第115話、忘れられた神々【海亀ダイナック】
【SIDE:三皇会議】
盤上世界の街を襲うのは、悍ましい魔力を内包する巨大な鼠。
駒を汚染した外来種ヌートリア。
楽園崩壊で滅んだ彼らの正体は、妄執に囚われ在りし日の栄光を望む古き神々だった。
全ては在りし日に帰るため。そのために盤上世界を乗っ取り、願いの力をすべて奪おうとしている。
かつて多くの人間を支配し、多くの世界を管理していた上位存在ともいえる、楽園の神々の力は本物である。本物の命を吹き込まれたとはいえ、盤上の駒に過ぎない者達が神の威光に抗えるはずがない。
このまま攻め滅ぼされ、全てがヌートリアになってしまう。
――筈だった。
しかし、現実は違う。盤上世界は、楽園の神々に真正面から対抗できていたのだ。
それは長く続く物語のおかげ。
きっかけとなった、とあるターニングポイントによって、この世界は大きく成長していた。
全ての始まりは、幼女教皇マギにある。
当時は教皇ではなく大司祭だったマギ、その祈祷という名の献金によって願いを聞き入れたのはムルジル=ガダンガダン大王。あの手足も気も短いナマズ神が四星獣イエスタデイ=ワンス=モアに地上の話をし、ヴェルザの街へ遊びに行くように促した。
そして、魔猫は正体を隠し地上に降臨し――のちの歴史において、世界を守る象徴とされる海亀となる王族の落胤、冒険者殺しダインと出会った。
そこで盗賊の少女が殺され、魔猫が蘇生し――共にしばしの旅に出た。
人間たちの弱さと心の醜さを指摘し、皮肉気に眺めていた。
あの時の魔猫、四星獣イエスタデイ=ワンス=モアはまだ当時の人間をただの命ある駒としか思っていなかっただろう。
けれど、今はどうなのだろうか?
ともあれ、ダインとアントニウス王の暴走は解決された。
その制裁と魔猫タウン化は歴史が動くきっかけとなった。
人間が心身ともに成長する大きな因となった事件である。
だが、もはやそれは五百年以上も前の話。
けれど、全ては繋がっている。異聞禁書ネコヤナギのログによって、技術も共有されている。人類はあの日のイエスタデイの顕現により、大きく成長する道を歩んでいた。
最善の一手であるとされた幼女開幕土下座から五十年が経ち、四星獣ナウナウも動き出した。
自由気ままに生きる、戯れの巨獣ナウナウ。
気に入った人間や魔物を気まぐれに召し上げ、眷属とする――四星獣ナウナウの神獣たちも、その後の歴史に大きな影響を与えることになる。四星獣達の行動が、盤上世界に強者を生んでいたのだ。
その代表が、三皇。
人類と旧人類の代表となっている、大陸を治める三つの王の駒。
神の恩寵による不老不死の身で千年を生き、人の身でありながら、人間としての器を超えた霊格を手に入れた幼女教皇マギ。
神々の恩寵を受け英雄となるべく生まれるも、英雄ゆえに人に疲れ、英雄ゆえに人の器を捨てた魔王アルバートン=アル=カイトス。
そして、種として終わりかけた種族のみに発生する逆転用のギミック――終焉スキルを束ねる者。特殊な恩寵全ての効果を受けることができる、終焉皇帝ザカール八世。
冷静な彼らはけして異神の挑発には乗らず、今日も結界の深部に集合していた。
移動要塞と化した海亀ダイナックの背中の上。
魔猫が既に楽園と決めて移住を開始した魔猫王城内部にある、広大な部屋。
お菓子とお茶の香りが漂う結界内にて、三皇は会議を続けていたのである。
魔族の料理人が作り上げた会議用のお菓子にたかる、無数のモフモフ魔猫達の横。
真剣な顔をして王たちは語る。
終焉スキルの効果で不老不死に近い状態となっているザカール八世が、僅かに年を重ねた精悍な王の顔で言う。
