第101話、中間はつらいよ、善と悪の混成パーティ。【冒険者ギルド】
【SIDE:スピカ=コーラルスター一行】
冒険者ギルド”ネコのあくび亭”はいつも以上の活気で満ちていた。
なぜか知らないが、近所の魔猫達がわくわくソワソワと大集合。ギルド食堂に集まって会議をしているのである。ニャーニャー、ミャーミャー。そこかしこから、魔猫による魔猫語の談笑が続いている。
魔猫にとって、大事ななにかがあるのだろう。
そんな異様な空気の中でもギルドの受付娘はいつも通り、元気に糸目をにっこり♪
カウンターに乗ってくるネコを、どうにかするべく行動開始。梳かしたネコの抜け毛をまとめて作った毛玉ボールを、誘導スキルと共に投射。
カウンターの上で遊んでいたネコ達が、うにゃっと鼻と目を広げ、ギラーン!
一斉に飛び出し、毛玉ボールにじゃれつきウニャニャニャ!
ボールの取り合いに巻き込まれた新人冒険者が、高レベル魔猫に押しつぶされ大ダメージを受ける――しかしすかさず、その場で魔猫達が回復魔術のネコダンス♪ 怪我を治したから問題ないしと、自らの手を舐めて失態を誤魔化すように毛づくろい。じゃあ、そういうことでと――すぐさまに毛玉ボールを追いかけまわし続けている。
そんな中。ヒーラーを求めてギルドにやってきたのは、珍しくカルマ高き者とカルマ低き者の混成パーティ。使者アキレスと使者マイア御一行だった。
彼らは互いにブスっと腕を組み、互いににらみ合って。
じぃぃぃぃぃぃぃ。
それでもダンジョンにはどうしても用があるらしく、険悪な空気ながらも渋々と行動を共にしている。北部からの使者が一人。魔族が三人。そして、ヴェルザの街からの監視役のスピカ=コーラルスターが一人。
スピカは彼らの潤滑油となっていて、その会話の窓口も全て彼女。若干の頭痛を抱えながらも、スピカはギルドカウンターに向かい、こほん。
異常な事態に全く動じていない受付娘に事情を説明した。
「というわけで――この方たちの冒険者登録と、ギルド登録をお願いしたいんですけど……」
「はい! かしこまりました! というか、ふふふふ、ごめんなさいねスピカちゃん。事情は兄を通して聞いておりますから、一から説明していただく必要なかったんですよね~」
「は!? じゃあ、なんで説明させたんですか!?」
「だってスピカちゃん、あんまりこういう報告得意じゃないでしょう~? 今のうちにちゃんと練習しておかないと大人になったときに困るじゃない?」
「自分はもう大人です!」
「あらら~? だってスピカちゃん、年齢を誤魔化して十二、三の時に冒険者登録したからまだ十五、六でしょう?」
さりげなくバラされて、スピカは赤珊瑚の瞳を尖らせ。
けれど小声で言う。
「それは内緒だって言ったでしょうっ」
「あはは、そんなに元気なら大丈夫そうね。今回の事情が事情だけに、ちょっと心配だったんだけど。彼らの監視、お願いできるかしら?」
「……。アキレスさんは構いませんけど、あの方々が魔族……っていうのは本当なんですか?」
「間違いないわね~。あたしの鑑定でも種族は魔族になっているし~、魔王軍幹部っていうのも本当みたい。あの軍人風の美人さん、猛将マイアさんって名乗っていましたけど……彼女、称号欄に《魔王軍幹部(四天王)》ってのを持ってるから」
「あなたが言うのなら、そうなんでしょうけど……本物なのかぁ」
スピカ=コーラルスターはギルドの名物受付、この、のほほん受付娘の性格はともかく鑑定眼だけは信頼していた。
かつてまだ駆け出しのころ、物の価値がよくわかっていなかったスピカが、鉱石商人に買取価格を騙されそうになった時に声をかけてくれたのも――この受付娘だった。その時に助けられたことがきっかけで、今では友人関係を築いている。スピカにとって彼女は、初めての信用できる友だったのである。
