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将来

 長い長い、永遠にも感じた冬休みに終わりが訪れる。

 一年生は二年生に向け、二年生は三年生に向け、三年生は受験への大事な仕上げにとっかかる時期だ。俺の成績は正直言ってあまり芳しくない。よって、留年を食らわないように急ピッチで頭のレベルアップをしているところだ。

 放課後、家に帰ってからも机に向かってペンを握る。寒さで手が赤くなる。それは俺の横にいる人物にとっても同じようで、室内だというのに少し白い息を吐いていた。


「……あの」

「はい?」

「もう受験まで一ヵ月ちょっとなんですけど……大丈夫?」


 肩に髪の毛がかかるほど近づき、俺の勉強しているさまを横からのぞき込むクロモ。彼女は俺より一つ上の三年生で、受験という一番でかいイベントに向けて準備をしていなければいけないはずだが……。


「大丈夫です。十分余裕がありますし、自宅でも学習しているので」

「……生々しい話なんだけどさ。偏差値どのくらいの、どこの大学に……?」

「看護大学です。偏差値は……六十前半……ぐらいです」

「ろくじゅう前半?!」


 えぇ?! うちの高校なんて家から近いってだけで適当に選んだ俺が入れるぐらいなのに……。多分俺が模試とかやっても……ギリギリ四十とかそこら辺か? とにかくそのレベルだ。

 ペンを机の上に置き、背もたれに体重をかけながら彼女の方へ向く。

 

「いやーすごいなぁ……。雲の上っていうか……」

「優人はどこの大学へ?」

「うっ。いや、まぁ……うん、高卒かなーって感じで……」


 今のままだと、高校で卒業しようが大抵変わらない大学へ行くことになる。それならばさっさと社会に出てしまった方がマシ、という感じだ。もちろん金銭面的な問題ではなく、ただただ俺の頭が悪すぎるのが原因である。

 すると突然、クロモが俺の肩を両手でつかんでくる。



「ダメです」

「え?」

「残りの一年間、私がつきっきりで勉強を見ます。それなら、私と同じ大学に入るくらい簡単なはずです」

「い、いや、多分無理だし俺は看護師になるつもりは……」


「私だって今まで無理だ無理だと思っていた理想のような現実が今目の前で広がっているんです。それはもちろん私自身のがんばりも多少はあるかもしれませんが、一番大きかったのは他の人、特にあなたの努力です。あの一件を解決したんですから、一年も猶予がある受験なんてきっとすぐに突破できますよ。それに今度は、私が協力する番です。あの時のあなたの格好良さほどは無理かもしれませんが、私もあなたをさらに惚れさせるくらいの色気……」



「ダーッ!! わかった、わかりました! 頑張ります、がんばりますから!」

「ならいいんです。」



 とんでもない約束をしてしまった。いくら一年間あるとはいえ、たかだか一年だ。今の俺の学力を単純に偏差値で計算して1.5倍しなければならないのだ。数字だけ見ると楽かもしれないが、その1.5倍を伸ばせない人が何人もいるから浪人なんてものがあるのだ。

 この先一年の苦労を憂いて頭を抱えそうになるが、クロモがそっと俺の右腕を胸に押し付けるように抱き留める。


「なっ、何して……」


 彼女が右腕を抱いたまま、俺の腰の上に座り、左腕も自分の胸に抱き留める。

 俺の両腕を肘から手首まで、細い指で舐めるようにさすり、指と指を絡み合わせる。所謂恋人つなぎのまま、彼女が顔を近づけてくる。




「もう一生、逃げられると思わないでくださいね?」




 彼女が耳元でささやくようにつぶやいた。机の上のペンが転がり、床に落ちる。カーペットの敷かれていないフローリングとぶつかり、軽い音が反響する。

 クロモのの吐く息だけが耳に入り、視線が近づいてくる彼女の口にだけ集中して……。




「優人ー! あんたのハサミ貸してくれない?!」

「うおっ!?」


 突如、母親がやかましく扉を開けて部屋の中に入ってくる。俺たちの方を一目見て、少し口角を上げてから、俺のカバンの中を勝手にあさり始めた。


「いや、ちょ……」

「あれ。あんたこの絵本なんで持ってんの」

「待てやコラ!!」


 母親の方もこちらを気にしないし、クロモの方も母親の入室を一切気に介していない。どういう状況だこれは。

 母が取り出した絵本を見る。以前クロモのお母さんにもらった絵本をバッグに入れっぱなしだったのだ。母がそれをパラパラとめくり、こちらを見る。


「なんで持ってんの?」

「クロモのお母さんにもらったんだよ!」

「へー、そりゃ嬉しいわね。だってこれの作者私だもん」

「はぁ!?」


 母親がサラッととんでもないことを言い、それにクロモが反応する。


「本当ですか? 私の母がその絵本を集めて……簡単に言うとファンなんです」

「マジ? 嬉しいわ~。あとね優人、私が父さんと一ヵ月も家を空けるなんて、何の職業してると思ってたの?」

「興味なかったから考えもしなかったよ!」



 ガチャガチャと騒ぎ始めた室内に、さらに携帯のコール音が鳴り始める。クロモの恋人つなぎを外し、携帯を取る。


『ちょっと助けてくんね?! 結構本気で危なっやめろこっちくんなお前ーッ! 今からお前の家行くから助けて! マジで!!』


 電話の向こうから俊介の焦ったような声とともに、ガゴゴッと鈍い音が響く。そのあとすぐに再びガゴゴッと音が響き、今度は高くにやけついたような声が聞こえてきた。


『あらら、携帯を地面に落としていっちゃった。……先輩ですかぁ? あの件ついに暴露しちゃって、今絶賛アタック中なんですよぉ。今何言われたか知んないですけど、向こうの協力なんてしたら……フフッ』


 ブツッと、電話が切れる。向こうの状況がいまいちよく掴めないが、とにかく家の鍵をすべて閉めておいた方がいいだろう。


 耳目脳体すべてに疲労を感じながら、この先の未来への何かに思いをはせた。




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