第103話、再開―帰還せし邪神―【ダンジョン上層】
【SIDE:上層攻略パーティ】
闇の霧と魔力豪雨の音の中。
小柄気味な少女の赤髪が、まるで紅玉のように輝いている。
異界の神の力を借り受ける異界魔術、世界の法則を捻じ曲げる影響で発生した魔法陣の中心にいるからだろう。
スピカ=コーラルスターの解き放った魔術に、光の檻の中のヌートリア達がぎょっと毛を逆立てているが。
『ギヒヒィ!? 散れ! これは――マズイ!』
「もう遅い!」
猛々しい少女の声と共に――。
闇を切り裂く魔力閃光が、数条の矢となって天へと昇る。
それは英雄アークトゥルスの名を冠する大魔術。
さながら破壊の雨だった。
かつてモスマン帝国との戦争の時代。単体相手への最強魔術とされた”ディストラクション”が更に威力強化された攻撃魔術。そして幻影の矢を、無数の五月雨のように放つ範囲攻撃狩人スキルを組み合わせた合成スキル。魔術職と射手の組み合わせにより完成した奥義。
単体威力を追求した一撃を、豪雨のごとき超範囲に改良した”大規模破壊攻撃”である。
効果のほどは見事の一言。
魔王軍幹部のマイアでさえも、ほぅ――と感嘆する威力といえよう。実力者ならば、その攻撃能力を評価せずにはいられないだろう。もっとも、その発動の遅さを考えるとここにいる英雄級の者ならば、対処自体は簡単であるが。
光の檻に閉じ込められた巨大鼠たちは、そうもいかない。
終わりである。
『ギギギィィイイイイイイイイィィィィ……ッ!』
断末魔まで貫かれ、周囲の気配はきえていく。
敵は全滅。
敵を倒したことにより、無数の宝箱が発生。一番レベルの低いスピカ=コーラルスターのレベルアップがログに表示され続けている。
少女の表情にあるのは安堵。弓を放つ際に邪魔になるからとさらしを巻き、更に軽量革鎧で圧迫している胸を、そっと撫でおろしていたのだ。
規格外で常識外れの仲間の前で、こうして役に立てた。
スピカ=コーラルスターの心中にあったのは喜びではなく緊張からの解放。少女は一応、自分がアタッカーとして有用だと示せたことを及第点と判断していた。
――両者の監視役だと相手側が分かっていても、やっぱり……役立たずの足手纏いにはなりたくない。
そんな少女の心境を鋭い勘で察したのか。
敵の一掃を確認した蹴撃者アキレスが駿足で飛んできて、ニヒィっと細長い英雄の美貌で微笑み。
スピカの頭をガシガシガシと大きな手で撫でる。
「おう嬢ちゃん、やるじゃねえか!」
「あの、アキレスさん? 褒めてくれるのは嬉しいんですけど……」
「いいじゃねえか、仲間なんだ、これくらいのスキンシップぐらい問題ねえって! いい子はたっぷり褒めてやらねえとな!」
「いや、髪が乱れるので――それに、自分は頭を撫でられて喜ぶような歳じゃないんですってば」
なはははは! と下心のない陽気な声と顔なので許されているが。
スピカは子ども扱いされているようで面白くない。それに、まるで父に頭を撫でて貰っているようなこそばゆさがあって、気恥ずかしい。耳まで赤くなっていた。
そこを見逃さなかったのは、誰にでもケンカを売る悪癖のある女魔族ロロナ。餌を見つけた犬の顔で、ロロナはにっこり近づいて。
「そうよぉ、この朴念仁。それってぇ、セクハラっていうのよ?」
「セクハラ? なんだそりゃ」
「まあ、嫌だ。聞いた、スピカちゃん……この英雄さんさあ。女の子の髪を無断で触っちゃいけないって、分からないみたいよぉ? どうしようか、ロロナこわ~い」
「え? あ、あの、自分に振られても困ってしまうのですが」
