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第112話、たとえ歪んでいても――。


 【SIDE:ムルジル大王捜索隊】


 おのが暴虐、王族にあるまじき罪により首を刎ねられ――永遠にダンジョンを彷徨い続ける魔物。

 特殊職業の男。

 冒険者殺し(パニッシャー)ダイン。

 経験値以外の全ての能力が最弱に設定された、旧人類を支えた経験値魔物である。


 彼の正体は、公式な記憶には残っていない。

 けれど、ヴェルザの街では噂としてであるが、その功罪が今でも語り継がれている。

 王の隠し子という立場を使い冒険者狩り、すなわち快楽殺人を楽しんでいた罪。その罰として、一生を初心者冒険者用の経験値稼ぎ魔物になったとされ。その冒険者育成による、功績だけは本物。彼のおかげで、死なずに済んだ若者は多い。そしておそらく、旧人類が滅びなかった理由の一つは――その便利すぎる経験値魔物狩りによる成長のおかげでもあった。

 噂の真相は分からない。

 けれど、千年を生きる幼女教皇マギは経験値魔物の話になると、しばし疲れた顔をするということは有名だった。過去になにかあった人物が、罰として死なずの呪いで蝕まれ、魔物となり徘徊し続けているという事は半ば公然の秘密となっていたのだが――。


 そんな魔物が今、ムルジル=ガダンガダン大王を探す彼らの目の前に佇んでいる。

 あまりにも冒険者たちが強すぎるからだろう、冒険者殺しダインはその場を動けずにいるのだ。


 ヒカリゴケの道を徘徊する、永遠なる囚人。

 彷徨う首なしダインを眺め、異界の魔猫ニャイ神父が鑑定の魔眼を発動させる。


『なるほど――切り離した首を生かしたまま保存しておいて、肉体を無限リポップさせているということか。因果を弄ってけして滅びないループ状態を作り出したって事だろうけれど、なかなかエグイ邪術を使うんだね――キミ』

『もう五百年も前の事だ。ほれ、なんと言ったか。人間社会には時効なるモノが存在するのだろう? もうチャラであろうて――』


 現地民であるスピカからの、ヴェルザでの時効は既に廃止されていますよ、との突っ込みを無視し。


『とりあえず、こやつの首が入った箱を探すからしばし待つがよい』

『待つのは構わないけれど、すぐには出せないのかい? ワタシ達の世界とアイテム収納のシステムが違うのかな』

『どうであろうな――』


 言って、魔猫イエスタデイはアイテムボックス、いわゆる収納亜空間に顔を突っ込み。

 じぃぃぃぃぃぃぃ。

 あれでもない、これでもない。ふむ、どこであったかと手を伸ばし、ガサガサゴソゴソ。

 アキレスが言う。


「おいおい、魔猫の旦那。あんた、この世界の主神みたいなもんなんだろう? まさか、ちゃんと整理してねえのか?」

『我が整理しようとすると、なぜか余計に散らかるのだ』

「神様っていってもぉ、本当にネコちゃんなのねぇ……」


 ロロナの呆れ顔に、イエスタデイはくわっと振り返り。


『ぶにゃはははははは! 五百年以上前にしまい込んだアイテムを探す苦労を知らぬ者どもよ! せいぜい吠えているがいい、我は必ずやダインの首入りボックスを発見して、汝らに目に物を見せてくれるわ!』

「はいはい、まぁ……早く見つけて頂戴なって、なぁに、神父様、複雑そうな顔をしてるけど」

『いや、あの方に力を授けられた魔猫というのは、こう……なんていったらいいんだろうね。系統が似てくるというか、行動パターンが似てくるというか――ワタシも結構こういう所があるから……色々と考えてしまってね』


 と――尻尾をふぁっさふぁっさと振りながら、アイテム空間に顔を突っ込んでヨイショヨイショとするイエスタデイのお尻を見ながら神父。

 スピカがキョトンとした顔で言う。


「神父様も整理整頓が苦手なんですか?」

『はははは、そうだね。整頓が得意な魔猫は、たぶん探してもほとんどいないんじゃないかな――我ら魔猫は気ままに生きる存在。整理とか、整頓とかそういう面倒ごとが苦手なんだよ。その代わり、面倒なことを放棄しテキトーに過ごしているからこそ、できることもある。魔術に対してもそうさ――面倒な途中経過を省いて、テキトーに儀式を行っても結果をちゃんと発動させることができる。それも魔猫の特技なのさ』