プライベートはともかく、仕事の腕だけは確かな彼女が断定している。
スピカ=コーラルスターは露骨に嫌な顔をして、四人を振り返る。
ブスっとしたままの使者アキレスと魔族三人は互いに別れ、隣のテーブル席に座っている。
明らかに不機嫌そうなのは、彼らのカルマがかけ離れているせいもあるだろう。
基本的に魔族はカルマ値の低い種族。対するアキレスのカルマはかなり高い。
特に、リーダーと思われる軍人風魔族マイアとアキレスは旧知の仲なのか、明らかに互いを信用していないオーラを出していた。けれど問題は魔族だけではない。アキレス自身の人となりは信頼できるが、何か目的があって国のために行動している可能性を考えると――人格はともかく、行動までは信用しきるわけにはいかないだろう。
この中で一番まともそうなのが、女殺戮者風の魔族ロロナの横で魔猫にたかられているジャッカル顔の男性魔族、ビスス=アビススだろう。
スピカは思う。
まともそうなのが、アヌビス顔の魔族だけって……どうなの……? と。
ビスス=アビススだ、とだけ名乗った男は明らかにスピカに同情していた。こんな面倒な事情の冒険に付き合わされている、それを理解しているのだろう。
既に何度も助け船を出されている。
けれど、彼は彼で問題がある。正確には彼の人間関係にだった。
スピカは気づいていたのだ。下級種族と見下している人間相手にすら気を使えるビスス=アビススに、女殺戮者ロロナが、惚れているのだと。
スピカに、にっこりと手を振っている彼女の行動の意味も理解できる。
仲良くしましょうね~と微笑んでいるが、内心では「こいつに色目を使ったら、任務なんてすっ飛ばしてぶっ殺すわよ」と言っているのだ。その露骨な好意に当のアヌビス殿はまったく気づいていないご様子。リーダーともいえる軍人魔族マイアも彼らの恋愛事情に口を出すつもりはまったくないらしい。
そう。
このパーティーは思想も種族も性格も、バラバラすぎるのである。
受付娘が言う。
「大変そうだけど、頑張ってね! 報酬はかなり出るでしょうから、そこだけは安心していいわよ? あたしも追加の報酬を王宮に掛け合っておくから」
「頼りにしてます……。えーと……、それで本題なんですけど。誰かこんな状態でも付き合ってくれそうな高レベルのヒーラーを知らないかしら?」
「あら? 回復魔術ならみなさんある程度使えるみたいだけど」
「そりゃああたしも低級回復魔術なら。でも、ダンジョン上層の本格的な攻略に向かうとなると……本職が居ないと」
「ビスス=アビススさんでしたっけ。アヌビス族の。あの方なら、たぶんそれなりに回復魔術が使えますよ」
言われてスピカは女殺戮者ロロナの方に目線を向ける。
「あぁ、こいつが回復魔術を使えるってのは本当よ。でも、このワンコの魔術ってヒエログリフ、聖刻文字っていう異界の魔術文字を媒介にしているから、文字の組み合わせで作れない魔術も存在するわ。ぷぷぷ。だから、案外応用範囲が狭いからぁ、本職のヒーラーはいた方がいいでしょうねえ」
「バラすんじゃねえっての!」
「あれれ~。なにいっちゃってるんですかねえ、このワンちゃんは。ムカつく人間どもだけどぉ、一緒に迷宮をもぐっていくなら情報は開示しておいた方がいいでしょう?」
部下たちの言葉に嘘はないのだろう、軍人魔族マイアが頷き。
「コーラルスター殿。すまぬがやはりヒーラー職を探してもらえるか? ヌートリアはこの世界全体の敵。魔族も人間も関係なくな。我らは奴らの巣に入っていくも同然なのだ――どうしても適任が見つからぬというのなら魔王陛下にご報告し、追加の人員を送ってもらっても構わぬが――」
