一つの終わり
「馬鹿なの? ねぇ、ん?」
「すみません……ホントに……」
白い日光が差し込む診察室で、必死に頭を下げて謝る。
体の痛みが全く引かないので病院に行ってみると、一番下のあばらにヒビが入っていたらしい。
レントゲンを見せられながら、骨をスナック菓子感覚で叩き割るなと怒られている。
「……まぁ、もうとやかく言わんよ。コルセットの付け方教えてもらった?」
「あ、はい。さっき看護師さんから」
「はいよ。なら前の骨折の分と、今回の分、ちょっと渡すものとかあるから病院内で待っててくれる?」
そう言うと、先生は机の上にある紙の束を指でトントンと叩く。わざとらしく口を尖らせて溜息を吐くのを見て、苦笑いを返した。
「わかりました。」とだけ答え、頭を下げて立ち上がる。
扉を開けようと手を掛けた瞬間、ふと聞こうとしてたことを思い出した。
「友達の病室の番号、知りたいんですけど……」
プシッ、と中の空気が抜ける音がする。
スライド式の扉をそのまま開き、中に足を踏み込み、部屋の中を見回す。
白い日光が肌色のカーテンに当たって色を変え、室内は暖かいミルク色の光で包まれていた。
一番奥の左側のベッドの足に、黒いショルダーバッグとカメラが立てかけられているのが視線に止まる。
数秒カメラを見つめ、フッと鼻を鳴らす。それから、奥のベッドへ向かって歩いた。にやけた笑顔を顔に貼り付けたまま、カーテンを勢いよく開ける。
「おいコラ起きろ、大丈夫か?」
「あぁん? ……お前かよ、優人」
「見舞いに来たのにそれはないんじゃないか? 俊介」
眠そうに目を擦りながら、ふわぁっと大きなあくびをする男。
多少血色は悪いが、いつもの雰囲気を纏った俊介がベッドの上に居た。
「ここに居るってことは、倉庫……ま、聞くまでもないか。その様子だとまたどっか怪我したんだろ」
「なんで分かるんだよ」
近くの丸イスを引き寄せ、その上にどかっと勢いよく座り込む。しばらく誰も使っていなかったのか、少しだけ埃が舞った。
「……それより、お前は大丈夫なのか? 俊介」
「大丈夫っちゃ大丈夫だが、無傷でもないな。見ろ、この左腕」
俊介が布団の中から左腕を抜き、手の平を上にして見せてくる。
よく目を凝らすと、指の先がプルプルと痙攣するように震えていた。俊介のバツの悪そうな表情から察するに、わざと揺らしているわけでもないらしい。
「ちょっとヘマして、腹を銃弾で撃たれてな。そん時に背骨の神経を軽くやられたらしくて、一生こんな感じだそうだ」
「なっ……」
「気にすんな。利き腕でもないし、大したことでもない」
「大したことだろ、お前……!」
俊介が少し決まりが悪そうに布団の中に左腕を突っ込む。
その場で頭を下げようと椅子から立ち上がったが、右腕で太ももをバンと叩かれた。それから、俊介が話題を変えるようにゴホンと大きく咳払いをする。
「……あー、何だ。少し気になったんだが、俺の事を助けたのって誰だ?」
「ん?」
「森ん中で死にそうになってる時に、誰か傘を持って来たんだよ。お前が呼んだ奴じゃないのか?」
「……あぁ、お礼がしたいってことね。別にしなくていいだろ、あいつだし」
あの白鳥相手にお礼……あまり考えられない。
どう良く考えても、今回の分で前の一件がチャラになったぐらいだろう。別にお礼はしなくてもいいはず。
半ば突っかかってくるように聞いてくる俊介の胸を押して遠ざける。
「いやいや、いいだろ別に。教えろよ」
「何だしつこいな。分かった分かった、俺からお礼しておくよ。だから……」
「自分でやらなきゃ失礼だろ、なぁ」
何だこいつ。いつになくしつこいな。
そんな風に思っていると、ピコン!と電球が光るように、頭の中に一筋のイメージが走った。
「まさか惚れたか? ハハッ。すまんすまん、冗談だ……よな?」
俊介が少し気まずそうに、窓の外へ顔を逸らした。
人差し指と親指で眉間を押さえる。秒針の音が耳の中に響く。
教えるべきか、教えないべきか。数学のテストよりも難しい問題だ。
……いやまぁ、教えてもいいか。別に害があるわけじゃないし。
「俺が呼んだのは、し……」
「ししゃもでも食べますかぁ?」
まるで土の中からふきのとうが頭を出すように、カーテンの裏から白鳥が突然顔を出した。あまりのタイミングのよさに、肩がビクッと跳ねる。
俊介が一瞬で額に青筋を浮かべ、思い切り指差して叫んだ。
「てめぇコラ! 何で俺の病室知ってんだ!!」
「そりゃ~ねぇ? 当然知ってますよねぇ? 先輩?」
白鳥がこちらに視線を向けてくる。この野朗、さっきの会話聞いてやがったな。
相手を小馬鹿にした笑顔を貼り付けた白鳥に、俊介が掴み掛かろうとするのを思い切り抑えつける。
「アハハハハッハハ!! いやぁホント楽しいっすね!」
「殺すぞてめぇ! さっさと出て行け!!」
「そういうこと言っていいんですかぁ? 私も先輩を助けた人を知ってるんですよぉ?」
「……何で知ってんだよ」
「そりゃあぁ~ねぇ? フフフブフッ」
何か楽しそうだな。
俺が延々と居座るよりも良さそうなので、こっそりとカーテンの隙間に隠れながら病室を出る。
病室の中からはまだ微かに俊介の怒声が聞こえる。他の人に看護師さん呼ばれないといいけど。
廊下の向こうの窓に浮かぶ太陽を眺めながら、溜息を吐く。多分、今までのことの後始末にこれから追われるだろうし、学校に休んでた理由を説明して土下座もしなきゃいけない。
深呼吸をして、肺の中に空気を入れる。ぷくっと頬を膨らませてから、勢いよく息を吐いた。
「……ん」
携帯電話の着信音が、軽く鳴り響いた。どこかに移動しようと思ったが、周りに人もいないのでその場で出る。
「あぁ、うん。そっちは大丈夫?」
「……いや、アバラ一本ヒビ入ってた」
「いやいやいやいや! そこまでしなくていいって! 大丈夫大丈夫」
「……わかった。じゃあ、迎えに行くから」
「……じゃあまたね、クロモ」
電話を切る。うーんと声を上げながら、大きく伸びをした。
それから、歩き始める。
一見こじんまりとしているが、威風堂々とした歩きで一歩一歩を踏みしめる。
逃げたせいで、とんでもない回り道をするハメになったけど……きっと、逃げていなかったら今みたいな爽やかな気分はないだろう。
だからって、逃げることがいいことではないけど。
「……よし!」
気合を入れて、パシンと頬を叩く。
その大きな背中を、白い日光が力強く、目一杯に押していた。
どんな夜でも、真っ白に照らせるように。
まだ少し続きます