「なんでぇ、つまりは魔猫の旦那とあんたは、ご同類ってことか」


 五百年前のアイテムを探し――後ろ足をうにょーんと伸ばす魔猫の肉球を見て、アキレスが続ける。


「てか、その話を聞く限りだ――ウチの世界の魔猫の王様、このタヌキ顔の白猫様に楽園で力を授けたっていうのは。あんたの主と一緒ってことなんじゃねえか?」


 遠い昔。まだ盤上世界に命が芽吹く前。

 願いを叶える魔道具だった魔猫に、力を授けた楽園の神がいる。


 それはかつてロロナが魔王アルバートン=アル=カイトスから聞いた、四星獣イエスタデイ=ワンス=モアの逸話の一節。

 当時のロロナは技能レベルが足りず理解できなかったが、十八年経った今は違う。彼女はイエスタデイの逸話を理解した上で、あえて何も言わずにアキレスに目をやっていた。

 北部でも四星獣の逸話が伝わっている。

 この世界に命を与えた神、四星獣イエスタデイの物語を知っていることになると判断したのだろう。魔族としてのロロナの表情がわずかに引き締まっていく。神の逸話を知るもの。それはすなわち、この英雄もまたこの世界の最高神たるイエスタデイの力を借り受けた、一種の異界魔術を扱える可能性があるということだ。


 ロロナは魔族。

 ヌートリアに世界そのものが襲われている今は旧人類とも協力関係にあるが、脅威が去った後は分からない。だからこそ、旧人類の最強戦力候補の実力を把握することも任務の一つなのだろう。そのような駆け引きを眺めて大魔王ケトスは苦笑しながら、神父ニャイとしての声を出す。


『ああ、そうだね。北欧英雄の流れを汲む英雄駒、アキレスくんの言う通りさ。おそらく当時のイエスタデイ君を助けたのは、ワタシを拾ってくださった方と同じ。全ての世界に光を与える者。楽園に棲んでいた兄弟神の片割れ、弟神――偉大なる我が主だろうね』

「なるほどな……」

「ちょっと英雄君さあ、なんでそんな簡単に理解できるわけ? あたしぃ、理解するのに時間がかかるのにちょっと早すぎないぃ? なんなんですか? 北の英雄様は、そういうところも英雄なんですぅ~?」

「あのなぁ、……ロロナ嬢ちゃん。ビスス=アビススの旦那に邪魔者扱いされたからって、オレに突っかかるなよ」

「は、はぁぁぁあぁあああああああああぁぁぁぁ……っ!?」

「いきなし耳元で怒鳴るなよ!」


 ガシガシと首筋を掻くアキレスに指摘され、存外、素直に顔を赤く染め上げるロロナ。

 しかし、すぐにその乙女な表情を隠し、殺戮者としての邪悪な顔で凄みを見せていた。


「てめえ――、この馬面。あんまり調子に乗ってっと、マジでブチ転がすぞ」

「へいへい、純情純情。ご馳走様。でもなあ、おまえさん、自分の感情には気づいているんだろう?」

「そりゃあ、まあね」

「お節介を承知で言うが、たぶんちゃんと気持ちを伝えておかねえとあのアヌビスの旦那には伝わらねえぞ? ぜってぇ、ただの同僚としか思われてねえだろ、現状は」

「う、うるさいわねぇ……っ」


 このまま話が逸れてしまいそうだと思ったのだろう、空気が読める常識人スピカが割って入る。


「でも本当に……、なんでアキレスさんはそんなにすんなり理解できているんですか? 自分も楽園とか、神々とか、昔の話とか……そういうのを理解するのにタイムラグがあるんですけど……。アキレスさん、ほとんどすぐに理解してますよね?」

『それは技能レベル:図書館と考古学のレベルがキミ達よりも桁違いに高いからだろうさ』


 言ったのは、この世界を観察し慣れたニャイ神父。

 再び、まるで教師のような声音で――銀髪美壮年は穏やかな口調で手を広げる。


『図書館と考古学。言葉にすると少し意味が分からないかもしれないが、この世界においては――外世界を含む過去や神話への知識を意味しているようだ。楽園への理解度が高いのもその影響だろうね。例えばだが、今もネコヤナギ君のログにはこちらの状況が、淡々と綴られているのだろうけれど――楽園や過去、外世界への理解が高いモノが閲覧した場合と、まだ知識を入手していないモノが閲覧した場合で理解度に差が出てしまうのだろう。前提知識がある者とない者には理解度に差が出る、それと似たような事なのだとワタシはそう判断している』

「んー、神父様ぁ? 悪いんですけどぉ、ロロナには全然わかんな~い」


 からかうロロナであるが、神父ニャイはなんのその。

 のらりくらりとしたまま、端正な顔立ちに微笑を浮かべ。蜜のように甘ったるい、耳朶を擽るような整った声を漏らす。


『それでもいいのさ。全てを知ることが重要とは限らない。世界には知らなくてもいい、むしろ知らない方が良い事も多々ある。学ばない選択をすることは必ずしも悪ではない。知りたくないと思う権利ももちろん認められるべきだと、ワタシは思うよ』