「――ということになりますね。ですので……今も、世界は襲われています。ヌートリアレギオンから吐き出された神の駒は、地上を襲っている……撃退はできているが、被害は少しずつ増えている。何か対策を練らねば、神々の駒はますます力をつけてくる。状態異常:《ヌートリア》を感染させ駒を確保するために蠢き続けると思われますが――」
「妾とて、それは分かっておるわ」
幼女教皇は膝に乗せた魔猫イエスタデイの眠る背中を撫でながら、ズズズズ……。
ホットココアで口の周りを汚しつつ、話をつづけた。
「しかしのぅ、現実問題として相手は強い。腐ってもかつて神と呼ばれたもの。しかも、この盤上世界をどんな願いを叶えるとされる世界へと作り替えた恐るべき神々。こちらも四星獣と異界より降臨せし大魔王の助力を得ているとはいえ、一筋縄にはいかんだろうて」
『……それはいいのですが、マギさん。――なぜ父上……いえ、イエスタデイ様を膝に?』
と、ほかの魔族には見せぬ青年らしい口調で言うのは、魔王アルバートン=アル=カイトス。一人だけ魔族ということで、会話に齟齬がでないよう声には翻訳魔術が発動されている。魔王は普段、威厳ある仕草や口調を維持する必要があるのだが。今、腹を割って話せるこの場では不要。
マギもアルバートンも、流れで王になってしまった身。
本来なら王に対してそこまでの執着も、理想も持っていなかった。だからこうして三皇だけとなると、気が楽になる。ザカール八世にとっても同じ王の立場という事で、マギとアルバートンは気が置ける存在となっている。だいぶ砕けた関係性となっているのだ。
おそらく彼らにとってはこれも新鮮な関係。王となって初めて親しい友人ができたような状態になっているのである。
「なははははは! やはりこの中で最初に出会った妾こそが、信頼できるのであろう」
ニョホホホホっとまるでネコのような顔で勝ち誇る幼女。
自らの空いた膝と、眠る魔猫イエスタデイを交互に眺める少し子供じみた魔王。
イエスタデイさま抱っこの権利を毎回狙い続ける、二人の王の後ろ。
マギの護衛兼、参謀。顔立ちだけは理知的な戦術師シャーシャ=ド=ルシャシャが、マギ様は幼女、この中で一番平熱が高くて温かいだけだからでは? と、突っ込む中。
聖痕を輝かせるザカール八世が言う。
「イエスタデイ様は現在、こうして眠っているように見えて動いておられます。全世界、全盤面、全戦場に常に回復魔術を行使し、ヌートリア化を妨害し汚染される駒を防ぎ続けている状態にあるそうなので……おそらくは、この中で一番魔力の高いマギ様から魔力を受け取っているだけだと思うのですが……」
『魔力ならば、僕の方が――あ、いえ、自慢するわけではないのですが』
「ふむ……たしかに、魔力総量ならばアルバートン殿こそがこの中で最も高い筈。だが、おぬしは結果的に他者を殺し過ぎた。イエスタデイ様はカルマ値が善に向いている者の魔力と相性がいいじゃろうからな――そして、ザカール殿のカルマ値は中立、どちらかといえば善寄りであるが――この中では妾が一番に徳が高く、相性がいいのじゃろうて――」
幼女教皇マギの言葉を遮り、ニョコっと闇の渦から顔を出し顕現してきたのはナマズヘッドを装備した魔猫。ムルジル=ガダンガダン大王。
『ガハハハハハ! 北部旧人類の生き残り、聖騎士レインの血族よ。汝は千年幼女と魔王と違い、長くを生きてはおらぬ。弱いとは言わんが、明らかに魔力総量で大きく劣っておるからな!』
手足短き未来を司る神は、お菓子の並ぶテーブルに着地。
そのまま短い脚で、テチテチテチと歩き。
