔王が本来なら得意とはしない、四大属性を司る大地神の力を利用した魔術だろう。
大地神の力に呼応したのだろう。
稀少なアイテム”大地神の駒”を手にする……。いや、肉の谷間のアイテム空間に隠しているロロナの胸が輝いているが。
それに気づいているのは、ビスス=アビススぐらいか。
ともあれ次の再生のインターバルまでは猶予がある。
参加者たちも、塔から交代で経験値稼ぎに来た人員も気づいていただろう。
魔王や北の英雄、英雄の末裔。
そして魔族の乙女と、かつて英雄魔物だったアヌビス族の男。幼女教皇とその弟子の戦術師。
既に彼らは見事に連携してみせているのだと。
あの時、会議場となっていた謁見の間でいがみ合っていた熟練騎士と骨魔術師が呆然とした様子で。
ぎゅっと、自らの拳を握る。
「強い……ですな」
『然り。まさか、これほどとは』
「個人の実力はもちろんではあるが……」
『言いたいことは理解しておる。陛下たちは、既に皆を仲間と認識し――その力を互いに引き上げておる。それに比べて、我等は……恥ずかしいな』
熟練の騎士が言う。
「骨の老公よ――」
『分かっておる、言わずともな――』
敬愛する者たちに、手本を見せられたのだ。
ただ経験値を獲得する場所ではない。
これは種族間の連携の意味、互いの長所と短所を理解し、決戦に備えるための訓練場でもあるのだ――と。
いがみ合っていた者たちは、語らずとも理解していた。
部下たちが連携を覚えだしてからは、加速していた。
狩りは殊更に捗り始めたのだ。




