第143話、魔猫少女の冒険【ダイナック大陸】
【SIDE:魔猫少女ラヴィッシュ】
海亀の背中の大陸、移動亀要塞でもあるダイナックで巻き起こる騒動。
朝の穏やかな日差しの中、舞散ったのは砂煙だった。
『にゃにゃにゃ!? なになになに!?』
魔猫化した英雄の娘ラヴィッシュは困惑していた。
なぜか知らないが、無数の見知らぬ人間と魔族に追われていたからである。
一匹の焦げパン色の手足をした魔猫が、耳をピンと立て。
びくくく!
ズザザザザザァァァ――っと舗装されたばかりの赤レンガ道の角を曲がり、駆ける、駆ける、駆ける。
肉球の裏から飛んだ砂利が、太陽に反射し輝いていた。
『ちょっと、ちょっと! な、なんなのよ、これぇぇぇええぇぇえぇ!』
事の起こりは一時間ほど前。
今日ものんびり彼女はお昼寝を満喫し、自由気ままな家出生活。
両親が嫌いなわけじゃないが、しばらくは英雄の娘という肩書から解放されて魔猫ライフを楽しんでいた――筈だったのだ。
しかし、今の彼女はまるでお尋ね者。
振り返る先には、人、人、人。
レイニザード帝国の人間とヴェルザの街の人間と、そして魔王領の魔族達。彼らはなぜか全員が全員で協力して、手にした三皇の調印済みの手配書を眺めて、じぃぃぃぃぃっぃぃい。
日向ぼっこをしていたラヴィッシュの目の前で、座り込み。
なあ、この子だよな……たぶん。
ああ、間違いない。
然り、然り。今すぐにでもお連れするべきであろう。
と、結託。
普段それほど仲が良くないくせに、水面下で嫌味の飛ばしあいをしていたくせに。なぜか一致団結、ラヴィッシュを捕まえようと躍起になって追ってきているのだ。
くわっと牙を覗かせ。
ぶわぶわに毛を逆立てた魔猫の少女は思う。
――これ!? まさかお父さんとお母さんが本気になってあたしを連れ戻すために、全国民に依頼をしたって事?
市場のリンゴをなぎ倒し、レモンとオレンジの棚も吹き飛ばし。
けれど地面に落ちる直前に重力魔術で制御し、ちゃんと元あった場所に戻すという、離れ業をして見せる魔猫の少女は叫んでいた。
『いやいやいや、ありえないでしょう! いくら心配だからって親バカ過ぎるんじゃないの!?』
そう、少女はきっとこれは父と母が自分を連れ戻し説教するために大規模な作戦を決行している。そう判断していたのである。
なにしろ相手はあの英雄アキレス。
やろうと思えば、それくらいできてしまう存在だと娘は嫌というほどに知っていた。
だが、しかし!
魔猫少女は不屈の精神と反骨精神を持ち合わせる、反抗期。
前脚で地面を踏みこみ、兎のような猛ダッシュ。脱兎のごとく逃げながらも――くわっと振り返り。
『そっちがその気なら容赦しないんだから!』
「お、おい! 待て、待て、待て! お嬢ちゃん! 事情を知らねえのか!?」
『知るわけないでしょう! でも、だいたいの見当はついてるんだから! お父さんとお母さんには、まだぜぇぇぇぇぇったい帰らないからって伝えなさい!』
家出少女の言葉に、追手たちは顔を合わせ。
「おい、魔猫の嬢ちゃん! なんか勘違いしてるぞー!? 別にお父さんとお母さんに言われてきたわけじゃなくてだな!」
「そうよ! 私たちはね!? あなたを連れ戻して――」
『ほら、やっぱり! 連れ戻しに来たんじゃない! 騙されないわよ!』
犬耳魔族の女性の言葉を遮り、うにゃにゃにゃ!
目を邪悪に尖らせ、魔猫少女ラヴィッシュはふふんと魔力の渦を発生させる。
「う、うぬぅ……っ。や、やばいのではないか……っ、この魔力!」
「あの子、あのアキレスさんの娘さんらしいし……っ、ダンジョン塔攻略の最終メンバーって話だしっ」
「ちょっと! 待ちなさいってば! 本当に人の話を最後まで――」
追手の先頭三人組が慌てて結界を張るも。
『問答無用よ!』
と、魔猫の少女はキシャァァッァア!
常人で観測できる魔法陣の、上位から二番目にあたる九重の魔法陣を展開し、髯をぶわぶわ!