「やめときな、スピカ嬢ちゃん。魔族が増えたら、いざとなったときに対処できなくなるぜ」
「駿足のアキレス殿。いちいち突っかかってくるのはやめて貰いたいのだが?」
「ああん!? 先に突っかかってきたのは、てめえのところの拷問拳闘家の姉ちゃんの方だろうが! 昨日、いきなり人参の皮を投げつけてきたこと、忘れたわけじゃねえだろうな!」
アキレスの言葉に、猛将マイアはピクっと眉を跳ねさせ。
「部下が失礼した。こいつには後でたっぷりと言い聞かせておく。知らぬこととはいえ、謝罪させてもらう。すまなかった」
「……ちっ。素直に謝られちまったら何も言えねえじゃねえか」
既に険悪。だが、まだ互いに目的があるので一応の妥協点を探っている。
けれどこれも、いつ爆発するか分からない爆弾を抱えた状態であることに違いはない。
魔猫以外のギルド全体が険悪ムードに言葉を失う中。のほほんとしている受付娘が言う。
「え~と、いいですか? 適任なんですけど、ちょうど優秀なヒーラーの方に心当たりありますよ!」
「おう、本当か姉ちゃん!」
「ほら、先日アキレスさん達が討伐したエンシェントオークキングならぬヌートリアキング騒動があったじゃないですか? あの戦闘の波動だか余波だかを感じて、上層に籠って独り修行していた神父様が、なにかあったのかい? って心配してくださりギルドに帰還したんですよ。その人も、パーティーを組んで上層探索をしたいということだったので」
アキレスは考え、スピカに満面の笑みを浮かべ。
「なるほど、上層で修行できているなら」
「強いという事でしょうね――」
「って、スピカ嬢ちゃんはそいつを知らねえのか?」
「ヴェルザの街の冒険者ギルドは大きいですからね、全員を把握できている人なんて、一人もいないと思いますよ」
「おいおい、大丈夫なのか? もしそいつが実は異界からのスパイ、ヌートリアの手の者だって可能性もあるって事じゃねえか」
彼らは駒部分……人間や魔物、魔物から進化した魔族の職業部分に乗り移ることが可能。戦士を職業とするものなら、戦士の駒。魔術師を生業とするものなら、魔術師の駒。その職業を示す部分を占領しているのだと既に研究結果が出ている。
実際、十八年前にアキレスは田舎の仲間を一人、それで失ったと既にスピカには伝えている。
受付娘が言う。
「あのう、お言葉ですけど――このメンツなら、もしスパイであったとしても看破できるんじゃないですか? アキレスさんもなんかほぼ百パーセントの鑑定技術を持ってるみたいですし」
「オレは眼が良いからな――そりゃそうか、もし外界からの侵入者でもオレなら見抜くことができるだろうさ」
アキレスはこと、観察眼に関しては絶対的な自信を持っている様子だった。
そういったスキルを所持しているのだろうと判断し、スピカは言う。
「そうね。もし駄目そうだったら他の方を探せばいいでしょうし……とりあえず会ってみたいのですが、どうですか?」
「だそうだが、おい魔族ども! てめえらはどうする!?」
猛将マイアが山のようにクリームを積み上げたチョコレートパフェを突っつきながら、けれど、パフェとは不釣り合いな鋭い軍人気質な声で返す。
「好きにしろ。貴殿ら人間について――正直我らはあまり知らぬ」
「なにしろぉ、あんたら旧人類はぁ、とっくにうちの陛下に滅ぼさ……っ、って痛い! なにするのよ! ビスス=アビスス!」
「へいへい。じゃあ勝手に決めさせてもらうぞ」
仲が悪いなあ……と、スピカ=コーラルスターは再度不安になるが。今回のこの変な冒険者パーティー結成の事情を聞いてしまったので、何とも言えなくなってしまう。