「ねぇ、神父様。あなたって、教師か何かなのぉ?」

『ああ……かつて人間だったころに、少しだけね』


 スピカとロロナの顔が、一瞬だけ惚けてしまう。

 それほどに、昔を口にした神父の顔は穏やかで――まるで全ての罪を許す聖人のような顔立ちをしていたからである。

 人間だったころ。そう言われたスピカがその先を聞こうとした、その時だった。

 ニョコっとアイテム亜空間から顔を出したのは、頬毛を寝ぐせのように凸凹にさせたこの世界の主神級の魔猫、イエスタデイ。


『おう! あったぞ、ダインの首が入った箱である!』

『発見できたのは良かったけれど、ふつう……他人の首が生きたまま入り続けている箱を、忘れるかい?』

『そうは言うが、異界の魔猫よ。おぬしもおそらく、似たようなことをやらかしていたりするのではないか?』


 神父は考え、あえて何も言わずにニッコリ。


『さて、それじゃあ首をアレに戻して。ちゃんと討伐しよう。そうすれば永遠の恩寵のろいは解かれ、リポップしなくなる。ムルジル=ガダンガダン大王が眠っている宝箱が出現するはずさ』


 頷き魔猫イエスタデイが箱を開け、雷が走り続けている雪の中から生首を取り出……そうとして、触りたくないからやめたのだろう。

 トテトテトテ♪

 冒険者殺しダインの復活に備え構えるアキレスに向かい、クイっと箱を向けてみせる。


『アキレスよ――』

「へいへい、肉球と獣毛が汚れるのが嫌なんだろ」

『さすがは英雄の器。褒めて遣わしてやってもよいぞ? そもそもであるな、ネコちゃんのモフ毛という宝はだな――』

「ああ、そういうのはいいから、貸してみな」


 察しの良い英雄は生首を取り出し、蠢く冒険者殺しダインの胴体に乗せる。

 しゅぅぅぅっと魔力の煙がこみ上げる。

 不死の呪いが解かれているのだ。


 ▽冒険者殺しダインが現れた。


 ログに敵対者の情報が表示される。

 いくら昔に強かった存在でも、もはやそれは過去の話。

 既に冒険者たちはダインよりもはるかに強い。それは彼自身が経験値となって、新人達を育てていたからで――。

 アキレスもそのあたりの事情を察して、複雑そうな顔をしているが。

 既に戦闘態勢に入っている。


「あんたにゃあ悪いが、死んでもらうぜ――」


 しかし、ダインは動こうとしない。五百年と更に数十年。冒険者に怯え、永遠に逃げ、永遠に殺され、また蘇る。そのサイクルの中で既に心が壊れていたのだろうか。それとも実力差を読んで、諦めたのか。もはや疲れたのか。

 或いは、さすがに罪を反省したのか。

 それは分からない。

 しかし、冒険者殺しダインはただ静かに、殺されるのを待っていた。


 だが――。


 アキレスが攻撃を仕掛けようとした、その刹那。

 魔物が追加で出現していた。

 それもまた、彼と同じく――経験値魔物としてこの迷宮を徘徊していたかつての罪人。


 王の格好をしたソレは、冒険者殺しを守るかのように必死に腕を広げている。

 まるで愛する我が子を――守るかのように。

 敵わぬことを悟っていても、子猫を守る親猫のように。


 ロロナが言う。


「えーと、こちらの御仁は?」

「あの、首無しダインと同じく、この地域の名物、というか……経験値魔物……なのですが――」


 普段と様子が違うので、スピカも混乱している様子だった。

 そんな中。

 冒険者殺しダインの唇が、蠢く。


「おや……じ?」

『あぁ、ダイン。余の愛する、我が子よ……あぁ、ダイン……よ。我の、余の、すべて……』


 迷宮に声が響く。

 それはかつて王だったモノ、ロードの職にあった目つきの悪い偉丈夫。

 アントニウス王陛下。


『ああ、すまなかった……愚かな余を、許せとは言わぬ……。なれど……どうか、嫌いにならないでおくれ……。泣かないでおくれ……。おまえだけは……おまえだけは……守って……』


 息子を溺愛し、国を傾けかけた亡王の心は変わらず。

 その心。

 親として息子に向ける愛だけは――本物だったのだろう。

 たとえ。

 歪んでいたとしても――。

 五百年以上の時を経てもいまだ――……。


 蘇りし男、ダインはただその父の亡霊を、眺めていた。

 疲れた顔をして。

 ずっと。

 ずっと……。


 ログが表示される。


 ▽――亡王アントニウスは、冒険者殺しダインを庇っている。

 ▽――亡王アントニウスは、冒険者殺しダインを庇っている。

 ▽――亡王アントニウスは、冒険者殺しダインを庇っている。


 アキレスは――その背景を察したようだったが。

 いや、悟ったからこそだろう。

 彷徨える罪人を眠らせるべく、不死殺しの力を発動させていた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 王様じゃなければ、普通に御者パパレベルの良いお父さんだったかもなぁ。 いきる世界、割り当てられた駒が、ホンの少し変わっていたらどうなっていただろうねぃ。 ま、だからと言って、あの愚策や…
[一言] 魔王様がケリをつけてあげたら良さそうだよね。 血縁者だし。
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