困惑するスピカの頭に自分の胸をぎゅっと押し付け。
他者を誘惑する魅了系のスキルを発動しながら彼女は言う。
「えぇ、いいじゃない。こっちは魔術師のくせに筋骨隆々なワンコと、お堅い軍人先生だしぃ。そっちの英雄は下等種族人間の男だしぃ。そっちの神父様は怪しさ大爆発のネコが化けてる謎存在だしぃ。まともなのって、あたしとスピカちゃんしかいないじゃない?」
「そ、それはいいのですが。魅了系スキルはやめてくださいっ」
「ええ! これが一番手っ取り早くお友達になる方法なのに~。スピカちゃんて、意外に耐性がしっかりしてるのね~」
ラインをぎりぎり超えない範囲でやりたい放題、カルマ値が極端に低い女殺戮者を睨み。
アキレスがぼそり。
「なんだ、おまえさんも頭を撫でて欲しかったのか?」
「あんたねえ……マジでそういう発言はアウト。レディに失礼なセクハラ大王だって、学校で習わなかったの?」
悪い意味でもムードメーカーであるロロナの嘲笑に、勝利に気を良くしているアキレスは気にせず。
「おう、習ってねえぜ! なにしろ北部で学校なんて場所に行けるのは、エリート達だけだったからな! オレみたいな平民が学業なんて言う贅沢をしているわけねえだろう?」
まったく気にせず、むしろ陽気に言われてしまい、ロロナは、はうっと息を漏らす。
ビスス=アビススが、またこいつが失礼を言いやがったとジト目で呆れている。
「そ、そう。わ、悪かったわ……」
「気にすんなって、育った環境も種族も違うんだからな。文化の差ってやつか? まあ、こっちもやっと平和になったから学校も増え始めたからな。これからはオレみてえな孤児どもでも、ちゃんと教育を受けられるだろうさ」
「へ、へえ。じゃあ学校を知ってる先輩でもあるあたしが、無知で無学なあんたにぃ、色々と教えてあげよっかぁ?」
「そりゃ助かる。ウチの陛下もよその地域が学業をどうしているのか、調査してきて欲しいっていってたしな。頼めるか?」
「えーと……」
「んだよ? 教えてくれねえのか?」
揶揄うつもりがまたもや正面からまっすぐに、純粋に応じられロロナは言葉を失ってしまう。
その背を眺め、苦笑をこらえるビスス=アビススが言う。
「てめえの負けだ、あきらめなロロナ。こいつは真正の英雄気質なんだろう。皮肉は通じねえよ」
「そ、そうみたいね。やりにくいっての」
「おまえたち……というかロロナ。あまり悪戯ばかりしていると、陛下に報告することになる。それくらいにしておけ」
「はーい、からかってもつまんないし。それよりも、ドロップ品をどうにかする方が先か」
ロロナは開錠用の変形スライムを取り出すが――既にアキレスは宝箱の群れを見て、長い脚でテケテケテケ。
開封を開始していた。
「ちょっと人間の英雄さん? ムルジル=ガダンガダン大王が入っている場合は」
「分ぁってるよ。フェアに勝負。大王に選ばせるんだろ」
宝箱からムルジル=ガダンガダン大王が発見された場合は、神本人に持ち主を選ばせる。つまり、高い金額を大王に献金できた勢力の勝ちということになる。
互いに財布事情を探っているようであるが――宝箱を開封しているアキレスを眺め猛将マイアが言う。
「アキレス殿。貴殿は開錠系と罠感知系のスキルを所持しているのか?」
「ああん? みりゃあ分かるだろう。ある程度のランクの宝箱までなら、百発百中よ」
スピカも手先が器用な狩人系列による開錠スキルを持っているが。
「あなた、本当になんでもできるのですね。自分よりも早いですよ」