白い毛並みを靡かせて、焦げパン色の手先から魔力波動を放出。
回復属性の魔術が、発動する。
『受けなさい! 《天翔ける南瓜の目覚め!》』
焦げパン色の手の先から放たれたのは、空と大地に左右する謎の魔術。
ぶわっと輝く肉球が大地を叩くと、レンガの下から土がめくれ上がり。
モココココココ!
追手の三人に急速成長するカボチャの蔓が絡みつき、動きを拘束。
半ば消えかけていた四大属性を司る大地神の力を借りた、異界魔術とは異なる原始的な魔術である。
「かぼちゃ召喚魔術!?」
「そんな高位な魔法陣を使って、なんでそんな意味不明な魔術を……って、いたっ、あた! ちょ! 南瓜の兜を装備した変な猫がなんか、スコップで叩いてくるんですけど!?」
「こやつら、いつのまに……っ。レベルが、おかしいぞ!?」
南瓜の蔓に巻き付かれた追手たちの周囲には、もこもこモフモフの山。
そこには無数の魔猫がニヒィっと口もとから牙を覗かせ、にゃっはぁぁぁぁ!
『にょほほほほほほ! どうよ! このあたしの南瓜召喚魔術! ま、まあ……なんか異世界の南瓜装備のネコがついでに召喚されちゃったみたいですけど……』
術者本人であるラヴィッシュは思う。
いや、まじでなんだ……これ、と。
彼女が使ったのはただ土と風と水と火、全ての大地神の残存魔力を借りて、意のままに操れる南瓜という存在を一から再構築しただけ。生命創造系の魔術であったのだが――あきらかに、それ以外の何かが顕現している。
二足歩行であるが、どこからどうみても魔猫である。
しかも、それなりに良いグルメを普段から食べているのか、毛並みも美麗でなかなかにファットなボディ。
困惑する魔猫少女の目の前で、南瓜ヘッドのネコ達がビシ!
変なポーズで敬礼をし、尻尾をぶわぶわ!
ご命令をとばかりに、慇懃に礼をして見せたのだ。
『あの、あなたたち、足止めしたいだけだから……殺しちゃダメよ?』
地面から這い出てきた、刳り貫いたカボチャの頭装備をするモフモフ二足歩行のネコ達に、肉球を伸ばし命令すると。
南瓜頭のネコたちは、うなぁぁぁぁっと頷き。
足止めに、追手たちをゲシゲシゲシ!
混乱、麻痺、鈍足、気絶、睡眠。
多種多様なバッドステータスのログが流れ続ける。
掴んだ鈍器で、怪我をさせないように状態異常攻撃だけを披露し続けていたのだ。
南瓜装備のネコはまるで姫猫を守る護衛のようだった。
異様な光景を見てラヴィッシュは思う。
――なーんか……あたし、成長してる?
そう、ラヴィッシュは魔猫ととても相性がいい魂だったのか。
魔猫となったことで次々と才覚に目覚めていた。そしてその自覚もある。
しかし、今回のこれは違うとも感じていた。
――誰かが、あたしの近くで召喚魔術を使って守ってくれた、ってことかしら。
魔猫召喚。
しかも、おそらく異界の上位魔猫を召喚できる存在となると……。
該当者が浮かばない。
『でも、いったい……誰が――って、悩んでも仕方ないか。ちょっと! どこの誰だか知らないけど! 見てるんならでてきなさいよ! レディに対して失礼でしょう!?』
ラヴィッシュは周囲を探るも、誰もいない。
気配はあるのに誰もいない。
じっと、探るように眺めている。
魔猫少女の心臓が、とくんと動いた。
動揺していたのだ。
『まさかこれって――』
そう。
間違いない。
考えた末で出した結論は――。
魔猫の少女はすぅっと息を吸う。
そして、まっすぐに気配の先に向かって。
こう――言った。
『誰か知らないけど! ストーカー行為は犯罪よ!』
と。
当然、魔猫少女は逃げ出した。
見えないところから眺めているなど、どこからどうみても怪しい。英雄の娘という事で、妙に変なちょっかいをかけてくる輩が、昔から多かったのである。
おそらく、その類だろうという判断だった。
故に、全速力での逃走である。
路地裏の奥。
うにゃっ!? っと、誰かの慌てたような、けれどまるで渋く甘い男性魔猫の声が響いていた。
焦げパン色の逃走劇は続く――。




