第151話、不死(しなず)の川【最終ダンジョン】
【SIDE:魔王アルバートン=アル=カイトス】
三途の川を海代わりに泳ぐのは神竜の数々。
四星獣ムルジル=ガダンガダン大王の眷属たちが、けたたましい咆哮を上げていた。
そして――。
冥界を進む連合軍は魔王アルバートン=アル=カイトスが生み出したノアの箱舟の上。
船を守りながら戦わなくては、全員三途の川に落ちる。
神竜たちの見た目は、海竜シーサーペントに近いが――あくまでも近いだけでその姿から発せられる波動は、異形なる神そのもの。翼や無数の腕すら生やすその長い胴体や周囲には、複雑な魔術文様が浮かんでいる。ワニを彷彿とさせる鱗は厚く、その防御力は神が作り出した防具にも匹敵するのだろう。
水の中を舞い、凛々しい顔立ちを尖らせる神竜たちの周囲には常に結界。対物理と対魔術、どちらに対しても有効な強固な防御壁が展開されているのだ。
ただ強敵ではあるが、倒せなくはない相手である。
もっとも、それは単体で出現した場合での話だが。
敵の数は、数えきれない。
水の中にも、まだ多くいる。
目視できる位置で顔を出しているのは十三体、程度だろうか。
最初に動き、戦況を把握したのは理知的で冷静な戦術師。
シャーシャ=ド=ルシャシャは既に魔導書を開いていた。
それは異界の書物。
書物の筈なのに、表紙でまるで生きているかのように舞い踊る”黒い神鶏”が、コケケッケケケ! ニワトリの鳴き声と共に浮かび上がったのは――禍々しい魔力。
邪悪な閃光が、稲光を纏って天を衝く。
「全てを見通す異神よ、赤き瞳の気高き鶏神よ。我はシャーシャ。シャーシャ=ド=ルシャシャ! 血肉と魂を代価に汝の力を借り受けし、脆弱なる人間なり」
銀縁眼鏡が魔導書から発生する光を反射し、ニヤり。
続けざまに輪唱するように祝詞を紡ぐのは、幼女教皇マギだった。
「天の羽衣、神の舞踊。異界の天女よ――妾らの願いを叶えて錫れ」
「告げる慟哭、夜明けを割く怨嗟の嘆き」
「其は闇夜を覆う岩戸。其は誓約の果てに渡来した荒ぶる神よ」
幼女教皇マギと戦術師シャーシャ=ド=ルシャシャは師弟関係にある。
連携も完璧だったのだろう。
ノアの箱舟に乗り込む全員の身体が、支援魔術で強化されていく。
マギは神を降ろしたトランス状態に近い瞳で、煌々と告げる。
「妾は願う――汝らにスサノオの猛りを、アメノウズメの剣舞を」
「我は誓う――鱗持つ者の神王たる汝に、贄たる代価を捧げ給う」
詠唱は続く。
無限ともいえるほどに、繰り返し舞い、輪唱し続ける。
詠唱効果を読み取った魔王が、感嘆とした様子で息を漏らしていた。
『集団強化魔術、いえ、強化と同時に状態回復フィールドを張る指揮スキルと異界魔術の合成術ですか。マギさんの力は知っていましたが……戦術師シャーシャ=ド=ルシャシャ……まさか人の身で、ここまでの力が引き出せるとは、魔族もうかうかしていられないですね』
戦いの基本は支援と敵への弱体。支援魔術の重要性を理解している魔王は素直に彼らを称賛していたのだ。
支援を受けたスピカ=コーラルスターは既に連射。
降り注ぐのは闇の雨。
天に向かい広域掃射を開始している。
――影を射抜くことで相手のステータスを大幅に下げる、邪術……ですか。
魔王の瞳は三途の川……死した魂が進む道と認識している水フィールドを分析。
――神竜の顕現で性質に変化がみられる。落ちて即死、ということはないでしょうが……。
三途の川に与えられている今のフィールド属性は、死亡後蘇生。
死の世界ゆえに、川に浸かっている者は死亡後、しばらくしたら再生する可能性が高い。
魔王の瞳が赤く染まる。
魔力を漲らせたその身体が四星獣ネコヤナギのような、雪色の結晶を浮かべ始めていた。
浮かぶイメージは氷雪帝といったところか。
魔族の王たる戦闘用儀礼服に身を包み、魔王は静かに告げる
『箱舟を強化します、それまで時間稼ぎを――』
「おいおい、魔王さんよ。時間稼ぎするのはいいけどよ、船を強化してどうする――」
つもりなんだと、と問いかけようとする英雄アキレスを先読みし。
『決まっているでしょう。箱舟の先端を魔力の刀身として、そのまま強引に突き進みます』
「は? いやいやいや。めっちゃ普通に言いやがったが……ようするに、強化した船で全ての敵を薙ぎ倒して進むってことか?」
『そうですが。なにか?』
魔王の瞳には見えていたのだろう。
三途の川の性質で、無限に再生する可能性もある神竜の群れの性質を――。
ただ、それを口にしていないので。
なんとも怜悧な印象のある魔王とは真逆な作戦にみえる。
魔王軍幹部の骨魔術師が言う。
『え? いや、あの……陛下? このようなときにご冗談は……』
「お、おい……骨の老公! 魔王陛下は魔術の達人で……冷静な判断力を持つ理知的な魔族。という話では……なかったのか!?」
当然、魔王の言葉に後方で待機する人間たちも魔族達も困惑する。
いくらなんでも無茶だと。
英雄アキレスも首に当てた大きな手をガシガシしている。止めてくれて、別の作戦を提案してくれるだろうと判断したのだろう。が――。
英雄アキレスは、次々と湧いてくる神竜の群れを見て。
じぃぃぃぃぃぃぃ。
観察眼を発動させる。