『彼は神の恩寵により、確率を操作する技能を会得しているからね。絶対に開封できない、つまりゼロじゃない限りは確定で罠を回避して開錠できるのさ』
と、答えたのはなぜか本人ではなくニャイ神父。
この時点でアキレスは確信したのだろう。
やっぱり、この神父の正体は……あのお節介な白きモフモフ魔猫様だろうな――と。
ジト目でアキレスが神父に言う。
「あのなあ、あんた。勝手に人の切り札を晒すのはどうなんだ?」
『ふふ、そうだね。ならば公平に魔王軍幹部猛将マイアが使っている神器の事を説明しようじゃないか。彼女が使っている武器は、《八尾の鞭》。通称。エイト・エイル・テイル。ヌートリア達がやってきている多次元世界の大物、色欲の魔性にして魔狐エイルが生み出したとされる強力で価値ある武器。おそらく魔王を名乗るアルバートン=アル=カイトスとかいう子供が異界に干渉した際に入手した、異界由来の武器だろうね』
指摘された猛将マイアが、はぁ……と露骨に息を漏らし。
「なるほど、それを知っているとなるとやはりあなたは……。けれど、勝手にバラさないで貰いたい」
『性能まではバラしていないだろう?』
「それはそうだが。あと、陛下の事を子供というのは……いや、たしかに、あの方はあなたを冗談めいて父上と仰っていたが――」
マイアの言葉に神父はわずかに間を置いて。
『父上、か。ふむ――そういうことなら、やはり勝手に消すと怒られるか。魔を統べる王を名乗っていいのは……いや、仕方ないか』
神父はふわふわな尾を揺らし考え込んでしまう。
その隙に、スピカはこっそり。
「あのぅ……。アキレスさんに、マイアさん。この神父様の正体を知っているようですけど。いったい誰なんです? 有名人なんですか?」
問われた二人は顔を見合わせた。
同じ正体を想像しているのだろう。
「いや、嬢ちゃん。悪いんだが、きっと勝手にしゃべったら」
「拗ねて、我帰る……と本当に帰ってしまうだろうからな。貴殿には悪いが、知りたければ本人から聞いてくれ」
「……。まあ、組織の違うあなたがたが知っていて、気を使わなければならない人物ということは分かりました」
スピカは考える。
おそらく、相手は大物。
神に近い存在。そこまで考え、彼女はハッと思い至る。
旧人類の衰退と共に姿を隠したとされる大地神たちの誰かではないか、と。
……。残念ながらスピカの勘は、あまり鋭くないようだった。
◇
時を同じくして、しかし場所は離れた街。彼らが冒険を進めている裏。
幼女教皇マギは驚愕に顔を歪めていた。
ヴェルザという名の結界内。もっとも強力な防御結界を組んでいる王宮に、突如、なにものかが緊急顕現してきたから。
いや違う。
幼女は侵入者を知っていた。
それは彼女を不老不死へと変えた、この世界の監視者たる神の一柱。
四星獣。
今現在ムルジル=ガダンガダン大王の眠る宝箱を探しに、ダンジョン上層へと潜っている筈の存在。白毛布にココアを垂らしたような毛並みを持つ、魔猫イエスタデイ=ワンス=モアが現れたからだった。
珍しく動揺した様子で、魔猫イエスタデイはブニャニャニャっと鼻孔を広げて大きくネコ吐息。
『た、大変である――アキレスとマイアたちはどうした!?』
「お、おぬし。奴らと共に迷宮へと潜っている筈であろう!?」
そう。
人間種族の神父の駒を操って、彼らと共に迷宮に入った。
スピカ=コーラルスターは謎の神父と言っていたが、戦術師シャーシャ=ド=ルシャシャからは、おそらく正体は魔猫イエスタデイだと報告を受けている。マギ自身も神父の正体を看破し、あれが強大な魔猫であると判断していた。