魔王アルバートン=アル=カイトスの膝に乗り、ドヤァァァッァっと魔力補給。魔王アルバートン=アル=カイトスは、ぱぁぁぁぁぁ。神秘的な美青年の顔立ちに露骨な笑顔を作っていた。
『僕の膝に乗って下さるのですか?』
『ただの魔力補給であるからして、あまり気にするでない! 余と相性が良いのは悪よりのカルマにある者。別に貴様の人生を狂わせてしまった責任を感じておるとか、あの時、カルマ値の変動を大きくする災いをかけたせいで、とんでもないことになってしまった! とか、そういうことを気にしているわけではない。分かるな?』
自由都市スクルザードの一件。
あの時の騒動で、かつて人類と呼ばれていた人間の運命は大きく変わった。結果として盤上世界は魔王と魔族という異神に対抗できる大きな力を手に入れたが、人間の八割が滅ぶきっかけとなった歴史の転換点の一つでもある。
もっとも、それはあくまでも人間が愚かだった結果に過ぎない。
結局、どう転んでも人間は滅びの道を進んでいたのではないか。状況を眺めるマギは、冷静にそう考えていたが――歴史を動かした震源ともいえるムルジル大王本人は違う。永遠を生きるムルジル大王にとって、五百年などつい最近の話。しかも大王は目覚めたばかりなのだ。
別に気にしていないと言いつつ、ムルジル=ガダンガダン大王は少年だったアルバートンの人生を曲げてしまったことだけは気にしているのだろう。
そのあたりの事情に詳しくないザカール八世が、やはり淡々と問う。
「魔力補給、ということはムルジル様もなにかをされていたのですか」
『うむ、そうであるが――たしかおぬしは……ザカール八世であったか』
『えへへへ~、そうだよ~。僕のお気に入りの王様だよ~♪』
言って、突如として竹林から顕現したのは白と黒のケモノ。二面性のある巨大熊猫。
四星獣ナウナウ。
格闘術を得意とする神の一柱は、神出鬼没。その手には明らかに敵性ヌートリア、神の駒を鉄拳で破壊した魔力残滓が滲んでいる。
『みてみて~♪ 僕、また白星なのです!』
『ナウナウよ、おぬしはあいかわらず……そのなんだ、マイペースであるな。とりあえず、返り血ぐらい拭ってからくるとよかろうに……』
『えへへ~、ごめんねえ~。でも~、ちょっと魔力を使っちゃったから~、補充に来たんだよ~♪』
『ダイナックの結界が鼠汚染を完全に浄化するから良いモノの、ちゃんと清潔にせねば感染が進むから外では気を付けるのだぞ?』
ようするに手を洗えと言われたのだが、パンダは手をワキャワキャ振って、世界一かわいいを自負するパンダスマイル。
かわいければ全てが許されると言わんばかりの笑みで、えへへへ~♪
『大王は心配性だね~』
『おぬしがテキトー過ぎるのだ、極悪熊猫よ……』
ナウナウはそのままゴロゴロと転がって、ザカール八世を椅子ごと抱き上げ。
ガッチリと、意外と強力なパンダ手でホールド。
その胸板に輝く聖痕から魔力を、グググググっと吸っていく。
ザカール八世が鼻梁に汗を浮かべ困ったように言う。
「ナ、ナウナウさま……、す、すこし重たいのですが」
『えへへへ~、気にしないで~。善でもあり~、状況によっては非情にもなれる~。中立にある君って~、僕が魔力を吸う相手としては~、ぴったり? 君を選んであげてるんだよ~? もっと誇らしそうにしてもいいんじゃないかな~?』
四星獣が魔力を吸いに来た状況を見て、マギがわずかに声のトーンを落とす。
「どうやら、四星獣が直接戦場に行かねば倒せぬ敵も出現しておる、ということか。苦戦しておるようじゃが……妾たちはこの要塞ダイナックから離れるわけにはいかぬし、歯がゆいのう」
『ガハハハハハ! 仕方あるまい、おぬしら特殊駒がヌートリア汚染を受ければ、その配下についている民たちにも感染は広がる。一発逆転される可能性もある。さしもの余の友イエスタデイとて、大陸単位のヌートリア汚染は防げぬだろうからな――』