「なるほどな、こいつらは倒しても倒しても死者の川の性質で何度も蘇ってきてキリがねえのか」
『はい、ですからそのまま突破を』
「はぁぁぁぁ……おまえさんなあ、そういうことはちゃんと説明しないと分からねえぞ? オレとお前には見えてるだろうが、他の連中にはそういう眼もスキルもねえんだ、もうちっと、弱い連中の目線で説明できるようにしねえと魔王なんてやってられねえだろう」
魔王の頭を子供のようにポンポンと叩き。
アキレスは、ニヒィっと微笑する。
「まあ、待て。ここを突破するなら確かにその作戦が一番手っ取り早ぇだろうが、オレに考えがある」
『考え、ですか?』
「ああ」
言いながらもアキレスは翼の生えた靴装備、幾度も改良を重ねた空を飛べる装備タラリアを輝かせ。
ドゲドゲドゲシ!
巨大海竜ともいえるレヴィアタンの群れの鱗と革を剥ぎ取りながら、討伐。
は、早い……と後方支援を任されている両軍の口から、素直に英雄を褒める声が漏れている。
瞬時に殲滅と素材剥ぎを追えて、ずささささ!
船に戻ってきながら、英雄は言った。
「つーか、このままイエスタデイの旦那のところに行ったって、たぶん負けるだろう?」
『それは……』
「言い淀むな、現実的な問題としてレベル差が半端ねえんだよ。イエスタデイの旦那はずっと自らを弱体化させていたって話だが、それでもこっちじゃその尻尾すらも掴めねえだろうさ。なら、異界の神竜の名を冠するこいつらでレベリングさせて貰った方がいいんじゃねえか?」
猛将マイアが慌てて話に割り込み。
「待て、英雄よ! 言いたいことは分かるが、これらでレベル上げなど無謀であろう!? レヴィアタンとミドガルズオルムを甘く見るのは――」
「猛将さんは相変わらずマニュアル通りだなぁ」
「貴公はヤツらの伝承を知らないからそう言えるのだ。いいか、レヴィアタンは神話生物としての側面や、悪魔として祀られる経緯を持った神獣。最後の審判までは死なぬ特性を持ち――」
「あぁぁぁぁぁ、わかってるわかってる。もう、その性質は観察眼で把握しているよ。でもなあ――なら聞くがよ猛将さんよぉ、異界の伝承でだ、そのレヴィアタンってのはこんなに群れでいるモノなんか? 普通、一体とか一柱しか存在しねえんじゃねえのか?」
言われて考え、マイアは口元に軍属手袋の手を当て。
「それは――確かに貴公の言う通りではあるか」
手にする神器、八尾の鞭で飛び交う神竜の魔力吐息攻撃を切り裂きながら猛将マイアは、敵を深く観察する。
「なるほど、こいつらは異界神話にある怪物本体ではなく、いわゆる分霊か。あるいは……既に盤上遊戯の物理法則、魔術法則に取り込まれた駒。ムルジル=ガダンガダン大王の手によって養殖された、量産型の駒というわけか」
「そういうこった。本物の異界の神竜ならアンタが言うように、さすがに簡単にはいかねえだろうが」
「あくまでも倒せる形、遊戯駒にはめられた存在ならばどうとでもなる……そういうわけか」
敵を観察する英雄と猛将。
幼女教皇マギと戦術師シャーシャ=ド=ルシャシャの重なり合う詠唱を背後にし――。
魔王は考える。
無限に再生する死の川。
そして、この世界の駒でも倒せるような、”魔物”へと格を堕とされた神竜。
まるで狩れと言わんばかりの状況である。
おそらく大王は彼らの親玉――つまり本体の神竜とは既に連絡済み、なんらかの契約をしてあるのだろう、と。
『神もやはり、あくまでも僕たちの手で解決させたがっているということでしょうね。このまま成長できていない僕たちが辿り着いても、神イエスタデイには届かない。ならば、最終ダンジョンの道中の魔物で稼げ……と』
「だろうな。だからこの場を簡単に切り抜けるよりも、稼いでいった方がいいってのがオレの提案だ」
むっちりとした胸に指をあて、ロロナが言う。
「でもぉ、その考え自体が大王の罠って事はないの~? だってぇ、敵なんだしぃ。あんまりいい方向に考えすぎるのは悪手かも~?」
「つーか……てめぇは、いいかげんその話し方をやめろっての……」
「ええ、ロロナわかんなぁい~」
再び魔王は考える。
『おそらく、ここで稼げというのは神の意志でしょうね。そして僕らとしてもそれを利用しなくては、どちらにしても負けてしまう可能性が高い。ならば……ここでしばらくは――……』
「おう、どうした?」
『いえ、まさか――……なるほど、そういう事ですか』
言葉を窮した魔王の美貌が、僅かに揺らぐ。
紅宝石よりも無垢なその赤い瞳が、ナビゲーターとなっている四星獣ネコヤナギがいるだろう、天に向かう。
『神ネコヤナギ……あなたももしや』
『ふぇ? あら? あらららら? な、なんのことなのかしら?』
反応で確信したのだろう。
『それで、四星獣のみなさんはそれぞれ――どちらが勝つほうに賭けていらっしゃるのですか?』
ネコヤナギをよく知る魔王アルバートン=アル=カイトスの、珍しいジト目である。
ロロナが怪訝な顔を浮かべ。
「どういうことですかぁ、魔王様ぁ?」
「なるほど……そういうことか」
寡黙なビスス=アビススが、はぁ……と露骨な息をジャッカルの咢から漏らしていた。
その横で、祈祷と詠唱の合間にあったマギが、髪を逆立て、くわわわ!