あそこまでの神域に届いた強大な魔猫と言えば、イエスタデイ=ワンス=モア、そして眠るムルジル大王しかいない。
魔猫イエスタデイが幼女教皇マギの部屋を走り回り、パニックを起こした様子で言う。
『あれは我ではない! 油断しておったは、あのヌートリアの親玉が憎き楽園の神だったとするならば、やはり帰ってきたのであろう……っ』
「落ち着くのじゃ。それでは分からん」
『盤上遊戯が、始まっておる』
「盤上遊戯? それはこの世界の事であろう? おぬしたち四星獣が我らを駒とし、所持駒を用い支配地を確保し、その数で勝敗を決める。無限の世界を繰り返し願いをかなえ続けるという……」
幼女教皇マギは知っていた。
千年を生き、技能スキル”図書館”に技能スキル”考古学”を極めて高いレベルに育てた彼女には、見えていた。本来なら知りえない、知ってはいけない、狂ってしまうほどの世界の真実を見抜く力を持ち合わせていた。
魔族ではけして理解できない世界の成り立ちも、彼女には見えていたのだ。
だが。
『それはあくまでも我ら四星獣が力を蓄えるための儀式。遊戯という性質を利用した、盤上遊戯をなぞった儀式魔術に過ぎん。だが、今は違う。盤上遊戯が動き出した。我が主の魂が眠る、我が主そのものといえる盤上遊戯、神々に放棄された筈の遊戯席に、参加者として座っている者たちがおるのだっ』
告げた魔猫イエスタデイが、魔術ビジョンを展開する。
そこは自然豊かな楽園だった。ただし誰もいない、楽園。既にずっとずっと昔に、身内同士の争いで滅んでしまった神々の園。
その世界樹とも呼べる巨木の幹の下。
神々しい盤上がそこにある。傍らに、白い魔猫イエスタデイ=ワンス=モアの本体、願いを叶えるネコの形をした魔道具をそこに置き――。
盤上と共に眠る猫。
魔道具と化した主人の横で、在りし日を望み、ずっと離れず眠り続ける猫の魔道具。
心無い神々に改良された、主人とネコ。
それこそが、この世界そのものなのだろう。
だが。問題はそこではない。
神々しい盤上遊戯を前にして、盤上の席に座る二柱の姿が映っている。
一柱は魔猫イエスタデイも知っている。
腕いっぱいに願いの力を蓄え盗んだ怨敵、楽園にいたあの巨大鼠ヌートリア。
魔猫イエスタデイが憎悪する相手。
そして向かい合う形で、巨大鼠とは敵対する形で盤上の席につく者がいる。
悠然と座っていたのは、並々ならぬ魔力を浮かべた銀髪褐色肌の美壮年。
神父姿の男。
神父は自分とそっくりな神父姿の駒を動かし、盤上で倒れたヌートリア駒を退ける。
今の戦いはワタシの勝ちだね、と邪悪なヌートリアに向かい微笑。
挑発していたのだ。
ぐぬぬぬぬっと唸ったヌートリアがギシリ、次の駒を邪悪なネズミの手で動かし始める。
そう、それはまさに神々の遊戯。
あの日、あの楽園で行われていた盤上遊戯の再開であった。
幼女教皇マギが言う。
「こやつ――アキレス殿たちと共に上層攻略を開始している神父であるぞ」
『やはりか……。自らがプレイヤーとなりながらも、自らの分霊を盤上に送り込んでおるのだろう。どうやら帰ってきたようであるな、憎き楽園の神々が――』
盤上世界は本来の役目。
願いを叶えるための神々の盤上を通した戦いへと、強制的に戻されていたのである。
魔猫イエスタデイが、毛を逆立て唸りを上げる。
『気に入らぬ。奴らめ、今更――我が愛する世界になんの用だというのだ』
楽園の神々を憎む魔猫の前。
神父と鼠。
盤上の席についた神々はダイスを振る。
世界にとってどちらが敵か味方か。
放棄され。止まっていた盤上は――再び大きく動き始めていた。