存外に空気と流れを読める受付娘が口を開く。
「お呼びしてよろしいですか?」
「お願いします。それで、その神父様っていうのは――今、どこに」
周囲を探るスピカは途中で言葉を失っていた。
ぎょっとサンゴ色の瞳を見開いていたのだ。
なぜかは分からないが、酒場に出入りしているネコ達が――まるで王を出迎えるかのような顔と列で、ずらっと並んでいたのである。
ゴロゴロゴロ。親愛を示す魔猫達は喉を鳴らし続ける。
これには他の客も、アキレスも魔族も驚いていた。
空にしたチョコレートパフェのグラスが五つ並ぶテーブルから立ち上がり、猛将マイアが眉をしかめる。
「なんだこれは――」
「おや、これは。すみません――」
驚愕の声に続き、凛と響き渡る声が鳴る。
「キミ達、いくらワタシが素敵だからと言ってそう畏まることはない。自由にしていたまえ。それと食事処では静かにしたまえ、食事とは神聖な儀式、グルメとは最も尊き行為。ここは皆が食事と会話を楽しむ場なのだ、いい子のキミたちなら――分かるね?」
あのわがまま放題な魔猫達が、ハハァっと頭を下げている中。
そのネコに見守られる道を、カツンカツンと歩いてやって来る者がいる。声の主だろう。
ギルドの奥の闇の中から、彼は現れていた。
ぞっとするほどの美貌を浮かべ――。
長身の、どこか翳を纏った神父姿の男である。
ネコ達が慌てて玉座を召喚するが。
男は静かにかぶりを振る。
「そういうのは大丈夫さ。さあ、キミたちは戻りなさい」
白毛布のような外套を悠然と纏った、清廉さを感じさせる聖職者。職業はダブル。おそらくメインは神父、そしてもう一つはネコ使い。どこか飄々とした口元が特徴的な銀髪褐色肌の美壮年がそこにいたのだ。その瞳は前髪で隠れて確認できない。けれど、酷く蠱惑的な、人間味の薄い魔性のような美貌だとすぐに理解できる。
ネコ達は神父に深々と礼をし、それぞれが頭を下げたまま散らばっていく。
スピカがこっそりとアキレスに言う。
「たぶん、この人だと思うんですが……どうですか?」
「……鑑定できねえ。その時点でただモノじゃねえ。たぶん神のような存在が人間に化け、あるいは、人間の姿をした駒を操ってるって感じだな」
「それって、ヌートリアですか!?」
「いや、神聖な力を感じるから違うな。それにネコを従えているのならヌートリアの敵だ。魔猫達はけして奴らには懐かない。だが――あの白毛布みたいな外套には見覚えがある。ネコを従える能力ってなると、もしかしてこの神父……」
アキレスが猛将マイアに目線を送る。
彼女も生クリームがついた肌に、薄らとシリアスな汗を浮かべて――。
「失礼、神父殿。貴殿はもしや――イエス……いや、あの方なのか?」
「それってぇ、あたしがビスス=アビススを殺そうとしたときに邪魔してきた、あの神猫様?」
神父は二人の女性魔族の言葉に、ふっと微笑し。
「さあ、どうだろうか。けれどワタシが何者かだなんて、別にいいじゃないか、今はこうして人間として冒険者登録をしているんだ。これでも結構無理をして、この姿でここにいるんだよ? だからどうか――空気を読んでおくれ、新しき者に古き者達。脆弱でありながらも心強き駒たちよ――ああ、そういえば失礼した。自己紹介が遅れたね」
神父は微笑を浮かべ、甘い魔力が込められた声音で言う。
『ワタシの事は白きネコ使い――ニャイ神父とでも呼んでおくれ』
やはり猫が化けている存在なのだろう。
慇懃に礼をする、その月光のような銀髪と腰からは、モフモフ。
白きふわふわネコ尻尾とネコ耳が生え始めていた。
スピカは思う。
まーた、変な仲間が増えちゃった……と。