つやつやの幼女肌をテカらせ。
「し、四星獣共! さては、あ、あやつら! 妾らとイエスタデイ様、どちらが勝つか賭けをしておるのじゃな!?」
三皇の一角、幼女教皇マギのぐぬぬぬぬぬとした叫びに、遠距離攻撃を継続していた周囲は顔をぎょっとさせ。
天を仰ぐ。
四星獣を知る者たちは知っていた。
彼らだったら、こんな時でも賭け事をする。
だろうと。
天を仰ぐ彼らの視線は、やはりジト目である。
天から、キラキラキラっと神々しい光が満ち。
けれど、慌てたような声が続く。
『だ、だって仕方ないじゃない! あたしははじめ反対だったのよ? 本当なのよ? けれど……ナウナウも、ムルジル=ガダンガダン大王も始まってしまった以上は仕方あるまい。ならば我らがすることは、分かっておろう? って、いつもみたいに賭け事にしちゃったんですもの。そりゃあまあ、面白そうだったから……あたしも乗ったけれど。あたしは悪くないのよ? 悪くないのよ?』
「ほほぅ。それで、神よ。おぬしはどちらに賭けたのじゃ?」
『もう、そんなに睨まないで頂戴。マギちゃん。安心して頂戴。あたしは、ちゃんとあなたたちに賭けました。だから、こうやってちゃんとナビゲートもしてるんじゃない』
世界の命運がかかっていても。
地母神として本気で子どもたちを愛し、心配していても――やはり神は神。植物獣神の心はふわっと揺れたのだろう。無邪気なネコヤナギにとって、こういう場面で賭け事の話をチラつかされたら――。
魔王が言う。
『まあ……こちらに賭けて下さっているのなら、いいんじゃないですか?』
「それはそうじゃが! 緊張感が足りんじゃろ!」
『それに、たぶんこれ。実際にはまったく賭け事になっていないと、僕は思いますよ』
魔王が、経験値稼ぎ場となっている川を眺め。
神々の遊興に理解を示す顔で、言った。
『四星獣の方々は素直じゃないですから。けれど、その内心は結構お人好しですし――おそらく、ムルジル=ガダンガダン大王も四星獣ナウナウ様も、そしてたぶんお隠れになられているイエスタデイ様も。きっと全員が、僕らが勝つ方に賭けていらっしゃるんでしょう?』
四星獣全員が――今を生きる盤上遊戯の命達の勝利に賭けた。
もしそれが事実なら。
結局神々は、全員が全員――この世界が残ってくれたら楽しいだろう、と。そう感じているのだろう。
『もう、アルバートンったら。あなた、魔王を捨てたら急に言うようになったわね』
天から少女の鈴を鳴らしたような声が響く。
その声は。
少しうれしそうに、くすりと微笑んでいる。
『だって、仕方ないのよ。大王も、あたしもナウナウも、イエスタデイだって、あなた達のことが気に入ってしまったんですもの。賭けにならない賭けだと分かっていても、あたしたちは皆、あなたたちに賭けた。本当に、外の世界の神々からしたら――あたしたち盤上世界の神々は、バカな神々だと思われているのでしょうね』
自らをバカな神々と語る異聞禁書ネコヤナギ。
彼女の姿が、冥界の空に映し出される。
それは穏やかな大樹。
葉を揺らし、ネコのしっぽのような花を揺らす彼女は――地母神たる慈愛を感じさせる声で告げた。
『どうか、あの子を止めて未来を掴んで頂戴――あなた達自身のためにも』
おそらくここがちゃんと経験値を稼げる最後の場所。
後悔のないように。
しっかりと稼ぐといいわ。
と――四星獣の少女はそのままくすりと微笑み。
愛する子どもたちを祝福した。
ログに祝福の効果が流れ出す。
▽今を生きる命たちは、経験値ボーナスの恩寵を獲得した。