「大王にお聞きしたいのですが――敵は、それほどに強いのですか」
四星獣の中では善性が高く、まともなイエスタデイ。そんな過去を司る魔猫が眠って魔力補給しているので、おのずと話が振られるのはムルジル大王となるのだろう。
大王はどこから取り出したか分からぬお寿司パックを、ぱりぱりと開けて、スゥっと瞳を細める。
『現状、負けはしていないだけ。ナウナウの眷属たちと、イエスタデイの眷属たる魔猫達のおかげで戦線は維持できておる。だが……こちらが優勢であるが――油断はできぬ。相手側から強力な一手があれば、盤面はひっくり返される可能性も高いと言ったところであるな』
「なにか、こちらも大きな一手を打ちたい所ではありますね――」
パンダの顎を頭に乗せ考えるザカール八世を見て、魔王が言う。
『しかし、そう簡単に大きな手など浮かばないでしょう。そもそも盤上世界のレベルは既に飽和していますからね。人間も魔族も、駒としての成長限界が近づいている。特に既にダンジョン攻略を完了しているレイニザード帝国は、ほぼレベル上限に到達していて伸び幅は少ないと思われますし……』
「ふむ……人が人である以上。どうしても器の限界があるからのう」
「かといって、人間を辞めろとは言えません。それは三皇と呼ばれ、王として祀られている我々が一番理解しているのではないでしょうか?」
かつて人間だった王たちは同時に魔力を漏らす、深い息で会議テーブルの飲み物に波紋を作ったのだ。
彼らは神の恩寵によって、人ではなくなった者たち。
人を辞めることの侘しさと、孤独を誰よりも知っていた。
三皇が考える後ろで――戦術師シャーシャ=ド=ルシャシャが言う。
「ならば、神父ニャイ様にお願いし、異界魔術の元となっている者たち――すなわち、味方をしてくれそうな異界の力ある者を召喚する術を聞く、という手段はいかがかと」
敵が外からの神ならば。
大魔王ケトスと同じく、その敵対する勢力の力を借りる。
それは至極シンプルで合理的な考え方であるが――。
魔王から魔力を吸うムルジル大王が言う。
『しかし、異界の神は危険であるぞ? それこそあのヌートリアレギオンよりも強力かつ、神父ニャイと違い話の通じない存在を召喚してしまったら――取り返しがつかぬことになりかねん。我ら四星獣はこの盤上世界の中では負けぬだろう、しかし、外の世界から攻撃され続けたらどうなるかは分からぬ』
『そうですね、ならば人間の衰退とともに姿を消した大地神を蘇生させるというのは――どうでしょうか』
告げた魔王アルバートン=アル=カイトスが、世界地図を表示する。
広大な世界に移動要塞と化したダイナックの姿も表示された、正確な魔導地図である。そこには消失したと思われる場所が、赤いバツ印で記載されていた。魔族の王として、敵対する可能性のあった神々が消えた場所をちゃんと把握していたのだろう。
大地神とは人間に近しい神、地風火水といった基本四属性を司っていた神の総称――。
人間が勢力を取り戻すのなら、あるいは彼らも……。
だが、四星獣ナウナウとムルジル大王の表情はあまり明るくない。
何か問題があるのか。
ごくりと三皇が息を呑む中。
両者が言う。
『……大地神……はて、どこかで聞いたことがあるような、ないような』
『……それって、なんだっけ~?』
そう、彼らは四星獣。
その獣性はネコ。適当な部分も多い神々。
なので……かつて人間に信仰されていた神に属する存在。
四星獣の影に隠れて、空気の薄い大地神などすっかり忘れていたのだった。




